レモンハート事件


それは、まだ会社の独身寮に住んでいた頃の話である。 1991年度の冬だったような気がする。

最近の独身寮というと、ワンルームマンションを借り上げた 「各自完全独立生活」タイプが主流ではないだろうか?

しかし、当時の独身寮は、さすがに居室は個室だったものの、 トイレ・洗面所・風呂が共同であった。 また、食事付きなので、朝食と夕食の時間には食堂で食事ができた。

という環境なので、必然的に他の人と顔を合わせる機会が多いのである。 食事をするときも、風呂に入るときも、トイレに行くときも、 顔を洗うときも、洗濯をするときも、誰かに会うかもしれないのである。

なかでも、近くの部屋の人とは、特に顔を合わせる機会が多い。 トイレに行くにも、どこに行くにも、 人の部屋の前を通ったりするため、当然といえば当然である。

したがって、近くの部屋の人とは、話をする機会も多くなるわけである。 気が合う同士なら、一緒に酒を飲む機会が多くなるのも、やむを得ないことである。

この事件は、そんな隣室の後輩N村(仮名)氏の部屋で酒を飲んでいるときに起こった。


さて、事件の詳細をご紹介する前に、 タイトルの「レモンハート」について、簡単にご説明したい。 ここでは、2つのレモンハートが登場する。

第1のレモンハート … コミックのタイトル

漫画という親しみやすい形式を通じて、ショットバーの楽しみ方、 酒そのものの知識を容易に得られるだけじゃなく、 ショットバーを舞台にした様々な人間模様のドラマを堪能することができるという、 人気シリーズ。

第2のレモンハート … ラム酒の銘柄

バカルディやロンリコなどと並ぶ、大手人気ラムブランド。 ちなみに、私には、3種類並べて飲んでも違いがわからない自信がある。

さて、主役のN村(仮名)氏であるが、彼は第1のレモンハートであるところの コミックの愛読者である。私の記憶が確かならば、当時の彼の部屋には、 全巻そろっていたと思う。 それから、徐々におそらくコミックのタイトルの語源であるところの 第2のレモンハート、すなわちラム酒に興味をもったものと思われる。

N村(仮名)氏は、「アルコールさえ混ざっていれば何でも飲む」といっても 過言でないほどの大酒飲みであり、 当然ラムも即座に好きな種類の酒として迎えられるのである。 私はいまだに、バカルディでもロンリコでも、それほどの味の違いはわからないが、 当時の彼の脳裏には「ラム=レモンハート」図式が成立していた。 これは、コミックをきっかけにラムにはまっていったという仮定を考えると、 当然のことと言えよう。

レモンハートには、通常のウイスキー並みの40度くらいのものと、 もっと尋常じゃなくアルコール度数の高いものがあった。 N村(仮名)氏は、そのアルコール度数の高いものを ストレートで味わうのが好きであった。

アルコール度数の高さであるが、そのレモンハートには、 151プルーフという表記がされていた。 プルーフというのは、(詳細な説明は割愛)2で割ればアルコール度数に なるのである。 すなわち、151プルーフとは、75.5度のことである。 約4分の3がエチルアルコールという意味である。

そんな酒をストレートで飲んでいるわけだから、 さすがの大酒飲みN村(仮名)氏でも、徐々に酔いが回っていった。 そして、手元が狂って、レモンハート151プルーフの原液、 じゃなくてストレートをグラスから部屋の床にこぼしてしまったのである。

さすがに酔っていても、 もったいないことをしてしまったというのは、 瞬間的に気づくものである。 かなり動揺して慌てうろたえながら、 床にこぼれた酒を右手につかんだ布巾で拭こうとした。

しかし、その動揺して、床にこぼれたレモンハートだけに注意を向けた瞬間、 左手の吸っている最中の煙草から灰が床に落ちた。

ぼっ!

アルコールランプを10個くらい束ねたような、 青い火が床に広がった。

きれいだから、照明を消せ!

と口走る余裕もなく、我々はその辺にあるタオルを叩き付けるなどして、 消火活動にあたった。まもなく、床に焦げ目をつけることもほとんどなく、 無事に鎮火した。

そして、冷静な消火活動により、すっかりシラフに戻ってしまった 我々は、何事もなかったかのように飲み会を続行した。


<教訓>


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