| ◎周瑜のお子さん |
| 「旋風江」シリーズには出てきていませんが、周瑜には3人の子どもがいます。彼の奥方は有名な小橋。彼女以外に記録がないことから、3人とも彼女の子だと思われます。 周瑜が小橋と結婚するのが24,5歳の時、彼が亡くなるのが36歳の時で、「ざわ江」から「鳳凰飛翔」までの周瑜が34歳。つまりこの時点ですでに子持ちということです。 さてそのお子さん、長男・循、次男・胤、そして長女・周氏です。長女が何番目の子かはわかりません。 周循は孫権の長女・魯班(字・大虎)と結婚、周胤は皇室の女性と、周氏は孫権の長男・登(字・子高)とそれぞれ結婚しています。 周循は父の周瑜似で理知的な性格をもっていましたが、20数歳で死去という、これまた父似の早世をしています。 周胤は父と正反対で暴れん坊だったようです。大人になってから問題を起こして左遷されていたのを、孫権が周瑜の威光で許しましたが、その知らせを聞く前に34歳で病死してしまいました。 周氏は、夫・孫登との間に3人の男子([王番](ハン)・英・希)を産みましたが、孫登が33歳で死去します。 |
| ◎孫策のお子さん |
| 周瑜に続いてこの方の子宝事情について。 孫策が亡くなるのが26歳の時。彼が大橋と結婚するのが周瑜と同じ24,5歳の時で、子どもは4人いることから奥さんは2人以上いたと思われます。 まず名前の残る長男・紹。彼にあまり目立った記録はありません。孫策が早世だったために、幼い紹は後継に不適切と孫策が判断し、彼の弟・孫権に実権を譲ったからです。 ちなみに、孫紹の息子の孫奉は、孫権の子の後継者争いに巻き込まれて殺されてしまいます。 次に3人の娘。ひとりは、かの有名な陸遜の妻、もうひとりは顧邵の妻、3人目は朱紀の妻になっています。 |