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| 秋風の散策 | |
| 「だめだってば! 今日は公瑾の館に行くだけじゃないんだぞ!」 孫家の館。普段から静かな方ではないが、今朝はやけに騒がしい。 「兄上はずるいよお! いつもぼくを置いてくんだもんっ」 孫策がいつものように朝から周瑜の所へ遊びに行こうとすると、五歳になる弟の孫権が足にしがみついてきたのだ。今日は連れていけないという孫策の説得もむなしく、門前で一悶着起きているのである。 「今日は山に行くんだよ。危ないから連れていけないんだ。だからまた今度な」 「えーっ」 あきらかな不満の声に、孫策はまた今度な、を繰り返す。あまりこれを繰り返していると母の英が来て、山はまた今度にしろとか別の所に行けとか言ってきそうなので、馬を引きそそくさと館を後にした。 周家を訪ねると、すぐに周瑜が出てきた。 しかし彼は孫策に拱手した後すっと視線をずらす。視線は、孫策の後ろで低い位置に注がれていた。そして訝しむような顔をして言う。 「権どのも一緒に連れていくのですか?」 「は?」 思わずすっとんきょうな声を出し、反射的に視線をたどる。 と、孫策からは少し離れた位置で突っ立っていた孫権が、彼に飛びついてきた。 「ぼくも。つれていって。ね、公瑾」 孫策の服の裾を両手で握ったまま、周瑜に輝くような笑顔を見せる。 「良いのですか? 山に行くので、もしものことがあると太君に申し訳ないのですが。……伯符?」 「えっ。あ、うん。そうだな……権、母上には言ってきたのか?」 「ううん、すぐ兄上のあと追ってきたもん」 どうしよう。英にばれていないだけましだが、孫権が自分の後を追いかけてくるなんて思わなかった。館に帰そうにも、この様子では素直に従うとは思えない。それに騒いだりして英に見咎められても困る。 あまり遅く帰らなければ平気かな。 自分でそう納得することにした。 「よし、一緒にいくか権」 「うん!」 開き直る孫策と、即答する孫権に周瑜は少し不安を感じ、釘を刺す。 「あの、伯符。権どのは馬に乗れるんですか? それにやはり危険では」 「馬は俺の前に乗っけとけばいいし、山ったって薬草採りだろ。そう心配することじゃないって。な?」 本当に周瑜は心配性で困る。ついてきてしまったものは、仕方がないではないか。今から館に帰すより、このまま連れていった方が一番早く収まるのに。 それでも周瑜は駄目押しをする。 「前に伯符は、山で手を怪我したではありませんか」 二年前。出会って間もない十歳の頃、館にいなかった周瑜を追って山に入った孫策は、足を滑らせて折れた木の枝に親指のつけ根を刺してしまったのである。刺したというより切ったという方が正しいのだが、とにかくかすり傷では済まない怪我をしたのだ。周瑜はしっかり覚えていて、そのことを言っていた。 さすがに孫策は返答に詰まる。苦虫を噛み潰したような顔をし、数秒悩んだ。が。 「俺たちが気を付けていればいいんだろ! 大丈夫だって!」 あっけらかんと言い放つ。 そして周瑜の返事を聞かずさっさと黒鹿毛に孫権を乗せて、自身もひょいとまたがった。 「ほら、行こうぜ」 周瑜には、有無を言わせない口調に聞こえた。 積もった枯れ葉が、ざかざかと音を立てて勢いよく舞い上がる。その中を孫策と孫権を乗せた黒鹿毛と、周瑜を乗せた尾花栗毛が駆け抜けていった。 「すごいね、兄上っ。葉っぱがたくさん、落ちてるよぉ」 「ああ、地面が見えないな」 馬上で揺さぶられながら、孫権が舌をかまないよう区切って喋る。 「これならきっと、丹桂も、咲いているでしょうね」 同じく馬上で周瑜が言う。 山の奥にいくにつれて、道が狭くなってきた。三人は馬を下り、二頭の手綱を木に括りつけてさらに坂を登る。すると確かに丹桂の強い香り。 周瑜が匂いにつられるように木々を見上げた。 「丹桂も採っていきましょうか」 「蓮どののおみやげにとか?」 「いえ、丹桂は薬草なんですよ。使うのは花の部分で、歯痛に効くんです」 「そうなんだ」 へえ、と孫策は一人納得してうなずく。何だかあの花は薬草という感じがしない。 蓮どのに似合う花だから。 「ところで、どうして姉上のみやげなのですか? 伯符」 「えっ。えっと」 そういえば思わずそう聞いたような聞かないような。 「だ、だって前に蓮どのが、丹桂が欲しいって言ったことがあったじゃないか。だからそれでだと思って。別に何も……そ、それだけだよ。薬草だなんて知らなかったし」 孫策は焦って答えるが、うまく説明ができない。いかにも取りつくろった言い訳という感じだ。 「兄上お顔赤いよー。なにしてるのお」 孫権が落ち葉を拾いながら、彼に駆け寄ってくる。 そして周瑜にきれいな色の葉を、はい、と手渡した。周瑜は葉を受け取って礼を言い、孫策に向き直る。 「では、姉上の分も採っていきましょう。きっと喜びます」 にこにことした笑顔で言われ、余計孫策は慌てたが、軽く深呼吸をして気持ちを切り替えた。 「じゃあ俺が採ってくる」 「ぼくも。ぼくも花とる!」 孫権は兄の真似がしたいのだ。だが丹桂の花は木の高いところにあるので、なかなか危ない。木の幹にしがみつく孫権に、周瑜は権どの、と話しかける。 「権どのには、別の薬草を採ってもらいたいのですが。そこの茂みの向こうにある、白い花。道が細くて私だと入れないんです。ですから権どのにしか頼めなくて……」 孫権は、茂みの大きさと自分とをしばし見比べた。それから周瑜の顔を見る。 「お願いできますか?」 周瑜が首を傾げ、困ったような笑みを浮かべた。彼は反射的に頷く。 「うん! とってくるっ!」 ぱたぱたと走っていき、茂みの間をくぐってすぐ白い花の所にたどり着いた。言われた花を指さして振り返る。 「ねえ公瑾。これぜんぶ?」 「いえ。花と葉だけで結構です。根は残しておいてください」 孫権は言われたとおり、花と葉をつけて根本から引っこ抜いた。 「お前って、本当に口が上手いよなあ」 孫権と周瑜がそんなやり取りをしているうちに、孫策は丹桂に登って花のついた細い枝をいくつか折って降りてきていたらしい。孫策は抱えていた枝を束ねながら、周瑜に歩み寄る。そして孫権が、隣にある同じ花を同じように抜いているのを見やった。周瑜は苦笑する。 「そんなことありませんよ。私は本当にあの薬草が欲しかったんです」 孫策はふーんと言いながら、束ねた枝を持ってきた大きめの布袋に詰め込んだ。 孫権が茂みから満面の笑みと共に、白い花を差し出した。微笑んで、周瑜は袋に花をしまう。 「ありがとうございます、権どの」 ふわ、と周瑜が笑うと孫権はくすぐったそうにはにかむ。 三人は薬草を探しながら、さらにゆるゆると坂を登っていった。といっても薬草を探しているのは専ら周瑜で、孫策は背負っている弓矢を活用する機会を狙って獲物を探しているし、孫権は変わった花や見たこともない虫に目を奪われているという始末である。 それでも周瑜は、薬草を見つけたというと採るのを手伝ってくれるので、十分満足なのであった。 半時ほど歩くと、少し広く平地になっている場所に出る。 先を歩いていた孫策が立ち止まった。 「この辺で休憩にするか? 権も疲れただろ」 「ぼくねえ、のどが渇いた」 孫権は肩で息をして頬を赤く染めながら、それでも座りこむことなく二人についてきた。周瑜が腰に下げていた竹筒取って、彼に渡す。筒の栓を抜いて、中の水をごくごく飲む孫権を横目で確認しながら、周瑜は孫策にそっと耳打ちした。 「伯符、この後どうします? もうお昼になりますから、太君が心配なさっていますよ。権どのもだいぶ疲れているのでしょうし」 「あっ、そうだった! 権のこと黙って出てきたんだよなー」 今更ながら、孫策はよろよろと頭を抱えてしゃがみ込む。 「絶対母上怒っておられるよなー。なんて言おう……」 頭痛がすると呻(うめ)く彼に、周瑜は呆れ返った。だから最初にそう言ったのに。 孫策は上目遣いで、おずおずと彼に助けを求める。 「なあ公き……」 「知りませんよ、私は」 冷ややかに助力を拒否した。 「うー……」 孫策は両手の中に顔をうずめ、一層落ち込んでいく。しばらく周瑜は底なしに沈んでいく彼をじっと見下ろしていたが、ふと身体の力を抜いた。 「……わかりました。私からも太君に“言い訳”を申し上げますよ。ただ太君のことですから、あまり変わらないと思いますけど」 「ほんとか!? 公瑾っ」 孫策はぱっと表情を変えて、飛び上がったと思うと周瑜に抱きつく。 「助かる!」 「その代わり、次は気を付けてくださいね」 「わかってるって」 周瑜は、恐らくわかってないなと感じつつ、孫策の腕を解くと孫権を探した。と。 孫権は座って側の木に寄りかかったまま、竹筒を握って寝てしまっている。随分疲れていたようだ。うとうとではなく、すっかり熟睡していた。 寝付きが良いのは孫策と同じだ、と周瑜は忍び笑いをしながら思う。 「あ、権寝ちゃったのか。仕方ないな」 「無理もありませんよ。半時も慣れない山歩きをさせられたら」 孫策は背中の箙を下ろし、眠った弟を負ぶった。 秋の涼しい風が木々の合間をぬって、吹きつける。空気はひんやりしているのに、背中の孫権が温かいのが妙に気持ちいい。 歩き回らせて悪かったかな。 この体温を感じていると、素直に反省できる。よいしょと、弟を背負い直して孫策は言った。 「公瑾、近道して帰ろうか」 周瑜は彼が下ろした箙を肩にかけ、薬草の袋をそれぞれの手で持ちながら顔を上げる。 「そうですね、早く着いた方が良いでしょう」 静かな山を行きと違う道を通りながら、二人はもくもくと足を運んでいた。起こさないようにとの配慮もあるが、それだけではなく。かといって何があるというのでもなくて。ただ、黙って進んでいた。 馬を結んできた木まで、もうじきという所まで来た時。ざあっと、強い風が通り抜ける。そして、その風に乗って強い、本当に強い丹桂の香りが運ばれてきた。 どこから。 孫策と周瑜が共にそう思い、歩を進めていくと。 目の前に鮮やかな橙(だいだい)色が飛び込んできた。二人とも目を見張る。 道が違うので、行く時には気付かなかった丹桂の群生地。盛りで、枝いっぱいに咲き誇る小さな花たち。 暫く声が出せなかった。 あまりにも鮮やかで――― 「わああ……」 ようやく声を出したのは孫策で、それでもまだ夢心地のようだ。 その声に反応してか、周瑜も呆然と言う。 「すごい、ですね」 さわ……と風が吹くたびに、丹桂の匂いが広がる。十本以上の丹桂に囲まれて、孫策は照れたように笑った。 「蓮どのに見せたら、すごく喜ばれるだろうな」 周瑜は返事の代わりに頷く。 「来られなくて残念ですね。こんなに綺麗なのに」 「また来ようぜ、ここ。そしたら次は丹桂をたくさん採って帰って。それなら蓮どのにも見せられるだろう?」 「そう、ですね。是非また来ましょう」 季節は秋。中秋。 山は、様々な色を見せている。 −了− 2002.12.15 |
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| ★あとがき★ 策瑜12歳の、なんの変哲もない短編小説です(笑)。最初に考えていた話と、書きながらずいぶん道が外れていきました。本当は丹桂(金木犀のコト)ではなく、単純に紅葉観賞をさせる予定でした。その少し前は、誰か1人迷子にされるつもりでした。その少し前は、チビ権は置いていくつもりでした。 ……何やってるんだと自覚してます;;; 誰か迷子にしよう、というのは結構確定していたのですが。 ・誰か(策瑜)にお邪魔虫(チビ権)がついていって、事故(迷子)になる。 っていうパターン、何だかありきたりだよなーと思い断念。じゃあ孫策を迷子にしよう、と計画していたのですが、話が書けずにまた断念。だったら一番意外なヤツ(周瑜)を!とも考えたんですがー。 り、理由がない…!!(~□~;) そして却下(泣) そんなわけで、今回は事件なしでいってみました。 これを書き始めたのは夏の終わり頃。書き終わる頃には秋になってるだろう!と思ってめちゃめちゃ秋っぽくしたんですが。気がつけば雪もちらほら…(逃) 秋は過ぎ冬到来(苦笑) 時期も時期だったため、周瑜の命日記念にしようかなvなんて画策したりしましたけど、どう考えても周瑜命日企画という感じじゃないですよね〜(T_T) これが周瑜の企画だと言えるなら、きっと誰の命日でも出せると思います(爆) ’02.12.16 |
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