体調

体調


1 医療費

子どもが3人いるというのは、食費がかかると共に医療費が結構かかる。とーちゃん、かーちゃんの言うことを
聞かないで「早寝早起き」なんぞ、子どもはしない。そんなことわかって、物わかりの良すぎる子どもと
いうのも、また困ったものだろう。夜遅くまで きゃいきゃいきゃいきゃい とばかりに五月蠅くやって。
季節の変わり目どころか風邪をひく。または時季毎に病気を拾ってくる。

とーちゃん自身が、あまり丈夫でないことは自ら知っている。少年期から花粉症を発症していれば、外で
遊ぶことをあまりできない。リュウマチ熱もやっていれば、少年期に少年期らしく外で遊んでいない。
やっと人並み以下の体力がついたのは、大学入学以降だと自覚している。かーちゃんも丈夫なようで高校時分に
ヘルニアを病んでいる。こんな夫婦の子どもたちが丈夫なワケがないのである。まだ比較的、こんな夫婦の割には
十分丈夫な方でないかと考える程だ。

上の姉ちゃんはちっこい頃から歩かせた。ちょうど高山に住んでいた頃であったが、3〜4歳頃には城山公園まで
歩いてついてこさせた。小学校高学年ともなると、岐阜城まででもハイキングコースを登っていくようになった。
基本的に「よく歩く」ということは重要なことだと思う。

下の姉ちゃんはこの「よく歩く」ということをしない。ただし、社交性ではファミリー一である。これも
大切なこと。歯並びを矯正中である。しっかり食べることは基本中の基本であるのでこれも良いこと。

一番下のこれは息子は、しっかりとーちゃんの体質を受け継いでいるらしく。この時季、鼻水ズビズビ
状態である。まだ花粉症の発症する年齢ではないにしても。アトピー傾向があるのは確かなようだ。そう神経質になるほどでなく。

昨年から、加えていろんなことがあった。とーちゃんの「ぢろう」の手術。まー細菌性なので、誰でもなりうるもの。
かーちゃんの「顔面神経麻痺」というのもあった。これも原因不明。

誰でも病気になりたいものではない。できればなりたくない。ところが、どーも病気の方はそう考えていて
くれているワケではないようだ。それなりにやってきていただけるモノらしい。

幸いなのは家族全体が生活に困るような病気は、今のところないこと。これだけで十分良し、としなければ
ならないだろう。自らも病気を患ったことがなければ、病気の苦しさ・辛さはわからない。そういった意味では
「良い勉強をさせて頂いている」のである。これは結構大切なことで、自らの痛みが家族の痛みであり、他者に対する痛みとなる。
これが「優しさ」でないかと考える。だから今、自分がどうあるか、それを考えることができる。

家計の状況を見る毎に、医療費の多額さには驚いてばかり、であるけれど。支払える状況にある以上の
幸運があろうか。悪い方にとらえなければ良いのである。

良い方にとらえよう。
病気を頂く毎に、人としての優しさを頂いている。

で、たまたま花粉症しか発症していない時季に思う次第。
どーやら、かーちゃんも本年には発症したようで、それはそれなりに大変なことになった。



2 生活テンポ

働き盛りのとーちゃんのお仕事ベースでの生活テンポはそれなりでなければならぬ。
この日この時間、あるいは突発の仕事に対し、極力計画的に対処していかねばならぬ。
そうでなければ仕事として、誰も賃金なぞ支払われるに値しない。

問題は家族との生活テンポの違いで。
いつまでに、との感覚に遊離が生じてしまう。
それは「せっかち」というのではなく。テンポの違いだ。
家族のペースを待っていられないほどに、この仕事テンポが早くなってしまう。

これはいかんなぁと感じるときは、とーちゃんなんぞ何もしないに限るのだが。
そーもいかないのが家庭というもので。
何より家族の生活の基本なのだから。
いくら半母子家庭状態といっても、とーちゃんいるときはそれなりに頼りにされてしまう。

まだ精神的な余裕というものがあるウチは、ギャップを埋めることができる。
早いほうが遅いほうに合わせるしかないのも必然。
遅いほうが合わせようにも、それは不可能だ。
ところがこの生活テンポを遅いほうに合わせることがひどく苦痛になることがある。
小排気量のエンジンが回転を落とすと止まってしまうように。
身動きできなくなる。

悪いことにこの症状が広がると、大概の事項に対し精神的に身動きできなくなる。
基本的に係わる人という存在が、全て嫌いになる。
更に悪いことに自らを否定し出すことになってしまう。

で、まだ分析できるウチになんとかするとしよう。



3 胃痛 

なーに、初めてのことではない。
お仕事している以上。
リアルに胃は痛む。
ところが。
さすがに、これまでにない胃痛がやってきた。
鳩尾の辺りから、真っ直ぐ脊椎へ。
痛みに、貫かれる。
その痛みが、これが双方の腎臓に拡散する。
拡散した後も、脊椎が痺れる。
これは流石に、何かある。

仕事で胃が痛くなるのは初めてではない。
初めて、胃が痛いのが例えでなくなったのは大垣局で総務主任の時。
大学レタックスの引受担当者となった時だった。
合格通知の担当というのは、なかなか重い。
合格・不合格に係わらず、合否結果は着いて当然。
受験生の一生を左右するに相違なく、プレッシャーはかなりのものでありました。
人は完全であるワケもないのではあるのだけれど。
こういった人の人生に係わる仕事に当たって、プレッシャーを感じない人にはやって欲しくない。
それは今でもそう思いますし、受験生のみならず家族のことを考えると尚更です。
良い仕事を当然のこととしてやろうとする。
これは、自らの胃を痛めるという表現が本物になる。
それを実感しました。

局長代理を拝命してからは、そんなことは日常で。
自らだけでなく、同僚そして一緒に働く人たちの責も、自らのモノ。
毎日、謝って過ごす日々になりました。

大局の課長代理になると更に。
精神的に胃が痛むことについては、どの程度かが。
そんなことわからなくてもいいこと、なのかもしれませんが。
わかるごとに、人としての根本を考えさせていただける。

だから、これは。ちょっと、違うと感じた。
仕事を職場を放棄してでも。医者に行くべき時と感じた。
医院に行って、症状を話す。検尿。
異状なし。血圧を測る。
下が102。何らかの発作があったことは、明らかな数値。
レントゲンを撮る。
何も異常がない。
基本的に、この症状は尿結石なのだそうだ。
その形跡は何も写らない。
触診でも異常はない。
胃自体が痛むのなら、触診でも痛いのだそうだ。
超音波エコーの機械が登場。
これは見たことがある。
細君の腹にいる子どもたちで何回も見た。
それを、とーちゃんの腹で見たところで何もあるワケもない。
とってもそのまま。
「きれいですねぇ」と医者が呟く。
「酒もそう飲んでいないでしょう」
「いえ、悪い酒は結構、飲んでます」
と、これは本当の話で。
ついでに、って心臓も見てもらって。
何もない。
何もなければ、そんでそのままでも良さそうなのだが。
お医者さまの顔色が変わって来るのはわかる。
「きれいなんですよ。どこも悪くない。」
「それはそれで超したことはないのですが。」「確かに痛んで、顔色も変わって。」
「そうでなきゃ、職場の同僚も医者へ行くに同意しないでしょう。」
「現にこんなに下の血圧が高かったことはない」
さらに、心電図もとって。
血圧は、検診中に下がっていったようです。
「常態的に高いワケじゃないですね」
って、ちゃんと言っていただけました。
結論「わかりません」
んー。このお医者さまは偉い。
ちゃんと、わからないことはわからないと言う。
と、妙に感心しつつ。
そんなんで本当は良いワケもないのですが。
身体的には健康そのもの、だという。
「もう一度発作が起こったときに、救急で診てもらうしかないでしょう」
内科の所見としては、それで正当であるとも思える。

ところが、この発作が三度あったので医院に来たというのもある。
前日の帰宅時には、座り込むどころか。
横になったところで何ともならず。
呼吸数を過度に上げなければならなかった。
これが尋常であるワケもない。

反面、一安心した。
内科的に健康な状態であることを、お医者さまから言っていただけた。
原因的に危急なモノでも、死に至るモノでもないらしい。

そうなると、あの猛烈な身体的な痛みは精神的なモノであったのか。
胃が痛むというシクシク表現では収まらない。
鈍くて見えない刀に鳩尾から脊椎まで貫かれる痛みまで。
そこまで精神的に追い込まれていたのか。

精神的に追い込まれる要因は、ありすぎるほどある。
それが仕事をすることだ、とて過言ではない。

ネットで調べてもみた。
精神的病状だとすると、適切なコンサルタントが必要なそうな。
そんな人はいないし、それに割く時間もない。

まだ大丈夫じゃないか、と考えられる要因もある。
過去の精神的障害まで、引き金を引くような人ともお付き合いせざるを得ないが。
反面、理解者だっていることを自覚している。
何より、表現する力を失っていない自覚がある。
「どうしたの。死にかけの顔して」と言ってくれる人がいる。
その貴重さだって感じることができる。

あって欲しい経験ではない。
それでも、経験は何らかの糧になる。
そう信じて。

まだ精神科へは行かない。



4 魚の目診断で靴を買う 

例によって風邪が治らない。
繁忙期と言えばそれまでなのだが。
年中、繁忙期ともゆー。
仕事があるというだけで有り難いことで。
これが年中繁忙期なのだから、有り難すぎる。

たまに休みがとれれば病院に真っ先に行くのは必然かつ当然のことで。
行きつけの病院ならば、いろいろ相談もできる。

風邪が治らないのは、わかっているにして。
休日の朝には、思った以上に時計が進んでいる起床時間。
ということは、絶対的に。自らの身体が睡眠を欲している。
おそらくそれは、全ての現状況での病の発端に他ならないだろう。

帰ってきてウダウダする時間が最も不要な時間のような気もするが。
それは精神的に必要なことなのだと、また自らが呟く。

風邪の方は、あと数日で治るということで。
「いや、ここんとこ。先生ともかなり話せるようになってきたので。
内科医の先生には専門外かもしれませんが。実は足の一部に痛みがある。
豆かと思っていたが、そうではないらしい。これは一体なんですか。」
と伺うと。一見して。「魚の目」だという。
「親父が外科だから、診てもらってください。」となかなか便利な親子医院。

「こんなことは初めてなんですが。」と言うと。
「靴を履く上ではよくあることですよ。」と親医者。
「ちょっと削りますよ。」と外科用のメスで削られる。
「痛くないから、力を入れないで。引っ込んでしまう。」と言われても。
力を入れてしまうのは、何ともいたしかたない。
「手術をすると10日程は歩けません。そんな時間はないでしょう。」
と、わかっていらっしゃる。
「軽石でこすって削ってください。あとはハンド・クリームを擦り込んで。」
なかなかアバウトな自宅療法を教えていただく。
「靴は変えた方が良いでしょうか。」と訊くと。
「どっか合っていないんだよ。」とおっしゃる。

仕事用の靴は購入して1年にもならないが、確かに当たる感覚はあって。
この機会に変えることを考えてもいた。
外見よりも、内装のしっかりしたものを買うことにしよう。

靴屋に行って、事情を話すと「ローファー・タイプはやめた方が良い」と答えていただけた。
「歩くことを考えたら、紐で縛るタイプの方が良いですよ。」とアドバイスいただいた。
ビジネスウォーキングに適した靴。というのもあるもんだ。

靴屋の帰りに、軽石とハンドクリームも購入する。
なんちゅーても、身体が資本。
仕事用となれば、それなりに投資もしなくちゃ。を改めて感じつつ。

ライディング用には、ここんとこずっとelfの靴を愛用している。
1万円を越える、最近では高めの靴だけれど。
靴ひもで足の甲を調節した上で、足首でマジックテープ止めする。
この靴は、魚の目が出来てからも痛みを感じない。
いや、何のために仕事をしているかというと。
ひとつには護るべき家族のためであり、もうひとつにはバイクに乗るため、であるからして。
ライディングシューズが良いものであるに越したことはない。
目的は「バイクに乗ることの出来る生活の維持」なんだ。

値段からすると、それよりちょっと下のところで。
使えそうなビジネスシューズを購入できたのは満足で。

翌日は履き心地の良さを再確認してしまった。
これで魚の目が治るかどうかは。まだ、あるのでわからないところなのだが。
「何ともならなくなったら、また削ってあげるよ。」と親先生が言っていただけたし。
ひとまず10日も、歩けない生活になることは心配しなくともよさそうだ。

軽石とハンドクリームには、数日毎にお世話になっている。
痛みというのは、それなりに有り難いモノで。忘れがちなときには痛い。
たかが魚の目で、生死に関するモノで無し。
それでも痛いモノは痛いとちゃんと感じる。
感じることができる幸せは、自覚しなければならないモノ。

早めに医者に相談できた幸運や、ニーズを伝えることが出来る幸せ。
こういったプチ不幸があって、感じることができるものだね。

良いことは日常そのもの。
何事もないこと以上の幸運はない。
自覚できるのも幸せというものだろう。



5 頸椎症と診断される

ちょっとおかしいかな、と感じつつも。ちぃとばかりに、食欲が減退し。
モトモト話をするのは好きな方ぢゃないが。もっと鬱陶しさが増し。

何より、アルコールを受け付けぬ。体温が上がる感覚で無し。その逆。
体感、寒くってその逆に体温は上がるもんだが。実質、体温が下がる。

身体の中心線、脊椎に沿って。痛みが奔る。
加えての、不規則な腹痛。後頭部から喉頭にかけて、顔面をピリピリとくる痺れ感。

これが尋常であるワケもなく。

仕事をやっとれる状況では、勿論なく。何より、風邪の感覚とは違う。とは思いつつも。

かかりつけの内科に行くのが、まだ通常の行動。症状を先生に言うと。
「外科です。外科行って下さい。」とここは、内科医の親父さんが外科医という。
まことにもって好都合な展開であったのでした。いや、しばらく前までは外科だったのが、どっちも。
に、なったんだけど。だったら親子で情報の共有はして欲しいのが患者の身。
であるのだけれど、ここでも同じような症状は話をしなきゃなんねぇのね。

で、レントゲン撮られて。三枚、撮られた。
口を開けて撮られたのも、あった。

「頸椎の変形です。ストレスですね。」「40を越えると、よくあるんですよ。」
っても、それは病院へ来る人がよくある、と解するべきなんだろう。
痛み止めの注射を腰部に打たれて。何だか、全身マッサージ器に入れられ。
首を機械で吊られる。
終了後「どうでしたか?」と親父医師。
「いや、どうだったかって。とまどっています。」と正直な感想。
「初めてだったんですか?」って、こんなん少なくともそうであって欲しい、だろ?

診察終わって、薬局で待つ間も吐き気を感じ。
暫し、動けず。
その後、更に痛みはまる一日続き。
食欲は更に一日無かった。

続けて首を吊る器械には入らねばならないらしい。
三回終わったトコで、こうやって書けるようにはなっています。

2004.03.29.up



6 漢方薬を処方される。


3月の末に、変形性頸椎症の診断を受けてから3ヶ月になろうとしています。
ストレスから来るモノとのかかりつけ医師の診断です。
最低、週に1度は機械で頭部を引っ張りに行きます。
この程度では、快方に向かうのではなく、気休め程度なのでそうですが。
なにぶんにも、それ以上に休みをとって医者に行くというのは働き盛りのおとうさんには無理。
たまの平日休みにも、医院に出かけて治療は受けますが、それでも最高で週2回というところでしょう。
ここのところの体調上の問題点は、微熱が続いていること、血圧の最低が高いことにあります。
微熱、といっても7度を超えて明らかな微熱ではなく、6度代後半。
元々の平熱は、そこまで高いことは無かったのです。
血圧の下が高いのも宜しくないらしい。

おおよそ、ストレスの原因はわかっているのですが、何とかなるものでもなく。
自分で解決できないモノを悩んで、ストレスをため込んでも良いことは何もない。
そんなことは理屈ではわかっていながらも、割り切ることはなかなか難しいのです。

仕事上のストレスとわかっていながら、それを割り切ることができない。
プライベートで、子どもたちの顔を見ること。これはここんとこ一番の楽しみ。
特に一番下のちびっこは、自閉症を乗り切ってきた感があります。
おとーさん、おかーさんとも言えるようになりました。
ボタンも自分で留めることができるようになって。
まだ、保育所も障害児枠ですが。それなりに頑張っています。

バイクで別のストレスを与えることで、元からのストレスを解消する。
ずっと、やってきた手法ですが。

プライベートであろうが、休日であろうが、携帯はかかる。
休日に携帯が鳴ると「ぞっ」としてしまう。
あまり良いことでは、かかってきませんしね。
拘束されている恐怖感にかられてしまうんです。

こういったことは、まだ書ける。ということはまだ正気はきっと、残っているのでしょうが。
精神的な追い込まれ感が、脅迫観念にまでなっている状況ですね。

かかりつけの医師も、ある程度はわかっていただけるようで。
なにしろ、仕事上のことは極力、人には言わないモノだ。
自分の仕事や職場の良くないことを話すことは、自らを傷つけることでもある。
その方が辛いでしょうから。
「漢方薬で対応してみましょう。」ということになって。
葛根湯なんですが。薬局でもらったら、やっぱりツムラで。
風邪と肩こりに効くそうです。
即効性はなくっても、体質の改善がよろしいとのことで。
そう言うまでもなく、ここ数年、体重は徐々に減少傾向なんです。
極端に減っているワケでもないので、こちらは大きな問題として捉えていませんが。

まだ、医者へ行けるだけ良いと思わなくちゃ。

2004.06.19.up



7 自律神経失調

11月も下旬に入ったところで、身体の異常には気づきだしていたのですが。
顕著に出たのは、23日からです。
飲み会のお誘いを受けて、行くことは言ったのですが。
ちょっとも、飲めない。食べられない。
顔から血の気は引いていき。
吐き気が来れば、トイレには行くものの。吐くことはなく。
ただ、次に脂汗が流れ落ち。
と、なれば。尋常なハズでもありません。

それでも、翌日は仕事へ。
夕方以降になると、堪りきらず。
局長室のソファーで横になり。
帰宅できる自信もなく。細君を呼んで。

翌日も、避けられない出張のため、仕事へ。
出張後、医者へ。

広い意味での自律神経失調症。立ちくらみのようなモノ、という診断でして。
これが、それ程甘くない。
血圧が急低下した後で、その反動で急上昇する。
内臓もまともに動いていないようで。腹が張る。
胃から背中に架けての激痛。
横になっても、必ずしも楽にならない。最低限、横にならざるを得ないのですが。
それでも、血圧の急低下と急上昇を繰り返しては。どちらの薬も使えない。

の、状況で。土日も、もちろん仕事しまして。
月曜日も。
夕方以降になると、とにかく症状が起きる。
自分では何ともならない。

で、火曜日本日、もう一度医者へ行きまして。
もう、本当に平常時の血圧は安定しているのですが。
前日夕方から夜間の痛みが残っているだけで。

何らかの条件が一致しなければ、起こらない症状。
と、言いながらも。もう一週間近くともなれば。
大概以上に参っております。
食欲の減退が、最も顕著かな?
夜、横になっても楽にならずノタうち廻る。

漢方薬を処方していただきました。
これでちょっと、良い方向へ向かってくれると良いのですが。
2005.11.29 .up



インフルエンザの予防接種。1,200円。
嘱託産業医の先生だから。きっとお値打ちなんだろぉ。
職場の皆様と一緒に、注射していただきました。
でも、何型対応なのか。わからない。
誰も気にしてなかったみたいで。話題にも出ず。
んー、何型ワクチンだったんだろぉ。
2006.11.07 .up



簡易保険の満額分を、そのまま終身保険にしようとしたら。
簡易保険事務センターから拒絶されました。「なぜ?」
定期的に神経性頸椎症のリハビリに、病院にいっているので×。だそうです。
定期的に高血圧も見ていただけるので、私的にはとても良いのだが。
2007.02.01 .up



胃腸風邪です。昨日の朝から。下痢激しく。
かかりつけのお医者様によると、ピークは本日まで。だそうで。ちょっと安心。
薬は5日分。整腸剤だそうです。「飲みきってください」と言われました。
2007.02.16 .up



第199回 血便

平成19年3月12日の朝は、一見平穏に始まった。
昨日からの雪は、まだ舞っていたモノの。いつものとおり、起床は午前5時半。
コーヒー牛乳とトースト。これも、ここのところの朝食。
排便もマトモに。 と。 この時は思っていた。
平成13年の痔瘻以来。ウチはウォシュレット。洗浄して、まじまじとは。
ココのトコ見ていなかった。 それよりも天候が気になる。何より雪が舞っている。

細を隣に載せて、アトレー出勤。年に何度もは無いけれど。
雪降りデーの基本は変わっちゃいない。

始業は午前7時だけれど。そのちょっと前からは動いて。
午前7時50分頃、排便欲求を感じて、職場のトイレに。

久しぶりに血便を見てしまった。
今回は痔瘻じゃない。

そんなんで。まぁ、それでも仕事はそれなりに、しっかりやりまして。
そのままにしておく、なんていう選択肢は。はなっから、ありません。

翌13日は、かかりつけの医者へ。
神経性頸椎症のリハビリも、継続中だから。何でも話しやすい。

「怖いのは大腸癌だね」と、センセイも私と同意見。
痔瘻経験者は、もちろん知っている。
「内視鏡で見てもらった方が良いですよ」と、センセイお勧めの病院を当たっていただく。
2軒当たっていただいて、どちらも「5月中旬以降しか見れないそう」
「内視鏡はウデの差が出るんですよ」というノと。その手の患者が多い証。
「市民病院へ行ってみますか?」という裏には。あまりお勧めじゃないのは、おおわかり。
何しろ、ウチから一番近いのだが。やたら混む。
何ヶ月か待たされるのも覚悟の上で。今日、診てくれるという。
もちろん最初は外科だ。あまり行きたい病院ではないが。それでも。
前回のことがあるから。比較的、外科は行きやすい。

いったん自宅に帰って。保険証を持って。
そうそう、文庫本は必需品だ。何でも良いが。

外科へ紹介状を持って直行したら「初診受付をして」と言われた。
そーゆーものなんだ。 紹介状があっても、随分と待たされる。これも同。

それでも小一時間後には、診察室へ。
紹介状があるからって。話すことは、かかりつけの病院と、そう変わらない。
ただ「そこに横になってください」が、あって。続いて「膝を抱え込むようにして」
ジーンズとブリーフを降ろされて。「ちょっと気持ち悪いですよ」と。突っ込まれる。
「血が付いていますね」それはワかって来ているんだが。
「第二内科へ行ってください」が、結論で。
「もう一回、初診へ行ってください」そーゆーことなんだそーな。

初診の受付時間は廻ってしまったのか、記入用紙は無かったけれど。
受付のお姉さんに言うと出してくれた。そーゆーものなんだ。

第二内科。ここでも待たされる。
文庫本を持ってきて正解。なかなか落ち着いて読めないケド。
ここでも待たされた末。体温計って、検尿。体温は36.4℃だった。平熱。
で。また待たされて。内科の診察だ。
ここまできて、やっと内視鏡をやってくれそうだ。
「時間はありますね」と言うセンセイが。ま、 そーゆーことだ。

浣腸も順番待ち。 暫く我慢してトイレに入ったら便の廻りは、やはりピンクだった。

昼も廻っちゃったので。いつ細に電話しよぉか。等と考えつつ。
処置室は、2階でありまして。
一階上ぐらい、歩いて上がるのが普通なんだが。たまには患者らしくエレベーター使用。

ここで待たされた。  ここでも文庫本を持ってきて正解だな。
でも、2時間近く待たされるとは思わなかった。

で。内視鏡です。お尻に穴の空いているトランクスに履き替えて。
肛門の廻りに塗られて。入ってきました。
病院慣れしているよぉで。初めてなんだな。

また内科に戻る前に。一階の銀行ATMで降ろしておきました。
この調子じゃ。支払い時に時間外になっている可能性高いからな。
ついでに公衆電話から細に電話。
「時間になったら下の子を迎えに行くから」と。もぉ、そんな時間か。

更に内科で待たされて。
「次はいつがいいですか?」とセンセイ。まだ続編がある。ってことだね。
「じゃあ2週間後、ということで」

再度、外科に寄りまして。 ココでは待たされなかった。
かかりつけの病院への、手紙を渡されました。

請求書発行では外科・内科、2枚の請求書を渡されまして。
まー。降ろしておいて正解です。ココで払えないのは寂しいからね。

いったん帰って。タバコを一服。真面目に持って行っていません。
携帯電話も同。ちゃんと置いていきました。

薬局はいつもの、かかりつけ薬局。その後、振り出しのかかりつけの病院へ。
こんで午後4時半。午前9時に家を出て、これだもの。
そこそこの体力がないと、病院には行けません。
07.03.13 .up



第201回 大腸内ポリープを切る

さて。前々回、ちょっと書いたよぉに。運命の4月10日でございます。
前日は昼から、何も食べておりません。何か考えて、この昼にココ壱番屋へ行ったワケでなく。
ちょっとは考えて。たまの贅沢のWトッピングにはしたものの。
そこからは。水とポカリと、煙草のみ。気晴らしの煙草は止められない。
就寝前指示のある下剤は3錠。ちゃんと飲みまして。
ゴロゴロと来るモノと。多少の覚悟をしつつ。何も無く。就寝。

こんな日くらい。ゆっくり眠れれば良いのに。起床は午前5時半。
何も食べられないが。煙草とペパクラ。水とポカリ。
今回はガンダムNT−1を作っております。
アトは脚だけ。の、状況から完成へ。
上の娘が起き出し。細が起き出し。
下の娘と、一番下の息子も起き出す。
息子が養護学校へ行く時間になると。そろそろお時間でございます。

ガンダムNT−1は完成しちゃったので。
ここのところ作りかけては挫折している「のほほん水色学園」から。
涼宮ハルヒをプリントアウトしまして。はさみと木工用ボンド、精密ドライバー+。
何しに行くんだろぉ。というくらい。気楽に行きたい気分。

定刻AM8:45の10分頃前に到着いたしますと。既に混雑の岐阜市民病院。
隣に住んでいるけれど、知らなかった。これほど朝から混んでいるんだぁ、と妙に感動しつつ。
どーせ、ずっと待たされるだぁ。と思っていると、予想外。
午前9時には、大腸内視鏡検査を受診する名前が呼ばれまして。
総勢十数名。ゾロゾロと看護師さんのアトについて。別室に移動。
その部屋の机には、人数分の下剤2リッターが配置されていたのでございます。

定例と見える看護師さんのご説明の始まり。
「みなさん、就寝前に下剤3錠は飲まれましたね」
「今朝は食べてきた方は、いらっしゃいませんね」
と、確認事項。「以前、検査を受けたことのある方は?」の問いに。
半数以上が手を挙げる。みなさん、ベテランなんですね。
机上に置かれていた2リッターの下剤は、15分おきに1杯ずつ飲むそぉで。
水分のよぉで、身体には吸収されないそうです。 ふむふむ。
飲んでみると、スポーツドリンクと変わらない感じ。
私的には、どうということのない。ちょっと変わったスポーツドリンク。
これが年輩の方々には、ひどく飲みづらそう。
ポカリが発売当初、飲まれなかった理由?
その後の解説ビデオが終わる頃には、2杯目。

看護師さんが部屋から消えて。ビデオも終わり。
皆さま、下剤の効果を上げるために歩き回っている?
私もペパクラ製作メインながら、トイレの場所をチェック。
消化器内科のトイレだけじゃ、まもなく一杯になることが目に見えております。

どーしても液体下剤を飲みたがらないじぃちゃんに。付き添いのばぁちゃんの困惑と。
いくばしかのトラブルはありながら。まぁ、私のトラブルじゃないか。
3度トイレに行って。
排便が前から出たモノか、後ろから出たモノかの区別がつかなくなり。
それでも後ろから出たモノであることは、自分が一番知っている。
2リッターの下剤も午後11時半には飲み終わりました。

処置室前に氏名と年齢を記入した用紙を入れまして。
まぁ、待たされるだぁ。と、一階のATMで1万円を追加。

ペパクラ・タイムとしておりましたところ。想外に早く名前を呼ばれました。
それでも1時間半くらいは待たされましたが。
急いで、ペパクラキットをおかたずけし。
後ろに穴の空いたトランクスに履き替え。
あまり愛想とは関係のない世界のドクターがやってきていただければ。始まりでございます。
体位の入れ替え指示もわかってきた頃に、内視鏡は奥まで到着。
ここまでは私も信じたかったのさ。「何も無かった」と、行っていただけることを。
「EMR(だと思う。聞こえたまま)」の声とともに。看護師さん、駆けつけまして。
アトの会話で、それが師長だとわかる。
「小さいけれど切除します」
大腸の中がモニタに映し出されているのは知っていても。
途中から見ていません。この意気地なし。で、ございます。
さらにグニグニとやるウチに、もう一個発見。
これは、一度見失ったようで。
先輩らしきドクターもやってきましたが。
ちゃんと再発見して。
今度は、師長さんが「アースをつけます」と左ももに金属を付けたところを見ると。
焼き切り。

気づくと反対側に新人医師らしき方々が並んで見ていたり。

やられている立場としては。一瞬一瞬が夢中ですから。
時の経つのがどの程度だったのか。
「長かったですね。お疲れさまです」と看護師さんが声をかけていただいた。
ということは。そういうことなんでしょう。1時間くらいのことだったんじゃないかと思います。

処置室から出て。やってきた看護師さんから、術後の注意。
「運転はしても良いですが、自転車は止めてください」
と、おっしゃいますので「バイクは?」と、聞いちゃう。
「止めてください」って。どうやって、通勤すりゃ良いんだ。
一週間は、まともなごはんは食べられません。
考えてみれば、帰って良い、というだけで。手術だったんですからね。

請求書の額が2万円を越えていました。
まだ午後3時前で良かった。なんとか、再度のATMで間に合わせ。

ゆっくり。
歩いて帰ってきました。

仕事は休めそうに無いです。
無理はできないながらも、やっていくしかありません。
07.04.10 .up



第207回 人間ドック&歯科医へ

体調的に、いろいろございましたので。ちょっと早いかなというトシながら。
それでも40代後半に突入しましたので。そんなモンでしょうね。
初めて「人間ドック」とかいうのに、申し込んでみて。行って参りました。

村上記念病院です。JR岐阜駅の北口西よりですね。
岐阜市民病院すぐ西隣のウチからだと、歩いてもしれている。のではございますが。
TZR125Rで。本当に素直なゲタなんだ。駐輪場で良いしね。
東棟で7階までエレベーター。階段の方が好きだけれど。
ココは、ご案内のとおりにしておくのが。無難というモンだ。

受付で検尿・2回分の検便を渡して。
更衣室で、受診用の衣料に着替えて。
時間まで、ゆったりとしたフロアで待つのさ。

文庫本を持って行ったのだけれど、見開くよりも。
でっかいTVを見ていました。プラズマかな?やってるのは、普通のNHKだったんだれど。

受付の順番は20でした。全部で40人くらいかな?
ほぼ時間通りに始まって。これが、午前8時45分かな? 先ずは採血から。
終わると、同フロアの奥の部屋で。みなさま揃ってから、ガイダンス。

10人ずつの順番で。一階下のフロアに降りての。検診でございます。

私の場合は、X線から始まりました。
次に医師の問診。直腸検診も。

そんで身体測定しながら。内臓エコーと心電図。
胃検診では、「どの味のバリウムが良いですか?」と尋ねられました。
4種の中から選べるんです。パイン味にしました。
歯科検診へ。「歯石が溜まっていますね」って。そんなこと。気にもできない毎日だったことに気づく。
で。胃検診は。センター線に合わせるのに苦闘いたしました。
技師の指示に従ってグルグル。これって。ワリと難しい。
そんで。眼圧測定に、聴力検査、っすね。
全ての検査が終了したのを確認していただいて、改めて。元の上階に戻るのさ。
「着替えてきてください」と言うので。いつものライディングフォームへ。
ここで会計。「10時45分から医師の面談ですが、昼食を上の階で摂ってきてください」との指示に従い。
って。岐阜駅北側の。まるでスカイ・ラウンジ。で、昼食。

面談の結果ですが。ありがたいことに。
現在、悪いところはありません。これまでイロいろありすぎ、だったからね。
これが、いかにあり得ないことかは。よく分かっている、つもりでございます。


そんなんで。

帰って直ぐに、細に歯科医を予約していただきました。
子どもたちのかかりつけの歯医者さんへ。当日と、言いたいところ。ソコはそうもイくはずもなく。
翌々日へ。

で。 今回もTZR始動。細は「歩いて行ってもいいのに」と申しましたが。
何しろ。ゲタだし。ライダーとしての最低限の、気合い入れであったりもします。
歯医者に好きこのんで行く奴なんざぁ、いるものかい?

「時間どおりに診てもらえないコトも多いよ」と細は申しましたが。
ほぼ時間通りに。 開始していただけまして。
昔年の歯石を取っていただくことになったのでございます。

岐阜に来てからは、子どもたちの付き添い以外に。歯医者に行った記憶がない。
とゆーことは。9年近く振りかな?

私の場合は、下の臼歯最前列が問題だそーで。
えぇ。高山在住時代。左は抜歯していただきました。
右も小振りで。歯磨きしにくい状態だそーです。
これは抜かずに、状況を見た方がよろしい、よぉで。

それよりも。 下の親知らずは。まだ。健在だったんだね。
改めて感じさせていただいたのでございます。
もちろん、どっちも。機能していないんですが。

で。 歯科技工士さん?による歯石除去。
「凍みたり、痛かったら言ってくださいね」とは、申されましたが。
毎度。この基準は、わからん。
直腸ポリープを摂った記憶からすれば。 大概。 なんともない。  からね。

昔日の治療跡が、虫歯とは行かないまでも。なりかけ状態だそぉで。
結果は「また、来てね」 でした。

バックミラー映した歯の状況は。かなりの満足度有り。
まぁ、また行かねばなんねぇ、と思います。
07.05.18 .up


今年も忘れずに、人間ドックに行ってまいりました。
朝は雨だったので、バスに乗って。西問屋町下車。
昨年より、ちょっと体重。増えました。でも体脂肪率は21%。
メタボの心配は無い、との診断です。油断禁物だけどね。

ほんでもって、しばらく。かかりつけの病院へ行っていなかったので。
このシーズンの要注意。水虫も診ていただきました。
まぁ、ちょっと。キてる。
それ用の薬も、処方していただきました。
08.06.17 .up



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