とうちゃんの気のむくままに・障がい児 4
障がい児 4
第1756回 息子の体育祭
9月18日は、息子の通っている岐阜特別支援学校の体育祭だったようです。特別支援学校でも、高等部になると。
運動会ではなく、体育祭という表現になるらしい。スローガンも「最後まで全力!! 仲間と団結!!」と、それらしい。
競技種目の名称は「水族館へ行こう!」「ぎふとワールドカップ」「ティーダ!晴れたら沖縄へゴー!」なんて
何のことか、わからない。運動会、と呼んだほうが相応しそうな。「力を合わせて(綱引き)」「ぎふとリレー」は、
わかるのだれど。主役は、子どもたちであり。力を合わせてがんばる ということを、体験できれば。
小中学部とは違って、保護者席からは遠い場所になっていたようで。細も写真撮影は、難しい部分もあったらしい。
それぞれが、大きくなっているから。それは いたしかたない。数枚でも撮ってこれただけ、良しとしましょう。
当日は、仕事で見には、行っていないのさ。 2014.10.31.up
第1825回 息子の誕生日
11月26日は、息子の16歳の誕生日でした。どうして3人目の誕生日は、忘れがちなのだろう。
11月半ば過ぎに息子が風邪を引いて、細も私も いただいてしまったから。それだけではなくて。
夕刻になって、細が気づくまで。忘れていました。岐阜市民病院の、すぐ西に住んでいたので。「ちょっと
生んでくるね」と、細が歩いて出ていった。あの日から、ちょうど16年が経っていたのでありました。
上の姉ちゃんの時は、北勢で仕事が終わってから。阿下喜の坂を降りていったものだった。下の娘の時は、
高山で仕事で。神戸の産院までの道程の、関〜金山線の桜の花びらが舞い降りていて。それぞれに強く憶えている
ものなのです。この2人の姉ちゃんたちが、なかなかしっかりしていて。3人目の時は、生活に支障が ほとんど
無かった。というのも、父親としての感覚的に、上2人ほどの記憶を残さなかったのかもしれません。
誕生日だからといって、特に何か してやるわけでもなし。毎日が、王様のように愛されていますし。
それでも、ささやかに。ろうそくを立てて、バースディを祝ったので ありました。 2015.01.08.up
第1831回 岐阜特別支援学校 ふれあいフェスタ
11月30日は、岐阜特別支援学校の ふれあいフェスタ でした。一般の高校での、文化祭のようなイベント。
小学部の頃から、高等部のお兄さんお姉さんたちの作ったモノ等も見てきました。今年は、その高等部のお兄さん
となっての ふれあいフェスタ。私は勤務の関係で、行くことは できませんでした。細が何枚か、写真を撮って
きてくれました。何やら、お客さんの前でやっている姿は、これのみです。何をやっていたのか、わかりません。
送迎のバスに乗るのは嫌がりますが、学校が嫌いなワケでは ないらしい。送迎のバスに同乗する他の子どもたち、
特に小さい子たちが。何をするか、わからないのが。どうにも苦手らしいというだけで。夜更かしして寝坊して
遅刻することは、日常のようではありますが。なんとか、特別支援学校の高等部に通ってはいます。彼にしては、
かなり頑張っているのだとも思います。 2015.01.14.up
第1840回 ゆりかご に、行く
12月11日、ゆりかご に行きました。障害者支援法の改正で、障がい児を預ける際に、療育計画を療育士の人に
立てていただかなければ ならなくなったそうで。そんなことは知らなかった。では済まないのが、この手の改正。
ウチの場合は、細が日常的に息子の面倒を見ていていられる環境には あるのですが。日常的に、というのが。
ずっとになると、息子も学校以外の家の外の世界を知らない ことになってしまいます。というようなことを主な
目的として。あじろ診療所併設の ひめゆり に、時々 預けたりも しています。北方町にも、そういった
障がい児を一時 預かっていただける施設が できてはいるのですが。どうも息子には会わなかったようで、
もう行かない。と言うのも、まぁ そんなこともある。この他に、息子のやっている療育としては、音楽療法。
特別支援学校で知り合った母親達で、やっているのに。月に何度か、行っています。これくらいです。
で、その ゆりかご に。どうやって行けばいいのか わからない。地図で見ると畜産センターの近くらしい。
と細が言うので。細と息子を乗せて行ってきたのでありました。椿洞の畜産センター、そのすぐ西の建物です。
療育士の人は、その道の人だけあって。障がいについて、わかっていらっしゃいました。雷を怖がる、小さな
子どもを怖がる。ここ数年の息子の行動は、予測できないものを恐れていた。自閉の障がいというのは、座って
いた場所に戻ってきて、そこに知らない人が座っていると。その人を叩いてしまう行動をすることがある等。
そうだったのか、そういった表現が できるものだったのか。気づかされることが多く ありました。
療育の計画書を作っていただけることになりまして。なんとか、この問題はクリアできそうです。2015.01.23.up
第1885回 息子の脊椎湾曲、保留にしました
2月3日の午後7時半の約束だったか。息子の脊椎湾曲で、担当している医師から。父親にも会いたい。という
意向があると、細から伝えられて。岐阜大学医学部付属病院に、行ってきました。日時指定は、担当医の。これも
また、意向なれば。そぉゆぅモノです。岐阜大学医学部付属病院は、わかりきったトコです。なんてったって、
岐阜西郵便局郵便局局長代理時代の、集荷先でも ありました。日が落ちても、迷いようがない。待ち合わせの
7階まで、へっちゃらに階段を登る息子。エレベーターは見るモノで、乗るモノではない。貴方の心情は、わかって
いるものの。あんた、とーちゃんが50過ぎだって。絶対に、ワカっていない。非道いけれど、そんなモノです。
そこから更に待たされる。まぁ、病院というのは。待たされるモノです。ただ、それが。自閉の障がいを持つ
息子のコトは。担当医は考えていないなぁ。紛らせる方法は、わかっているのが親。というモノです。さらに
待たされたとしても。多分、先に入った。あの少女と、その親との説明も。あったのでしょう。約束の時間より
小一時間、待たされたとしても。それは、理解しよう。それはそれで、大切なことなのだ。息子を待たせるのが、難儀。
担当医の説明は、病状の確認から。まるで夫婦の意思疎通が為されていないかのような説明には、うんざりする。
手続き上、必要なことなのだと納得しよう。それについての説明は無い。脊椎の湾曲は、進行しつつある。
肺への圧迫は、認められる。それに対する緊急性の説明は無い。腰への痛みも出るハズだが、という説明に対しては。
既に本人から出ていることを伝える。かなり一方的な説明に、苛立ちは つのる。息子が慣れてきた担当医だと
認めよう。自閉症児が慣れるのには、かなりの時間が必要。ただ全般に、担当医の。手術は、してやっても良いが。
その前後の面倒は看たくない。という意向は、感じられて。これは全く理解できない。何のために手術を希望するか
と言えば。息子の、今後を含めた幸せの ためである。自閉症児の術前術後の、本人への意思疎通の困難さは。
わかっちゃいない、と理解した。決定的だったのは、彼のナンセンスな質問であった。「手術の後、一月程度。
仕事を休めるのか」が、それ。なぜ父親が仕事を続けられるかは、子どもが可愛いから。に決まっている。少なくとも
私は、そうだ。仕事は、替わりの人でも足りる。これは、どんな仕事でも そうだ。いかな重職で あったとしても。
その人の前職がいて。いなくても、回っていた。なぜ、こんなナンセンスな発想が できるのか。そんな発想の
できる根底というのが信じられなくて。私が彼に言ったのは「何でも、自分の思うとおりに なると考えては
いけない」という至極、当然のこと。彼から出てきた「あなたとは、ウマが合わない」という発言には。
どんなに穏やかな父親だとて。怒って席を立つべきだ。そして私は、そうした。少なくても、そんな担当医に
愛息子の手術は、して欲しくない。残った細が、どう思ったか。彼女の言うには「とにかく手術を、して欲しくて」
で、あったのだが。なぜ、そうした結論に至ったのか。息子の今後を考えるうえで、困難が あることに気づいた時。
担当医から、一緒に解決を図ろうとする意向が無かった。今回の手術を しましょう、というのは。担当医が勤務する
病院を替わるという、医者の都合と。体力のあるうちにという、親の都合であって、息子の都合では無い。こういった
ことを話して、理解を得ることができたと思っています。一月以上、経ってから書こうとは思っていたけれど。
やはり間違ってはいなかったと考えています。 2015.03.12.up
第1989回 息子は、遠足
5月15日、息子は遠足。名鉄岐阜駅まで送り迎えをしました。どこの駅でも周辺は、一方通行が多くて。クルマで
行きたくないポイントでは、あるのですが。そんなコトは、言っていられません。その昔、パルコのあった
スクランブル交差点の手前で、細と息子には降りるように言っての駐車場探し。岐阜中央郵便局南の駐車場に
入れようか、とも思ったのが。車高制限、あり。道の反対側に「10分50円」の看板を見つけて、たまたま
空きあり。そちらに入れたのでありました。細とも、合流。息子は既に、学校の仲間達と座っていました。
セントレアへ行くそうです。広い場所で、迷子にならないか。エレベーターには、乗れるのか。そもそも集団行動が
とれるのか。自閉の子には、不安が一杯。症状の重い、息子のような普通科の子どもたちだけではなく。工業科の
子どもたちが、リーダーとなって引率の補佐をするそうですが。それでも何らかの障がいを抱えています。引率の
先生方も、そんな子どもたちも多い状況で、いつも大変だろうと推察ができます。深く、感謝いたします。
その日の夕刻には、元気に帰ってきました。Loftの探検は、欠かせないらしく。遠足が終わったばかりだと
いうのに、Loftの上階まで階段を登っていく。つき合わされる親の体力が、モたないのが日常であります。
2015.06.25.up
第2010回 息子と、床屋
5月31日、息子と床屋に行きました。お休みの日は、昼近くまで寝ている。というより、いつも そんななのを。
学校へ行く日は、無理矢理 起きている息子。「今度の日曜日は、床屋さんへ行くよ」と言っておいたのが、
この日は比較的 早めに起きる。くすぐったがりの息子が、どうして床屋に行くために。と考えるのが、普通の
ところであります。彼の目的は、床屋さんに置いてある 週刊誌のグラビア。袋とじも切ってあって、少年から
青年へのカラダに変わりつつある彼。床屋さんには、とうちゃんと行くのですから。かあちゃんに見止められたりも
しません。床屋さんも息子が、そういう年齢であることを解していて、彼の行動を止めたりもしません。思った
とおり、床屋さんに着くと。次々と見開きます。この日は、先客がいたので。思う存分、堪能できたようです。
くすぐったがりは変わりません。電動のバリカンにも、ビクビク感が。彼の感情が伝わってくる。カットして
いただいている間、手をつないで。足も押さえられるようにしておかないと、まだ危険です。熟練の床屋さんの
腕が あっての、息子のヘヤカット。危険度が高い 顔剃りは、しません。まだできない、というのが正しい。
コミュニュケーションの難しい 自閉症児が、床屋さんでカットしていただけるというのも。親としては、嬉しい
ところであり。夏向けの頭になった息子が、できあがりました。帰りは「コンビニ」と言う息子。軽海の ミニ・
ストップに寄って、飲料を買ってやる。一仕事 終わって、喉の渇きも潤したい。その気持ちも、わかります。
2015.07.16.up
第2066回 息子と床屋
8月9日、息子と床屋に行きました。行きたくても、なかなか行けなかったりもする。自閉の息子だから、行ける
モノなら一緒に。というのも、ありまして。今回 間が空いたのはは、私の精神的余裕の無さが大きいかな?
息子のお目当ては、床屋さんに置いてある雑誌なのは わかっています。グラビアなんかは、ねぇちゃんのいる
ウチでは、お目にかかれない。そういったのが気になる年齢に なってきていて。カラダは普通の高校生と、
成長しているのですから。床屋に入っていって、店主の了承を得る前にテレビを つけてしまう。社会的に
行うべきコミュニュケーションは、取れません。勝手にチャンネルを換えようともするので、リモコンを
取り上げると。テレビの本体で、チャンネルを換える。こういった知識はあって、できます。この日、主に
見ていたのは、高校野球。そんな時期だね。野球のルールなんかが、わかっているようには見えないが。
自分と同年代だからでしょうか。そこいら辺りは、わかっているよう。三者的に見て、自閉の子は幼く見える。
バリカンは、怖いようです。音に反応して、ビクビクッてする。くすぐったがりも、あります。かなり
押さえつけなくても できるようになりました。相手がカットしやすいように、じっとしている。相手があることは
自閉の子には難しいハズ。怖くて首を、すくめてしまう。なかなかカットさせてくれないのも、いつもどおり。
「終わったら」と言うのは「コンビニに連れて行って」という意思表示。軽海城前の ミニ・ストップに寄って
帰ってきました。 2015.09.11.up
第2114回 息子、運動会
変わらず、朝 起きるのは苦手な息子です。学校で、やりたくないことが一日の始めにあると。わざ゛と起きてこない
フシもある。そんなことには、智恵が回るようです。休みの日には、やけに早く起きてくることも あります。
9月17日の運動会は、室内だったということです。校庭改修中のため、らしい。学校というのは、いろんなイベントが
あって。そんなことも ある。見に行った細によると、普段のように近づけなかった。そこは特別支援学校なので、
一般の学校よりは近くで見られる。というより、一般の高校の運動会は。親が見に行くなんてこと、ありません。
走るのは、あまり好きではない彼だけれど。ダンスをしたり、ぴょんぴょんしたりは大好き。ところかまわずなのが、
最大の問題点。最近は、列の後ろに並ばれるのも嫌い。スーパーでも、そうなので。細は、極力 連れて行かない。
連れて行かざるを得ないときでも、セルフレジの店というように考えています。彼を連れて行かないと、お財布にも優しい。
2015.10.29.up
第2256回 息子と床屋
2月7日、息子と床屋に行きました。息子のお目当ては、床屋に置いてある雑誌。そのお姉さんグラビアを
見ることができる日なので、張り切って起きてきます。細と一緒だと、そういうのは止めようとしますから。
とうちゃんと一緒だと。とうちゃんは、そういう年頃になってきていると見ている。それなりに成長していると
いうことでいから。本来の高校生男子なら、興味を持って然るべきだと見ています。男の裸を見たがるワケで
なし。むしろ健全な成長。障がいがあるからといって、そこに制限を設けるよりも。という考え方です。
いつものように床屋の椅子に座る息子の正面に立って、いつでも押さえられるようにしようとしたら。床屋さんの
方から「今日は、おとうさんは座って待っていてください」と言う。「成長していますよ」と言っていただける。
バリカンの音に怯えることも少なくなり、大人しくカットされるようになりました。時折、正面の鏡で自分の姿を
確かめる。これは大丈夫らしい。日常、接していると わかりにくい成長。数ヶ月に一度の床屋さんは、見ていて
いただけました。こういったのは、凄く嬉しい。口元に生えてきていたお髭も、剃ってもらえたのかな?
順調に終わって、帰りがけに軽海のファミリー・マート。これも、いつものパターンです。
この日は、夕方に加納のアピタへ行きました。外出は、まだこれくらい。基本、立春過ぎは寒いのです。
2016.03.19.up
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