とうちゃんの気のむくままに・障がい児
障がい児
みゃーままにページをいただきました。貴方あっての ダンナ でございます。
自閉症リンク
「日本自閉症協会」 「あたらしい自閉症の手引き」
「いっしょに勉強しようよ、子どもの自閉症のこと」 「自閉症の新しい理論」
「自閉症関連リンク集」 「自閉症Q&A」
障害児リンク
「福祉[知的障害者福祉]」 「ぽんぽんらんど販売のページ」
「あなたも福祉起業家に」
1 床屋へ行く
こんだけ転居を重ねてきて。現在、行っている床屋さんは真正町の「たなはし」さん。岐阜市在住なのに
何故?って。ぢつは「たなはし」さんは修行を大垣市緑町「あらい」でされていた。ここだって、
私の実家からは5〜6キロあるのだけれど。親父の実家からは近かった。私が今の一番下の子どもと
同年代の頃から、床屋は「たなはし」さんにやっていただいていた。その「たなはし」さんに通える
距離に在住できる期間は僅かであるかもしれないけれど。その期間だけでも通っているのは、やはり
幼少期からの安心感でないかと思う。 事実「あらい」に連れて行って貰った後で、室の「栗山模型」に
寄るというのがあって。そのクリモさんとはH・Pリンクさせていただいています。当時の「あらい」さんには
水色の馬の形をした幼児用椅子があって。それに座って、おやっさんや修行中の方達に髪を整えていただいた。
ちょうど修行中だった「たなはし」さんが店を持たれた時期が私の中学生の頃だったか。高校に行きだして
からからかは記憶に定かでなく。ただ、自分で自転車で行ける距離と、たまたま合って。確かなのは、
洗髪等を担当して頂ける奥様と出会ったのはそれが最初だった。
ということで、大凡四半世紀以前から通っているお店というのは、通う身にも大切。大学の頃は美容院に
行ってみたり、(この美容院には大垣在住の一時期、細君や娘達も通った)三重県藤原町在住の頃は、
自治会内の床屋さんに行ったり。高山在住の頃は、物理的に通えるワケもなかったり。
それでも通う身に大切なお店であることは間違いない。
その「たなはし」さんに、息子と一緒に行ってみた。息子にとっては3年間生きてきた上での初体験。
普段はかーちゃんの床屋さん。何でも一度、現住地近くの床屋さんに連れて行ったところ。
暴れまくって、床屋の爺ちゃん婆ちゃん、大層ご苦労なさったそうな。
ワイルドな息子の、恐らく放っておけば汗疹だらけになってしまう状況。ともなれば。とーちゃんと一緒。
という今回の選択は自然なモノ。やはり暴れまくる息子の前に。絵本やら、玩具やら。そんなん、
あったんかいな。というのが次々と出されて。初めて飼いだしたという犬までお目見えで。
この最上級のおもてなしの中。今となっては、私の幼少期。あの「あらい」のおやっさんが見せてくれた
これが職人という剃刀が当たる。いつ、暴れ出すか。動き出すか。
その呼吸を読む。読んで一瞬の刃が冴える。
一度一度の動作が、見事なまでに仕上がっていく。その一連の絶妙さは。見ているのが両親だけでは
勿体ないほどのもので。やはり、ちゃんと修行した職人さんは凄いや。と、感じざるを得ない。
これで3,000円(とーちゃん含めて7,000円)は、ウチの私的にはかなりの贅沢である。しかし、
確かな職人芸を見せて頂いた。とーちゃんの散髪も終わった後で。この「たなはし」さんもパソコンの
導入を考えているという事を伺った。データベースとしての利用を考えていらっしゃるようで。
顧客管理というので考えていらっしゃるようなら、おやっさんの考えられるノートパソコンより、
自作の手法もあることを提示させていただいた。そういった年下の者の意見も採り入れられるのが
職人としての「おやっさん」で。こういった「おやっさん」が数少ないだけに大切にすべきだと思う。
帰って見る息子の耳周りには、あのエッジの効いた職人芸が見て取れる。
こういう職人さん。「おやっさん」の存在は大切にしないと、きっといけない。
2 考えては いかん
きっと考え過ぎなのだ。そうに違いない。ナーヴァスになぞ、なったところで何ともならぬ。
みゃーままのホームページにあるとおり、ウチをよく知る人の存ずるとおり。
ウチの三人姉弟の末っ子は知的障害児との認定を受けている。
もうじき4歳なのだが、とーちゃんかーちゃんと呼んではくれない。
子どもの成長はそれぞれで、のんびりさんもあっておかしくはない。
いや遅々とはしても。この子はこの子のペースで成長している。
知的障害児施設の先生方のおかげもあって。
この頃はちゃんと唄らしきものも口ずさむようになった。
全然、この程度なら大したことではない。
上の姉は自律神経失調症だそうで、週に1度しか学校へ行けないこともある。
これも思春期の少女にはよくあることで、医者の診断だってそうだ。
どちらもちっとも大した問題ではない。
もう2年半も過ぎたのでこのことも書いておこう。
実妹の夫、義弟が業務上横領事件を起こした。
どの程度のものであったのかは義兄である私の知るところではない。
横領した金は親父が立て替えたと聞いたが。
妹が実家に一人息子を連れて帰れば、また可愛い甥である事実。
私の幼少期の写真と同じ外見を持つ少年。
幸せに成長して欲しい。
秋のお彼岸には細君の父の墓に参った。
飛騨の位山・舟山を望む地に。
彼の義兄の畠の横に彼の墓はあった。
首吊り自殺であったことは存じている。
「あの橋の下で」と細君が言う。その高台に別にまた彼女の伯母の墓があった。
義母が浪費家であることは聞き知る。
頼る者を亡くした、旧い考え方の中で。
彼女を責めることは、ムラのタブーになっていたのかもしれない。
それはタブーにしてはならないこと。なぜなら。
甘えが通常になってはならない。
少なくとも、現行法の保護・保障制度に適合できることなぞ。
最初に教えることが。それは教えるべきではあるが。
社会に対しての甘えを助長してしまう。
彼女だけの甘えであるうちは、それでも社会通念上。通じること。
しかし、それは身内に伝播するものであるという現実がある。
細君の妹にその傾向が現れるのは必然。
世の中に甘えて生きていけば、それはそのもの。
彼女の成人期を知るものとして、彼女は当時、かなり聡明であった。
ピュアでありすぎて、社会の怖さがわかっちゃいない。
それは成人期には よくあること として認識されるべきものであろう。
マチ金に手を出してはならないことは、理屈では認識できても。
なぜそうなのか、までは考えない。考えに至らない。
それに気づくべきは本人であり、気づかないのは社会人としての認識の無さ。
頼れば助けて貰えるという甘さ、には怒りを感じざるを得ない。
それは助けるべきものではない。自らが気づくべきことで。
一時的にその場しのぎの行為を行うことは、真に自ら気づく行為を遅らせる。
下手に一時しのぎの行為を行う者が、身近にいたこともそれを遅らせた。
田舎の共助意識はハチブという程度の制裁しか加えようのないもの。
後はなまやさしいもので。身内の恥を外にさらさないことの方が、本人の自立より優先する。
こういった状況分析まで考えるに至って、やはり私に手出しは無用。
その地域に住んでいるのでもなく、考え方に同調すべき余地もなく。
基本の考え方の違いを理解しようとする気は恐らくないだろうし。
考えてはいけないこと。
これまでの一つ一つの事柄が、そう大した問題ではない。
何より文章化できるほど整理されている。
もっと大きな問題は自らの中にある。
自らの過去からの精神的障害に、いまさらに気づいてしまっている。
殴られて育った少年期。過去が断ち切りよう無く、残っている。
平静な破壊欲求が頭をもたげてくる感覚。
根底の情が消える。その前触れは周囲にはわかりにくい。
爆発的に暴力行為を行うのではなく。暴力行為は平静な判断に基づいて行う。
防御主体の攻撃が。それでも相手が、そういった行動に奔るに慣れていないと。
攻撃一方になる。
明らかに認識できる自らの狂気に。最も手出しできぬ。
冷たい、冷静以前に、自らの情が不足するのを自ら感じる。
まだ文章化できぬ課程で、ここまで書けるようになった課程でもある。
最も大変なのは、これら全てと対応している細君であろう。
3 養護学校で焼きそばを
養護学校の「親父の会」とかいうので、だんごと焼きそばを用意する。という。
ま。行こうかねぇ。という気分でもございまして。
最初は細と息子と一緒に行くつもりだったんだけれど。
なんでも、集合時間が。午前8時15分だってんで。
ほんじゃ。アトレーぢゃなく。GSFで行くやね。
とーちゃんのプライベート移動は、ビッグバイクなんだから。
雨。降りそーだなーって。もちろんカッパ持参で。
養護学校の駐輪場へ。んーっ。似合わん。
でも。こんなスタイルも認めていただきたいっ!
集合場所の食堂へ。パンダナは首から頭へ。今日はハーレーバンダナっす。
奥様軍団が既に集合済み。こーゆーのは、やっぱレディース主導だよな。
生産的な作業に男は無用が原則なのが。社会的通念、っちゅーもんだ。
幼少期から現在に至るまで。町内会のおつき会いもさせていただいておりますが。
こと生産性という面に置いて。そう感じざるを得ないのでございます。
エプロンは「トトロ」っす。細がいくつか持ってきた中で、やっぱ。これでしょう。
代表のAさんのご挨拶がございましたが。
「ひたすら焼くだけです。あとは女性陣主導の元に」
と、おっしゃるのは。もっともでございます。
11時までに、その大半を焼き上げねばならないよーで。
テントは既に張ってありましたけれど。ポンベ出しから。
まー。大概の男衆の集まりには似つかわしくなく。
焼きそば800人前だとか。だんご1800本とか。
全然、計画性は。とーなっているんだい。と、ゆーくらいに。
進行具合も。なるよーになる。と、ばかりに。
それぞれに、気づくと。各バーナーに3人ずつの班が、できていたりする。
まー。とーちゃんたちも。特に言われなくっても、組織だったことができるのさ。
途中で、進行具合が良すぎる。ってんで。休憩時間を設けたりもして。
まー。煙草を堂々と吸えないのが、最大の難点だな。
携帯灰皿は、勿論。持参ね。
が。持ってこない他のとーちゃんたちと、かなり共有しました。
息子の発表会模様は。もちろん見ることはできなかったけれど。
たまには細が写真班。そんなこともあった方が楽しゅーて。
まだ、見ていませんが。
まぁ、進みすぎていたくらいでございますから。当然、間に合いまして。
「雨、降りそうだから。片付けまで」ってんで。テントたたみまで。
郵便局の臨時出張所で。こんなん慣れているのは内緒。
なんとなく。気づいていたら自然解散。なんて。理想のパターンになりました。
皆様。障害児の親として。それぞれに苦労されていらっしゃるのですね。
こーゆーのは。なにかやるときの理想ではあるけれど。なかなかできないんです。
昼は教室で。って、焼きそばとだんご。ですね。
昼からは。どっか行きそうな息子の追いかけ回し。
細はフリマの売り子で。見て頂けないもん。
階段好きの息子は、本当によく動き。
1度は見失いました。
で。閉会式も無事に過ぎ。って。それなりのことは。あったんだけれど。
養護学校から帰って。細と息子と近くのスーパーへ一緒に行って。
そう。息子の誕生日だったんだね。
あの日。細が。「生んでくるね」とお隣の病院に歩いていって。
あれから8年が経った日の。そんな出来事でした。
2006.11.27
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4 失踪
ここのところ。 障害児ながら、なかなか成長。 著しいのでございます。
なにしろ。 パソコンを使う。 生まれたときから、ずっとあるからね。
こーゆー世代というのは。とーちゃんには、わかりません。
テレビすら。 勿論。 白黒なんだが。 モノゴコロついてから。
テレビが来た日の感動!やら。 その後。 カラーテレビをじいちゃんが買って。
その感動も。 まだ。 記憶に新しい。
生まれたときから。パソコンがウチにある。というのは。全然わかんない世界だ。
とーぜん! この子が、わかって使っているワケじゃない。
使用後は、ワケわかんないブリーフケースとフォルダの山になっている。
XPアカウントは、この息子用に細がこしらえた。
自分のアカウント、というのも。わかっているのか、どーか。
時々、共用設定や。ねーちゃんず。かーちゃん・とーちゃんのフォルダも。いぢくる。
成長していると微笑ましく、見守れるにも限り有り。
ひどすぎるぞ!!
となると。セガ・サタからPS1なんて。
余裕で。 ワケわかんないまま。 使っていらっしゃいます。 ここまでは良くあるコトで。
ほんで。本日。平成19年3月11日午後4時40分頃も。
そんな状況で。彼は熱中していらっしゃいまして。
「お買い物に行くよ」という、かーちゃんの言葉をヨソに。
ゲームに、いそしんでいらっしゃいましたのでございます。
ま。ねーちゃんずも、ウチに居るから良いか。
というので。 近くのスーパーへ。とーちゃん・かーちゃんで出かけました。
午後5時3分。帰宅。
かーちゃんが先に家に入って。 とーちゃんはGSFにカバーを掛けたかったのさ。
花粉が、スギからヒノキへ。 ちょっと落ち着きかけて。
ひとっ走り。 ちょっと短距離。 行ってきたトコだったんでね。
戻ってきたかーちゃんが「一番下の子がいない」とゆーのは。 なかなかパニくる。
かーちゃんと、ねーちゃんず。飛び出し。 勿論。 捜索だ。
かーちゃんから携帯にかかって。「留守番がいない」
留守番司令塔は。 本職。 そのままだ。
すぐに下の娘。帰ってくる。留守番交代。
中2だし。留守番くらいはできる。
その前に。弟を。ちゃんと、見ておいておくれ。
で。 私も捜索に出る。
アトレーがそのままならば。もちろん。アトレー7で。 出る。
息子の立ち寄りそうなトコロ。 二本の足のみ。 とはいえ。
こいつ。 この頃。 結構。 行動範囲、は広い。
雪さえ舞いさえしなければ。TZR125Rを機動したい、トコロなんだが。
コッチの体調だって。 限界がある。
同じように。 雪舞う環境に息子がいるのなら。 心当たりをアタる。
デイリー・ヤマザキに彼の姿無し。
スーパー三心に廻って。 だんごやのねーさんに聞いて。
バロー鏡島店に行って。 とーぜん。 中入って。 一回りして。
いない。 かーちゃんと、上のねーちゃんは何をやっている!
携帯で連絡をとると。 かーちゃんは。 東へ向かっていて。
本荘公園にも、オーキッド・パークにもいない。
「ゲオ市橋店にも行って」と言う細の言葉に。確率低いながら向かい。いない。
バロー都通店に向かい。 いない。
細と電話連絡し。 警察に行くことにする。 いったん、ウチに帰ろう。
再度。 雪が舞っている。 息子は障害児だ。
鏡島交番に行く。細が、養護学校の吊り下げネーム・プレートを持ってきた。
「鏡島交番に誰もいなかったら、中暑
に」という細の言葉どおりでなく。
交番にはたまたま、いらっしゃいまして。 これが希なのは地域住民として知っている。
息子の捜索を依頼しました。
とにかく。ウチにとっては。緊急事態で。
ねーちゃんず揃っていても。 そこで出かけたとーちゃんが一番、アカん奴で。
重ねて、雪舞うこの日。 息子は、ドコに行ってんだ。
で。30分くらい。 交番におりまして。
改めて考えると。息子は。8歳ながら。 自分の名前しか言えない。
それも。聞かれた時だけ。
基本的な知能程度は2歳児。 なのです。
いったん、家族の手から出れば。
誰か。 彼を助けてやっておくれ。
午後7時10分頃。交番を出まして。
細が。まだ。市民病院の中を見に行っていない。ということなので。
「アトは居るから。見てこい」ちゅーことで。
帰ってきた。
何なの!!
「ただいまぁ」 って。
ドコ行っていたの? なんていうことが。 話せるのなら。
そんなら。 全然。 心配しない。
頬にススが付いていたり。 彼なりの冒険は。 それなりにあったのでしょうが。
とりあえず。 帰ってきたんだね。
早速、細に連絡をとり。
交番に連絡し。
細なんぞ。泣いてしまって。 その感情は。 わかりすぎなんだが。
そんなんで。
平和に。 今、います。
07.03.11
.up
「障害児」のページにも
書きましたが
息子の脱走が、
最近の心配事。
いきなり、
失踪していただけます。
その後も、書いていないだけで
結構、出ていっちゃう!
いったい、どこに?
2007.8月9月の、トップページから。
第220回 息子 知事賞をいただく
なんだか、よーわからんままに。細から「息子が知事賞をとったらしい」
とゆーことを、9月15日の朝だったかな? に、聞きまして。
お絵かき、なら。ちっとは納得で。
なにしろ、この自閉症児は「お絵かき」が、大好き。
お絵かき帳は、ぬいぐるみのポチ子と同様。
彼の必需品で。 移動中も天性の赴くままに。 描いていらっしゃる。
それよりも。さぁ困ったぞ。に、なったのは。
表彰式の場所なんだ。 マーサの1階。
最近の彼の脱走癖については。ずっと、トップ・ページに書いてきたとおり。
とにかく。ターッとばかりに走り出し。 彼にとって興味の場所に立ち止まり。
また、ターッとばかりに走りだす。 移動速度は、細に追い切れず。
マーサは彼のお気に入りの場所の一つで。
まず、エレベータの前が好き。
ずーっと、エレベータの表示を見ているのが好き。
乗るのは大嫌い。が、まだ救いではあるモノの。
ほんでもって、エスカレータは乗るのが大好き。
危険顧みず、とにかく乗りたい。 もう、ほとんど。エンドレスに乗りたいんです。彼は。
さらに、階段の上り下りも大好き! これが視ている者にとっては、さらにキツい。
その合間に。メカメカしいモノも好き。
携帯電話売り場なんか、ホント。いぢくり廻しております。
最近は、ミュージック・コーナーの試聴も。彼の好みと合致しております。
その全てが揃った場所での表彰式。 彼を知る者としては、止めて頂きたい。
なんて。 申せるワケもございませんから。
とりあえず。 細主導の下。 約一時間前から現場へ行こう。
と、ゆーことになりまして。 私と細、下の姉ちゃんで。脇を固めまくり。
祝日のショッピング・センターなんて。駐車場も5階に停められただけラッキー。
早速、駈け廻るを。追いかけまわして。 もちろん3人で。
なんとか、表彰式までは保たせまして。
会場に駆けつけて頂いた3人の先生と、とも。なんとか乗り切ったのでございます。
その後の、ファイナル追いかけっこ。 とゆーのもあって。
なかなか。皆様。おつかれさまでございました。
そして、ありがとうございます。
07.09.17
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息子の障害程度の再判定。2年に1度だっけ?
が、ございまして。再度、A2でした。
でも、ちゃんと。成長の度合いはあるようで。
それは一緒に暮らしている、とーちゃんにはわかっています。
日々、どころか。一瞬一瞬を、ちゃんと頑張って成長しています。
07.10.23
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第226回 19年度ふれあいフェスタ
岐阜養護学校の「ふれあいフェスタ」が、ありましたので。行ってまいりました。
「岐阜市立岐阜養護学校」
息子が始まりの挨拶をする、っちゅーんだから。当然だ。
とーちゃんの体調悪化も関係なく。 感じるほど、血圧は上昇しております。
食事を摂るのも、うっとぉしい。状況を。何とか、脱しなきゃ。
なんてーのは。関係なく。いつものとおり。ねむねむ息子は、当然ながら。
朝、午前7時半には、細に起こされ。細と共に、アトレーで学校へ。
細の申すに、一時間ぐらいアトには来て欲しい。無理なら、先生に頼んであるから。
って。参らねば。 アシは。 GSF1200Sで。
気候の急変に係わらず。GSFは、割とご機嫌!アイドリングも少なめに。
リッターオーバーバイクで父兄参観も。バイク乗りなら、やってみたい?って。初めてぢゃない。
替えようもない「神戸ユニコーン」集合をブラ下げたまま。養護学校の駐輪場へ。
コレって。ホントは。上の娘の通う工業高校でやった方が。きっと、ウける?
息子の教室の場所は。見取りなんぞ見なくとも、もちろん。知っている。
そぉいえば。3年生になってからは、初めてか。
メットはバイクステーに吊り下げ。
四半世紀を保った革ジャンと共に。息子の教室へ。
まぁ、まったりと。とゆーのが。彼のコレまでの学校生活で。
そーゆーのも、悪くはあるまい。 そーゆーのこそ、大切な基本なんだ。
と、ゆーのも。 中学年ともなれば。 そーも、言えないよな。
可愛いだけじゃ、すまない年齢になろうとしています。
細曰く「ミニスカートの女の人を見つめている」そーで。
それは、そーでないと。 きっと息子ぢゃない。とーちゃんのね。

クラスメートの子たちも。 皆、修学以前の知り合いばかりで。
私にまとわりつく子だって。少なくない。 んー。 こんなんにまとわりついては。 どーなんだろ。
きっと。いつもの教室よりは。ちぃとばかし、緊張した雰囲気だったんだろう。
障害を持った子の集まりだからこそ。 皆に注目して頂ける瞬間は。 大人達が感じる以上に。
一学級、生徒5人に先生2人、なんて。随分。贅沢な感じはするもんだが。
この怪獣相手に。 と、同情しよう。
ちなみに。私は「どんぐりの家」の読み返しは、しないぞ。ちょっと違う。
そーか、男子クラスだったんだね。 って。 それはちょっと寂しい。
障害は、男の子により現れる。は。 もちろん存じていますが。
家に帰れば、ねーちゃん、ズ。だし。だけど。
目の前に女の子がいるか、いないかは。ちと。違いそう。

フェスタ本番。 ちゃんと、きっと。彼の中ではご挨拶したんだ。
何度A800でのビデオを観ても。 なっちゃーいないが。 そんなんは。
彼の。 精一杯の。 はじまりのご挨拶をいただきました。
低学年の幕間に。みんな、そりゃ頻繁に。トイレに行って。
彼らの。今日の。今、この瞬間に。懸ける気持ちもそのままに。
立派に3年生の発表も終わりました。
昼食は親子揃って。 コレができるのが。 養護の良いトコロ。
反則?のコンビニメニューも加え。ちと。豪勢に?
終了後、高校生の方たちのバザー。 皆さん、しっかりしています。
障害者福祉とか。難しいこと言わず。みんな。就職させてやってくれ!
もちろん関係なく。失踪する息子。まぁ、学校からは脱してない。
高校生の方々のバザーサイトを覗き廻って。
父兄会のバザーで。レッサーパンダのぬいぐるみをゲットし。
あの。アト。支払っているのは。もちろん。とーちゃんです。
「楽しかったかい?」と問いかければ。何も戻ってこない息子です。
でも。ちゃんと進歩は確認できました。 基本は、楽しく。なんだよ。
先生や親や、誰かに言われたから。ぢゃなくって。
今日が楽しかったか。なんだよ。
すっごい、贅沢な一日だったんじゃない。
あなたは毎日。楽しく過ごしていますか?
07.11.25
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第440回 自動車税減免の再申請&駐車禁止除外車両指定申請
岐阜県自動車税事務所から、自動車税減免の再申請はがきが到着しました。減免申請の手続きを
してきました。また、同日。駐車禁止除外車両指定申請の手続きもしてきました。
基本、障がいは無いに越したことはなく。ただ、現実に認定を受けてしまっているので。
行政上の福祉の面についてのことであっても。それなりの手続きは、とらなければなりません。
生計を同一にする障がい者がいる場合で、通学・通院に使用する自動車については。
自動車税が免除されることがあります。申請し手続きをして、承認を受けなければなりません。
承認を受けていても、使用する自動車の入替をしたり。住所の変更をした場合にも、再申請が
必要になります。今回は、住所の変更をしていますので。自動車の住所変更は、私自身で行い
車検証も現住所になっています。第315回で書いたとおりです。
申請に必要な書類としては、その車検証の写。写は自宅でカラーコピーできる。
免許証の表裏のコピー。療育手帳もコピーを撮って。世帯全員の記載のある住民票、手数料300円。
以上とともに、認め印を持って自動車税事務所へGO!堤防の上を通って、橋二つ分だけという
クルマで行くには近距離なので。毎度ながら、便利な場所の現住所です。
自動車税事務所の駐車場は、満杯ではありましたが。まぁ、停めることはできて。
必要書類に記入して、すんなりと承認待ちです。再申請だし、問題もあるワケじゃない。
帰宅したところで細から「早かったのね。駐車禁止除外車両指定申請も行ってきて」と言われました。
申請書類は、細が持っていました。一回は、細が申請していて承認も下りていました。
期限切れになっています。「一度も使わなかったけれど、必要な時が来るかもしれないから」
と言われれば、そのとおりで。次の目的地は、県警本部です。堤防の上を通って、橋一つ分。
何も悪いことはしていなくとも、敷居の高さは感じます。受付して、担当の人が降りてくるのを
待っている間に。申請書を書きかけました。申請者に私の名前を書いたところで、担当者が
やってきて「そこは、親さんでなく。お子さんで。書き直していただけますか」と。対人慣れして
低姿勢な担当さんで。快く書き直しもできました。療育手帳と、私の免許証の写は。担当さんが
その場で撮ってくれました。次の期限切れの際には、北方警察署でもできるそうです。
ウチからだと、どっちでもそう変わらない距離感ではあるのだけれど。
まぁ、そんなので。どちらも承認待ちです。2011.03.14.up
第449回 息子 小学部卒業式
息子の、特別支援学校小学部卒業式の日。障がい認定は、A2のままです。
家からの脱走は、しなくなりました。彼の場合は、興味がありすぎて。探検したい欲求
だったのだと、思います。連れて行くところで。まだ、いろいろ。そんな傾向は残っています。
雷への、異常なまでの恐怖表現も少なくなりつつあります。これは経験の積み重ねだな。
エレベーターには、怖がってまだ乗ることができません。見るのは、異常に好きです。
You Tubeのエレベータ画像も、よく見ています。パソコンは、使うんだよなぁ。
そっち関係の危険性は、わかっていません。理解する能力は、まだ不足しています。
お絵かきは、生活の必需品。お絵かき帳が無くなると、バニくります。
ぬいぐるみのポチ子は、まだ お供です。この ぬいぐるみでないと、いけません。
食べ盛りです。カップ麺は、好きです。連日、食べたがるので。カップ麺の日を決めました。
イマどきの子どもらしく、足は長い。大きくも、なりました。横にも。
大きく重くなっても、気持ちは小さい子どものまま。そのまま乗っかかってきたりもします。
最近、やっと三語言葉らしきものを発するようになりました。最初に話せたのが
「おかぁさん ラーメン 作ってください」だったのも、彼らしい。
そんな息子の、特別支援学校小学部卒業式。細は、小学部代表として。答辞を述べなければならない
というので。こちらも、慣れないことで。大変でした。お疲れさまでございます。
まだまだ、成長過程。療育生活も、これからが。きっと大変。でも一つの区切りとして。
これまで、息子と係わってきてくださった皆様。ありがとうございます。
2011.03.23.up
第563回 息子と 床屋
7月9日。息子と床屋に行ってきました。何の変哲もないよぉですが、ただ一つ、彼が自閉症児で
あることを、このホームページを熟読されているマニアの方ならば。ご存じのハズながら。
まず あり得ない。でも、細から。何気なくの「連れて行って」が、あって。まいりました。
行き先が、とーちゃん行きつけの たなはし さんであることは。そこ以外は、ありえないでしょう。
少年期を過ごした 大垣市緑町の あらい さんで、修行された。職人 たなはしさん にしか。
これは、困難すぎっす。 予想どおり、クルマから降りるコトさえ 嫌がる息子です。
入っていっても、挨拶も。できないなぁ。髭剃り中の、職人さんに対して。その横を、無遠慮に
通り過ぎては イけない。ま、そぉゆぅコトなんだ。仕事中の二人待ち。土曜午前の床屋としては。
かなり、待ちは短め。ラッキーと、思った方が良い。 「おしっこ」と、言い出せば。
トイレは、わかっているし。対応可能。ワンコも気になるし。たまたま、居合わせて。
ちょくちょく 覗いてくる 孫娘二人も。ものすごく、気になっている。
それでも、彼の番が来て。かなり、頑張れました。くすぐったさに 耐え。ソコは、職人の見解で。
刃物には、当てられませんでしたが。よぉく 頑張った。
いや、そのアトの。とーちゃんの番になってからの、待ち時間こそ。メインだったのだけれど。
テレビを、この頃お気に入りの QVC にしていただきながらも。よくぞ、飛び出さなかった。
よく、がんばりました。 2011.07.15.up
第659回 有料道路の半額申請
10月5日、おウチで ホヤホヤしていたら。細から「役場に行ってきて」と、言われました。
障害児認定の関係書類提出です。提出までの期間が短いモノも多い。息子の認定は、5年毎に
なっています。その途中での状況を確認する認定も必要だそうで。認定のできる診療施設で受診
しなければならない。その受診には予約が必要で、順番待ちです。書類が届いて、受診日が
決まっても。受診できる日は、書類の提出日以降。なんだか、どこにでもある役所の仕事の
パターンではあります。認定延長をするためには、遅延事由書が必要です。その申請がメイン。
ついでに、有料道路の半額申請もしてくることにしました。期限は、来月までだし。
北方庁舎へ行って、障害児認定の遅延事由書を提出しようとしたところ。書類提出時で良いそうです。
そういった案内の記載は、無いモノです。そういうモノだと、わかってはいるのです。
有料道路の半額申請は、その場ですぐに済みました。こちらも手続きの期間があります。
たまたま、その時期であったので。すぐに手続きができたというコトです。
障害を持った人や、その家族が。そういった具合に、いつも動けるのか。疑問に感じる点も
あるのです。ただ、そういうモノです。しなければ、それなりに置いていかれ。次の不都合が生じる。
だから何ができる。というモノでも ありません。でも、こうやって書いておけば。
障害を持ったり、その関係者になる可能性のある人にとって。少しは、参考になるかな。
2011.10.19.up
第715回 ふれあいフェスタ
11月27日は、岐阜特別支援学校の ふれあいフェスタでした。残念ながら、私は仕事で
行っていません。盛況を祈っておりました。障害児を持っていらっしゃらない方のために
解説しておくと。ふれあいフェスタというのは、一般に言う 学芸会や学校祭のようなモノです。
ちょっと違うのは、対外的にオープンです。地域の方をはじめとして、誰でも見に行けます。
と、言うよりも。中学部・高等部にとっては、対外セールスのシュミレーションの場でもあります。
息子が、中学部に行くようになって。小学部と違うと、感じるのは。これから先の、作業所生活に
適応できるように。現実味を帯びてきている、というトコロでしょうか。1年生でも、ビーズを
通してみたり。革製品の簡単な作業に、取り組んだりしています。障害者自立支援法によって、
作業所の存続も危ぶまれています。でも、それしか無いのです。社会生活に適応しようとしている
障害を持って生まれてきてしまった彼たちが。頑張っている姿を見ていただける機会でもあります。
最近では、とーちゃん帰宅時に「ただいま」と言うと。「おかえり」と、返してくれる息子です。
当たり前のようですが、おうむ返ししか できなかったのです。些細なことではありますが、
進歩しています。足し算や、簡単な乗算はできるようです。ただ、減算や除算は。概念が、まだ ありません。
そんな彼が、当日 任されたのは。接客だったそうです。普通に考えても、難易度は高い。
それでも頑張って。「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」が、出ていたそうです。
12月1日に、再審査を受けて わかったコトに。前回審査では、彼の判定は。A1とA2との
間くらいだったそうです。A2の結果に「もうちょっと、できるのに」と思っていたのは
細だけではなく。親心として、良い判定を期待しているモノではあります。現実は、現実です。
障害児としてA2の判定は、いただいてはいますが。彼の頑張りは、身近にいる家族の私たちが
誰よりも知っています。そして、応援もしております。 2011.12.14.up
第727回 息子の個人懇談
12月9日は、息子の個人懇談でした。北方町への提出書類の関係で、12月1日に再判定を
して。やはり A2なのだけれど。前回が A1との境界だったと言われるのなら、少しは良い
方向に向いているのかな?と思いたい。特別支援学校での個人懇談は、基本的に三者懇談です。
ウチの場合は、私も時間の許される限りは行っていますし。先生も、担任だけではなく。
副担任も同席。というコトは、今回については 本人と細を入れて 五者懇談ですね。
ノートパソコンで、ここ数ヶ月の写真を見ながらの。成長過程の確認です。給食の配膳では
難易度高めの、何個という配膳ではなく。同じような かさでの盛りつけができるようです。
職業訓練での、メガネ掛け作成。細かなビーズを紐に通していく作業では。ビーズのパターンを
覚え込んでの作業ができています。パターンの認識も、早いほうだそうです。ふれあいフェスタでは、
レジ係をやらせてみる。ということも考えられながら、接客を担当。よく声も出ていたそうです。
その後、教育方針の確認。それぞれの項目について、目標を定めて。このレベルまで目指そう
というのがあります。なかなか、そこまでイかない。それも認識したうえで。しっかり計画を
立てていただいているのは、認識できます。細かいトコロは、わからないし。他に求めている
モノを聞かれても。父親としては、そう出てくるモノではありません。細からは、減算の
概念を身につけさせたいという意見が出ました。簡単な乗算は できても。まだ、なんです。
ウチでは、テレビゲームをやっているか。でも、ゲームは できるようになっているんだな。
お絵かき帳に、何か書いているか。書いてある漢字が増えていたりもします。のほほーんと
しているようでいて。ちょっとずつ、成長しているのかも?ホントに、ちょっとずつ なんだ。
2011.12.26.up
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