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いい国つくろう鎌倉幕府(1192年鎌倉幕府成立)。
中学時代に暗記させられたものであります。この鎌倉幕府成立の3年前、文治5年(1989年)源頼朝が奥州合戦の
ため28万の大軍を率いて東北地方に攻め込んできました。平泉の藤原泰衡氏を倒し全国制覇をもくろんだもので
あると言われておりますが、その戦いの中で最も激しい戦いだったのが(徳川家康の関が原の戦い以上といわれ
ている)、阿津賀志山合戦であります。
福島県伊達郡国見町の阿津賀志山のふもとでの合戦は、1189年8月8日〜8月10日にかけて行われたといいわれ
ており、迎え撃つ藤原側は阿津賀志山の中腹から阿武隈川までの間に幅15メ−トル・深さ3メ−トル・長さ3.2キロ
の二重掘り(ふたえぼり)を作り、源氏との合戦に備えた(延べ40万人の人手で二重掘りなどをつくったと言われて
いる)。この合戦による源氏の勝利は鎌倉幕府成立の大きな一歩となったことはだれもが認めることでしょう。
藤原軍17万・源軍28万、この阿津賀志山の合戦では二重掘りをはさんで互いに約2万騎の兵で戦ったと言われ
ております。吾妻鑑には大木戸の地が藤原軍の本陣との記載もあり、今の大木戸の地名あたりが本陣跡なのか、本陣跡だとす
れば遺跡があるのではないか、今後の調査を楽しみに待ちたいと思います。

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| @の地点・下二重掘り地区の防塁です | |||
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Aの地点から阿津賀志山を方面を見たところです。 阿津賀志山中腹から阿武隈川にかけて延々と、 約3.2KMにわたって二重掘りが掘られております。 先人達の力はすごいものですね。 |
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Bの地点・ 手前が源宗山の藤田城を本陣とした 源軍の攻撃地点と言われております。 右奥が大木戸を本陣とした藤原軍の迎撃地点。 東北自動車道付近から右下に二重防塁が掘られて おりました。 |
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Cの地点・源頼朝軍の本陣があったといわれる 源宗山の藤田城跡です。 現在は町営住宅等になっております。 |
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Dの地点・国見町観月台文化センタ− 歴史資料展示室があり 二重掘りの立体模型が展示してあります ので是非ご覧いたたきたいと思います。 |
アクセス
福島駅から東北本線で藤田駅下車(約18分)観月台文化センタ−まで約徒歩5分。
藤田駅から下二重掘り地区まで車で約15分。
福島から下二重掘り地区まで車で約40分。
参考文献・国見町郷土史研究会発行の「郷土の研究」