福島の歴史あっちこつち
八幡神社・飯坂

祭神 誉田別命 息長足姫命 玉依姫命

八幡神社拝殿 本殿
                        福島市指定文化財八幡神社 御由緒
鎮守八幡神社は創建古く年月不詳であるが、社伝によれば平安時代後期の天喜四年(1056)、後三年の役に奥州出陣中の源義家がこの地にさしかかったとき空にたなびく八条の雲を見て、あたかも源氏の守護神である八幡大神が戦勝の驗として示されたと信じ、必勝祈願に勧請されたと伝えられている。
その後の養和年間(1181)に、大鵬城主佐藤庄治基治は豊前国宇佐八幡宮を奉還し社殿を建立して武神八幡神社を祀り幾多の武器を寄進し武運を祈願した。時は降って宝永七年(1710)城内から現在地に再建され、明治四年に村社に、同じく二十三年には郷社としてこの郷の総鎮守として列せられ、深い信仰と尊崇を集めた。
秋の例大祭は「けんか祭り」の異名をとり、勇壮な飯坂太鼓とともに全国にその名を馳せ、大勢の参拝、見物客で賑わう。社殿(本殿・拝殿・幣殿)は江戸中期の雰囲気を今に伝え古式を保つ屈指の神社建築様式として、その遺構保存のために平成二年十一月六日福島市指定文化財第五十五号(有形文化財・建造物)に指定された。
                       八幡神社境内由緒案内板より
参道 大鳥居 手水舎
八幡宮の額 拝殿 拝殿
上飯坂の八幡宮は、佐藤基治の大鳥城に鎮座したが、文治五年(1189)源頼朝の奥州遠征で落城し、その後今の地に勧請したという。また『信達一統志』によると、神社に梵鐘があったとあり、「銘曰 奥州信夫郡飯坂邑 八幡宮者 佐藤基治ト居築 大鳥城 当 即良鬼関 鎮座霊廟也」と記している。また八幡宮の別当としての八幡寺は、寿永二年(1183)基治が建立したとある。八幡寺は「八幡田」にあったという伝説がある。
          福島市史別館Z「福島の文化」より
境内の村崎神社鳥居 境内の村崎神社 村崎神社脇の輝利神碑
信達一統志、上飯坂邨、村崎社について次のように記されております。
「八幡宮の前にあり 信夫古語伝貞観十一年飯大島温泉神神位を授け奉る従五位 此神を合わせて村崎明神とまつる奉るなり 一説に北極星を祭るものト為す 天経惑間ニ云ク天有 三帝坐 北極帝坐曰紫微垣 この星辰を祭る故に紫と称せり 村崎と紫其音同しければなり 昔大鳥城盛なりしとき城の南北に南極北極のニ星をまつりしと云ふ 南極の社ハ前に出せる平田邨の条下に記せり」
平野地区に鎮座する星宮神社と対の神社だったのでしょうか、村崎神社が北極星を星宮神社が南極星を祭っていた事が記されております。
村崎神社脇の輝利神碑も輝から、このニ社(星)と関係があるのでしょうか。また大笹生地区にも紫神社跡があり、佐藤基治に纏わるものと一統志に記されており、佐藤基治の天空(星)への厚い信仰がうかがえます。

アクセス 飯電・飯坂駅より徒歩10分ぐらい