*one day - for lovers -





 ある日の、夜。
 カナンから『至急、部屋まで来るように』との連絡を受け取って、セレストは足早に主君の私室まで向かっていた。





 何か大変なことが起きているのではないだろうか。
 まさか、お身体の具合がお悪いのでは…!?





 セレストの頭の中には、百もの最悪の事態が浮かんでは消え、段々と表情が険しくなっていく。
 騎士団の一員として、常日頃から規律正しく、を心がけているセレストは、城の中も走ったりせずに落ち着いて行動しなければならないのだが、この時ばかりはどうしようもなく、気づいたらかなりの勢いで走り出してしまっていた。途中で人に出くわさなかったことだけが幸いである。










「カナン様!? いらっしゃいますか!? カナン様!!」
 内心の焦燥を抑え切れず、セレストは大きな声で主君の名を呼びつつ、ドアをノックした。すると中から、
「セレストか? 随分早かったな、入れ」
 …何とも呑気な声が、聞こえてきた。
「…カナン様…?」
 何だか拍子抜けしてしまい、つい「失礼致します」、という、いつもの台詞すら忘れ、重い木の扉をそろそろと押し開けた。
「…あれ? カナン様、どちらにいらっしゃいますか?」
 ドアを開けてみたものの、彼の人の姿はそこにはなかった。一渡り室内をぐるりと見回すと、大きな窓から続いているベランダの方から、涼やかな声がした。
「こっちだセレスト。外だ」
「ベランダ、ですか?」
 言いつつ、セレストは窓辺へと歩を進めた。
 ――が。
「かっ、カナン様!?」
 テラスに設えられたテーブルには、綺麗にカットされたスイカが山程乗っている。
 そして、テーブルと揃いの椅子には、カナンが笑顔で座っていた。…のは、いいのだが。
「カナン様、そのお姿は一体…!?」
「似合うか?」
 カナンはするりと、慣れない格好にしては美しい身のこなしで、椅子から立ち上がった。…慣れない、とは言っても、かつてギルドからの依頼でドラク温泉に通っていた頃に、同じような格好をしていたことはあったが…。
「なな、何で、一体何故」
 真っ直ぐに背筋を伸ばして立つカナンのその服装は――浴衣、だったのである。
「ふふふ。実はな、夕方にセレストが部屋を出ていってから、改めて街まで出たんだ。一人で」
 脱走を試みて見事に成功させたカナンは、得意満面。一方のセレストは、暫く衝撃から立ち直れずにいたが、カナンの言葉でやっと少し正気に戻った。
「カナン様! また抜け出されたのですか!? 私があれ程、お一人で街に出られるのは危険すぎると申し上げておりますのに…!」
「まあまあ、いいじゃないか。たまには」
「たまには、じゃありません! いつもいつも、じゃないですか!!」
「あまりしつこいと嫌われるぞ」
「カナン様〜!」
 セレストのお小言は、それこそいつものことである。特に動じず、カナンは再び椅子に腰掛けると、セレストにも隣の椅子を勧めてきた。
「…失礼致します。それで、これはどちらから?」
 お説教はひとまず諦めて、セレストは目の前の光景を見回した。テーブルの上のスイカと、カナンの浴衣の出所が気になるところである。街に出たというのなら、心当たりがない訳でもないが…。
「うむ。スイカはな、サメライ屋で頂いた」
「サメライ屋さんですか?」
「どこから仕入れてきたものかは、訊かなかったのだが…店に行ったら、何故かゴロゴロあったんだ。今夜はご主人も政宗と一緒に食べるらしい」
「はあ…」
「よく冷えているぞ。せっかくだから、冷たいうちに頂こう」
「そうですね」
 目の前の美味しそうなスイカに、セレストは暫しカナンの浴衣の出所追求を忘れてしまった。
 二人で半分平らげ、残りはセレストが厨房へ運んでおいた。





「…さて。」
 風が少し肌寒くなってきたので、場所を移し室内で温かいお茶を用意して、セレストは改めてカナンに向き直った。カナンはセレストの気持ちなどお構いなしで、お茶に口をつけている。
「カナン様。その浴衣は、一体どうなさったのですか」
 カナンの身に着けている浴衣は、紺地に白で金魚が描かれた可愛らしいもので、すっきりとした紺色がカナンの白い肌と蒼い瞳に良く似合っていた。
「これはな。ゴローからだ」
「ゴローさん?」
「ゴローとは、道を歩いていると、何故か偶然出会う確率が高いんだが」
「ああ…よく、次の作品の案を練りつつ、散策されているようですからね」
 カナンの話によると、偶然ばったり出会った時に、工房に遊びに来ないかと誘われたという。
「ほら、例のうっぴー焼きがな。そろそろ完成段階に入るらしい。試作品をいくつか見せてもらった」
「そうだったんですか…」
 うっぴー焼きには自分達も少なからず関わっているし、セレストも興味がある。今度、是非一度見学させてもらおう、とぼんやり思ったところで、また話がずれていることに気づく。
「そうではなくて、カナン様! それで何故、ゴローさんが浴衣など」
「ん…これは、ゴローにとって思い入れの深ーいものらしく…」
「思い入れ」
「――セレスト」
「は、はい?」
 急に、カナンが椅子を離れ、立ったままだったセレストの方へと近づいてきた。
「カ、ナン、さま?」
 白い手が、セレストの胸元にそっと伸ばされた。かと思ったら、顔もぐんと近くに寄せられて、ハーブティーの香りの残るカナンの吐息すら、微かに感じられる程まで距離が詰められた。
「さっきの質問の答えを、まだ聞いていなかったな」
「質問…ですか?」
「僕は、『似合うか?』と、お前に訊いたんだ」
「…あ」
「似合うか? この浴衣」
 勿論、よく似合っていた。似合いすぎて、何だか余計な色香まで感じられ、セレストはずっと気になって仕方なかったのだ。
「あ、いえ、あの、…ハイ、よくお似合い…です……」
 自分よりずっと年下の少年だというのに、みっともなく動揺してしまうのが情けない。けれど、これがいわゆる『惚れた弱み』というやつだろうか。
 真っ赤になってしまったセレストを見上げて、カナンは満足気にニッコリと笑うと、更に追い討ちをかけるように、言った。
「ゴローが言っていたぞ。何でもな、」





――浴衣ってのは、また特別なんだよなぁ。こう、見てると、ムラムラっとくるもんがあるっつーか…





「〜〜ゴローさん…!!」
 また何て余計なことを言ってくれたんだー!!
 セレストの内心の動揺など気にもせず、カナンの集中攻撃は続く。
「セレストも、そうなのかと思って」
「はっ!?」
「だからな。浴衣姿の人間を見ると、よくわからないが、そういう気分になるものかと」
「なっ、な、」
「ならないのか」
「いや、それは」
 ならないのかと問われれば、絶対にそうだとも言えない。セレストにしてみれば、今、目の前で何とも無体な質問を無邪気に発している、当の本人に限っては、なる、と言うしかない。
「あの、カナン様」
「何だ」
「カナン様は、私にそういう気分になって欲しいとお望みですか」
 ほんの少しの期待。もしカナンが自分に対してそう思っているのなら、それは何だかちょっと、悪くない気分、ではないか?
「……よく、わからないのだが。そうなのかな? どうだろう」
「…はぁ…」
 ガクリ。何となく予想はしていたとはいえ、あまりにあまりなカナンの返答に、セレストは項垂れた。
「でも、」
 ごく自然な動作でセレストから身を離したカナンは、何やら考え込みながら、呟いた。
「お前に似合うと言われて、僕は満足したぞ。ゴローの言うことはわからなかったが、とりあえず今日はそれでいいことにしておく」
「カナン様…」
 結局カナンは、セレストに『似合う』と言われて、浴衣姿の自分を気に入って欲しかったのだろうか。
 それはつまり、『従者』としてのセレストにというより、彼の『恋人』、或いはそれにごく近い存在としてのセレストに対して意見を求めていた、ということになりはしないだろうか?
「わ、セレスト」
 急に腕を引かれて、カナンは僅かにバランスを崩した。その華奢な身体を腕の中に抱き止めると、セレストはカナンの柔らかな金髪に、うっとりと顔を埋める。
「大変良く、お似合いです」
「…うん」
「ですから、」
 他の者には、そのお姿をお見せにならないで下さいね。
 そう囁いて、自分を見上げてくるカナンの唇に、そっと自分の唇を重ねると、甘い吐息が感じ取れた。
 セレストは永遠とも思える長い時間、その甘さを手放せずにいた。













2作目から飛ばしすぎました。趣味に走りすぎ。そんでもって甘すぎ。
虫歯になります。



やっぱり、ドラク温泉で見せられた、カナンのラブリーキュートな浴衣姿が
今でも脳裏に焼き付いているからでしょうか…。あのダンジョンはやること
多くて大変ではありますが、一番楽しいですよね。体重計がっちゃん。
50Kg。お軽い…。でもそれ以上カナンが太ったらお姫サマ抱っこが
出来なくなる…(何の話) ねえセレスト?(訊くな)