HOME HOME
代表からの挨拶 代表からの挨拶

両親からの挨拶 両親からの挨拶

夏くんの近況 夏くんの近況

病気との闘い 病気との闘い

拘束型心筋症とは 拘束型心筋症とは

活動報告・予定 活動報告・予定

募金目標額内訳 募金目標額内訳

会計報告 会計報告

規約 規約

募金お振込先 募金お振込先

活動資料 活動資料

お問い合わせ お問い合わせ



 夏くんの近況


2011.5.14

201155日に、心臓移植を受けて2年目を迎える事ができました。

このような報告ができますのも、すべて皆様のご協力のお陰です。心よりお礼申し上げます。

昨年5月からの一年間は、感染症に何度もかかり、入院する事もありましたが、今年の4月には無事四年生に進級する事ができました。

なつは、学校に行き友達と遊んだり勉強したりと、充実した毎日を過ごしています。

なつと一緒に暮らせる事を感謝しています。

皆様には、感謝の気持ちで一杯です。
誠にありがとうございます。

これからも、夏の体調を一番に考え、日々を大切に暮らして行きます。

皆様には、これからも温かく見守っていただけたら幸いです。

                           夏の母より

写真は、3年生の時に書いてくれたものです。

       



2010.11. 9

皆様へ

なつの近況をご報告させていただきます。

11月7日に9歳の誕生日を迎える事ができました。このような日を迎えられる事に、心から感謝しております。
これもすべて、皆様のお陰です。誠にありがとうございます。

今年の夏は猛暑だった為、体調を崩す事が多かったですが、秋の遠足ではお友達と一緒に(母も同行させていただきました)アスレチックで遊ぶ事ができました。
アスレチックの遊具の中には、遊べないものもありましたが、それでも今まで体を動かせなかった分を取り戻すかのように、同じ遊具で何度も遊んでいました。そのような姿を見る事ができ、嬉しく思い熱い物がこみあげ、感謝の気持ちで一杯になりました。

皆様、誠にありがとうございます。

心臓移植という大きな手術の為、普通の生活に戻るにはまだ時間がかかり、注意する事も多いですが、これからもゆっくりとできる事を精一杯しながら、なつが元気で過ごせる事を心がけて暮らしてまいります。

皆様には、なつの事を静かに見守っていただき、誠にありがとうございます。
これからも、温かく見守っていただければ幸いです。

これからも、皆様からの優しさを忘れる事はありません。


                            山下 猛・佳織


        
         近くの公園で遊んでいる写真です。

        
    院内学校で撮らせていただいた勉強時の写真です。



2010. 5.10

皆様へ

お陰さまで、5月になり、心臓移植を受けてから1年になります。

この1年は、当たり前の毎日を当たり前に暮らせる事に、常に感謝と喜びを感じる年でした。

学校に通えるようになった事、一緒に同じ食事ができる事、お風呂に入れる事、何よりも一緒に暮らせる事を嬉しく思います。

これもすべて、応援・ご協力・ご支援していただいた、皆様のお陰だと感謝しております。誠にありがとうございました。

なつの近況ですが、今年の春は寒暖の差が激しかった為、夏も何度か風邪をひきましたが大事にならずにすみました。

またこの春、夏は無事3年生に進級する事ができました。学校生活が楽しくて仕方がない様子です。

今まで、駄目と言われてきた事が、少しずつ出来るようになり生き生きとしています。

成長をしていくなつの姿を見ることができ、親としてとても嬉しく思います。

皆様、誠にありがとうございました。

この先も、過去の経験を忘れることなく、ゆっくりと前を向いて暮らしていこうと思っております。

皆様には、この1年温かく見守って頂き、心より感謝しております。またこれからも、夏の事を温かく見守って頂ければ幸いです。


写真は、今年の春桜の木の下で撮ったものです。


                               母 ・ 佳織

       



2010. 1.26

2010年を無事に迎えることができました。
このような報告ができるのも皆様のおかげです。

心より感謝申し上げます、誠にありがとうございました。

最近は東京への通院も慣れ、生活の面も落ち着き体調も安定していますので、主治医の先生に通学の許可を取り1月25日より地元の院内学級へ通うことになりました。

夏の体調を考えながらの通学になりますので、今は1日中学校に居る事はできませんが、少しずつ体を慣らしながらお友達と勉強をしております。

夏は、お友達と一緒の時間がとても楽しいと、笑顔で興奮しながら話をしてくれます。そして、勉強した事を1つ1つ思い出しながら、日記を書いています。

このように、元気で学校に行き勉強をできる姿を見る事ができ、親として本当に良かったと幸せを感じ、また深く感謝をしております。

これからも、1つ1つゆっくりと、前に進んでいこうと思っております。

皆様誠にありがとうございました。


写真は、ランドセルを背負っている夏です。


                               母 ・ 佳織

       



2009.12.10

12月7日に帰国後初のバイオプシー(カテーテル検査)を行いました。

結果は、「拒絶反応もなく問題なし」でした。

地元に帰ってからは、風邪等をひくこともなく元気にしておりましたが、生活のリズムをつかめない毎日を送っていましたので、今回何も問題が無く安心しました。

なつは「毎日が楽しい」と言って、元気にしております。

これからも新型インフルエンザ等注意深く予防して、残り少ない今年を乗り越えたいと思っています。

写真は、バイオプシーを終え長野で撮りました。


                               母 ・ 佳織

        



2009.10.24


        
         地元に帰郷した際の写真です。


2009. 8.24


        
       LAで帰国が決まってから撮った写真です。



2009. 7.22


        
LAで美容師をされている方が、ボランティアでなつの髪の毛を切ってくれました。さっぱりしました。
汗をたくさんかくので髪の毛を切ってもらえてよかったです。



2009. 7.16

最近のLAはとても暑いので昼間散歩をするようになりましたが、日差しが強いのですぐに疲れてしまいます。

脱水にならないように気をつけながら、生活しています。

写真は、勉強をしているところです。


                               母 ・ 佳織

        



2009. 7. 2

術後の生活にだいぶ慣れてきましたので、最近は体の調子が安定しています。

最近は少し暑い日が多いので、食欲が無い日もありますが元気にしています。

このまま良い調子が保てればと思っています。


                               母 ・ 佳織

        
通院時に歩いて病院まで行きました。時間はかかりましたが、自分の足で歩けました。


2009. 6.21

大好きなドラえもんの色紙とドラえもんからの手紙が届きました。

         
嬉しくてこの表情です。歯が抜けた事も忘れて笑っています。


                               母 ・ 佳織


2009. 6.12

更新が遅くなりすみません。

移植して1か月が経ちました。
体も少し落ち着いてきたようです。

少し頭が痛くなったりしますが、なつは元気にしています。

拒絶反応・感染症等の問題はありますが、ゆっくりと生活していきたいと思っています。


                               母 ・ 佳織

            
       外でボール遊びがしたいと言っています。


2009. 6. 3

現地時間の6月2日退院しました。

頭痛とおう吐は治まり、いつもの元気ななつになりました。

皆様にはご心配をおかけしました。


                               母 ・ 佳織


2009. 6. 2

現地時間の6月1日緊急入院しました。

頭痛と吐き気が止まらず薬が飲めないため入院となりました。

今のところ落ち着いてきています。

また何かありましたらご報告させて頂きます。


                               母 ・ 佳織


2009. 5.24

自由に動ける事を自分自身で確かめるように、アパートの中を自由に歩いたり、お手伝いをしたり、走ってみたりしながら笑っています。

入院生活が長かったため(自宅待機も含め)、今はまだ体力が十分ではないのですぐに疲れてしまいますが、少しずつ体力がついてくれればと思っています。


                               母 ・ 佳織

         
   お水も自分で好きなだけ飲めるようになりました。


2009. 5.15

現地時間の13日午後、無事退院することができました。
慣れない術後生活のため、連絡が遅くなりすみません。

無事退院できましたのも皆様のおがげだと心よりお礼申し上げます。ありがとうございます。

術後は日に日に元気になっていくなつを見る事ができ、大変嬉しく思っております。

皆様には大変ご心配をおかけしましたが、一つの山を乗り越える事ができました。心より感謝しております。

これからは移植者として、薬の管理、感染予防等気を付けて生活していきたいと思っております。

誠にありがとうございました。
また、これからも宜しくお願い致します。


                               母 ・ 佳織

         
      体が自由に動く事に喜びを感じています。


2009. 4.28

午前中は、本を読んだり、勉強をしています。折り紙は疲れるみたいで、あまり折らなくなっています。
 

                               母 ・ 佳織


2009. 4.24

4月23日(現地時間)に、急きょクリニックに行きました。

ピックラインを固定して縫ってあった糸が抜けてしまったため、縫い直してもらいました。

前回縫ってもらった場所の近くに縫うつもりでしたが、膿んでいたため、違う場所に変えました。

感染予防の飲み薬をもらい、終了しました。

なつは前回縫ってあった糸の残りを外す時と、局部麻酔の注射の時に痛くて泣きましたが、それ以外は冷静に縫っているところを見ていました。

なつも、日に日に強くなっているように感じます。
私は、そういうなつから毎日力をもらっています。


                               母 ・ 佳織


2009. 4.18

最近のなつは、何事もなく自宅待機しています。

体重は増えたままですが、それ以上増える事もありません。

前よりも食が細くなり、毎日食べている栄養補助のエンシュアのシャーベットも残す日があります。

疲れている時は機嫌が悪く横になっています。

見た目には分からないところで変化があるのかも知れません。

今まで以上に注意深く観察します。


                               母 ・ 佳織


2009. 4.12

4月10日(現地時間)20時に、救急外来に行きました。

左腕から手のひらにかけて血の気がなく、浮腫んでいたので、救急外来に行き診察をしてもらいました。
お昼に気付きましたが、様子を見ていたのでこの時間になりました。

結果は、包帯を少し強く巻きすぎていたと言う事でした。
包帯を外したら血の気が戻り、浮腫みも引きました。

本人は包帯がきついとは言っていませんでしたが、訪問看護師さんが包帯をゴム入りのものに変えたため、このような事が起こったようです。

検査をした結果、感染の可能性はないそうです。
ピックラインも正常に入っていました。
念のため、週明けに診察を受けるよう言われました。

夜20時に診察が始まり、朝の4時に終わりました。

また1つ、自宅待機での注意点が増えました。

これからも慎重に観察していきたいと思います。


                               母 ・ 佳織


2009. 4.10

4月8日(現地時間)に退院しました。

血液感染にはなっていませんでした。
この入院で熱の原因は分かりませんでした。

これ以上症状を悪くしないために、抗生物質を2種類(飲み薬)もらい退院しました。

なつ本人は疲れやすく微熱もありますが、その他はいつもと同じです。

しばらくは自宅で感染(熱)と浮腫みの両方を注意深く観察する事になります。

ご心配をおかけしました。


                               母 ・ 佳織


2009. 4. 6

4月5日(現地時間)の朝、熱が出たため救急外来に行き入院になりました。

採血をして、原因を調べると同時に、抗生剤を投与してこれ以上熱を出さないようにしています。

採血の結果が出るまで2日かかるということなので、最低2日の入院です。

結果と熱の下がり方を見て退院が決まります。

幸い、とても高い熱ではないので、なつは落ち着いています。

抗生剤の副作用で体に痒みがあるため、痒み止めを飲みました。

今は小児科のベッドが空いていないため、救急外来のベッドで1晩過ごす事になりそうです。

結果が出次第、ご報告させていただきます。


                               母 ・ 佳織


2009. 4. 1

3月30日(現地時間)に、ピックラインの入れ替えをしました。
管が5cm強抜けてしまったので、入れ替える事になりました。
16時から始まり、40分くらいで終わりました。
LAに来て2度目です。

今回は麻酔がとても効いたみたいで、喉が渇いたと言うので、許可を得てから水を飲ませましたが吐いてしまいました。

アパートに帰ってからお腹が空いたと言うので、ご飯を一口食べましたが吐いていました。

ラインの入れ替えが終わって3時間くらいで麻酔が完全に切れたみたいです。
それまでは、眠りたいのですが横になると気分が悪くなるので、寝る事もできませんでした。

前回はラインをテープで固定していましたが、テープかぶれがひどい為、今回は糸で縫いつけて固定しました。
痛そうですが、本人はテープかぶれで痒いよりは良いと言っています。

これで、少し落ち着いてくれる事を祈っています。


                               母 ・ 佳織


2009. 3.28

最近、顔の血管が見えるようになってきました。
目の周り・鼻筋・こめかみ・鼻と口の間です。
先生に聞いたところ、「心臓の血液の戻りが悪くなっています」と説明してもらいました。
「でも、心配しないように」と言ってくださいました。

調子が悪い時は、床に寝ころんで動きません。
体が思うように動かないので、機嫌も悪くなります。
良い調子を維持しながら待機する事は難しいです。


                               母 ・ 佳織


2009. 3.25

ボランティアの方に教えて頂いて、折り紙でBOXを作りました。
始めはうまく作れませんでしたが、すぐに覚えて1人でできました。


2009. 3.24

自宅待機で、点滴の刺し口を清潔に保つため、訪問看護師さんが来ない時は、私が清潔にする作業をしています。
退院時は週1回ということでしたが、最近は毎日清潔にしています。
テープかぶれがひどいため、痒み止めも毎日2回塗っています。

なつは、相変わらず浮腫んでいます。
乾燥しているせいか、喉が渇くと言って水を欲しがります。
「移植の手術が終わったら、お水をたくさん飲みたい。」と、
泣きながら言っていました。


                               母 ・ 佳織


2009. 3.20

今日の外来通院では、採血とレントゲンの検査をしました。

点滴の針を入れている場所の痒みが治まらないので、塗り薬を処方してもらいました。

外来を終えて、家に戻ったなつは疲れていました。


                               母 ・ 佳織


2009. 3.16

先日、点滴の針が刺さっている場所に、バイ菌が入らないように「テガダーム」と言う透明な(ラップのような)シールを貼っていたのですが、テープかぶれを起こし、二の腕がピンク色になり少し腫れています。ブツブツと腫れている箇所からは、膿が出ていました。

なつは二の腕が痒くて仕方がなく、夜も眠れませんでした。
そのためテープをやめて包帯にしてみましたが、それでも痒くなってしまったため、その事を病院側に伝え、車椅子を押しながら緊急外来に行ってきました。
その日は薬を貰って痒みが治まり、夜も眠れました。

次の日は落ち着いたと思っていましたが、夜になってピックラインの管が3cm位抜けているのを発見し、あわてました。なつの場合は管が心臓まで入っているので、8cm位は抜けても大丈夫だと聞き、私が管の固定をしました。なつと2人でこれ以上管が抜けないように、息を止めながらの作業でした。
入院していれば看護師さんがやってくれる事を、素人の私がやっているので少し不安です。

今以上に管が抜けてしまうと、麻酔をかけ痛い思いをして針と管の入れ直しをしなければならないので、1日3回抜けていないか確認しています。


                               母 ・ 佳織


2009. 3.12

昨日の朝体重を量ってみたら、体重が増えていました。
今日も体重は増えたままです。
退院した時に利尿剤が増えたのですが…
生活環境が変わると、こんなに心臓に負担がかかるのだと分かりました。
しばらくはDrと相談しながら様子をみます。
注意深く観察していきます。


                               母 ・ 佳織


2009. 3. 9

今回はどうして自宅待機になったのかを、お伝えしようと思います。

UCLAは昨年から新しい病院になり、古い病院から新しい病院に移ったことで、病室代が高くなりました。1日の病室代が日本の平均的な月収を超えるような状況です。

そのため、なつの場合は次の理由から自宅待機になりました。

 1.自宅待機中の医療費を抑制する。(待機時間が長くなる
   可能性があるので、入院していると病室代が高くなる為)
 2.長く入院するよりも、自宅待機の方がなつの精神面が良
   い状態を維持できる為。

の2点です。

でも、自宅待機により悪い面(不安な点)もあります。

 1.毎日変わる病状を細かく観察できない
 2.緊急時の対応が遅れる

の2点です。この2点が病院も、私も不安な点です。
入院していないので、私が注意深くなつの病状の変化を見ることになります。
自宅待機は、厳しい食事制限・水分制限・行動制限・持続点滴が続きます。それに加え、今のなつは日本にいた時よりも利尿剤が増えましたが、浮腫みで瞼が腫れやすくなっています。
病室の生活よりもアパートの方がなつにとっては楽しいため、母親としては嬉しい反面、病状が悪化していないか注意深く観察している毎日です。

長い待機になる可能性があるため、気が抜けない毎日になりますが、応援してくれている方たちを思い出しながら頑張っていきたいと思います。


                               母 ・ 佳織


2009. 3. 7

UCLAでの入院生活をお知らせしたいと思います。

移植をするために入院すると、大勢の方が夏の事をみてくれます。簡単にどのような人がいるのか紹介します。

1. アテンディングドクター移植チーム・移植の手術をしてくれる先生のチームです。

2. ドクター(先生)・アテンディング・フェロー・インターンの3階級の人達が術前から診てくれます。

3. 移植前のコーディネーター・移植前のなつの全ての状況を把握してくれる人です。

4. 移植後のコーディネーター・移植後のなつの全ての状況を把握してくれる人です。

5. ナースプラテクショナー・先生と看護師さんの間に位置する人です。

6. クリニカルナース・ナースを指導する人です。

7. ベッドサイドナース・日本で言う看護師さんです。

8. チャイルドライフスペシャリスト・なつの精神面や体力面を考えてくれる人です。

9. スピリチュアルケアー・牧師さんです。親子共に精神面を助けてくれる人です。

10. ソーシャルワーカー・病院内で困っている事を相談できる人です。

11. インターナショナルリレーシュンス・海外からの患者の人たちの窓口になってくれる人です。

この他にも、食事を運んできてくれる人、掃除をしてくれる人、栄養士さん、日本人の看護師さん(UCLAで働いている)、ボランティアの方、他にも沢山の人の協力を得て入院生活をしていました。

20日間の短い入院生活の中で、上記に書いたすべての人たちとお話をさせて頂きました。特に関わりが多かったのは、チャイルドライフスペシャリスト・ベッドサイドナース・スピリチュアルケアー・ソーシャルワーカーでした。入院している時には気づきませんでしたが、精神面のケアーの方に助けられていたことに気付きました。

入院中なつも英語がわからないので、看護師さんが一生懸命日本語を使って話をしてくださいました。そのお陰で、なつも言葉の問題をあまり苦にすることなく居られたのではないかと思います。
そして、日本で応援して下さっている皆さんの事を思い出し、毎日頑張っていました。

どうして自宅待機になったのかは、次回にお知らせします。

※上記の説明は、私が教えてもらった範囲内の事ですので、間違っている場合もあります。ご了承下さい。

最近のなつの様子ですが、浮腫みがひいていきません。アパートにいても、入院と変わらない生活をしなければ不安は増すばかりです。
応援して下さる皆さんの事を思いながら、頑張ります。


                               母 ・ 佳織


2009. 3. 6

今更ですが到着した日から今までの事をお知らせします。

UCLAの病院に着いてすぐICUの部屋の時は、インターネットが繋がらず、携帯電話も繋がらず、ボランティアさんの携帯を借りてお父さんに本当に短く「今つきました。夏は無事です。携帯は使えません。ネットも繋がりません。」と連絡しただけでした。とても心細かったです。通信手段がないという事はこんなにも不安になるものかと思いました。

その後も病室からネットを繋げない状態が続き、連絡が取れないまま、アパートの契約、水道電気の契約、銀行の開設、病院側の移植の説明、心のケアーの説明、日本での病気の説明、これからの治療方針、夏のご飯を作りに行く、買い物、夜は歩けないので昼間時間を作りシャワーを浴びに行く、洗濯、なつの病院食を選ぶ、次々に来る看護師さん先生の話を聞く(英語なので電話通訳を使ったり自分で電子辞書で調べたり)、連絡をできるようにインターネットを繋げる…
何をするにも英語なので、英語ができない私は、ボランティアさんの空いている時間を借りていました。
また、アメリカは基本的に点滴をしたままでも自宅待機が出来るということで、点滴の管理の仕方、ラインの掃除の仕方などを習いました。
その中でやっと夜に夏との時間が作れ、あっという間に20日位が過ぎました。

その20日間なつは、ほとんど一人でいました。それが何より悲しかったです。言葉も通じない病室で、よく一人で頑張ったと思います。
言葉が通じないので、私が用事を済ませて戻ってくると「ご飯が来ない。お腹がすいた」と泣いていた事もありました。この時は、本当に悲しかったです。

UCLAに行ってすぐの生活はこんな感じでした。
次はもう少し病院内の生活について書こうと思います。


                               母 ・ 佳織


2009. 2.26

ある程度状態が良いということで、25日(現地時間)に退院しました。これからは病院の近くに借りたアパートから通院という生活が始まります。

それによって、点滴や薬の管理を全て私が行うことになり、食事の面でもカロリー・塩分・水分の厳しい制限のもとチェックしていかなければなりません。
入院中以上の緊張感を持った生活になるのではないかと思います。


                               母 ・ 佳織


2009. 2.20

ピックラインの入れ替えが無事終わりました。

針を刺すときに痛がり動いてしまったので、少量の睡眠薬を投与しました。

少し太い針でしたが、がんばっていました。


                               母 ・ 佳織


2009. 2.19

腕から心臓にかけて入れてある点滴(ピックライン)の管から点滴が漏れているのを看護師さんが発見し、明日の朝、入れ直すことになりました。

今は普通の点滴をしています。

漏れてしまったほうの管は先生に抜いてもらいましたが、管が抜けないように縫ってあった糸を抜く時に痛みがあったらしく、泣いていました。

明日は、ピックラインの入れ替えを頑張ります。


                               母 ・ 佳織


2009. 2.18

渡航から1週間以上がたちました。
慣れない生活のため、なかなかこちらの様子をお伝えできなくてすみません。

なつの体は落ち着いています。点滴は外せないので24時間続けています。

英語にはまだまだ慣れませんが、こんにちは、またね、ありがとう、ごめんなさいの言葉だけでなんとか乗り越えています。
なつはそれプラス笑顔です。
だんだんと慣れていくのだと思います。
食事はやはり日本のものを欲しくなるので、私が用意して病院に持って行くこともあります。

UCLAはとても良いところです。
山が見えるので、長野生まれの私たちにはその景色が懐かしく思えます。

皆様のおかげでここまでたどり着けました。
本当にありがとうございます。
これからは私たち親子が頑張り、皆様のご支援に応えていきたいと思っています。


                               母 ・ 佳織



2009. 2.16

移植待機者リストに載ることができました。食事が変わったせいかカロリー制限をするのに大変です。最近のなつは、塩分摂取の食事バランスがかわり、少し浮腫んできたような気がします。安定した状態が続いてくれればよいのですが・・・



2009. 1.10

入院した時より、顔(特に目の辺り)の浮腫がひどくなり、
心臓の圧も少しずつ上昇して、肺や肝臓にも負担がかかり
少しの運動でも苦しくなる状態です。

心臓を動かす強心薬は絶対に切れない状態であり、厳しい
食事制限と塩分制限を受けています。

日常生活では、平日午前中にやっている勉強や折り紙も
集中力がかけ、ぐったりと横になる時間が長くなっています。




©2008 なつくんを救う会