「無情な日常」作者プロフィール



カワイイべ〜
ハンドルネーム:マサ

ハンドルネームの由来:名前の一部。
好きな食べ物:肉、寿司、ケーキ、まんじゅう。
特技:剣道、空手、書道。
体格:身長167cm、体重56kg。
性格:普通。犬好き・猫好き。てか動物好き。
悩み:母の血統により将来禿げるかもしれん。


生い立ち
0歳の時。昭和53年某日、埼玉県の某所で誕生。体重3000グラムジャスト。いきなり大病を患い、両親は医者に死ぬ確率70パーセントと宣告されるも、運良く完治。復活。
3歳の時。エグリ傷に母親がオキシドールと間違えて蜂刺され用のアンモニアを塗る。もがき苦しむが母親は「効く時に染みるの!」ふと容器を見て「あら間違えたわ」。3歳の記憶にして鮮明に覚えている。酷過ぎ。
4歳の時。地元の普通の幼稚園に入園。途中で大病を患い半年以上の入院を余儀なくされる。
6歳の時。地元の普通の市立小学校に入学。幼稚園時代の大病の影響で全てにおいてひ弱。初めての運動会のかけっこで1回転んだ相手に抜かされると言う失態を演じる。当然ビリ。
7歳の時。マンガ「六三四の剣」の影響を受け剣道を始める。同じマンガに影響を受けるなら、なぜキャプテン翼の影響を受けなかったのか?悔やまれるところである。
10歳の時。剣道のおかげもあり、大病の影響でひ弱だった体力が完全回復。かけっこで初の1位を取る。クラスでも5番目くらいの速さ。剣道の試合で市で3位になる。。
12歳の時。地元の普通の市立中学校に入学。校則で坊主頭を余儀なくされる。ちなみに俺の兄貴も同じ中学出身で3年間坊主頭だった。部活は当然剣道部で1年からレギュラーを任される。
14歳の時。俺の兄貴よりも前の代から続いていた生徒会vs教師の坊主廃止闘争に決着。教師は時代の流れに負ける。俺達は何も労せずして坊主頭から開放される。
14歳の時。剣道部顧問がかわり、練習が超厳しくなる。夏場等はみんなゲロを吐きながら稽古する毎日。相当数が退部する。
15歳の時。剣道の練習試合で遠征。山形県大会ベスト8に完勝する。これが剣道の試合で一番嬉しかった試合かなあ?あ、2番目かも。。
15歳の時。剣道の猛稽古のやり過ぎで血尿をだす。その影響で幼稚園時代に壊した部分をまた壊すも、それを押して最後の大会に出場。3回戦で力尽きる。
15歳の時。地元の普通の県立高校に入学。偶然にも小学生時代に一緒に剣道をやっていて仲良しだったタカシも同じ高校だった。タカシとはそれ以来今でも仲が良い。たまに無情でも登場する。
15歳の時。剣道以外の何かもしたくなり、国際空手道連盟極真会館に入門。入門半年でいきなり指導員に鼻を叩き折られ、完治まで1ヶ月間かかる。上手くなってきた矢先の出来事にショックだったが、なんとか頑張る。
16歳の時。高校1年にしていきなり落ちこぼれる。通知表に1がついた時には正直泣きそうになる。これ以来高校1年2年と落ちこぼれ街道まっしぐら。文系約250人中2××位。バカの代名詞となる。
17歳の時。受験前後1年になり、「このままじゃいけない!」と思い猛勉強を始める。最終的に最高で文系13位にまで上りつめる。職員室の話題独占。正直チョッピリ気分が良かった。「見たか!」って感じ。
18歳の時。受験するも1年程度の付け焼き刃では歯が立たず第1、2志望不合格。第3志望に引っかかる。浪人も考えたが、「まあいっか!」と思い入学。極々普通の私立大学。結局、小、中、高、大と全部普通。
19歳の時。遊びまくりのバイトしまくりの生活が祟り大学1年で20単位しか取れずに焦る。4年間で卒業できなかったらどうしよう?
20歳の時。1年時の反省から頑張る。結局年間58単位を取得。1年時の出遅れを挽回する。良く考えたら高校、大学といつも人生崖っぷち。「人生これギャンブル」を実践する。
20歳の時。尊敬するM教授の憲法ゼミナールの入室試験に合格。Mゼミのゼミ生となる。それ以来卒業まで非常に充実した楽しいゼミ生活を送ることになる。
21歳の時。元々酒は弱いのであまり飲まないようにしていたが、初めて記憶を無くすまでのむ。よりによって教授帯同のゼミ合宿の飲み会。そこまで飲ませた犯人は1つ下の後輩。か、確信犯か??
22歳の時。色々トラブルがあり内定先を大学4年の1月に辞退。焦りまくり9ヶ月ぶり就職活動を再開。ほとんどの会社は採用活動終了。半分諦めかかっていたが、なんとか他の会社に内定を貰う。少々不本意。
23歳の時。悩んだ末に会社を退職し某試験を目指し勉強を始め現在に至る。普通は1年かけて勉強するところを半年で受かろうとしているが少々むしが良過ぎか?とりあえずまだ若いので最悪来年も視野に入れ勉強中。




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