公務員試験お役立ちメモ
ここはあくまで管理人マサの個人的なメモであり、その内容の正確さは保障できません。


2002年05月30日(木) 行政学メモ8

公務員は、それぞれの専門性に応じて、一定の技術的水準でにあることが要請されている。そのよるべき専門的水準が客観化されていれば、彼はこの基準に違背して同じ専門家仲間から問責されぬよう、努力する事になる。これがC.J.フリードリッヒのいう「機能的責任」である。
フリードリッヒは抽象的な「内在的責任」概念を機能的責任と応答的責任という二つの基準によって確保しようとしていた。


H.ファイナーは「道徳的義務への内在的・個人的感覚」としての責任感だけでは民主的政府は成立しえないとし、行政の民主的統制の観点から議会による行政統制と議会に対する答責の原理を主張した。さらに、C.J.フリードリッヒの内在的責任論を、行政官の独断と「新しい専制主義」を帰結するとして退けた。
ファイナーは議会(政治)に対する外在的な答責性(accountability)を重んじる立場。


辻清明は、我が国の官僚制は民主的責任についての感覚を欠如していたとし、戦後の官僚制の民主化にあたって、外在的責任とともに公務員の内在的責任の確立が緊急課題になっているとして、「民衆に対する奉仕の精神の体得」こそが新旧官僚制のいずれを克服する場合にも不可欠な基本条件であると指摘した。



アカウンタビリティ(答責性)とは、公務員が国民に対して担当の行政効果を説明する義務であり、弁明責任のことである。


アメリカの政治学者C.J.フリードリッヒは、1930年代に新しい行政責任の在り方として、客観的・科学的な基準への応答義務を市民感情への直接的対応を挙げ、これらが議会や裁判所といった伝統的な行政統制の手段を補完すべきだと説いた。この考え方は、現代の日本においてもなお有効である。
フリードリッヒとファイナーの行政責任論争。


現代の行政官・行政職員の任務には、上司や上級機関の支持・命令に忠実に応答する受動的責任のみならず、自発的積極的に裁量し、最も賢明なる行動を選択することまで含まれており、これを補助責任という。そして新しい社会問題に対して、上司や上級機関の意思決定に助言・忠告することも期待されており、これを補佐責任という。


18世紀開後半のスウェーデンに起源を有する情報公開制度は、官僚制支配の悪弊を打破し、行政活動をガラス張りにしようとするものであり、官僚制組織に対する拭いがたい不信感に根ざしているものである。
情報公開制度は1766年にスウェーデンで始まった。ちなみに、アメリカの「情報の自由法」(FOIA)が制定されたのは1966年である。


フリードリッヒは、責任ある行政官とは技術的知識と民衆感情という二つの有力な要素に応答的な行政官であるとし、行政責任において「機能的責任」と「政治的責任」という概念を提示した。
フリードリッヒによれば、機能的責任=行政官が特定分野の技術的・科学的知識に精通していることを。政治的責任=行政が直接民衆の要求の変化や社会的ニーズの把握に努めること。


オンブズマン発祥の地はスウェーデンであり、日本において最初にオンブズマン制度を導入したのは川崎市である。


専門的基準や専門家集団に対する機能的責任を確保するためには、行政組織内部にセクショナリズムを超えた専門化集団の成立が必要であるが、日本の行政組織は自己の所属する組織への帰属意識が強過ぎる傾向がある。


「情報公開は市民参加の前提である」と言われるように、民主主義の徹底と情報公開の実施とは不可分な関係にあるが、現実には公開の適用除外項目が設定されるだけでなく、不当な個人情報の流出がおこるなどの弊害が生じている。この問題を解決するためには、プライバシーの保護の徹底が求められるとともに、アクセス権や知る権利を強く求める声Mのある。
情報公開の制度化に関しては、適用除外項目を口実に情報公開を拒否する場合や、個人情報までもが流出してしまう危険性が存在している。また国民の「知る権利」を明文化するか否かが大きな論点にもなった。


C.J.フリードリッヒの唱えた専門的標準に対する機能的責任を確保するためには、専門家集団による非制度的な行政統制が有効とされる。しかし、日本では、所属する組織に対する帰属意識が強く、組織を横断して統制機能を発揮できるような専門家集団の育成が十分でないと指摘されている。
組織横断的な専門家集団とは、具体的には議会スタッフや内閣官房部局のような形で実現されると考えられるが、日本の現状ではこれらの部局も各省庁関係者の寄せ集めである場合Gた珍しくない。


行政参加による行政統制を有効に機能させるために、近年日本でも情報公開を求める動きが強い。
1982年に山形県金山町で導入されて以来、全国の都道府県レベルでも制度化されている。国レベルでも、行政改革委員会の行政情報公開部会による「情報公開法要綱案」をもとに、1999年5月に情報公開法が成立している。


会計検査院は、国の収入支出の決算の検査や法律に定める会計経理の検査を行なう機関であり、対外機関に対する改善処置要求や会計事務職員の懲戒処分要求などの強い権限を有している。また近年は、検査の基準として合法性のみならず効率性についても踏み込んだ指摘が増えてきている。
会計検査院は憲法に設置の根拠がある。


市民集会:集団公聴。市政懇談会:集団公聴。市政モニター:調査公聴。市民相談:個別公聴。市長への手紙:個別公聴。


「ツーウェイ・コミュニケーション」とは行政からの情報提供だけでなく、住民の反応をも行政決定のナ化に取り入れていくことを指す。
ex)行政相談委員による苦情の受付。


行政の内部においては、現実の政策過程とそのPR計画との間に、十分な調整・統合が行なわれる必要がある。広報が単なるアドバルーンに終わったり、PR担当部署が組織無いで浮き上がった存在になってしまうのは、この調整・統合が不十分ばためである場合が多い。
現実の行政過程で良く見られる現象。


官僚制組織には収集した情報を独占し、それを権力の源泉にしようとする傾向がある。情報公開制度はこの悪弊を打破しようとするもので、官僚制組織に対する拭いがたい不信感に根差しているものである。
政府の説明責任を明確にすることにより、市民の権利や自由を政府の不当な意図と行為から守ろうというのが情報公開制度の基本的な思想である。


1994年に設置された行政改革委員会は、96年12月に情報公開法要綱案をまとめた。この要綱案においては、行政機関が非公開決定を出した場合の救済機関として、当時の総理府に第三者機関の「不服審査会」を設置しているのが特色である。
橋本政権の公約で、この要綱案に基づいた情報公開法は、1998年通常国会によって制定された。


行政PRとは、日本で情報公開が実施される以前から行なわれている「ツーウェイ・コミュニケーション」の行政による宣伝広報活動のことである。この行政PRには行政公聴や行政広報などがあるが、結局は「情報の公開なくして参加なし」との声が強く、知りたい情報を得ることを目的とした情報公開の制度が求められるようになった。


情報公開制度の設計は自治体レベルで盛んに進められているが、その際に大きな問題となるのが、適用除外事項である。特に意思形成過程情報・行政運営情報・財務関係情報などは非公開となりやすく、相訟の原因となる事が多い。
現在の情報公開に関する議論の焦点は、こうした情報をどこまで開示するかという点に移っている。


市町村の合併、産業廃棄物処理施設や原子力発電所の立地など、住民の間で対立がある重要問題について住民投票が実施されることがあるが、この場合、地方公共団体の首長、議会は住民投票の結果に法的に拘束されるわけではない。
住民投票条例は地方自治法に規定がなく、自治体独自の判断で制定される。


情報公開制度は、市民参加を制度的に確保する手段の1つであるが、プライバシー保護の観点から請求者権や開示情報の範囲がつねに問題になる。
2001年4月から施行されている情報公開法では「何人も」請求できるとされている。


国の行政機関が、規制を行なうための政令、省令などを定めるときに、その案を公表し、一般からコメントを求める制度として、パブリック・コメント制度というものがある。日本でも審議会などが国民の意見を募集する動きは以前からあったが、1999年3月に閣議決定で「規制の設定または改廃」の際の意見提出手続が創設され、同年4月から運用が行われている。
法律の義務でないことに注意。


「情報公開法」では、「知る権利」については、政府保有の情報の開示請求権という意味では未だ最高裁判決が出ていないこと、「知る権利」という言葉の理解についても学説上必ずしも一義的でないこと等から、明文化されなかった。
法律への明記については、引き続き検討を行うべき旨の附帯決議が衆参両院でなされている。


大衆民主政の進展とこれに伴う地域的な格差是正の要請は、一方で中央政府による統一的な行政サービス提供の意義を高めているが、他方で住民の政治的訓練の場としての地方自治の重要性をむしろ増大させている。
イギリスの政治学者J.ブライスは「近代民主政治」の中で「地方自治は民主主義の学校である」として、地域の政治を住民自身が実践することは、民主主義の根源を知ることになり、国の民主主義の実現にもつながると考えた。