OB PROJECTの歴史


OB PROJECTの結成は、当時人気上昇中の「NVマガジン」への投稿がきっかけでした。
上京する事になり、「NVマガジン」のスタッフだった東京在住のB(Bandana氏)と会い、意気投合して作ったのがOB PROJECTです。

主にBが音楽と企画担当、私がプログラムとグラフィック担当と、完全に役割分担していました。
ゲームディスクマガジン「ゲーム野郎」と音楽作品集「越後屋クソ野郎」をメインに制作して活動を続けていたのですが、私が東京を離れたのがきっかけで活動も衰退していきました。

初期の頃は勝手に(公認でしたが)SYNTAXの名前を使ってソフトを作っていました(ゲーム野郎2まで)が、独立心が芽生えて来てまずは開発元をOB、発売元をSYNTAXと勝手に決めて、その後SYNTAXをはずし独立したわけです。

OB PROJECT初期の頃は、SYNTAXのスタッフも兼任していたのでいろいろな事をやりましたが、きつかっただけにとても思い出に残っています。
知り合いが増えたり、プログラムが上達したのもこの時期でした。まさにMSX一色だった時代でした。

後にSYNTAXを離れ、アンチSYNTAX(正確な言い方ではありませんが)になるわけですが、OB PROJECTはSYNTAXのNVマガジンが無ければ生まれなかったし、そのおかげで発展もしてきたのではないかと今は思っています。