大人獄寺×中学雲雀 年の差パラレル
傘
その日は、朝から大降りではなくしとしとと、けれど絶え間なく雨が降っていた。駅まで迎えに行くと申し出たけど断られて、仕方なくホテルのロビーで煙草を片手に彼を待っていた、のだが。
「やっぱり迎えに行けば良かったな。傘、持ってなかったのか?」
「忘れた」
現れた少年は黒髪を雨に濡らして、小鳥のようにふわふわなはずの髪を、濡れた仔猫のようにしょんぼりとしならせていた。いつものように学生服の上着を肩に掛けてはいなかったから、シャツは濡れて肌に貼り付き体を冷やしている。
「先にシャワーだな」
服を乾かすためにアイロンでも借りるかと提案したが、断られた。とにかく冷えた体を温めろと服を脱がしてバスルームに放り込んだけれど、一向に水音がしないので覗いてみれば、ぼうっと立ち尽くしていたので仕方なく一緒に入ることにした。
「どうしたんだよ」
様子が、明らかにいつもと違っているのは最初からわかっていた。こんな雨が降り続く中で傘を忘れるなんて、あるはずもないだろう。
「どうもしないよ」
返事はあれど目はこちらを向きもしない。そんなことで大人を誤魔化せるとでも思っているのだろうか。
「じゃあ、今日のお願い聞いてもらうぜ?」
肩に湯を掛けてやって温めながら、頭をそっと撫でたら嫌がられはしなかった。
「止めて」
公園の前だった。スピードを落とせば、助手席から傘も差さずに降りていく。折角乾かしたシャツが濡れる前に、車を停めて傘を差し掛けに行ってやればそこにしゃがみこんでいる。
地面に置かれた傘の下には、濡れて歪んだ段ボール。中には学ランが折り畳まれて入っていて、小さなメモ用紙がひとつその上に置いてあった。
「優しい方、ありがとう…か」
どうやら雨の日に忘れるはずもない忘れ物は、ここにしていったらしい。
「いい人に貰われたんじゃねぇか?」
乾かされて、小鳥のようにふわふわになった頭を撫でてやる。
どういう気持ちで上着と傘を置いていったのか俺が推し量ることはできないだろうけれど、この子供の選択が悪いことではなかったのだと、そう教えてやりたかった。それをできるくらいの力もなくて自分を大人だとは言い張れやしないだろう。
顔は見えなかったけれど、立ち上がる気になるまではそっと傘を差し掛けてやっていることくらいは、少なくともできるのだから。
雨の日の話