「馬鹿なこと…っ」
 言葉を遮るように、頬を掬う。親指の腹で撫でた唇は少し乾燥していた。
「バカでもいいさ。惚れた相手にしてやれることがあったらなんでもしたくなるもんだよ。そのかわりに、な」
「……っ!」
 腕を回した背がひきつるように跳ねるのを感じた。互いに息を詰めているのは同じようで、けれどもヒバリの目は驚きに見開かれたままだった。それだけを窺うとこちらは目蓋を下ろして、触れている感触に浸る。
 少しかさついた、薄い皮膚だけが重ね合わされ、その事実に年甲斐もなく熱が上がることを自覚した。これ以上は止められなくなる、そう思っても離れがたくてただヒバリの背を強く抱いた。
「ん…!」
 抗議のような声をヒバリが上げて、ようやく唇を離すことができた。正直このまま雪崩れ込んでもいいかもしれないと思っていたことは言いはしないが。
「なんなの、もう」
「何って、キスくらい知ってるだろ」
 ヒバリの乱れた髪を撫でてやると、馬鹿にするなといった目で睨まれる。まあ今時の中学生が知らないわけはないと思うけれど。
「していいなんて言ってない」
 そう言う顔が赤く見えるのは光の加減ではないようで、実際耳に触れたらさっきよりも熱く感じる。つまりは、嫌じゃないってことだろうか、まさか。
「訊いたら、許可をくれるのか?」
 幼さの残るまるい頬を撫でて、柔らかい黒髪に触れる。それを嫌がられないのは、この半年もの間何度も金を積んで不器用な逢瀬を重ねてきたからだろうか。
「お金、取るよ」
 気付けばヒバリの指先はスーツの生地を軽く握っていた。無意識だろうか、それとも誘っているとでも言うのか。
「いくらでも欲しけりゃやるよ。ただ、金だけじゃねぇ。俺の気持ちも受け取ってもらうぜ」
「いらないよ、そんなもの」
 皮肉に唇で弧を描いたヒバリが、膝で立ち上がる。
「──っ!」
 軽く触れるだけですぐに離れたけれど、今のは間違いなくヒバリからの。
「これは、いくらになるんだ?」
「君が一生掛かっても払いきれないくらいだよ」
 要するにだ、24年も生きてきたけれど、気付けば俺の人生はこの中学生に囚われていて。それを望んだのは自分なのかヒバリの方なのかわからないけれど。
「一生?」
「いやなら」
「嫌じゃねぇ」
 目の前の、細い体を抱き締める。それだけで代えようのない幸福感があった。この感情が少年にも同様に与えられていることを胸の内でこっそりと願う。
「なあ、教えて貰う約束だったよな」
「ん、なに」
 つい強くなりがちな腕を緩めてもヒバリは離れず、肩に額を預けてくる。それだけでまるで気難しい猫を懐かせたみたいな満足感があった。
「ヒバリが名字なら、下の名前は?」
 この屋敷に連れてこられたときに見た立派な門に掛けられた表札には、雲雀と書いてあった。つまり、それは家の名前であって、ならばあのときにヒバリに教わったのは名字だってことになる。
「知りたい?」
 顔は見えないけれど、ヒバリの声は少し笑っているようだった。まるで悪戯を考え付いた子供のように。
「あぁ、お前のことをもっと知りたい」
「そんなに言うなら、教えてあげようか」
 偶然の出会いから、それは長かった。自覚するまでも、してからも。いたって普通な学生だと思っていたら、実際は我儘で、学校を牛耳るほどに強くて、中学生の癖にバイクまで乗りこなして。それでも気付けばどうだろうか、いま腕の中にいるこの少年に夢中になっている。新しい面を知る度にもっと深く知りたいと、強く求めてしまう。
「五万、ね」
 最初の約束を違えることはなく、ヒバリは綺麗な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 


最初は中学生に五万払って意味不明なことをさせている大人
というだけの小ネタだったはずが随分長い話になりました。

獄寺が駄目な大人です。
雲雀さん相手だから仕方ないんです。

本筋以外にもいくつかssは書いてあるのでまたそのうちに。