「おい、ヒバリ」
 初日の彼の仕事は各方面への顔出しにまわる上司の補佐とデスク周りを片付けることで終わって、多少の残業の後で僕も帰るところだった。
「なに」
 振り返って見れば、彼の眉間には皺が寄っていて。何か悩みごとでもあるのだろうかと思ったから、手を止めて聞いてやることにした。幸い、広いオフィスはいくつかパーテーションで区切られていて、大きな声でもなければ聞き耳を立てられることもない。
「……付き合え」
 言葉と共に差し出された手には、何かが乗っているわけでもない。何の話かと顔を見れば、視線は外されていて表情は読めなかった。
「話を聞くのは良いけど、月曜から飲みに行くのはちょっと」
 僕は平気だけれどもまた飲みすぎたら困るのは君じゃないの、と返したら。あぁ、眉間の皺どころか怖い顔になっている。余程悩んでいるのだろうか、相談相手もいない訳じゃないだろうに、いやもしかすると上司についてだろうか。一日見ていたが確かに凡ミスや些細な漢字の間違い、あげくに廊下で転びそうになっているところまで目撃したけれど。
「なに、君の上司があまりにも頼りなくて心配になったの」
 ずっと補佐で見てきただろうに、環境が変わったせいかもね。
「違う!」
 慰めるつもりで差し出した手は、何故か彼の手に捕らわれた。随分と必死に見えるけれど。
「好きなんだ」
「……へぇ、君ってノーマルじゃなかったの?」
 意外だった。ただ、それなら特定の女性との関係が噂されることもないかと納得はできる。
「いいんじゃないの、あの鈍そうな相手じゃ手強いだろうけど」
 そう、なによりその忠誠と言えるまで尽くしている理由がわかったじゃないか。
 僕に言うなんて、相談する相手がいなかったのかもしれないが、なるほどあのとき僕が同性愛者だと言ったから、参考になると思ったのだろう。
「はぁ?」
「なに」
 間抜け面が、目の前に。
「違ぇだろ」
 腕の中に引き寄せられた。そのまま、銀色の睫毛を眺めている間に一度触れ、もう一度震える唇が触れて、離れていく。腕は、まだ僕を解放しない。
「お前が好きだ、付き合えって言ったんだよ」
 また目線は外れていた。けれど、代わりに赤く染まった耳が見えた。
「何それ」
「なにそれって、お前な」
「付き合うって君と? やだ、面倒くさい」
「な…っ!」
 余りにも予想していない事態だった。一度寝ただけでその気になるなんて、どうかしてる。
「好きとか付き合うとかは嫌だけど、体の関係なら続けてあげていいよ」
 ただ、そう僕には都合の悪い話じゃない。彼にその気があるのならまたしてもいいって話でしょ。
「セフレかよ、冗談じゃねぇ」
「僕をまた抱きたいんじゃないの」
 あの夜を忘れられなかったのは、僕だけじゃないってことだよね。
「覚えてねぇからノーカウントだ」
「ふぅん、だったら」
 またすればいいだけじゃない。ネクタイを掴んで引き寄せて、そう赤い耳殻に囁いてやればすぐに堕とせる。



 始まりは偶然だったけれどそれはまるで罠のように、君と僕を捕らえてしまっていたらしい。
「次はまた金曜の夜にね」
 ネクタイに絡めた指を離すのは惜しいけれど、まだはじまったばかりなんだから。腰に回された腕に溺れて、この場でしてしまっても僕は構わないけどね。

 

 

 

 

 


ノンケ獄寺がテーマだったので、リーマンパラレルでした。

続きがあるつもりでなく書いたのが最初だったので
時系列が前後しまくりになったけれども
たまにはいいかと開き直って雲雀視点と獄寺視点で
いろいろ書けたので楽しかったです。