大人獄ヒバ

 

 ショコラ

 

 

 周囲のざわめきなど、今更だ。
「この、いちばん大きい箱でいいんじゃないの」
「…自分が嫌いなヤツ全部押し付けるつもりだろ? んなのはゴメンだぜ、ちゃんと選べ」
 雲雀は熱心にショーウィンドウの中のものを観察しているが、細かな説明書きを読んでいるとは思えない。勘というか、本能で選んでいるんだろう。そして大体それに間違いはないと俺は知っている。
 底の浅い箱に十個や二十個も並んでいるショコラ。店内に漂う甘い空気。その場に居るだけで気が遠くなりそうだが、雲雀のわがままに付き合っている立場上逃げ出すわけにも行かない。
 それに、書類の山に埋もれて執務室から抜け出せない10代目への土産を買わねばならないのだ。腰を屈めて雲雀の隣からショーウィンドウの中を観察する。
 10代目には、洋酒入りよりはミルクチョコ。形も重要だ。
「決まったよ」
「そうかよ、好きに買え」
 雲雀が次々と指差していくのは、奇をてらった味のものでもなく、伝統的な手法で作られたもの。それに、風味の良さそうなもの。甘いもの、苦いもの、様々だった。
「どうせ会計は俺持ちだ」
「当たり前でしょ、君のお遣いに付き合ってあげてるんだから」
 確かに、一人で行く店じゃねぇとは言ったが、スーツ姿の男が、バレンタインデーの当日に二人で来る店でもないだろう。
「ったく…」
 10代目には、ほどほどの大きさの箱に入るだけでいいだろうか。控えめな方だからな。
「それで足りるの?」
 なんて、この店で一番立派な箱を抱えた雲雀が言うが、ちょっと待て、なんだその二段重ねの重箱みたいなのは。
「お前と違って10代目は慎ましい方だからな!」
「ふぅん。ねぇ、あそこの洋菓子屋にも寄って行くよね」
 スイーツまみれにさせる気か。
 まぁ、美味いと評判のロールケーキを買っていったら10代目もお喜びになるかもしれない。
 そう自分を誤魔化しながら、俺は給料日までの質素倹約を心に誓うのだった。

 

 

 


10代目へのチョコはお使いです

足りたかどうかは…ね?