些細なこと

 

 

 堂々とした侵入者は、自分の分のコーヒーまで煎れて居座っている。追い出されなければいてもいいと思ってるの?

「そんなの見てて面白いのかよ?」

「別に。仕事だし」

 風紀委員会の日々の記録は、いつも目を通している。
 けれど、わからないのは君の方。

「君は」

 そちらを見ずに声を出すと、驚いたように息を吸う音が聞こえた。

「…俺が何だよ」

「群れるのは楽しいの」

 興味はない、けれど不可解な群れ。僕は関わりたくないんだけど。

「まぁ、な。10代目は立派な方だし、あの野球バカがいるのは気にくわねぇが、悪くはねぇよ」

 些細なことが、耳に残った。君なりの言い回しなんだろうけど。

「そう」

 見終わった帳簿を閉じると、思ったよりも大きな音がした。そんなことも煩わしい。

「君、変な呼び方するよね」

 先刻のノイズを切るように言葉を出す。我ながら下らないことを言ってるとは思う。

「そーか?」

 案の定本人には自覚はない。

「…どうでもいいけど」

 カップを取り上げ口をつけてみるけど、苦味ばかりで薫りがない、下手な煎れ方。

「お前も変な呼び方してるじゃねぇか。草食動物とか」

「事実でしょ。弱くて群れてるんだし」

 それ以上飲む気はしなくて、一口でカップを突き返した。

「…不味い」

 良くこんなものを平気で飲めるね。余り細かいことを気にする気性ではないのはわかるけれど、どんな味覚をしているのか。
 文句を言いたそうにしてる顔には気付いても、何もしない。

「いいんだよ、ファミリーなんだから」

「下らない。僕を巻き込まないでよね」

 妙に嬉しそうに語る表情が目障りで、見ないように横を向いた。

「そんなこと言うなよ」

 視界の端に、近付く指が見える。そのままにしておけば、図々しくも首筋に伸び、指先が好きで身に付けているわけでもない鎖に絡む。

「君がいると面倒ごとばかり増えてくよ」

 睨み付けても、むかつく笑顔は変わらない。

「嫌いじゃねぇよ、俺は」

「…迷惑」

 降りてくる唇に、自然に目を閉じる。すっかり慣れてしまった煙草の味が、今日は珈琲の香り。
 深くなる口付けも、テーブルを越えた無理な体勢ではそれ以上の接触にならなくて丁度良い。

「ヒバリ」

 焦れたらしい声が僕を呼ぶのを、小馬鹿にした笑顔で見返す。

「なに」

 言葉に詰まった顔を、背中から回した腕で後ろ髪を掴んで引き離す。

「行かなくていいの」

 君の大事なボスの用事が、そろそろ終わる頃。

「…行くけどな」

 体を押せば、素直に離れていく。僕の言うことに逆らわない、良い態度だね。

「いいのかよ」

 僕がここにいろと言った覚えはないし、引き留める理由もない。

「君が居ない方が僕には都合が良い、と言えば良いの」

 ソファに座り直した分、距離が離れていたから、手にした帳簿で軽く頭を叩いてやる。行き辛くなるなら、来なければ良いのに。

「いらねぇよ」

 隠してるつもりの感情は、表情に浮かんでる。誤魔化すつもりかカップを煽り、残りの珈琲を飲み干して。

「じゃあな」

 その一言で、君は出ていった。途端に静かに感じる部屋。ひとりの立てる音は、そんなに大きかっただろうか。
 細い糸のように、安堵の息を吐く。これで今日の仕事を終えられる。

 ふと、書類に向けかけた視線がテーブルに乗った。

「…片付けていきなよ」

 珈琲の香りと共にひとつ残されたカップが、何だか憎たらしかった。

 

 

 

 


雲雀さん視点

ツンデレ入りましたー