理屈じゃねぇんだ

 

 

 かわいこちゃん、で思い浮かんだのは何故かヒバリの顔だった。

 シャマル曰く、「ナンパには頭を使え」ってことだが、実際相手を目の前にするとそれどころじゃねぇ。っつーかそもそもナンパじゃねぇし!
 そんな小細工が通じる相手なら楽なんだけどよ。あいつに対する感情は理屈なんてもんじゃ説明できねぇ、それだけは言える。

「よぉ」

「…また来たの」

 ドアを開けると、記録に目を通していたらしきヒバリがこっちを見る。特に驚いたり感情を見せることない態度はいつも通りだ。

「今日は10代目は用があるっつーから、暇潰しにきただけだ」

 10代目は教室で補習を受けるとか言ってたから、時間を潰すにはここでいい。

「ふぅん」

 俺の言ってることを聞いているのかいないのか、ヒバリはまた記録簿に目を落とす。まぁ、こんな態度も慣れてる。追い出されないならいてもいいってことだと判断して、勝手に自分の分のコーヒーを用意して、向かいに腰かけた。

「そんなの見てて面白いのかよ?」

「別に。仕事だし」

 にべもない。それでも返事があるだけましだと思ってカップを口に運ぶ。

「君は」

 唐突に訊かれ、反応が遅れた。

「…俺が何だよ」

「群れるのは楽しいの」

 視線を上げず、つまらなそうに問われる。一瞬答えに迷ったが、こんなことで嘘は言えない。

「まぁ、な。10代目は立派な方だし、あの野球バカがいるのは気にくわねぇが、悪くはねぇよ」

「そう」

 ぱたん、と記録簿を閉じる動作に機嫌を損ねたかと身構えるが、どうもそういうわけでもないようだ。

「君、変な呼び方するよね」

 独り言のように呟いた言葉に、首を傾げる。

「そーか?」

「…別にどうでもいいけど」

 俺のカップを取り上げて口をつける横顔は、何だか不機嫌そうに見える。

「お前の方が変な呼び方してるじゃねぇか。草食動物とかなんとか」

「事実でしょ。弱くて群れてるんだし」

 不味い、とカップを押し返される。だったら飲まなければいいのに、とは思うが口には出なかった。

「いいんだよ、ファミリーなんだから」

 戦う度に、考える以上に実感が深まっていった。こいつにはそういうことはわからねぇだろうが。

「下らない。僕を巻き込まないで」

 何の錯覚か、ぷいと逸らした顔が、拗ねている子供のように見える。

「そんなこと言うなよ」

 ローテーブルを越えて首筋に手を伸ばす。指先が隠された鎖に触れると、鋭い眼差しに睨まれた。

「君がいると面倒ごとばかり増えてくよ」

「嫌いじゃねぇよ、俺は」

 仲間のように一緒に戦うことも、こうして触れることも。

「…迷惑」

 唇を塞げば、自然に瞼が下りた。それを了承と取ってより深く口付けるが、テーブル越しのこの体勢は辛い。

「ヒバリ」

 隙間の開いた唇から、名を呼ぶ。

「なに」

 向かい合った瞳は、俺を馬鹿にするように微笑んでいた。
 ぐい、と背中に回した手で後ろ髪を引かれる。

「行かなくていいの」

「…行くけどな」

 体を押され、仕方なく向かいのソファに引き下がった。下手にごねてヒバリの機嫌を損ねない方が良い。

「いいのかよ」

「君が居ない方が僕には都合が良い、と言えば良いの」

 手にした記録簿で軽く頭を叩かれる。本音では、もう少しここにいたいと思っていたのを見透かされているようだ。ヒバリに追い出されるまで、動けないことを。

「いらねぇよ」

 かといって、素直になるのも癪だった。
 残りのコーヒーを飲み干して、ソファから立ち上がる。

「じゃあな」

 ひとつ、言葉を残して。

 

 教室に向かう道中、ふとした考えが頭をよぎった。

「…あいつも素直じゃねぇからな」

 ひっそりと呟く口元には、不自然なほどの笑みが浮かぶ。

「10代目、今帰りっスか?」

「あ、うん。……獄寺君、何かあったの?」

「何でもないっスよ、さぁ帰りましょう!」

 

 そんなことを言ったら、まず咬み殺されるんだろうけどな。

 

 

 

 


距離を保ちつつ、突き放されたりしないくらいの
関係がいいと思います

特別何もないことが特別というか