血溜まりに浮かぶ花

 

 

 痛ぇ。口の中があちこち切れて、血の味しかしねぇ。

 いつも通りの平日、特に変わったこともなく退屈な授業に出ていたら、応接室に呼び出されて顔を見るなり殴り付けられた。抵抗する間もあったもんじゃない。手加減の欠片もなくトンファーで腹部を殴打されたり、髪を掴まれて机に叩き付けられたりして、倒れ込めば容赦なく踏みつけられた。

 ただ、しばらくすれば俺は床に伸びて、雲雀は興味を失って俺を応接室から蹴り出すか、そのまま放置するんだと思っていた。雲雀の異変を感じたのはその時になってようやくだ。

 喉もやられて声も呻きくらいしか出せねぇ。腕も脚も、骨くらいはいっちまってるかもな。辛うじて意識は保っている状態で、薄く開けた片目の赤く濁っている視界で捉えた雲雀は、無表情のまま俺を見下ろしていたかと思うと、背を向けてその場に座り込んだ。何を考えているのだろうかと気配を探っても、膝を抱えたその体勢のまま床に腰を下ろして、動きそうもない。

「………」

 呼び掛けは、掠れた息にしかならなかった。雲雀からの返事はない。ただ、丸めた背の向こうからゆっくりとした呼吸の音が聞こえてきたことに、安堵するように体の力が抜けた。

 寝てる。

 腕の端に触れる体から伝わってくる体温は普段の雲雀のそれとは違う。血の抜けた自分の体が冷えているせいだけじゃなく、確かに温かかった。

 ずきんずきんと心臓が脈打つ度に痛みが襲う。慣れたとはいっても、さすがに平気にはなるもんじゃねぇ。けれど蹲ることもできずに、動かないままの雲雀の横で転がっていることしかできない。

 いつもなわけじゃない。それでも時折雲雀は黙ったまま今日みたいに俺を殴り付ける。原因が自分にあるか考えてみても思い当たらなかったから、俺が悪いんじゃねぇと思う。きっと雲雀に聞いても答えなんかないんじゃねぇかな。だから、俺はおとなしく殴られるしかなくて、それでも仕方ないかなんて思うようになっちまった。

 手加減は確かにしてなくても、殺す気の殴り方じゃないからなんとか耐えられるし、ぎりぎりのところで気を失わずに済む。ただいっそのこと意識を無くしてしまったほうが楽かもしれないと、雲雀の体温を感じながら思う。
 考える余裕すらない方が、楽だ。

 下手に意識があると、考えちまう。無駄に思考を回して余計なことを考えれば、戻れない淵に落ちかねない。

「くそ…」

 わざとかもしれない。雲雀は、俺が意識を失わない程度に自由を奪って、追い込んでいるのかも。

 それはない、とひとつ打ち消した。雲雀が俺に望むことなどはないし、その逆もしかりだ。何もないからこそ、距離を置かずにいられる。

 じわり、痛むところが熱を孕む。けれど汗の浮いた背中は妙に冷たくて、毛足の長い絨毯の柔らかさすら恨めしかった。

 痛みに慣れてまともに息ができるようになった頃にも、まだ規則正しい呼吸音は聞こえてきていた。

 何考えてんだ、とか悪態を吐こうとしたが、雲雀が余りに気持ち良さそうに眠ってる気がしたのでやめた。こんな気分のときは煙草の一本でも吸いたいけれど、生憎右手も動かせそうになかった。

 大きく息を吐こうとすると、肺が痛んでまともに呼吸もできない。妙に掠れた音ばかり耳についた。

 雲雀は身じろぎもしない。意識があるままの俺をここに転がして、自分が寝るのが目的なんだろうか。いや、そもそもこいつの行動に理由を求めるのも間違いかもしれない。なんたって猫みたいに気まぐれでわがままで、自分本位でしか動こうとしないやつなんだから。



 無駄だと何度言い聞かせても、意識の端で雲雀を探る。微かに触れた腕の先から何か伝わってくるわけでもないのに、そこばかり気になって仕方がない。罠に、囚われているみたいだ。

 視界の一部を埋める黒い塊が憎たらしい。今更抵抗のように目を閉じたって、その存在を認識してしまっている。

 憎たらしさを込めて奥歯を噛み締めたら、きりりと音が鳴ったので咄嗟に力を抜いた。直後に僅か動いた気配は雲雀の覚醒を示している。仕方なく目を閉じたままで誤魔化そうとするが、きっとバレているだろう。けれどどうすることもできず、どうしたらいいかもわからずに動くこともできない。

 明らかにさっきまでとは違う沈黙。静寂を破ったのは雲雀のため息だった。

「…起きたかよ」

 それに乗じて出した声は、掠れていたが何とか音にはなった。

「寝てない」

 ぽつりと、雲雀も言葉を返す。えらく久しぶりに声を聞いた気がするが、気のせいではないだろう。

「嘘つけ。ぜってぇ寝てたぜ」

 一度声を出せば、皮肉な言葉が自然に続いた。見ていたわけじゃないが、さっきの雲雀は確実に寝ていた。

「うるさい」

 変な話だが、不機嫌に眉を寄せる雲雀に安心した。さっきみたいな無表情よりはずっといい。

「散々人を殴っといて寝てんじゃねーよ」

 無様に転がりながらも、雲雀が隣に座ったままなせいで動こうとすら思わない。こいつは、何も考えてないんだろうが。

「君が弱いせいだ」

「はぁ?!」

 断定するように言われても意味がわからないし腹も立つ。だが、確かにもう少し強ければ持ち堪えられるかもしれないなんて思っていたのを見透かされたようで反論の言葉は出てこない。

 見上げる立場になっているのが不服で体を起こそうとするが、こちらへ向き直した雲雀の手に肩を押されて叶わなかった。睨みつけると、視界を塞ぐように顔が近付く。

「――ッ!」

 元より切れて血の滲むそこを雲雀の歯がより深く傷付けていく。匂いや味だけでなく視界も血に染まる。

「弱いくせに僕に歯向かうから、咬み殺される」

 唇に付着した俺の血を舐め取ると、雲雀は大層機嫌良く笑いやがった。

 その顔を見る度に仕方ねぇかなんて思っちまう俺も、相当いっちまってるみてぇだ。



 だけどせめて、こうして打ち倒されるばかりではなく見返せるように、なんてことは口には出せないけれど。代わりに血に濡れた唇を重ねて憎たらしいこいつを引き寄せた。



 あぁ、ほんと性質悪ィ。

 

 

 

 

 


 DV獄ヒバー

ごっきゅんのDV馴れは半端ないね。
雲雀さんも、何度咬み殺してもめげないごっきゅんを気に入ってるので
何度でも咬み殺します。

歪んだ愛憎…?