数年後マフィア設定捏造 ツナさん視点
眠れない夜の恋人たち
「はぁ…」
思わず出た溜め息を、慌てて伸びをして誤魔化す。いくら難しい書類と睨めっこしてるのに疲れても、俺が投げ出すわけにはいかないんだ。それよりも、恋人達の祝祭のようなこの日に、誰かとの予定もなくこうして仕事に追われている自分が空しかった。
「10代目、休憩にしましょう」
すっかり飽きてきてるのなんてお見通しなんだろう。カップが目の前に置かれて、労るような笑顔をくれる獄寺君を見上げる。
「いつまでたっても慣れないね、こういうのは」
正式にボンゴレの10代目に就任した俺を待っていたのは、想像していたマフィアの世界とは全然違う、デスクワークの日々だった。もちろん、毎日目にしている書類にはイタリア語で物騒な言葉が並んでいるし、幹部である守護者達には直接現場に出向いて貰うこともあったから実感がないわけじゃないけど、正直参る。
「10代目はしっかりやってますよ」
「そうかな」
「はい」
元々俺は頭を使うことは得意じゃないし、家庭教師に叩き込まれたイタリア語も完璧にはほど遠い。それでもなんとかやってこれてるのは、優秀な右腕がいつも側にいてくれているからで。
「ありがと」
獄寺君はそう言ってくれるけど、俺にできていることはあんまりないと思う。けれど、カップにいっぱいのコーヒーは口をつけたら思った通り、俺好みの甘さでミルクもたっぷりの優しい味だった。
コーヒーの入れ方は、恋人に教わったのだと言っていた。はっきりそうだと聞いたわけじゃないけど、俺の知っているあの人のことのはずだ。ずっと付き合ってるんだと思ったら、本人達はそのつもりはなかったみたいで。俺が後押しというかお節介で口を出して、ようやくまともに付き合い始めたらしい。
まぁ、恋愛に関しては俺もあまりちゃんとやってるとは言えないんだけど。
会いたいな、と思う人は今も何処にいるのかはわからない。気まぐれに現れて、すぐ手の届く距離から消えてしまう。思いを交したのは随分前のことだったと思うけど、それでも彼が俺に全部を預けてくれるわけもなく、恋人同士だと認識するには余りにも浅い関係が続いていた。
だけど、あぁ。
「――10代目?」
突然頭を抱えて机に突っ伏した俺に、獄寺君が心配そうな声を出す。ほんとは、余裕なんて全然なかった。責任感だってある方じゃないのにこんなマフィアのボスなんてことを続けていられたのは、見返りがあったからだ。
俺がボスで、大空で。守護者であるあいつは、命令にしたがって俺を守らなければならない。それが彼の大切なものとの交換条件で縛り付けた鎖。
自分のものにしたいというエゴで立場を利用した俺は、とても汚い。
「10代目、今日のところは部屋に戻って休みましょうか」
遠慮がちに掛けられた声にはっとして顔を上げれば、優しい笑顔の獄寺君がいる。ほんとこういうときに見せる顔に俺は安心するんだけど、そう甘えてばかりいるわけにもね。
「いや、いいよ。片付けちゃうから」
そう言って書類に向き合うものの、とても今日中に片付きそうもない高さに積み上がった紙の束を見るのも苦痛でしかない。引き攣りそうになる口元をカップで誤魔化すけど、きっと見られていた。
「俺にも手伝わせてください」
知ってる、獄寺君に任せた方が何倍も早く書類は片付くし、その方が獄寺君を拘束する時間も少なくて済むことくらい。でも、俺はわがままで勝手だから望むようにはしてやらない。
「ううん、これは俺の仕事だから」
カップを置いてペンを手に取れば、獄寺君はもう何も言わない。部屋の隅の机に戻って別の書類に手を付け始めたようで、広い部屋の中には沈黙が訪れる。
「ごめんね」
意地を張ってみても何もできないのに、自我ばかり強くてどうしようもない。自分が働いている間に獄寺君が休むはずもないとわかっていて、酷いことをしてる。
「いえ、10代目に謝っていただくようなことなんて」
「今日は部屋に戻っていいよ。折角のクリスマスイブなんだし」
「……ッ」
右腕としての強い責任感は悪くはないけど、俺はそれで君を縛りたくない。そう言われると君がすごく寂しそうな顔をするのも知ってるけれど、ちゃんと休んでほしいから。
「……わかりました」
自分の机の上を片付けると、丁寧に頭を下げて獄寺君は部屋を出ていった。後でちゃんとフォローをしないとな、とは思いつつこの時の俺にはそんな余裕はなかった。
「さて、と」
片隅に頭痛を感じながらも書類に向き直る。
今日は徹夜を覚悟しないといけないかな。
眠気覚ましにコーヒーでもいれようかと部屋を出て、様子を窺ったら獄寺君の部屋にはまだ明かりがついていた。結局俺が起きている間には休めなくて、仕事を片付けているんだろう。ついでにコーヒーをいれて、覗きに行ってみようかな。
ボタンを押せば自動で熱いコーヒーは飲めるけれど、ちょっとした逃避行動だろうか。薫り良くローストされた豆に重たい金属製のスプーンを差し込むことから始めた。
それでも思考の空白が得られたのはほんの数分。慣れない作業は辛うじて成功して、温めたミルクと共にトレイに乗せられる。そこで少しだけ考え直して、多めの砂糖を金の匙で溶かし込んでカップにミルクを足した。いっぱいになってしまったけど溢れてはいないから両手にそれを持ち、重たさに眉を顰める。扉は開けてもらうしかないだろう。彼なら快く迎えてくれるであろうことを知っているから、躊躇わずその居室に向かった。
「あ」
遠くをよぎった黒髪を視界に捕えた瞬間、思わず固まった脚に抑えきれなかった衝撃がカップの水面を揺らす。水滴がばたばたと絨毯を叩く音を気付かれやしないかと背中が冷えたが、廊下の先をゆくあの人はそんなことを気にしないということもわかっていた。
「コーヒー、余っちゃったな」
こんな子供っぽい味を二人に差し出すわけにもいかないし、何より折角会いに来たところを邪魔するつもりもない。床は後で拭いてもらうとして、火傷せずに済んだ両手に視線を落とす。もっとも、指に熱いのが被っていたとしたらカップを放り出して大騒ぎして、少し離れた部屋で仕事している獄寺君が駆け付けてきて、機嫌を損ねた雲雀さんに火傷よりも酷い目に合わされていたんだろうけど。
とりあえず踵を返し執務室に戻り、扉の前で自分の迂濶な行動を呪った。
両手が塞がっているこの状態で、どうしてドアを開けられようか。床にカップを一度降ろすしかないか、と身を屈めた瞬間、ドアがかちりと音を立てて隙間を開けた。
鍵は締めていったはず。この部屋の机の上には重要書類が山になっているのだから。
「おや、気がききますね、ボンゴレ」
ここに不法侵入すると言えばこいつしかいない。
「骸」
片方のカップを取られ、部屋に入る背中について空いた片手でドアノブを引いた。がちりと鍵を落とし部屋の奥を見れば、骸は執務机に腰を預け、カップに口を付けながら書類を眺めている。
「それ見てもつまんないだろ」
気を抜くと文字の羅列にしか見えないイタリア語の書類は、事務的な用件から下からの報告や陳情、組織の機密まで様々だ。
「世間はクリスマスだというのに、随分仕事を溜めているようですね」
ため息混じりに呟く言葉には苦笑しか返せない。
「溜めてるんじゃなくて、溜まっちゃったんだよ」
「なるほど、それで気分転換のコーヒーですか。僕も丁度入れに行こうかと思っていたところなんです」
随分甘くしちゃったけれど、骸は躊躇わずに飲んでいる。見掛けによらず子供っぽい味覚を知っているのは、彼の側にいる人たち以外には俺しかいないはず。そう思うと何だか気分が良かった。
「仕事、終わったんだ」
「僕はマフィアの仕事なんてしませんよ」
ただの趣味です、と言い切るその口は嘘吐きで、憎たらしいと思うことさえある。
「しかし、折角会いに来たのにボンゴレは忙しいようですね」
でもそう困ったような笑顔で言われて、悪い気はしない。どうせわかっているだろうに、俺の不調の原因なんて。
「片付けちゃうよ。死ぬ気でやれば朝までにはひと段落つくと思うから」
だから、手伝って?
甘えて言えば、仕方ないと肩を竦めてみせて。
「頑張れば明日は休みにできるかもしれませんね」
唇にクフフといつもの笑みを浮かべて、書類を見る目つきがほんの少し真剣な色を宿す。俺はこうなることを知っていたのかもしれない。結局甘ったれでわがままな子供のままな俺でいられるのは、甘えたい恋人がいるからなんだ。
「するよ」
おあずけには慣れてる。ただ、いつ会えるか分からないお前を待つよりも、手の届く距離に拘束できれば良いから。
「骸、これが終わったらキスしても良い?」
甘いカップに口付けて。
「さぁ、気が向いたらしてあげますよ」
眠れない恋人たちの夜に祝福を。
むくつなむく かつ ほんのり獄ヒバ
取ってつけたようなクリスマスネタですが
ボンゴレは季節行事を大切にするのです
文句言いつつもみんな行事ごとは好きそう
マフィアの仕事って普段何をしているんだろうか
ツナさんはボスなので現場にはあんまり出られないてことで
でも戦闘はともかく対外交渉に向いてるのって骸くらいじゃないかな
ごっきゅんが大人になったらそういう点でも忙しくなるんだろうな