それは恋です。

 

 

 体育の授業、苦手なサッカーで案の定顔面にボールを喰らって滲む視界、駆け寄る獄寺君の銀髪の向こうに黒い人影が見えた。

 あぁ、また見ている。

 目が合うように感じるのは気のせいで、あの人は俺のことなんて見ていない。いつも、俺の側にいる子を見てるから。だから気付いたんだ。



  
それは恋です。



 本人達には言えないけど、俺にはそうとしか見えないから、視線を感じる度に心の中でそっと呟く。

「大丈夫っスか10代目!」

 心配そうな獄寺君に平気だよ、と笑いかけてもう一度見ると、校舎の窓から黒い人影は消えていた。多分俺以外誰も気付いてはいない。でも、一番近くにいるから知ってる。俺が獄寺君の隣にいるときなんだ、視線を感じるのは。

「保健室行きましょう!」

「いいよ、どうせ診てもらえないし。そこで休んでるよ」

 差し出されたハンカチで鼻を拭って溜め息を吐く。格好悪いな、俺。運動神経は鈍いし、頭も悪いし。でも、どんな勘違いかわからないけど獄寺君はそんな俺を尊敬してくれていて、10代目として慕ってくれてる。

 離れたところから見てると、やっぱり獄寺君はかっこいい。マフィアとか、10代目とか、そういうの抜きにしたら俺なんかとは関わりすらなかったんだろうな、とか思ってしまう。

「はぁ…」

 一人になった途端に寂しいって思えるのは、誰かが側にいたからで。それが賑やかな獄寺君だと余計にだ。リボーンが来てからの俺の日常はいつも騒がしかったから、こうやってたまに抜け出したように静かになると不思議だった。

 変だよな。
 しばらく前には黒曜の人たちと命を掛けるような戦いとかしてたのに。

 そういえば、あの頃からだった。怖い先輩、くらいにしか知らなかったヒバリさんのことを俺はいろいろ知るようになった。といっても直接関わることはほとんどなくて、話を聞いたりするだけで。

 気が付いたら、獄寺君の話題の中にヒバリさんがいた。いつも屋上とか応接室で寝てるとか。何で知ってるのかは聞きそびれちゃって謎なままなんだけど、そんな感じでいっぱい、いっぱい。おかげで俺はわかってしまった。

 ヒバリさんが、朝に風紀の取り締まりで校門前に立っているのも、二年の教室の前の廊下を歩いているのも、問答無用で獄寺君を殴り飛ばすのも、風紀委員長だからってだけじゃない。特別なんだ。

 気付いてしまった。でも、こんなこと誰にも言えない。山本に言ったらどんな反応するかな、とか考えてみたけど、うっかり本人達に言われちゃっても困るし。

 でも、俺にもわかるんだよね。気になっちゃって仕方ない気持ち。獄寺君はいつもヒバリさんのことを嫌いだって言ってるし、ほんとに嫌いになっても仕方ないようなことばっかりされてると思う。出会いからして最悪だったしね。

 それなのに、ヒバリさんのことはいつも一番わかってるんだ。おかしいよね、獄寺君と一番長く一緒にいるのは俺なのに。

 ……なんか、これじゃあ俺がやきもち焼いてるみたいじゃん。いや、そうなのかな、嫉妬してるんだ。獄寺君にも、ヒバリさんにも。

 俺だって、誰かの特別になりたいよ。近くにいなくてもわかっちゃうみたいな、いつも無意識に気にしちゃうような。

 ふと脳裏に浮かんだ顔は、頭を振って掻き消した。それは、ありえないから!

「なにしてんだ?端から見てるとおもしれーぞ、ツナ」

「!リボーン、学校でいきなり出てくんなよ、授業中だぞ!」

 いつから見られてたんだろう。植木の中から顔を出したリボーンに、慌てて背を向ける。読心術を心得てるかなんだか知らないけど、リボーンに考えてることを読まれるのはいつものことで、隠したいようなことをあっさりと見抜くところが性格悪いよな。

「ツナが顔面にボールを喰らって鼻血出したとこからだぞ」

「最初からかよ!てゆうか心を読むなって!あーもう!」

 いたたまれない気分で頭を抱える。もう授業のサッカーの試合なんて見てる余裕もない。これ以上面倒を増やさないうちに去ってくれと願うだけだ。

「思春期だな、ツナ」

「うるさいよ!赤ん坊のお前に言われたくないってば!」

 愛人とか言ってる奴に、俺の気持ちなんてわからないだろ。

「生意気だぞ」

「いだだだだ!」

「10代目?!」

 やばい、獄寺君がこっちに走ってくるから、自然に人目が集まってきた。リボーンに捻られた腕を摩りながら獄寺君にジェスチャーで来なくて良いって言っても、全然通じないし。

「リボーンさん来てたんすか」

「まぁな。じゃ、俺は忙しいからもう行くぞ」

 人で遊ぶだけ遊んであっさりと消えていく小さな背中に、抗議は心の中だけで。どうせ俺の考えてることなんてお見通しだろうけどさ。

「何の用だったんすかね?」

「俺にはあいつの考えてることはわかんないよ」

 それは獄寺君も同じみたいで、お互い顔を見合わせて笑った。

「ちょっと俺も休憩します」

 そう言って俺の隣に座る獄寺君は無意識に懐を探って、気付いたように頭を掻く。今はジャージだから流石に持ってないみたいだけど、やっぱり吸ってないと落ち着かないかな。

「タバコ、良くないよ」

「…わかってるんすけどね」

 癖なんです、と気付かれたことを誤魔化すように笑うけれど、無理矢理笑ってるようにしか見えないよ。自分でも止められないのかな、中毒になっちゃうみたいだし。体に良くないから、本当はやめて欲しい。俺が命令したら聞いてくれるんだろうけど、そういうのは嫌だから。

「あんまり吸ってると、ヒバリさんに嫌われちゃうよ」

 卑怯な言い方をした。一瞬だけ獄寺君の表情が変わって、またいつもの笑顔になる。

「平気っスよ。俺、あいつに嫌われるの慣れてますから」

「え…」

 違う。それは違うよ、と思っても言えなかった。説明だってできないし、根拠だってないんだから。

「俺、校則守んねぇし、いつも殴られてるんすよ」

 そんなへらへらしてる場合じゃないでしょ。平気って、いつもヒバリさんにはトンファーで殴られて、血が出るくらいの怪我だってしてるのに。

「…でも」

「煙草吸ってなくても咬み殺すっつってくるし、ヒバリのヤロー」

 嫌いなら、あんな顔しない。遠くから見つめてるヒバリさんは、すごく真っ直ぐな目をしてる。気付かないかな、知らないよね。俺だけが知ってるんだ。

「……良い子にしたら、誉めてくれないかな?」

 俺の言葉に、獄寺君はちょっと考えて首を振った。まぁ、あのヒバリさんに誉めてもらうのは、やっぱり無理があるよね。

「いや、風紀を乱してなけりゃ視界にも入らないんじゃないすかね。相手にされなくなって終わりっスよ」

 視線を投げる先では授業が続いてるけど、戻る気ももうなくて、見るふりだけを続けてる。

「10代目もあいつには気を付けた方がいいですよ」

 立ち上がった獄寺君がズボンをはたいたところで、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。結局最後までサボっちゃったな。

「うん、そうだね」

 頷くけど、あの人には気を付けてもどうしようもないと思う。獄寺君と一緒にいるだけでも、群れてるからって咬み殺されそうだし、一人で会ったらそれこそ心臓が止まりそうなくらいに怖くて動けなくなっちゃいそうだから。

 そんなヒバリさんに喧嘩を売れるのは君だけだよ、獄寺君。だから、少しはヒバリさんの視線に気付いてよ。いろんなことが喉の奥でぐるぐるして、苦しいんだ。

 でも俺には何も言えない。

 ヒバリさんのこと、いろいろ知ってるのに気付かないんだね。そういうところもらしいと思うけど、ヒバリさんと顔を合わす度に喧嘩して、俺がどれだけやきもきしてるかなんて、知らないでしょ。

 さっき見掛けた窓には、やっぱりもうあの黒い人影は見えないけど、だからこそ俺は憂鬱だった。

「教室、戻りたくないなぁ」

 廊下でヒバリさんに会っちゃう可能性だってあるんだ。

「10代目?」

「ん、何でもないよ」

 俺がサボるって言ったら、きっと獄寺君も一緒に来てくれるだろう。そんなところを見付かったら、咬み殺されるのは確実だし。

 今日も、明日も、またあの人は何でもない振りをして現れるのかな。



  
それは、恋です。



 胸の中で呟く言葉は、一生声には出さないつもりだけど。

 いつまで俺は二人を見守るんだろう。なんか、二人ともずっと変わらない気がするんだ。お互い恋愛とかには興味ないだろうし

 あぁ、なんか普通に俺がボスやってたら苦労するだろうな、なんて考えちゃったよ。俺はマフィアになんてなりたくないんだってば!

 スニーカーが砂利を踏み敷く音が、虚しく響く。

 学校と家の間の狭い世界が俺の場所でいいんだよ。でもそこにぽんと飛び込んできた獄寺君と、並盛の風紀の象徴のヒバリさんがいて。

 平和とは決して言えない日常を、俺は愛してるんだ。

 俺に大切なものがいっぱいできたように、あの二人にもそういう感情があればいいのに。

「…10代目?」

「なんでもないよ。行こう」

 小さな確信が胸の中で囁いた。





 きっと、それは恋です。

 

 

 

 

 


 ツナさんの獄ヒバ観察日記的な

端から見ればDVだろうがなんだろうが
いちゃついてるようにしか見えないとかそんな感じ

雲雀さんがツンデレにしちゃツンが過ぎるけども