10年後獄寺+中学生雲雀 捏造

 

 

 時と思考の狭間で

 

 

 中学生の姿をした雲雀と、懐かしい空気の並中に会いに来て、しばらく経つ。胸の底で焦れるような気持ちは治まる気配はないが、それを気取られないようにするので精一杯で、予測していたはずの事態なのに自分がここまで余裕がないとは思わなかった。

 

 

 辛うじて触れることが許されたのは、ソファに座った時に僅かに当たる、手の甲だけ。

 この頃には、精神的にはともかく、体が触れ合うことをしていたはずの相手は、頑に接触を拒んだ。それは、決して過去の自分に操を立てているからでも、俺を恐れているわけでもない。ただ、俺の姿が気に食わないの一点張りだった。

「まだ、いたの」

「悪かったな」

 少しの用事で応接室を離れていた雲雀が、戻ってドアを開けた瞬間にソファに座る俺に向けて、眉を寄せて言う。そんな顔をされても、今の俺にはどうしようもできないのだから仕方ない、と説明しようとしたが聞いては貰えなかった。
 結局自分の家にも戻れないで俺は、雲雀の部屋に世話になっていた。とはいえそこにいるのは夜くらいで、昼間は雲雀の目の届く範囲、主に応接室にいるだけで、自分の好きには行動させてもらえなかった。俺が並盛の風紀を乱すとでも思っているんだろう、こいつは。

「…なぁ」

「早く帰してよ、僕の可愛い隼人」

 二言めにはすぐこれだ。昔にしたって、男が可愛いなんて言われても嬉しくなんかねぇって。

「…可愛くねぇ」

 何度言い返しても雲雀は聞く耳を持たなかった。そういう性格だってのも知ってるが、ここまで聞き分け悪かったか?

「君は、可愛くないね。なんであの子がそうなるの」

「てめぇの身長抜かすためだろ」

 成長期に一気に伸びた俺の背は、気付いたら雲雀を越えていた。ひとつの目標ではあったが、それは過ぎてしまうと案外呆気なく、雲雀の機嫌を損ねる以上に何かあったわけでもない。

「くだらない」

 また、眉間に皺。過去に戻ってきてから、雲雀の穏やかな表情を見たことはない気がする。

「ヒバリ」

 呼ぶと、鋭い眼光が返事のように返ってきた。そんなに見るのも嫌だってぇのなら、近くに置いとかなきゃいいのに。そう思うと、何処かがじわりと痛んだ。

「屋上行ってもいいか」

 息苦しい空気に耐えられずに言うと、無言の肯定だけを与えられた。余計なことをしなければいい、と意図を汲んで、ソファから腰を上げた。

 

 

 

 廊下を歩けば、向こうの方は授業中らしく、平穏な人気のなさが保たれていた。ついでに色々見ておきたかったが、屋上までの景色だけで我慢することにした。

 懐かしい鉄の扉を開け放てば、変わらぬ並盛の風に懐かしさがこみあげてくる。ここで、何度戦ったことだろう。一緒に昼寝をしたことだって、結構あった。
 それが、今の俺とでは叶わないと知って、自然と溜め息がこぼれた。

「会えただけで満足とか、言えるわけでもねぇしな…」

 この頃の俺達は、まだ恋人とかそんなことを考えたことすらなく、殴り合うか抱き合うかしか知らなかった。我ながら不器用なもんだと思うが、相手があの雲雀だったから仕方ないのかも知れない。

「これで最後か…」

 未来から持ってきた煙草を銜え、火を点ける。立ち上る煙を見ながら、郷愁の想いが胸を突く。青空の下で、こんなにゆっくりとしたのはどれくらいぶりだろうか。今の俺は身も心もすっかりマフィアに染まっていて、昔のように大手を振って外を歩けるわけでもなく、休暇ですら地下のアジトで過ごすことが多くなっていた。

 ボンゴレの大空の下で守られていれば、そんなことは杞憂で済んだのに。

 目の奥が熱くなり、慌てて煙を吸い込んで誤魔化す。今は、昔の俺に全てを賭けるしかねぇんだ。

 屋上の扉が錆びた音を立てるのに気付いて、慌てて身構える。気配にすら気付かないほど、俺は思考に落ち込んでいたのか。

「泣いてたの」

 顔を合わせた瞬間、雲雀がそう呟いた。

「ッ…泣いてねぇ!」

 取り落としそうになった煙草は、それ以上咎められるわけでもない。銜え直せば、雲雀が目の前に袋を差し出してくる。直後響いてきたチャイムに、昼の時間だと合点がいった。使い込んだ携帯灰皿に煙草を押し込み、雲雀の手から袋を受け取る。

「悪ィな。…お、懐かしいなソーメンパン」

 人気なくてすぐなくなっちまったんだよなーと思い出しながら袋をあされば、見覚えのある小さな紙箱が埋まっていた。
 今でも銘柄は変えていない。けれど10年の間に箱も中身もマイナーチェンジを繰り返し、その度に俺は文句をつけていたものだった。

「サンキュ」

「別に、もともと君のものだし」

 没収品かよ、と思わず笑いがこみあげる。大人が煙草を吸うのはいいってことなんだろうか。雲雀の基準は良く分からないが、ありがたく頂いてやる。

「購買でフライングするなよな」

 他の生徒が押し掛ける前に買えるのは雲雀くらいのものだろう。まぁ、混雑する時間でも雲雀が買いに行けば他の生徒が避けていくだろうが。
 腰を下ろして、懐かしい味に齧りつく。見上げれば、雲雀は無表情にこちらを見ていた。

「座れよ」

 促したからか、気が向いたからか、雲雀は隣の日陰に腰を下ろした。左手には、弁当包みを持っている。この頃の俺が知らなかった小さな事実に笑みが浮かぶ。

「何にやにやしてるの、気持ち悪い」

「てめぇな…」

 雲雀の憎まれ口も可愛いもんだ、とふたつめのパンを開ける。好んで食べた味を、良く知っているもんだと感心しながら。

「泣き虫ハヤトのくせに」

「誰が泣き虫だ!!」

 折角の味を台無しにする暴言に、逆に泣きそうな気分にさせられる。俺はお前の前で泣いたことなんてねぇ!…はずだ。

「…くそっ」

 紙パックを握り潰す勢いでジュースを飲みながら、ふと隣を覗く。いつの間に用意したのかわからないその弁当は、相変わらず綺麗にまとまっていて、雲雀の性格を表している。

「あげないよ」

「別に、いらねぇよ」

 思わずそう言ったが、ふんわりと巻かれた黄色い玉子焼きは美味しそうで、ついまじまじと見つめてしまう。

「犬みたい」

 雲雀はそう呟くと、俺の視線をものともせずに、箸で器用に切り分けた玉子焼きを口に運ぶ。

「誰が犬だ」

 顔を伏せ、空になった袋にゴミを詰め込んだ。こうして雲雀といると、昔に戻ったようで気が抜けてしまう。あの頃も、いつも気を張っていた俺の調子を雲雀に崩されたことは何度もあった。不思議と、肩に力を入れないで話すことも、隣り合って眠ることも出来たのが何故かわからなくて、言葉もなく離れがたい距離を保っていた。

「君以外誰がいるの」

 雲雀の声に、俺は顔を上げた。目を細めるその仕草に、懐かしさがこみあげてくる。

「お前なぁ…」

 弁当を食べていてくれて良かったと思う。でなければ、抱き締めて口付けのひとつやふたつしていたかもしれない。

「君は、犬でしょ」

 迷いのない断定の言葉を呟いた唇に、黄色い玉子焼きが消費されていく。その言葉も、仕草も眼差しも、遠く時間を隔てた愛しい人と同じ香りで、俺を焦燥へと駆らせる。

「…っ…」

 目を逸らし、煙草を銜える。俺は、外見ほどには成長なんてしてねぇ。だから、昔と同じに扱われれば、それなりに苛立ちもするし、焦りもする。お互いの気持ちなんてちっとも考えてない頃に、よりによって一番会いたくないこいつになんで会いにきちまったのか。
 フィルターを噛み潰しながら、屋上に吹く風を手の平で遮って火を点けた。

「君がここにきて、未来が変わってどうなるの」

 黙々と食べていた雲雀が、唐突に口を開いた。俺は考えを纏める前に大きく煙を吸い、雲雀の表情を窺うが、いつもの無表情でこちらを見てもいない。

「そうだな…下手したら、過去にも影響があるかもしれねぇ」

「……?」

 雲雀が疑問を持った視線を投げ掛けてきてようやく、噛み砕いた言葉が浮かぶ。

「考え方はいろいろあるがな…過去に発生した事象は、同時に未来へと影響を及ぼす。時間ってものが流れとしてあるのは事実でも、過去と現在と未来は同時に存在してるってこった」

 時間に関する説はいろいろあるが、俺は分岐する可能性よりも、ひとつに収束する流れの方が強いと思っていた。過去が揺るがないように、未来も本来は揺るがないものとして存在しているのではないかと。

「概念はわかったけど、証明はできるの」

 納得はしていないのだろう。雲雀は、現実主義者だから。

「できないことはないが…難しいな」

 俺がこの時代でできることは限られている。それは未来への影響が懸念されるからで、10代目の家庭教師から昔に散々言われていた。

「ふぅん」

「…それで、終わりか?」

 拍子抜けるが、それもまたこいつらしい。自分の時間だけは揺るがないとでも思っているのだろう。

「今、君が死んだら、未来の君も同時に死ぬ、そういうことでしょ」

「…ん、まぁ…そう、か?」

 余りにも簡潔に言われ、逆に混乱しそうになる。間違ってはいないが、雲雀にとってはその程度の認識で十分だということか。というか、雲雀の口ぶりでは今がいつのことなのか、「君」がどちらの俺なのか、判別できなかった。

「だったら、余計に君には何もさせられない」

「…どういう意味だ」

「この時代では、好きにさせないってことだよ。並盛も、僕も」

 綺麗に空になった弁当箱を閉じて、元通りにしまわれる。雲雀は変なところで几帳面だな、とぼんやりと思った。

「最初からそのつもりだろ」

「今起きたことが未来の僕に影響するなら、未来の君に起きたことが過去の君に影響することもある。そういうことなら」

 雲雀の視線が、俺を射抜く。

「君を咬み殺すのは、未来の僕で良い」

「……それ、すげー殺し文句」

 敵わない。つまりは、10年後も俺と雲雀の関係が変わらないという約束みたいなもので。

「なに」

 煙草を携帯灰皿に揉み消して、雲雀に視線を返す。

「いや。楽しみにしてるぜ、恭弥」





 ――この後、俺がトンファーで咬み殺されたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 


無自覚な殺し文句を平気で吐く雲雀さんに獄寺はたじだじ
大人になっても何ら変わりのない獄ヒバです

未来編はタイムパラドックスとかねじれ現象を
どう決着つけるのかが見えてこないからいろいろ困る
捏造話書いておいてあれだけど
過去に飛ばされたごっきゅんはどうしているのやら…!

ちなみに雲雀さんはちゃんと購買のおばちゃんに
「あの子がいつも買ってるもの」って言ってパンを買ってきました