ピスタチオ

 

 

 ケーキを買ってきた、と珍しく彼が言うものだから、僕もたまには悪くないかと思っていた。

 それに、当たるまでは。

「………」

「なんだよ?チーズケーキ食えねぇとか言うなよ」

 違う。そう思っても口には出なかった。

「ヒバリ?」

 落ち着いたところで、紅茶でそれを流し込む。冷たいミルクを注いだいい加減なそれが、火傷もしないで都合が良かった。

「…なんなの、これ」

 首を傾げる君の前に、クリームに紛れた緑の欠片を押し付ける。

「ピスタチオ。なんだ、これ駄目なのかよ」

 子供だな、と言って笑うので、頭に一撃食らわせてあげた。

「何それ」

「…つまみとかによくある豆っぽいやつだろ、確か」

 まだ舌に味が残ってるようで、残りの紅茶を口に含む。君が淹れた安い紅茶は味も香りもなってないけど、口直しくらいにはなるらしい。

「なんでそんなのが入ってるの」

「アクセント?知らねぇけど」

 自分の分のケーキを食べようとする君から目の前の皿を取り上げて、僕の前のと入れ換える。

「おい、まだ一口しか食ってねぇのに」

「うるさい。咬み殺すよ」

 フォークに乗ったクリームごと押し付け、僕は君から奪ったフォークでチョコクリームを口に含んだ。
 味の薄い紅茶では消えなかった味が、甘味に溶かされるように消えていって、ようやく一息ついた。

「しゃーねぇな…おら、ここなら食えんだろ」

 差し出された欠片を、警戒心でまじまじと見てしまった。それを笑う君が憎たらしくて、口に運ばれた金属に歯を立てた。

「おい、フォーク食うなよ」

 文句を言う君を無視して、銀色に軽く舌を這わせて口を離した。酸味と甘味だけで十分なのに何であんなものを入れるのか、やっぱり理解できない。

「…お前な」

「なに」

 唇についたクリームを舐め取って、僕の分は空になってしまっていたので、君の分の紅茶に手を伸ばして口をつけた。

「も、いいや。好きにしろ」

「君に言われなくても」

 遠慮する間柄でもないし、そもそも僕は全てにおいて自分の好き嫌いで物事を選んでいる。今更君に言われるまでもない。

 柔らかいチョコレートケーキは、削り取るごとに傾いていく。砂の山のようだと思いながら、苺の下だけを残して周りを綺麗に食べてしまった。さて、この山はどう崩そうか。
 ケーキと睨み合っているうちに、二杯目の紅茶が側に置かれた。僕にとっては二杯と半分。それを火傷しない程度に飲みながら、ケーキの上の苺との睨み合いは続く。

「食わねぇのかよ、人から取っておいて」

「今、考えてる」

 じっと見つめて、ふとある考えが浮かんだ。よし、こいつから咬み殺そう。

「――あ」

 赤いそれにフォークを突き立てたら、君が間抜けな声を出した。何だって言うの、うるさいな。苛立ちと共に苺を咬み砕き、思いのほか酸っぱいそれに眉を寄せた。紅茶を飲むべきか、甘味を補充するべきか。その思考は君の視線に妨害され、僕は紅茶を手に取ることになった。

「なに」

 責めるような眼差しに、心当たりはない。

「イチゴは最後に食うもんだろ」

 子供みたいなことを言う。そんな決め事は、僕は知らない。

「誰が決めたの」

「俺」

 下らない。放っておいて、僕は残りの土台を崩しに掛かる。
 口に放り込めば飽きてきたのか以外に味気無く、最後は無感動に紅茶で流し込んだ。

「何で途中でイチゴ食うんだよ」

 その言い方は、最後に食べるのを楽しみにしていたみたいだね。それを奪ったと思えば、まぁ気分は悪くない。

「邪魔だったから」

 僅かな土台の上に鎮座する姿が、何となくむかついただけ。

「なんだよそれ」

 君にはわからないだろうね。君も、咬み殺される対象でしかないから、咬み殺す僕の気持ちなんて知ろうはずもない。

「さぁね」

 空になったカップを置いて、おしまい。おやつにしては、重すぎた。今日は夕食は必要ないかな。

「わけわかんねぇ」

 手を伸ばされて、甘い唇が触れてくる。

「苺味の方が良かった?」

 ふざけて聞いてみれば、君は顔を赤くした。なんだ、君の方が苺の味がしそうだね。
 甘い匂いに、甘い味。甘さの欠片もない空間が、今だけはやたら胸焼けしそうな重さだった。

「――ッ!」

 思わず、トンファーで側頭部を殴りつける。

「ってぇ!何しやがんだいきなり!」

 口直しになりそうなものは何もない。苛立ちの余りに僕は君を何度も踏み付けた。

「ヒバリ、てめぇ!」

「うるさい」





 キスの味がピスタチオなんて、最悪だ。

 

 

 

 

 


雲雀さんは好き嫌いが多そうなイメージ

ピスタチオって変な味だった気がする