サディスティック≠イノセンス

 

 

 いつからだろう。こいつから与えられる痛みが悪意によるものではないと感じたのは。
 どうしてだろう。顔を合わせることがあるとわかっていながら、屋上でサボるのは。

 お前が余りに綺麗に笑うから、殴られても仕方ないと思うようになっちまった。
 なぁ、そんな顔すんなよ。人生がつまらないものだと思ってるような、温度のない表情は俺が見てて痛ぇんだ。
 強くなれば、俺のこと見てくれるか?別に、お前のためなんかじゃねぇけど。


 だから、ひとりで泣くな。

 

 

 

「何見てるの」

 屋上で寝転がる雲雀を見付けて、寝顔でも見てやろうかと近付いたら気付かれたようで、細い目が俺を睨み上げてくる。

「なんでもねぇよ」

 隣に腰を下ろしても追い払われなかった。さすがに煙草は止めた方が良いだろうか。懐に手を伸ばし掛けて止めた。

「いい天気だな」

 ぽつりと呟いても雲雀の同意はない。不満そうに眉を寄せて、目を閉じただけだ。

 昼寝の邪魔して悪いとは思うが、無防備な姿を晒して、俺に何もされないと思ってるんだろうか。
 細い体を包む白いシャツが、9月の陽光を跳ね返して酷く眩しい。

「……ちっ」

 相手にされることを諦めて、隣に寝転がる。ポーズが被ったが、仕方ねぇ。さっきまで日を浴びていたコンクリートの床が、背中に熱い。夏の残滓が俺に喧嘩を売っているようで無償に腹が立った。
 喧嘩なら買ってやる。大気を汚す煙を放つそれを、口に銜えて火を点けた。

「――ッ!!」

 瞬時に降り下ろされたトンファーを、横に転がってかわす。一秒前まで俺がいた位置の床は、へこんでひび割れていた。

「っぶねぇだろ!何すんだてめぇ!!」

「何をするのかって、それは僕の台詞だよ」

 俺が体を起こすより早く、雲雀はゆらりと立ち上がっていた。

「死にたいの、君」

 両手にトンファーを構えた雲雀に睨まれれば、本能的に全身の血液が冷える。

「…何、だって?」

 足元に落ちていた火の点いたままの煙草を踏み消して、雲雀が一歩近付いた。

「僕は、殺してあげるって言ったんだよ」

 嘘だ、悪化してるだろ。思ったが口には出ず、じりじりと後ずさることに神経が集中している。
 ふと、雲雀の視線が階段へ繋がるドアへと振られた。それに釣られて俺も目を向けて、失敗に気付いた。

「――…ッ!」

 がつん、と衝撃が頭蓋骨を揺さぶり、左側頭部をしたたかに床にぶつけた後、右側頭部を雲雀の左手に握られた武器で殴られたんだと気付いた。

「今、何の――獄寺君?!」

 この声は、10代目だ。ドアを開け放って俺に駆け寄る気配がする。

「邪魔しないで」

「ひ、ヒバリさん…!」

 運の悪いことに俺とヒバリの間に立つことになった10代目が、引き攣った声を上げる。善良な10代目が雲雀を恐れるのは仕方ないが、その反応は逆効果だ。

「10代目、俺のことはいいですから…」

「だ…ダメだよ!」

 俺を守るように立つ小さな背中が、とても頼もしい。しかし、10代目に俺のことで迷惑を掛けるわけにはいかねぇ。

「煩いよ」

「うわぁっ!!」

 雲雀が右手を振るう直前に、10代目のシャツを掴んで引き倒す。

「10代目には手ぇ出すな」

「誰を咬み殺そうと僕の勝手だよ」

 不機嫌に細められた目は殺気を纏い、俺を刺す。だが、10代目に危害が及ぶのだけは避けなければならない。

「殴りたいのは俺の方だろ、10代目には関係ねぇ」

「獄寺君!」

 背中に10代目を庇い、雲雀を睨みつける。元々これは俺が引き起こした事態だ。

「君の体を差し出すから、その草食動物を見逃せって?」

「そうだ」

 こいつとは共に戦ったことはあるけど、それは共通の敵がいる時だけで、学校では俺を目の敵にする風紀の鬼なんだ。手加減なんてされるとは思ってないし、必要もねぇ。

「だめだよ、獄寺君!」

「俺が決めたことっスから、10代目の言うことでも聞けません」

 シャツを掴まれて揺らぎかける気持ちを引き締める。気を抜いたら命取りだ。

「揉めてるみたいだね。そんなの簡単だよ、二人とも僕が咬み殺してあげればいいんだ」

 慈悲のように笑みを浮かべながら雲雀が一歩近付く。
 何とか逃げられないだろうかとドアと後ろの10代目を窺うが、簡単にはいきそうもない。こうなったら。

「果てろ!!」

 ダイナマイトを投げ付けて、雲雀の懐に飛び込む。自爆とか格好悪いが、手段は選んでられねぇ。

「獄寺君…っ!?」

 爆発音よりも早く、腹部に鈍痛。

「うわあぁぁっ!!」

 遠くに、10代目の悲鳴が聞こえた気がした。

 

 

 

 

「つまらない」

 屋上で一人呟いた。
 爆弾を上手く弾き返して、二人とも片付けたと思ったのに、突然形相を変えた草食動物に爆弾の火を全て消されて、気を失った彼を持ち去られた。

「つまらない」

 やり場のない右手を振る。トンファーの重みは心地良かった。
 何処か、風紀を乱す者でもいれば咬み殺しに行くのに。
 昼寝をする気分でもなくなった。先程まで寝ていた辺りに視線をやれば、僕が踏み消した煙草と、ひび割れた床、火の消えた爆弾。

「つまらない」

 彼の痕跡を残したまま、僕は屋上を後にした。応接室に戻れば、きっと仕事が何かあるはずだ。
 階段を踏み付けながら、溜め息がこぼれる。

 まぁいい、また明日。
 明日になればあの忠犬はまた僕に噛みつきにくるだろう。こなくても、彼を殴る理由なんていくらでもある。

「……?」

 ふと、足が止まる。
 彼にこだわる必要はないはずだ。誰でも、咬み殺せば動かなくなる肉の塊でしかない。好きに打ちのめすなら誰でもいいのに。

「生意気、だよ」

 思い浮かんだ目の色に、悪態を吐いた。
 そうか、あの目が気に入らないんだ。跪かせて、打ち据えて、血にまみれさせてあげたいな。

「今度はぐちゃぐちゃにしてあげる」

 小さな願いを口にして、応接室のドアを開ける。

「いい天気だね」

 四角く切り取られた空は、やけに眩しく輝いていた。

 

 

 

 

 


無自覚な自覚編

黒曜戦後くらいのつもりだったけど
ツナさん2週間は筋肉痛で寝込んでるんだよね?
そしたら9月終わり頃あたりになるのかな…

それにしてもツナさんは最強の巻き込まれキャラだ