夏の日、夕暮れ、自転車で君と。

 

 

 日が夕暮れに傾き掛ける頃。自転車で、車道と歩道が分かれていない路の白線に添うように走っていた。前方に見えた見慣れた人影に、慌ててブレーキを掛ける。軋んだ音が耳障りだが、それでも振り向かない相手に後ろから声を掛けた。

「ヒバリ」

 ややあって振り向いたのは、やはり彼、雲雀恭弥だった。夏服になってからはさすがに学ランを肩に掛けているわけではないが、その風紀の腕章は周りの風景とは明らかに異彩を放っていた。それに、今更自分が相手を見間違えるわけもないという自信もある。

「なに」

 その表情は普段のそれと変わらず。けれど微かな違和感があった。

「何でこんなとこにいんだよ」

「散歩ついでに不愉快な群れを咬み殺して歩いてたんだ」

 確かに所々返り血のような跡はある。けれど、ここにいる説明にはなってない。何故なら現在地は雲雀の家と学校を挟んでほぼ真逆にあたるからだ。

「お前んち反対方向だぜ?」

「知ってる。君こそなんでいるの」

 僅かに首を傾げるような仕草は、返り血を浴びていないときに見せて欲しい。

「本買いにきたんだよ、近くの本屋には入らねぇっつーから」

 本で重くなった鞄を背負い直して、来た方向を目で示せば僅かに本屋の看板が見えた。

「ふぅん」

 雲雀の視線はそちらには向かず、珍しいもののようにちらりと自転車に注がれる。

「これは借りもん」

 それ以上は語らずとも、雲雀は納得したのか興味がないのか言及はしなかった。俺としても野球バカに借りたとか言いたくはなかったから構わない。

「乗ってけよ」

 後ろを示すと、雲雀は目を細めて横を向いてしまう。

「…いい」

「何だよ、歩いて帰ったら日が暮れちまうだろ」

 雲雀は、眉を寄せて首を振る。常ならぬその様子に、違和感を覚えた。

「ヒバリ?」

 苛立つような、落ち着かないそぶりで、視線は地面を彷徨っている。

「何か、落としたのか?」

 ぴたりと、雲雀の動きが固まる。こっちを睨むな。

「……鍵」

「家のか?」

 僅かに頷くのを見てようやく納得した。帰らないんじゃない、帰れないんだ。

「お前なぁ…どうせ暴れてるときにでも落としたんだろ。この辺か?」

「いちいち覚えてない」

「…何人くらいの群れだった」

「それなりに」

「わーった。手分けして探すぞ。俺はその辺回ってくるから、お前は通った道でも見とけ」

「何で」

「ほっとけねーだろ、見掛けちまったんだから」

 ペダルを踏み込み、走り出す。どうせ公園あたりで群れてたやつらがいたんだろう、とあたりをつけて、それらしい場所を探しに行く。日が落ちきったら探すのも面倒になる。とにかく急げ。

「…あれか?」

 それなりに大きい公園だ。自転車を置いて覗いてみれば、咬み殺されたばかりらしい不良が折り重なって倒れていた。
 ただ、雲雀が言うにはいくつか群れを咬み殺して歩いたようだから、ここで落としたとは限らない。とにかく、そいつらを足で避けながらそれらしい鍵が落ちてないか探す。

「っと…これか」

 キーホルダーもついてない、リングだけついたそっけない鍵。多分当たりだ。

「手間掛けさせやがって」

 拾い上げて不機嫌を装って呟くが、ほっとしたのは否めない。後は、迷子の雲雀に届けるだけだ。

「遠くに行ってなきゃいいが…」

 

 

 

 

 幸いなことに、さっき別れた場所からそう遠くない路上で見覚えのある後ろ姿を見掛けた。

「ヒバリ!」

 声を掛けながら投げ渡した鍵を、雲雀は振り返りながら躊躇わず受け取る。

「それだろ?」

 隣で自転車を止め、手を開いて見つめる雲雀の手の中を、一緒に覗き込む。

「うん」

「見つかって良かったな。もうなくすなよ」

 と、言ってるそばから雲雀は鍵をそのままポケットに放り込む。

「お前な、そんなんだからなくすんだぞ!寄越せ!」

「なに」

 勝手にポケットに手を突っ込んで鍵を取り出して、自分の腰の鎖と繋ぐ。それを外して、雲雀に差し出した。

「やるよ」

「いらない」

「文句言うなよ、こうしときゃなくさねぇだろ」

 受け取らない雲雀に焦れて、勝手にベルト通しに鎖の端を掛け、鍵をポケットに突っ込んだ。

「邪魔なんだけど」

 腰に下がった鎖が不満なのか、雲雀は眉を寄せる。

「ウォレットチェーンつーのはこーやって使うもんなんだよ。実用品だろ」

「……じゃあ、もらってあげる」

 明らかにしぶしぶと、雲雀は頷いた。装飾品の類を好んで身に付けない性格だから、そう言った方が嫌がられないと思ったのは正解だった。

「帰るだろ?乗れよ」

「仕方ないね」

 もう夕日は沈み始め、すぐに暗くなってしまう。自転車に跨ると、後輪のステップに雲雀が足を掛けて肩に手を置かれた。

「学校までだからな」

「いいよ」

 野球バカが部活をやってる間に自転車を置いてくればいい約束だ。
 少し強く踏み込めば、自転車は俺と雲雀を乗せて動き出した。
 スピードを上げるとぬるい風が髪を乱す。肩に掛けられた手の重みが、妙に夏を実感させた。

「君、夏休みは何してたの」

 不意に問われ、良く聞き逃さなかったと思う。

「んぁ?…そりゃ、10代目と市民プール行ったり、10代目と海行ったり、10代目と夏祭りで花火見たりしたけど、それがどうかしたかよ」

 10代目と一緒に堪能した日本の夏は楽しかった。余計な連中もいたが、たまには悪くないとも思えたんだった。

「…つまらなさそう」

 折角思い出に浸っていたのに、水を差されてかちんときた。さすが雲雀というか、空気の読めなさは天下一品だ。

「てめぇは関係ねぇ!そっちこそ夏休みまで風紀委員やってんだろうが!」

「長い休みは風紀が乱れやすいから、忙しいんだ」

 噛みついても、あっさりかわされる。こいつにとって夏休みに風紀の仕事をすることには疑問はないらしい。

「ちゃっかり活動費稼いでるくせによく言うぜ」

「君も取り締まられたい?」

 顔を撫でる風よりも余程冷ややかに雲雀が呟く。夏場は肝試しよりこいつといた方が涼しい思いができそうだ。

「風紀委員なんてやってるより、プールの監視員でもやってた方が世のため人のためになるんじゃねぇか」

 そんな姿は想像すらできねぇ。つくづく真夏が似合わないやつだ。

「咬み殺すよ」

「いででで!耳噛むな!危ねぇだろ!!」

「君が悪い」

 あまりのことにハンドルを握る手が揺らいだが、辛うじてバランスを崩さずに済んだ。これくらいじゃ雲雀は平然としてるだろう。

「へーへー、お前にゃ似合わねぇもんな、俺が悪かった」

「…ムカつく」

「首絞めんな!!」

 今度こそバランスを崩しそうになるのを、首を引き上げることで体勢を取り繕われる。目の前が暗くなってくるのは気のせいか。

「生意気だよ」

 手を緩められて、一気に呼吸をしたら暑い空気にむせそうになった。こんな季節に体を動かそうというやつらの気が知れねぇ。

「ちったぁ手加減しろよ、転んだらてめぇも怪我するぞ」

「僕は君ほど間抜けじゃないからね」

 体重を掛けるな。頭に顎を乗せるな。思い浮かんだ文句は、生憎と言葉にはならなかった。触れている箇所が気になってペダルを漕ぐ足が気もそぞろだなんてことは決してねぇ。
 ぐるぐる回転する思考のままに進んで、気付いたら校舎が見えてきた。思いのほか早く着いてしまった気がするのは気のせいだろうか。

「ここでいい」

「…っと」

 校門に差し掛かる前に飛び降りられ、加重が減ったせいでぐらついたがすぐに立て直して足をついた。

「……じゃあな」

 後ろ姿に声を掛けても、何の返事もない。ただ、その夕日に染まった細い背中が早く闇にでも紛れてしまえば良いと思いながら見送っていた。

「自転車、置いてこねーとな」

 漕ぎ出せば、それはやたらと軽く感じた。

「ちっ」

 早く帰らないと、真っ暗になる。背負った鞄の重みが、やけに肩に痛く感じた。

 

 

 

 


夏休み+自転車+ウォレットチェーン が萌えキーワードらしい

でも雲雀さんがウォレットチェーンしてるのは入院の回の扉だよね
あれは1年の冬あたりか…

ま、いいか