良い子
「服装違反。襟ちゃんと締めて、ネクタイも」
「…うるせぇ」
朝から嫌な奴に捕まった。抜き打ちで服装検査とかマジめんどくせぇ。しかも、そこらの風紀委員程度が文句付けてきたら蹴り飛ばすつもりでいれば、風紀委員長様自らやってきて、上から下まで眺めると片端から文句を付けてきた。
「アクセサリー類も禁止。髪色は仕方ないけど、その髪型もう少しなんとかならないの」
「てめぇに言われたくねぇよ」
首のチェーンを指で引っ張られ、余計に気分が悪い。どんな格好してようが誰にも迷惑かけてねぇってのに。
「反抗的だね。あとで応接室においで、しつけてあげるから」
懐から煙草とライターを抜き取られ、咄嗟に取り返そうとした右手は空を切った。
「くそっ誰が行くか!」
そのまま校舎内に去っていく雲雀の後ろ姿に悪態を吐き、足は自然と地団打を踏んだ。
「行っても行かなくてもヒバリさんに咬み殺されそうだね…」
その背後で、風紀委員に目をつけられずに済んだ10代目が溜め息をついてらっしゃる。俺が目立つことで10代目が雲雀に狙われなくて済むなら、この格好も役に立ってるってことじゃねぇか。
「平気っス、あんなやつ今度こそ返り打ちにしてやりますから!」
にかっと笑ってみせて、10代目を安心させて差し上げるんだ。俺のことなんかで10代目の繊細な神経に心配という負担を与えることは良くない。
「大丈夫かな…気を付けてね?」
「ありがたきお言葉、肝に命じます!」
強くて優しくて、俺のことなんか気に掛けてくださる。10代目は素晴らしい方だ!俺が相応しい右腕になるためには、ヒバリのヤローなんて返り打ちに…いや、こっちから仕掛けた方が早いか?とにかくやっちまった方が勝ちだ。
「やっぱり俺、行ってきますんで!」
「え、獄寺君授業は?!」
受けなくても平気っスよ、と手を振って、もう見えなくなった雲雀の後を追って走り出した。
「もう来たの。来ないって言った割に早いね」
「うるせぇ、用があるならさっさと済ませろ」
いつ喧嘩沙汰になってもいいようにダイナマイトを仕込んだベルトに親指を掛け、デスクに寄りかかる雲雀を真正面から睨み上げる。くそ、身長は奴の方が上だ。
「口のききかたもなってない」
一瞬の間に何処からか出したトンファーが喉元に当てられた。何度も咬み殺されそうになった因縁の凶器が触れるとそれだけで悪寒がするが、顔には出さず、姿勢も崩したまま変えない。
「…知るかよ。俺の勝手だ」
年上ってだけで権威を振りかざすやつらは嫌いだ。先に生まれたからって偉くもなんともねぇくせに。
「チェーン外して」
「あ、てめぇ、この…っ!」
左手の武器に気を取られた隙に、首の後ろに回り込んだ右手に銀の鎖が奪い取られる。くそ、油断ならねぇ奴だ。
「指輪も、手首のも全部」
「…っ…」
逆らえない目をしている。いや、今従う振りをして隙を見せるところを狙えば良い。しぶしぶ外せば、全て取り上げられてデスクの上に並べられる。端にはさっき持っていかれた煙草とライターもあった。
「ボタンは上まで締めて。…シャツ、随分よれよれだね」
器用にトンファーを握ったままの手でボタンが掛けられていく。やめてくれ、息苦しい。
「生憎アイロンとか持ってねぇからな」
「君は独り暮らしだったね」
悪態をつくと、納得したように言われた。何で知ってるのかとは思ったが、どうせ風紀委員長の特権か何かで生徒の個人情報は全部押さえてるんだろう、気持ち悪ィ。
「ネクタイも変な癖がついてるし。クリーニングにでも出したら?」
ぐっと絞め上げられ、息が詰まる。わざとかこの野郎。
上着の前ボタンまできっちり掛けられ、とてつもなく堅苦しい状態に苛立ってきた。それを、雲雀がいちいちトンファーの先で確かめるように触るから余計むかつく。
「いいね。髪もちゃんとしたら良い子に見えるよ」
満足そうな顔に蹴りのひとつでも入れたい気持ちを押さえて、そっぽを向く。握った拳が怒りに震えるのは仕方ない。
「…良い子の真似なんてするのはもう嫌なんだよ」
城にいる間はずっとそれが普通だと思ってた。不良じみた医者が出入りするようになってからだ、自分のいる環境が変だって知ったのは。
「それで今は悪い子の真似?単純だね」
「うるせぇ」
口が滑って余計なことを言っちまった。こいつに知られたいわけでもねぇのに。
「反省するつもりはないみたいだね。君が悪い子のままでいるなら、遠慮なく取り締まるよ」
「勝手にしろ」
数歩下がって間合いを取る。接近戦ではあきらかに不利だ。
「良い子ばかりじゃつまらないしね」
「それが本音かよ!」
両手にトンファーを構え直した雲雀が、軽く腕を振ってくる。空気が切れるような音がして、十分距離を置いたにも関わらず先が頬をかすめた。
「ちっ」
腰に手を回し、ベルトに仕込んだダイナマイトに指を掛けようとして違和感に気付いた。
「くそっ!」
雲雀に整えられた服装のせいだ。上着が邪魔で咄嗟に取り出せない。仕方ない、手首に仕込んだチビボムで、と思ったがリストバンドは机の上だ。
「遅いよ」
がつんと右側頭部に痛みが走る。
「…るせぇ」
ぐらりと視界が歪む中、面倒になって上着のボタンを引き千切り、跳ね上げてボムを取り出す。眼前に迫るトンファーを無視して、導火線に火を点けた。
その後の記憶はない。あちこち痛むことから察するに、雲雀に一撃食らわされて、ついでにぶつけたりしたんだろう。畜生、口の中が切れて血の味がしやがる。
「………?」
息苦しさに目を開けるとまだ俺は応接室にいたようで、高い日からすると昼前くらいだろうか。雲雀の姿はなかった。
軋む体を起こしつつ周りを伺っても、誰の気配もない。
「くそ…っ」
どうせあいつは屋上で昼寝でもしてるんだろう。部外者を放置したままいなくなるなんて不用心な奴だ。
立ち上がってズボンを払い、息苦しさの原因のネクタイとシャツを緩める。上着のボタンは何処に飛んだか、見つからなかった。
「没収品置きっぱなしかよ…」
机の上に並べられたものを片端から身に付けて、最後に煙草とライターを懐にいれて一息吐いた。あちこちに掛かる重みが心地良い。あんな危険な奴がいるところで丸腰になるなんて冗談じゃねぇ。俺は10代目を守るっつー使命があるんだ。
整然と積まれている書類を見て、雲雀の憎たらしい顔が思い浮かんだ。悪戯を思いつき、傍らのペンに手を伸ばす。
ザマーミロ、大事な書類が台無しだ。
我ながら芸術的だ、と気分を良くして、ドアを開け放ったまま俺は応接室を後にした。
一応教室に戻る前に保健室で絆創膏でも貰ってくるか。
「委員長、いいんですか?」
「何」
今日も風紀委員として校門前に立ち、生徒の波を眺めていた。その中に、ひときわ目立つ銀髪に、相変わらず崩した服装の少年が一人。
こちらを睨みつけながら、怪訝な顔をして通りすぎていった。
「一年の獄寺です。あいつ委員長の指導があってもまたあんな格好で…」
「いいんだ。あまり厳しくしても弱くなって可哀想だからね」
服装の乱れを直しただけで、あの体たらく。戸惑う顔を見るのは楽しいけど、それに慣れてしまっては仕方ない。
「は?」
「彼は僕がまた指導するよ」
昨日の書類のこともある。気が向いたときにでもきっちりいじめてあげるから。
「手出しは無用だよ」
彼は、弱くて小さいけど狩り応えのある、僕の獲物だ。
最凶風紀委員長 と 手のつけられない問題児
っていい関係だよなーと
まだ甘さの欠片もない頃