雨と傘と帰り道

 

 

 その日は朝から薄曇りで、はっきりしない天気のまま夕方になった。

 次第に雲は厚くなってきていたけど、降り出す前に帰るとはお互い言い出さずに日暮れが近付いていた。

 

 

「げ、降ってやがる」

 窓の外を見て、うんざりとした気分になる。

「ふぅん」

「随分余裕じゃねぇか。傘持ってきたのかよ」

「あるよ、ひとつね」

 雲雀は表情も変えず、書き終わった書類を揃えている。

「俺も置き傘あるはずだから、教室行って取ってくる」

 10代目の帰る頃にはまだ降り出してはいなかったから濡れずに帰れただろうか。外で練習してた野球バカはきっと濡れて帰ることになるだろう。ザマーミロ。

「あれ、ねぇ…」

 自分のロッカーにはあてにしていた傘がなく、机を覗いてもやっぱりなかった。持ってくるのを忘れたのかと溜め息を吐いて、雨が強くなり始めた外に視線を投げた。と、慌てて校舎に戻るいくつかの人影に逆らうように黒い影が校門へ向かって歩いているのが目に入った。その手にしているのは、黒地にワンポイントの入った、安物だけどお気に入りの俺の折り畳み傘。

「ヒバリ、てめぇ!」

 思い出した。夕立にあった次の日は教室より先に応接室に顔をだした。きっとその時に置いていったんだろう。振り返った雲雀が、わざわざ俺の方を見て傘をくるりと回した。この距離でも、にやりと笑った口元が見える。

「そこ動くんじゃねぇぞ!!」

 窓からひと声叫ぶと、鞄をひっ掴んで昇降口まで全力疾走。湿気を含んだ廊下と踵の潰れた上履きが走りにくいが、そんなことは気にしている暇がない。
 飛び降りるように階段を下って、下駄箱の戸が壊れるんじゃないかってくらいに引き開けて、上履きをしまうのも億劫で靴を足にひっ掛けてそのまま遠くなる黒い影を追った。

「ヒバリっ!!」

 畜生、やけに余裕たっぷりだと思ったら、そういう訳か。
 追い付いた肩を掴んで、強引に傘の中に入る。嫌そうな顔をしたって、これは俺のだから当然の権利だろ。

「君、濡れてるよ。僕まで濡れるからくっつかないで」

「俺の傘使っておいて文句言うな!」

 離れようとする雲雀を傘ごと引き寄せて、肩が濡れないように密着する。さすがに折り畳み傘に男二人は狭い。

「忘れてる君が悪い」

「気付いてんならちゃんと言えよな。てかてめぇだって傘忘れてんだろうが!」

 雨足はだんだんと強くなり、足元には水溜まり、歩く度に泥水が跳ねる。

「くそっ」

 何が哀しくて雲雀と相合い傘なんてしないとならねぇんだ。

「文句があるなら追い出すよ」

「俺の傘だっつうの!」

 雲雀も濡れるのは嫌らしく、肩を寄せて小さくなっている。まるで水が苦手な猫みたいだな、なんて考えてたら睨まれた。

「どこまでついてくる気」

 雲雀の家と俺の家は別方向になる。もうすぐ分かれ道の前だった。

「うち来いよ」

 ここからなら、雲雀の家よりは近い。傘を左に引くと、不満そうながらそのまま黙ってついてきた。こいつもこの雨の中帰るのは面倒なのだろう。
 普段からこう素直ならいい、と思いつつも、そうなったら不気味だよなと思い直した。

 ふと、触れている肩から伝わってくる温度を意識した。さっきまではなんてことない帰り道だったのに、途端に普通に歩くだけのことが難しく、ぎこちなくなってくる。

「なに」

 固まった傘を持つ手に雲雀の手が重ねられ、引き寄せられる。

「何でもねぇよ」

 怪訝な顔をする雲雀から逃げるように顔を反らす。

「ふぅん」

 強くなる雨の中、肩を寄せてくるのは濡れないためだとわかってはいても、不自然な動悸が止まらない。

「この雨、やまないよ」

 ぽつりと雲雀が言った。いつもなら泊まってけと軽く言えるのに、今は何故か言葉も出ない。

「どうでもいいけど」

 返事がなかったせいか不機嫌そうに呟く。俺は黙ったまま、飛沫を立てながら歩く爪先を見ていた。

 やけに家までの道のりが遠い。雲雀が黙ってしまえば、あとは雨と足音ばかりで沈黙が耳に痛かった。
 ふと、雲雀が足を止めてそれに釣られるように俺も立ち止まった。

「…何だよ」

 視線を追えば、いつも使っているコンビニが薄暗い景色の中不自然なくらいに煌々と存在を主張していた。

「寄ってくのか?」

 雲雀は頷きもせず、傘の下から抜け出して短い屋根の下に入る。俺も後を追って、雨粒を払いもしない傘を傘立てに放り込んだ。

 

 

「晩飯買ってくか」

 どうせこの天気じゃもう家から出ることもない。籠を持って雲雀の様子を見る。
 何やら眉を寄せたまま、雲雀は店内を見回していた。小さく溜め息をついたように見えたのは気のせいだろうか。ゆっくり何処かへと歩き始める。

「…?」

 雲雀がなにを考えてるかは押し計れず、仕方なく自分の食料を探しに回ることにした。
 菓子を二袋、カップ麺一つ、弁当を一つ。籠は次第に埋まってきた。

「何やってんだ」

 玩具付き菓子の前でしゃがみ込む雲雀を見付け、思わず声を掛けた。

「別に」

 こっちに視線も寄越さず、興味なさげに呟いて立ち上がる。

「欲しいのがあったら買ってやるぜ、一個だけならな」

「いらない」

 横を通って離れていく雲雀にからかうように声を掛けるが、まともな返事は得られるわけもない。いらないなら何を見ていたんだろうかと棚を見てみたが、雲雀の興味を引きそうなものはわからなかった。

「遅いよ」

 そんなことをしている間に雲雀は会計を済ませて、小さな袋を一つだけ持っていた。

「ちょっと待てよ」

 慌てて飲み物を籠に放り込んで、レジに立つ頃には雲雀の姿はなかった。目を凝らして外を見れば、傘を開いてる後ろ姿が見える。

「おい、ヒバリ!」

 レシートを受け取る間もなく、黒い背中を追い掛ける。店を出て少し離れたところで雲雀は立ち止まっていた。

「悪ィ」

 右手で傘を持って、雲雀の左側に滑り込んだ。歩き始めて、表情を伺ってみるが、特に変わったところはなく無表情だった。視線を落とすと、手にした小さい袋が見える。

「それで足りんのかよ」

「十分だよ」

「ちゃんと食えよな…」

 そんなだから細いんだ、と呟いても相手にされない。自覚ないんだろうな、こいつは。

 家まではあと少し。それまではこいつと肩を並べて歩かないとならない。

 憂鬱な雨。足元はぐちゃぐちゃで、傘からはみ出てる肩もびしょ濡れだ。けれど、一人で歩いているよりは少しはましかもしれない。雲雀がどんなつもりでついてきてるのかはわからないが、この天気に嫌気が差してるのはきっと同じだ。

 男二人で傘を差して、格好悪いと思っていたが、たまには悪くない。



 今度はもう少し大きい傘を持ってきてやろう。案外まぬけな風紀委員長様を雨に濡らさずに送り届けるために。

 

 

 

 

 


相合傘は学生のうちにやっとけと

雲雀さんはごっきゅんが傘持ってきてるの知ってるから
あえて自分で傘を持ってこなかったんです
面倒だからね

雲雀さんがコンビニでなにを見ていたのかは謎です