甘い戦慄
10代目をご自宅までお送りした帰り道、丁度雲雀を見掛けたから家に誘った。今日はまだ物騒な血の匂いはさせていなかったが、暇だったのかおとなしくついてきた。
「食え」
冷えた麦茶とコップを出して、床に座る雲雀の前に小さな包みを置き、自分の前にもひとつ。
「何、これ」
「信玄餅だってよ、武田信玄がどうとかってやつ」
咬み殺す対象に目を付けたとき以外はほとんど表情を変えない雲雀だが、最近ではなんとなくわかる。今のは知らないものを目の前にして、きょとんとした感じだ。
「なんで」
「10代目のお母様に頂いたんだよ。味わって食えよ」
眉を寄せる雲雀の前でビニールの包みを解いて、開けてみせる。といっても俺だって見るのも食べるのも初めてだ。
「きな粉…」
嫌そうな顔をするってことは苦手なんだろうか。嫌いなものが多いのは大変だよな。
「これ掛けりゃいいのか?」
小さな容器に入った黒い液体。とりあえず蓋を開けて匂いをかいでみる。
「げ、黒みつ…」
二人して餅の見えない信玄餅とやらを前にして固まった。これは結構難解なミッションだった。
「くそ…っ!」
残しては10代目に合わせる顔がない。とりあえず蓋を取り、きな粉の上に申し訳程度に黒みつを垂らす。ついていた串で探ってみれば、餅らしい感触を見付けた。
「君、こぼしすぎ」
「仕方ねぇだろ」
包んでいたビニールを敷いていて、直接テーブルへの被害はない。こぼれるのを見越した設計なのかはわからないが、入れ物の方を大きくして欲しい。
「…って、おめーは黒みつ掛けすぎじゃねぇか!」
「ついてるんだから、全部使っていいんでしょ」
雲雀の方の餅は、溢れそうなくらいのきな粉が黒みつを吸って真っ黒になっている。
「使わないならそれ頂戴」
「まだ掛ける気かよ…」
うんざりしながら残った黒みつを手渡してやる。あんなに掛けたら甘くて死ねるぜ、きっと。
互いの目の前を惨状と捉えつつ、付属の串にぶっさした餅をようやく口に運んだ。
「…ん、結構いけるな」
続けて食えそうにはない甘さだったが、餅の食感は悪くない。
「……」
「ひでぇな、それ」
黒みつを入れすぎた分、甘いきな粉が餅にたっぷりついてきたんだろう。雲雀は一口食べて、その後食べようとしない。俺の方は餅に付いてこなかったきな粉を残し、餅は軽く食べ終わってしまった。
「あげる」
「いらねぇよ!てめーでやったんだから責任持って食え!」
差し出され、思わず後ずさる。そんな黒みつたっぷりの餅なんて怖くて食えるか!
「………」
雲雀は渋々といった感じで餅をもう一個口に運ぶが、噛んでいるだけで飲み込めないようだった。そもそも食えそうもないなら最初から無理しなきゃいいのに、こいつは…
「無理なら流しこんじまえよ。こっちは俺が食うから」
麦茶を注いだコップを押し付け、残った餅を奪うようにして口に放り込んだ。
死ぬほど甘い。こんなにするほどきな粉が嫌いだってぇのか?
すでに味わうとかいう問題じゃない。雲雀が飲み終わるのを待って、コップに麦茶を注いで一気に飲み干した。
「…ったく、食えねぇなら最初からそう言えよな」
「食べたことないからわからないよ」
むすっとしてる顔も何か可愛く見えちまうのは目の錯覚か、頭が錯乱してるのか。とにかく見なかったことにして、テーブルの上を片付けることにした。
串を紙の袋に戻し、きな粉を溢さないように包み直す。
「!」
ふと、目に入った文字に反応する自分が憎い。
透明なビニールに入った模様で一文字欠けて見えたそれは。
《きょうや》
「くそっ」
動揺を悟られないように包みをゴミ箱に放り捨てて、コップと麦茶を片付けに立ち上がろうとした、その時。
雲雀の手に阻まれて立ち上がることは叶わなかった。
「…何だよ」
「まだ飲むからいいよ」
麦茶のことか。内心ほっとしてコップを置くと、不意に雲雀の手が頬に伸びてきた。
「赤いよ、顔」
全て見通して楽しそうに笑うこいつの顔ときたら、やたら綺麗で性質が悪い。
「うるせぇ」
否定もできず、その手を掴んで引き寄せる。
まだ、口の中は甘ったるかった。
頂きものの信玄餅を食べた後に出来たネタ
調べてみたら
溢さず食べる技とかいろいろあって面白かったですよ
ちっとも活かせてないけども
信玄餅わからないと面白くないですね
たまに食べるとうまいもんです