隼人くんの誕生日

 

 

「帰るの面倒だから、泊まっていくよ。明日も休みだし」

 そうあいつが言ったのが、日付が変わる数分前のこと。シャワーを浴びてる間に乱れたベッドを片付けたら、早速潜り込んでいた。まぁ、夜も遅いしそうなるだろうとは思っていたが、遠慮の欠片も無い態度に逆に感心したくらいだった。

「好きにしろ」

 雲雀は自分がそうと決めたら何を言っても無駄だ。それは長いようで短い付き合いの間に身に染みて実感している。俺は、こいつの好きにさせるのにはすっかり慣れてしまっていた。

「シャワー浴びたら俺も寝るから、横開けとけよ」

 返事はないが、雲雀は既に隅に寄って丸くなっている。猫か何かの寝相のようだと思っているが、本人に直接言ってみたことはない。
 軽く体を流して戻れば、雲雀はもう寝たのか、布団に沈んだ顔は見えない。ベッドを揺らさないように隣に寝転んで、俺も目を閉じた。

「隼人」

「……ッ!」

 いきなり耳元で聞こえた声に驚いて目を開ければ、間近に雲雀の黒い瞳があった。どっちにしろ、心臓に悪い。

「おやすみ」

 それだけを言って、雲雀は目を閉じた。ほんとに、それだけだったらしくその後は微動だにしない。

「お…やすみ」

 一応言ってみるが、一度跳ね上がった鼓動はなかなか治まりそうになかった。

 

 

 

 結局、遅い朝食を摂った後も、どうってことのない休日をのんびりと過ごしていた。二人居ても何するわけでもなく、話すこともなくただそこにいるだけで、一緒にいる意味があるかすらわからないくらいにお互い干渉し合わなかった。

 突然、携帯が音を立てた。一瞬の迷いすらなくそれを手に取り、通話ボタンを押す。

「10代目、おはようございます!」

『おはよ、獄寺君。…あのさ、今日用事あるかな?』

 電波の向こうから聞こえてきたのは、10代目のお声だ。着メロは専用にしてるから間違えることはないが、たまにリボーンさんからの連絡が入ることもある。少しほっとして、俺は言葉を返した。

「今日っすか?…用は、ないですけど…」

 雲雀に視線を向ければ、珍しく読んでいた本を閉じてこちらを見ていた。

「行ってあげたら。あの子たち君のためにサプライズパーティするんだって張り切ってたから」

 わざとらしく口の端を上げて笑いながら、雲雀が言った。俺のために、と頭の中で反芻して、ようやく理由に思い至った。

「な…!!なんでてめぇが知ってんだよそんなこと!」

 電話口を押さえ、雲雀に吠え掛かる。そういえば今日、俺の誕生日だ。そのことに気付くと余計に雲雀の態度に苛立ちが募った。

「僕にまで声を掛けてきたからね。あの様子だと相当群れるつもりらしい」

 雲雀まで誘うとは、10代目は心の広い方だ。思わず感動が胸を突く。

「10代目…!って、サプライズだってわかってんなら本人に言ってんじゃねぇよ!!何の嫌がらせだてめぇ!」

 いつにも増して、わけのわからない行動をする雲雀を睨みつけても、表情を変えることはできなかった。

「だって、先に言っておかないと、君、感動屋さんだから泣いちゃうでしょ」

「な、泣かねぇよ!」

 思わず目元を擦る。涙腺がちょっとくらい弱くたって、こいつの前で泣くわけにはいかない。

「ふぅん?」

「じろじろ見んな!!」

『あの…獄寺君?』

 すっかり耳から離してしまっていた携帯から、控え目な10代目の声が聞こえて、慌てて持ち直した。

「スイマセン、10代目!」

『ううん、いきなり電話してごめんね?忙しいならまた後でメールでもするけど…』

「いえ、行きます!行かせてください!!俺、今日すっごく暇なんで!」

 この際、雲雀のことはほっといて、行かねばなるまい。…雲雀が行けって言ったんだしな。

『そう、良かった。じゃあお昼前に来れるかな?家でご飯食べない?』

 あくまでも優しい10代目のお言葉に、思わず目頭が熱くなる。いや、まだ何も始まってねぇのに。

「はい、是非!お誘いありがとうございます、10代目!」

『じゃあ、後でね』

 余韻を残さず切れた電話を見つめながら、俺は感動に浸っていた。やはり10代目はボンゴレのボスにふさわしい立派な方だ!

「ほら、泣きそうだ」

 雲雀の声に振り返り、思い切り睨み付けた。こいつには言いたいことが山ほど有りすぎてどっから言ってやればいいのかわからねぇ。けど、とりあえずこれだけは否定しなければ。

「泣かねぇっつってんだろ!」

「そう」

 俺をからかって遊んでる目だ。そうわかっていても、いつも雲雀の思うように乗せられて嫌な目には何度も合わされている。こういうときは、背中を向けて無視に限る。

「おめでとう、隼人」

「――っ!」

 不意打ちは卑怯だ。

「…うるせぇ」

 無視しきれずに、立ち上がる。雲雀の顔は見れなかった。
 数歩離れて伺ってみると、雲雀はまた本を開いてつまらなそうに読んでいる。まだ帰る気はなさそうだった。

「ヒバリ」

 引き出しから、それを探し出して放り投げた。雲雀が受け取るのを確認して、視線を外す。

「…鍵?」

「やるよ。俺は出掛けるから、帰るならそれ使え」

 三拍数えて、ようやく返事があった。

「……君の誕生日に僕がもらうとは思わなかったよ」

「勘違いすんな。不便だからってだけで深い意味はねぇんだからな!」

 よし、一本取った。そう思っても顔は見れずに、そのまま出掛ける仕度へと逃避した。
 せめて、キーホルダーでも付けておけば良かったか。いや、あいつは自分の家の鍵も素で持ち歩くような奴だし。合鍵を増やしたときからの葛藤が再び頭を占領するが、考えない振りをして服を選び始めた。
 あんまり気合い入れすぎても変だし、かといって情けない格好して行くわけにもいかねぇ。思ったよりも迷って、時間が掛かってしまった。

「やべ、急がねぇと」

 余裕を持って向かいたい。部屋の中を走り回って支度して、最後にサイドテーブルに放り出したままの指輪を探る。

「……?」

 見覚えのないシンプルなリングがひとつ、紛れていた。手に取って観察してみると、内側に文字が掘ってあるようで。

 6060…?いや、これは。

「て、めぇは…!!」

 急いで、雲雀に駆け寄って襟首に手を掛ける。くそ、この全て見通してるような目がむかつく。

「今頃気付いたの」

「わざとらしすぎんだよ、てめぇは!」

 全然気付いてなかったくせに、と笑う雲雀に口付けて、唇を噛んでやる。
 ようするに、昨日の夜中から俺が誕生日を忘れてるのもわかっていて、10代目が祝って下さるのも知っていて、全部利用したんだ。

「誕生日おめでとう、隼人」

 繰り返される言葉に何も言えなくなって、仕方なく目の前の雲雀を抱き締めた。
 くそ、罠だってわかっても嫌な気がしねぇ。

「もう行かないと遅れるよ」

「…うるせぇ」

 こんな顔のまま行けるか。さっきあんなこと言ってた本人が、俺の涙腺弱くしてどうすんだ!
 いざとなれば走っていけば良い。ギリギリまで、雲雀を抱き締めて感情を落ち着かせようと悪あがきをしていた。
 だが、もう駄目だ。時計を見て溜め息を吐く暇もない。

「帰ってきたらお返ししてやるから、覚悟しとけ!」

 雲雀の言いたいことを言わせる前に、口付けで塞いで逃げ出した。
 畜生、指輪が一個しかねぇと手が軽くて落ちつかねぇ!

「もう貰ったよ」

「るせぇ!」

 ドアを閉めて、10代目のところまで全力疾走だ。
 帰るまでにまともなお返しを思い付くのか、そもそも雲雀がそのときにまだいるかわからないが、とにかく余分な思考は捨ててひたすらに地面を蹴ることに集中することにした。



 このまま負けっぱなしで終わらせてたまるか!

 

 

 

 

 


誕生日ネタなので糖度増量中!

今年の9月9日は日曜日、ってことで
雲雀さんはちゃっかり土曜からお泊りしてたり
ツナさんは誕生パーティーを計画してたり
みんな都合をつけて集まってくれたり
本人が気付かないうちにいろいろ企まれていると思うよ

サプライズパーティーではツナさんの機転により
仮装ってことでうまくビアンキの顔を隠してもらってはいたけど
ポイズンクッキングは防げなかったりなんだりかんだり

プレゼントをいっぱい抱えて帰ってきた獄寺が
雲雀さんにちゃんとお返しを出来たかは…