煙草と整髪料の匂い
生意気、子供っぽい、むかつく。
整髪料で固められた髪は、本当は意外なほど柔らかいということを知ってる。
だから、何?
あいつのことなんてどうでもいい。―――なのに、
「ヒバリ、いるのかよ」
無遠慮な動作でドアを開けてそいつが入ってくる前に、足音で気付いていた。規則的に鳴る、装身具の鎖。この部屋の前をそんな音を立てて歩く奴もいない。
「返事くらいしろよな」
必要ない。確認を取らずには入室を許されない他の生徒とは違って、勝手に入ってくるのだから。
「…寝てんのか」
声を落とし、今だけはひっそりと歩み寄ってくる。
僕は、昼寝を邪魔されたくないだけで、それだけで寝た振りをしている。
外からはいつものような遠い喧騒。バットが白球を打ち返す音も、砂埃を舞い上げる風の音も妙に静かで、体重を掛けられてソファの軋む音や、近付く吐息の音ばかりやけに耳に付いた。あぁ、夏の匂いだ。
シャワーを浴びても残るカルキと、煙草と、整髪料。
ふと目を開ければ、その持ち主と目が合った。
「………っ!!」
今にも触れそうな距離から飛び退かれ、不機嫌さが胸を支配する。
「人が寝てる間に、何する気?」
咎めるように言えば、大袈裟に首を振ってみせる。
「別に寝込みを襲おうとしてたわけじゃ……やべっ」
勝手に白状する相手に、冷笑を送った。
「寝込みでも襲わないと、勝てないわけ」
わざと馬鹿にするように言えば、赤くなった顔は、さらに別の意味で赤くなる。
「ってめぇ…調子乗んなよ。俺がその気になれば、寝込み襲わなくたって勝てるっつーの!」
「へぇ、じゃあやってみせてよ」
無防備な額を指で刺せば、強い力で手首を捕まれた。
「…今はその気じゃねぇよ」
強引に落ちてくる唇。一方的に閉じられた瞳は、それ以上は語らずに事を済ませたい合図だ。
付き合いきれないね。そう思っても、抵抗するのも馬鹿らしい。「痕は、いらないよ」
「うっせぇ」
首筋に埋められた頭を軽く抱く。髪の感触が少し擽ったい。
結局そこに、痕は残るのだろう。お仕置きは覚悟の上だと思ってやるけど、好き勝手にされてばかりいるのは僕の性に合わない。
「ねぇ」
後ろ襟を掴んで引き離し、目の合う距離に頭を寄せる。異国の香りのする瞳を覗き込んだまま、唇に歯を立てた。
「―――ッ!」
煙草と整髪料の匂い。昼寝はもう出来そうもなかった。
いいなぁ応接室
鍵は掛けてなくてもそうそう人が来ることもないでしょうし
風紀委員長様の城ですからね
ソファも高級そうだ