僕と彼
僕と彼は病的なまでに似ていた。それはほんの僅かなところだったけど、その深いところに染み付いた本性は、紛れもなく同じ温度をしていた。
けれど、彼は気付いている。自分を変える存在、因るべき場所があることを。それが、全ての違い。
同じじゃない、だからわかることがある。
知っているものの名は、絶望。
「ヒバリ」
何度呼んでも遠い目は夜空に吸い込まれ、俺の声など聞こえないように揺らぎもしない。カーテンを閉めておけば良かったと小さな後悔が胸に沈んだ。
浮かぶ小さな月が、手が届かないのを嘲笑うように白い体を照らしていた。
「なぁ」
肩口に顔を押し付け、強く抱き締める。何も求めてないはずの相手なのに、この焦がれるような感情は何なのか、答えはない。
温かい体は、生きている証。だったら、冷たい感情は死んでいるんだろうか。時折何の興味も失くしたように離れていくのは何故か、訊くこともできなかった。ただ、腕の中にいるときはその事実だけがあって、それを寄り所にするしかなかった。
細く息をつく音がする。闇に消えそうなほど小さな呼吸は、細い首に指を回しただけで止まりそうなほどに弱々しかった。
「もう、いいでしょ…離れて」
幾らか掠れた声がして、胸を押される。意識がないような姿は、ただ息を整えるためのものだとわかっていても、不安が消えずに燻っていた。
「あぁ…」
ゆるい押し返しに逆らわず離れれば、体の下にあるのは濡れた肌で、やけに白く見えた。
体を起こし、汗を払うように指が前髪を払う。ふるふると首を振り、意識を覚醒させるような姿が不自然だった。
浮いていた手首を捕え、引き寄せる。さっきまであんなに熱かった体はもう冷えきっていて、温度を感じられない。
「なに」
ようやく視線が合った。けれど、月明かりが逆光で瞳の色が見えない。
闇のような髪と、対照を成すような白い体が目に痛い。その細い指に噛みつきたくなる欲望を堪え、中指の爪の付け根に口付けた。
「…ッ!」
熱いものに触れたかのように離れようとする手を強く掴んだまま抱き寄せる。瞳を合わせたまま、間近に迫った唇に自分のそれを重ねた。
触れたからといって胸の奥のわだかまりが消えるわけじゃない。けれど澱みから抜け出そうと足掻くように、手にしたものをひたすらに求めることしかできない。
「君、は…」
隙間から紡がれる言葉を塞ぎ、息ごと閉じ込めた。髪に指が絡み、背中に回される腕の感触すら遠い出来事のようだった。無理矢理に開いても抵抗なく受け入れられる体が憎いもののように見えて、酷くしてしまいたい心を身透かすように雲雀が笑う。それに気付いてもどうしようもなかった。
「…ふ、…く…っ!」
唇を塞いだまま、前戯もなしに突き立てたそこはまだ余韻に濡れていて、それでも拒むように締め付けてくる。脚を抱え上げて深く犯すほどに残っていたものが溢れ、白いシーツを汚した。
背中にびりびりと痛みが走る。雲雀の爪によって付けられた傷は、背徳の味のように心地良かった。
仰のいた首に歯を立て、顎の先へと舐め上げる。その度に震える体により強く律動を与えて、自分と共に雲雀の余裕も押し流そうとするが、僅かに残った理性に邪魔をされる。いっそ、このまま意識がなくなってしまった方が楽かと思えるほどの苦しみは、共有していなければ逃げ出したくなるほどの痛みとして胸を襲った。
「…ヒバリ…ッ」
いつもされているように、肩に歯を立てる。雲雀の細い肩は少し力を入れるだけで赤く痕を残し、血を滲ませた。
首に腕を回されて肌が密着する。顔の寄せられた耳の側で、雲雀の堪えたような息遣いが聞こえる。
「…ァ、…ッ!」
小さな声が漏れ聞こえて、それが神経を刺激してくる。このまま溺れてしまえと本能が囁くようだった。
躊躇わず口付けを交わす。舌先が触れ合うほどに、唇が濡れるほどに頭がいかれてくる。
「んぅ、ふ…っ」
唇の隙間からの声に、限界を感じていた自分と、雲雀の体を追い立てる。激しく揺さぶり上げるほどにそこから水音が響くが、気にしている余裕はない。
「ゃ……ッ!」
一点を突くと、雲雀の様子が変わる。それと同時に強く締め付けられ、自分も快楽に引き摺られそうになる。堪えながら内部を掻き回し、弱い箇所を擦り上げるようにすると、声にならない声を上げて、雲雀が背を反らせる。
「……ヒバリ…っ」
乾いた喉で低く呟いて、深く突き立てたそれを引き抜いた。達したのはほぼ同時で、上気して紅く染まる肌が白濁に汚されていく。
「――ッ…」
かくりと力が抜けた体を、支えていた手でゆっくりと横たえる。シーツで体を拭い、汗で張り付いた前髪を払って口付けを落とした。
雲雀を抱く度にどうしようもなく自己嫌悪に陥る自分に気付いていた。それを見ない振りをして、快楽に溺れた振りをしている俺に気付いていたのだろう。雲雀は何も言わなかった。
毛布を掛け、ベッドから離れる。未だ白い光を投げ掛ける月が疎ましくて、カーテンを閉めた。
ここから離れて帰ってしまおうかとも思った。けれど、名残惜しさに足はなかなか動こうとしない。雲雀が起きるまでは、自分にそう言い訳をしてまで、ベッドから離れることができなかった。
この関係をいつ終わらせようか考えたこともあった。けれど、結局ずるずると続けてしまっている。こんなことは誰にも相談できないし、誰にも知られたくない。けれど、終わらせられない程度には依存している自分がいることにも気付いていた。
「ヒバリ…お前はどうなんだよ」
きっかけを作ったのはお互いで、巻き込むように仕向けたのは雲雀、それを望んだのは俺だ。
いつ飛び立つかわからない鳥を肩に乗せているのは、辛い。かといって自ら放す勇気はなくて、肩に掛かる重みの安堵と、焦りとを抱えている。
「お前は、気にしねぇか」
苦笑が浮かんだが、悪い気はしない。鳥が飛び立つ後は、何も残らないのだからその方が良い。
そのまま眠る額に口付け、そっと部屋を後にした。
自分が消えても、何も残らなければ良いと思いながら。
鍵の掛かる音が聞こえた。体は動かなくても、意識がないわけじゃない。
注意して、息を放つ。力の抜けた体を覚醒させる。
「…やりすぎ」
体のあちこちが軋むようで、起き上がるのがやっとだった。毛布が落ちると、肌に残された痕が露わになる。
これで僕に何も残していないつもりなのか、問い正したくなる。いつも痕をつけるなと言ってもいつの間にか残して。
「おしおきしないとね…」
勝手に逃げることは許さない。次の約束は、残酷な形に。
何をしてやろうか、あの生意気な顔を思い出しただけで笑みが浮かんだ。
一人で抱えているものは知っている。だから、せいぜい悩めば良い。独り言のような呟きを聞いたのは今日だけじゃなかった。目が覚めている僕には訊けないような、どうでもいい問い。不安になるなら勝手だし、僕が手を差しのべることなんてないから、その顔をもっと見せれば良いのに。
渇望は確かにそこにあって、君と僕を飲み込んでいた。けれど僕は救いの小枝など求めてはいない。それよりも求めているのは、孤独という安息。
少し、長く関わりすぎたかもしれない。まだ身の内に残る熱が疎ましくて、月の追い出された部屋の中、冷たいシャワーを浴びようと足をベッドから下ろした。
両想いだけど切ない感じの話を書いてみたかった
獄→→→↓
↑←←←雲
的な感じ?
見事に擦れ違っとる