サイレント・ヴォイス
口許に触れるそれを、血が滲むほどに噛み締める。声を殺すことには慣れていても、殺しきれないことはあった。堪えて唇を噛めばすぐに止められる。だから、代わりにその手を犠牲にした。
舌に乗る血の味に安心を覚えるようで、苛立たしい。それを紛らわすためにより力を込めた。
「って…」
痛みに歪む顔を、見ていたかった。自分ばかり余裕をなくしているのは気に入らない。
「おい、ヒバリ…」
「うるさいよ」
そこに舌を這わせて、傷口を舐め取る。
「……ッ」
手も取り上げられ、代わりに余裕のない唇が降りてくる。仕方なく絡められる舌に応えれば、また律動が再開された。
「ん、く…っ」
口腔内で声は閉じ込められ、息もままならない。それでも、解放されているよりはましだった。
眩暈がするような激流を目を閉じてやりすごそうとするのは無謀で、けれど無意識に背中に手を回し、憎たらしいその背に爪を立てた。
何度めかの解放に、意識が白じんでいく。力が抜けた体重を受け止め、体の中の熱を逃すようにゆっくりと息を吐いた。汗ばんだ肌が触れるのが気持ち良いと思うのは気のせいで、眠りから覚めればまたいつもの僕に戻るだろう。
まだ早鐘を打つ鼓動が落ち着くまで、今は抱き寄せられる腕を払うことなく、目を閉じていた。
腕の中で小さな寝息が聞こえ始めたのを確認して、小さくため息を吐いた。こいつが弱みを見せたがらないのはいつものことだが、少しくらいは曝け出して欲しい。こうして無理矢理抱いた後でようやく見せる寝顔に安心するなんて、本当は御免だ。
けれど一向に頑なな態度は崩れず、雲雀の方から誘ってはきてもそれは変わらない。それなのにどうしてこんなことをするのだろうか。決して性欲の解消だけが目的ではないだろうに、本心は皆目見当がつかない。
「なぁ…ヒバリ」
返事を期待しない呼び掛けは虚しく響く。暗くした無機質な部屋の中で、カーテンの隙間から洩れる光だけが唯一の明かりだった。
思い出すのは、しばらく前のこと。血と硝煙の臭いに強く彩られた記憶。崩れた壁の向こう、殺気を宿した瞳のまま、あいつはあの狭くて暗い場所で独りで校歌を唄っていたんだろうか。
強い意思はそのまま力で、傷付いた細い体を支えている。負けず嫌いで、借りを作ることもとても嫌う。
それは、誰とも関係を作りたがらないということだろうか。
だったら、俺は何だ?
放っておくと際限なく暗くなる思考に歯止めを掛け、代わりに腕の中の体を強く抱いた。
ひとりにさせない、なんて言えるわけもないが、独り空を舞う小鳥の降り立つ場所にくらいはなりたかった。
「ヒバリ…」
濡れた眦に口付け、そっと名を呼ぶ。
温かい鼓動が伝わるのを感じながら、髪に触れている。それは紛れもない現実で、雲雀はここにいる。
いつ終わるとも知れない安寧のなか、少しだけの幸福を抱き締めるように、腕に力を入れた。
何もかも言い合えることを望んでいるわけじゃないけど
たまにもどかしくなったり寂しくなったりしてみる
それでもお互い声にならない声を聴いているんじゃないかと思う
分かりやすく言うと、雲雀さんは野生動物で
ごっきゅんは元野良犬みたいな
かえってわかりにく…