保健室
少し開いた窓から吹く風が、夕日に染まる白いカーテンを揺らしていた。
ぼんやりと開いた目で、ここがまだ保健室だということを確認する。体は、まだ痛みと眠気が重く圧し掛かり、動けそうになかった。
人の気配はない。外から聞こえるのは家に帰る生徒たちの声だろうか。時計は見える位置にはなかった。「くそっ」
自分の弱さが、また10代目に余計な心配をさせた。焦れば焦るほど空回りするようで、周りが見えなくなる。
「また、怪我をしたの」
「!」
唐突に聞こえた声に驚き体を起こそうとするが、力が入らない。声のした方に顔を向ければ、仕切りのカーテンの向こうから雲雀が顔を出した。
「馬鹿にしにきたのかよ」
返事はなく、ベッドの脇に歩み寄ってくる。歪んだ意識の向こうでは、近くにいるはずの雲雀の存在が稀薄で、見えている光景も夢か何かと思えるようだった。
ふっと目の前に影がよぎる。頬に手が触れたかと思うと、口付けが降りてきた。「……っ!」
触れるだけかと思ったそれは、唇に歯を立て、滲む血を舐め取ってようやく離れる。
「何やってるの、君。弱いくせに無茶するからそうなるんだよ」
唇の端を上げて俺を見下ろす雲雀はいつもの顔で、意図が読めなかった。
「うるせぇよ」
やけになっていたわけでも、無理をする気があったわけでもない。だがこんな状態で何か言えるわけでもなくて、痛む首を横に向けて顔を逸らした。
「いつものへらず口もなし?まぁ、そうだろうね」
雲雀は、全部わかっていて抉るように言う。噛み締めた唇の痛みから、次第に意識がはっきりしてくるようだった。
何より腹立たしいのは自分に対してで、雲雀はその感情を引き出しているに過ぎない。それでも、自分を見下ろす綺麗な顔が憎らしかった。「彼は帰ったよ」
雲雀の言葉に少し考えるが、10代目がこの場にいないということはそういうことだろう。
「…そうか」
あの方は雲雀を怖がっているし、危険だろうから一緒にいないならそれで安全だ。多分野球バカと一緒に帰ったんだろうから、心配はいらない。
後で顔を出して安心させるだけで十分だ。今は、合わせる顔がない。「…焦げ臭い」
硝煙と、火薬の匂いが残る髪を、白い指が撫でる。雲雀の触れ方はいつにもなく優しくて、いっそのこと夢ならいいのにとこっそり思った。
「…ヒバリ」
「なに」
顔を動かさずに視線だけを向けて呼べば、静かな声が帰ってくる。煩いはずのグラウンドの喧騒も聞こえず、まるで二人きりのようだった。
「なんでもねぇ」
確認した、それだけで深い意味はない。
「そう」
優しく触れていたはずの指が、強く耳を摘む。
「…ッいてててて!!」
そのまま持ち上げられて、思わず声を上げてしまう。すぐに手は離されて頭は枕に落ちたが、引っ張られた耳とその周辺が熱くズキズキと痛む。
「おいおい、それ以上怪我増やすんじゃねーぞ」
面倒だからな、とカーテンの向こうから声が聞こえた。
「げ、シャマル?!」
てっきり誰もいないものだと思い込んでいたが、気配を感じさせなかっただけでそこにいたらしい。
「ベッド貸してやってんだから、怪我人はおとなしく寝てろ」
男は診ないと公言してるのだから、本当に転がしておいただけだろうが、そんなことより聞かれてヤバいことは言ってなかっただろうかと先刻までの会話を思い返していた。
「なに慌ててるの」
隣の雲雀は至って冷静で、それどころか俺が慌てる姿を楽しんでいる風でもある。
「てめぇ…わざと黙ってただろ」
「気付かない方が悪い」
小声で言うものの、あっさり返されて言葉もない。
大体、人がそこにいるってわかっていてあんなことをするか?仕切りのカーテンだってしっかり閉めてあるわけでもないし、あの雲雀がわざわざ来ていることさえ勘繰られていてもおかしくねぇ。「あのなぁ、ヒバリ」
「僕は構わないよ。文句言うならここで…」
「まてまてまて!」
危なげなことを言いそうな雲雀の口を、急いで起き上がって塞ぐ。耳をすましてみるが、シャマルが気にした様子はない。というか、大方下校中の女子でも鼻の下を伸ばして見ているのだろう。
「余計なことすんな。あと変なことも言うな」
口を押さえたまま必死で囁くが、当の雲雀は不満そうに俺を睨んでいた。面白くはないのはわかるが、俺にも立場がある。もしもの心配はしたくはなかった。
「…苦しい」
手を離すと、俺の言いたいことがようやく通じたのか、それだけをぽそりと呟いた。
「悪ぃ」
自分が悪いわけじゃないはずが、なんとなく居心地悪かった。雲雀がつまらなそうな顔をしているせいかもしれない。
「帰る」
「…おう」
雲雀の言葉に振り返ると、額に唇が触れた。
「……ッ」
不意打ちとは卑怯だぞ、と動揺を隠して心の中で呟く内に、雲雀の姿はカーテンの向こうに消えていた。
「くそっ」
結局、あいつにはいつも調子を狂わされて、そうでなくても勝てないのに、勝てる気がしない。
髪をぐしゃぐしゃと掻き乱してみても、心は一向に平静を取り戻せなかった。「具合はどうだ?」
カーテンの向こうから、雲雀ではなくシャマルが顔を出す。別に、がっかりとかはしてねぇが。
「おかげさまでこの通りだ」
ろくに手当てもされてなかったが、意識を失ってただけで酷い怪我ではなかったらしい。あちこち痛む以外は問題無さそうだ。
「お、動けそうだな。じゃあさっさと帰った帰った、男には用はねーんだ」
「言われなくてもわかってるぜ」
ベッドから降りて、傍らの椅子に掛けられていた上着を手に取って保健室を後にする。
「おい、顔赤いぞ」
「ッ!!――うっせぇ!」
にやにやした顔で指摘され、後ろ手に派手な音を立ててドアを閉めてやる。
どれもこれも雲雀のせいだ。応接室に行けばあいつはいるだろうか。とにかく、さっきの仕返しをしないと気がすまねぇ。「くそっ」
苛立った気分のまま煙草に火を点け、応接室までの最短距離を眉間に皺を寄せたまま歩くことにした。
夕暮れに染まる保健室で
怪我して寝てる獄寺に 雲雀さんからちゅー
というシチュエーションを
夢 で 見まし た
で、目が覚めたら
「あー、獄ヒバだったんだー」と開眼したという事実。
ごっきゅんの階段落ちにときめいて以降
それまではほんのり獄ヒバかなー?くらいだったので
夢のお告げでカプ決定だったんすよ…
それが根底にあるので
どーもうちの雲雀さんはごっきゅんのこと好きっぽい
らしい よ