兄弟パラレル

 

 兄弟ネタ

 

 

 自覚したのはごく最近のことで、けれどそうだとわかれば今まで感じていた不快感も、全て説明がついた。しかし原因が分かったとてこの愉快ならざる状況をどうにかできるわけでもなく、いっそ気付かないままの方が楽だったかもしれないと思うくらいの憎愛に身を焦がす日々に嫌気が差していた。

 なのに、彼はいつも無邪気に笑う。疑うことを知らない大きな瞳に真っ直ぐに僕を写し、正反対に黒く汚れた内面を突き付けていた。

「綱吉、もう寝ませんか」

 二段ベッドの下、僕が不機嫌になる大概の原因である弟はいつもなら眠っている時間だというのになにやらごそごそと落ち着かない。ちなみに、幼少の頃初めて二段ベッドで寝ることになったときに自ら上の段の占拠を主張した彼はほどなく天井が近すぎて怖いと泣き出して僕と場所を代わり、以来十年近く下を寝床にしている。そろそろ僕には狭くなったベッドも、彼にはまだまだ余裕があるようだ。もっとも寝相が悪く朝には足がはみでていることもよくあるのだが。

「んー、もうちょっと」

 遠足の前日に落ち着きのない小学生のようだ、と溜め息をこっそりこぼす。実際彼は中学生になってもそう変わったところはないように思えた。中学に入るなり身長が伸び始めて、三年になった今では一つ下の綱吉と頭一つ分くらい離れてしまった自分とは大違いだ。

「明かり、消しますよ」

「うぇ、ちょっと待って!」

 手を伸ばせば蛍光灯の紐に手が届く僕がいつも明かりを消していて、綱吉は楽をしている。それくらいのことは構わないけれど、自分の都合で寝るのが遅いときも僕を先に寝かせてはくれない。甘えているんだろうとは思うが、少々不公平ではなかろうか。

 あまつさえ、彼が楽しみにしているのは同級生との小旅行で、高原に星を見に行くだけ、という下らない用の癖にその性質上必然的に泊まりになるという。

「明日外で寝て風邪を引いても知りませんよ」

 いっそ風邪でも引いてしまえばいい、と布団を被りながら呟く。大体僕は最初から反対していたというのに、ロマンチストな母親は止めるどころか素敵だと喜び、自分が行くわけでもないのにお弁当を気合い入れて作るために早起きをするとまで言われては、反対をする僕が悪いことをしているようで仕方なく言葉を取り下げる羽目になった。そもそもマイペースでどことなく綱吉と似ているあの人が、僕は決して嫌いではないが苦手である。

「寝ないもん!」

 ぷぅ、と頬を膨らませている様子まではっきりと想像できるが、生憎ここからでは見えない。

「やっぱり僕も行きたいです」

「だーめ!お前すぐ喧嘩するもん。獄寺君と一緒でも喧嘩しない?」

「………しませんよ」

 綱吉の同級生は、生意気を通り越してむかつく存在だ。二人とも綱吉に馴れ馴れしすぎるし、片方は異様な慕いっぷりが気に食わない。

「嘘だぁ、お前この間もそう言って喫茶店で大騒ぎになっただろ?」

 ぽこんぽこんと下から衝撃が来る。大方短い足でベッドを下から蹴り上げているんだろう。

「向こうが悪いんですよ。何かと僕に噛みついてきて、騒ぎ立てて」

「あん時もお前がわがまま言うから連れてったのに、映画だってまともに見てないし、ゲーセン行こうって言っても嫌がって帰るし!」

「綱吉は寝てましたよね」

「ううううっさい!とにかく駄目だからな!」

「どうしてですか。向こうは保護者を連れてくるんでしょう?だったら僕がいてもいいじゃないですか」

 子供だけだと危険だから、と同行を申し出たのは何かと悪い噂の絶えない保険医で、大方高原に遊びに来た若い女性が目当てなんだろうと僕は踏んでいるが、それを保護者として認めたのんきな親たちには僕の意見など通じなかった。

「いっこ上なだけで保護者面すんなよ!お前も子供なんだからな、骸!」

 いつからか、この弟は僕のことを名前で呼ぶようになった。小さい頃はおにいちゃんおにいちゃんと短い舌で僕を呼んで、一生懸命後ろをついてきたというのに、やはり素行の悪い同級生が悪い影響を与えているに違いない。

「子供でもいいです。僕も一緒に行きたいです」

「…もー…」

 僕が綱吉のわがままを許してしまうように、綱吉も僕のわがままを最後には聞いてしまう。それをわかっているからわざと引いた振りをして最後には押していく。そもそも泊まりで出掛けるのを許したのだから、これくらいのわがままは当然です。

「喧嘩すんなよ?」

「しません」

 嘘だとわかっていても、僕は本心のようにそれを口にする。綱吉が騙されるのが、何より心地良いから僕は何度も嘘を吐く。それでも躊躇わず僕を信じる綱吉は、重度のお人好しか馬鹿なのだろう。

「しょうがないなぁ…」

 これくらい押せば、僕の主張は通る。綱吉の抵抗などその程度でしかないのだ。

「明かり、消しますよ」

「ん、母さんには自分で言えよな」

 布団に潜る気配がする。問答をする気は眠気に負けてしまったのだろう。どうせ元々深く考える頭を持っていないのだから、素直に僕の言うことを聞けばいいものを。

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 明かりを消してほどなくで下から寝息が聞こえてくる。

 僕が最近患った不眠症は、当分治りそうもなかった。

 

 

 

 

 


兄弟ネタはおいしい。

日常の一場面的な箇所だけで、続きそうで続かない。

今回は年功序列で骸がおにいさん。