パラレルむくつな DV えろ注意

 

 座敷牢

 

 

 日も射さぬ牢、そこに男は囚われていた。

 自らを罪人だと笑う、けれどその左右で違う色を映す瞳は宝玉のように澄んでいた。異形を畏れぬかと問われたが、そんなものよりも人が怖いと、胸の裡で応えた。

 褥は真新しく、乾いた感触に用を成していないことを悟る。染みの残る畳の目を追った先、燭台の弱い光に照らされた白い足先が見えた。

「骸」

 咎めるように呼べば、骸と呼ばれた者は壁際から笑みを返した。綱吉は彼のその柔らかい表情は決して嫌いではなかったが、同時に好きにもなれなかった。それは、彼の心を隠すのに余りにも適していたから。

「御当主が毎晩こんなところで遊ばれていては、引退されたお父上も御心配なさるでしょうね」

 的外れな言葉を口にしながら、骸は動こうともしない。否、動けないのだ。館の主人から与えられた上等の着物の裾から覗く白い足首には、鉄の輪と長い鎖、その先には錘が繋がれている。

「ちゃんと布団で寝ろって言ってるだろ」

 互いの言葉を聞かぬように擦れ違う会話を交わしながら、綱吉は骸へと詰め寄った。手にした蝋燭で照らせば、異国から流れてきたとも嘯く彼の妄言を信じられるような整った鼻梁と過不足無く組み上げられた顔が浮かび上がる。そこに張り付いたままの笑顔が急に憎くなり、綱吉は躊躇わず拳を振り下ろした。

「ッ!」

 壁へと叩き付けられ、骸は息を詰める。綱吉の細い腕から振り絞られた力は大した強さではないけれども、体勢を崩した骸は畳に手をついた。そのままに見上げれば、綱吉は右の手から墜ちた灯の消えた蝋燭のように生気の欠けた目で見下している。

 あぁ、と口許に笑みが浮かぶのを隠さず、骸は挑発的に声を掛けた。

「今日はそういう趣向ですか。僕は構いませんよ」

 含んだような骸の笑い声は、綱吉の神経を逆撫でするに十分値した。普段温厚だと周囲に評されている彼の幼い顔を歪ませることで、骸は綱吉の知らぬところで密かに奇妙な快感を得ていた。

「五月蝿い…ッ」

 綱吉は骸を憎いと感じるのではなく、骸を通して見る自分自身を嫌って、何度も拳を振り上げた。それをすることを骸が望んでいると知ったのならほんの少し力は鈍っていたかもしれないが、綱吉はそんな事実を知る由もなく、ただ衝動のままに殴りつけるだけだった。
 弱々しい拳に打ち据えられるままに身を任せている。それが余計に綱吉の神経を逆撫でると知ってのことだ。

「なんで…っ」

 綱吉の指が血の滲む唇に触れると、骸は闇を含んだ笑みを浮かべる。差しのべられた手を振り払えず、綱吉は骸の手の内に堕ちた。

「貴方の手は、温かいですね。触れる度そう思います」

 お前が冷たいんだろう、と綱吉は心の内で呟いてたが、骸の手の平や指が肌に触れるとその度にそこから熱くなってしまうのは事実だから、どうでも良くなってしまった。

「骸…っ」

 裾を割って、骸の手が滑り込む。すぐに長い指に自身を絡み取られ、綱吉は小さく声を上げた。

「貴方が望むのは、こういうことでしょう?」

 力なく横に首を振るだけで、否定の言葉は出ない。そのかわりに力の抜けた手で骸の肩にしがみつき、甘い声を漏らすことで綱吉は理性の奪われていない様を示そうとしていた。

「ゃ、あ…っ」

「嫌でしたらやめますが、どうしますか」

 意地悪に問うと、肩口に押し付けられた唇からか細い声で止めないでと艶を帯びたおねだりをされて、小さなものが思い通りに堕ちる喜びに骸は笑んだ。

「クフフ、もう嫌だと言っても駄目ですよ」

 綱吉の体を掬いその場の畳に組み敷くと、足首の鎖が引き摺られ耳障りな音を立てた。朱色を宿す右目で一瞥するだけで金具が外れ自由になるが、熱に溶かされた綱吉が気付くことはない。

 細腰に巻かれた帯を解くだけで小さな灯の下に晒される細い裸体に、骸は溺れるような錯覚を覚えた。否、実際に呼吸は止まり、血液が逆流するように心臓は跳ねている。

「これではどちらが囚われているのかわかりませんね…」

 自嘲と独り言を含んだまま鎖骨に触れると、綱吉が生理的な反応で身を竦ませる。その動作ひとつに骸は感慨を覚え、また繰り返される愛撫に綱吉は脳が焼き焦がれるのを感じていた。

「あ、ん、むくろ…っ」

 綱吉は胸の先端に舌を這わせるだけで切なげに鳴く。何度もこの牢の中で体を重ね覚えた箇所を、骸は丁寧になぞっていった。きゅっと強く吸われれば花のような痕が残り、いつもそれは牢から離れた後も綱吉に情事の余韻を隠せないまま晒させていた。

 舌先が触れ合うだけでとろとろになってしまうような不安を抱きながら、それでも綱吉は骸と唇を重ねることに躊躇わず、求められるままに舌を絡め合っている。

「ふ、んぅ…」

 溺れたように視線は揺らぎ、けれども綱吉は骸の腕の内で時折強い光を宿した目を見せる。その意識をなくさない瞳を見つめ返す度に骸が微笑むことは、綱吉が気付こう訳もない。ただ骸の纏う衣に皺が付かないよう遠慮がちに手を首に添えて、口付けと呼吸とを不規則に繰り返し求めるままでしかなかった。

「んむ…っ!」

 隙を奪うように的確な骸の手管に、塞がれた唇の内で綱吉は声を上げた。限界が近いのだろう、手の平に包み込んだものは熱く、先端から蜜を溢れさせている。

「ふぁ…っ」

 唇をずらすと喘ぐように息が零れ出した。すぐにそれを隠すためか自ら合わせた唇の隙間から舌を忍ばせてくる。応えるように絡め合いながら強く握れば、綱吉は過ぎた快楽に腰を震わせて、いよいよ達してしまいそうに骸の手を汚してしまっていた。

「ぁ、…あ…」

 手を離してしまっても上を向いたそれが萎えることはなく、牢の冷たい湿った空気に晒されて脈打つ度に震えている。骸に自分のはしたない姿を見られていると感じるほどに、羞恥だけではない感情に綱吉は体を蝕まれ、もどかしげに腰を揺らめかせた。

「おや、どうかしましたか?」

 骸がわざと体を離し距離を開けると、綱吉は自然に漏れそうになる声を空いた手で押さえ、訴えるようにひたすらに唯一この苦痛から解放する手段を持つと信じる男を見つめる。それが罠だと知っていたとしても、他にどうしようもないのだ。

「……骸」

 触って、とか細い声が誘うのに骸は満足げに微笑むが、牢を満たす薄闇に視線を泳がせたままの綱吉がそれに気付くことはなかった。