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8.「なさい」「なさる」「ない」



「なさい・なさる」(『てびき』p38〜39)

「なさい」は「なさる」の命令形ですが、これらも切るものと続けるものがあります。
これもまた、わかりにくいところかもしれませんね。

まず、切る場合です。
動詞の「為す」の尊敬語「なさる」は、自立語ですから前を切ります。
「早くなさい」「ご自分でなさい」「何になさいますか?」「どうかなさいましたか?」「ごゆるりとなさいませ」「そうなさるのがよろしいでしょう」「明日になされば?」・・・。
これに対して、何を「なさる」か、ということが「なさる」と複合したような格好で明示されている場合があります。
その中で、前が安定した形であれば「なさる」との間を切ってもわかりにくくはならないだろう、ということで切ります。
安定した形というのは、語尾変化のない名詞やそれに準ずるものです。
たとえば「興奮なさる」「結婚なさる」「ご出発なさいました」などの名詞、それから「お聞きなさい」「お答えなさいます」「お尋ねなさる」など、動詞の頭に「お」がついたことで名詞化したものです。
名詞はもちろん語尾変化しませんし、「お聞き」も「お聞か」になったり「お聞け」になったりはしない、ということでしょうか。

次に、続ける場合です。
「お聞き」が安定しているのに対し、「聞きなさい」というのは、動詞のままの「聞き」なので、「聞かない」「聞く」「聞けば」というふうに活用してしまう、不安定な存在なのです。
その場合は、「キキ」だけ取り出して独りで置いておくことに不安があるので、「キキナサイ」と続けよう、ということでしょう。
この辺は、最近ルールに変更のあった箇所なので、私たちも目下混乱中です。
さらに、『てびき』に「立ってなさい」「見てなさい」の例がありますが、「立っていなさい」「見ていなさい」の「い」の省略である場合、これも続けます。
ぞんざいに言ったとき、「立ってな!」「見てな!」になるような使い方ですね。
最初の、独立の動詞「なさい」だから切る、というところにも、「立ってなさい」「見てなさい」という例があるのですが、これは「立ってしなさい」「見てやりなさい」という意味です。
この場合は切るんですね。
どちらであるかは文脈で判断してください。

ということで、練習問題です。

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  練習問題 13
 1.文蔵が玄関を入るか入らないうちに、奥から、お帰りなさいまし、と女房がころがるように出てきた。そういうときは、何やら聞かせたい話があってうずうずしているのだ。

 2.昨日ね、坂の上のお屋敷に泥棒が入ったんだそうですよ、と女房は早速報告を始めた。いつもなら、すぐに夕飯になさいますか、とかなんとか一言あって然るべきところだが、今日はそれさえない。

 3.それがね、変なんですよ。奥様は昨日はどこぞのお屋敷のお茶会だとかでお出かけなさって、旦那様はいつものように書斎でお仕事なさっていらしたそうですよ。ご隠居様も離れにいらしたのに、どなたも気がつきなさらなかったんだそうです。

 4.書生さんたちや女中や下男ももちろんお屋敷のあっちこっちにいたはずなのに、だあれも怪しい人影のひとつも見なさらず、物音も聞きなさらなかったとか。奥様が夕刻お帰りになって、奥のお部屋においでなさったら、そこに置いてあったはずの大きな長火鉢がね、そっくり消えていたんですって。

 5.文蔵は何か口を挟もうとしたが、女房は、お待ちなさい、あなたは何にも知らないのだから黙って聞いてなさい、とばかりに、手で制して、報告を続ける。

 6.そのお部屋はね、長い廊下の一番奥で、その手前には奥様や旦那様のご寝所、居間なんかのお座敷が並んでるんですけどね、廊下の庭に面した側のガラス戸には全部鍵をかけていなすったし、奥のお部屋の窓にも内側からちゃんと鍵がかかっていたそうですよ。

 7.どこも壊されたり荒らされたりしていないし、他には何も盗られなすったものはなくて、ただ長火鉢だけがきれいさっぱり消えてしまったんですって。不思議でしょう。いくら立派な長火鉢だったにしても、考えてもご覧なさい、所詮長火鉢ですよ。だから余計気味が悪いと、奥様もご心配なすって。

 8.夜中ならともかくも、昼日中にそんな大きなものを運び出すなんて、普通じゃできませんよ。それでね、はじめは誰か家の中の者の仕業じゃあないかってね、旦那様も奥様もお思いで、あれこれ調べなすったらしいけれど、結局わからなくて、今日になって警察に通報なすったんですって。それでもう大変な噂で。

 9.長火鉢を盗み出すどんな必要が誰にあったというのだろう。文蔵は、坂の上の屋敷の派手好みの奥方と、一度か二度しか見かけたことのない影の薄い主の顔とを思い浮かべようとした。が、主の顔は鮮明な像を結ばずに霧散した。

 10.長火鉢には何か大変な謎が秘められているのかもしれない。文蔵の好奇心もぐいっと頭をもたげてきた。話の続きは飯のあとにしなさい、とも言いそびれ、お風呂になさいますか、という話もなく、玄関に立ったまま女房の話はさらに続いた。
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<練習問題13>について

「なさい」以外のいくつかのことについて書いておきます。
 3.「気がつく」は「つく」が動詞なので、「キガ■ツク」と切ります。ですから、「気がつきなさらなかったんだそうです」は「キガ■ツキナサラナカッタンダソーデス」と打ちます。確かに、途中で切りたくなるほど長いですね。
 4.「あっちこっちに」は「アッチ■コッチニ」と切ります。「あちらこちらに」も切って、「あちこちに」だと続けるのですが、それは、長さの問題だと思ってください。このあと、複合語のところで詳しく触れることになると思います。
 「はず」は形式名詞ですね。「イタ■ハズナノニ」「アッタ■ハズノ」などと切ります。
 5.「何にも」の読みは多分「ナンニモ」です。「何も」は「ナニモ」でしょう。
 6.「面した」は、「面す」という動詞の連用形+助動詞の「た」ですから切れません。
 7.「長火鉢だったにしても」というときの「して」は、なかなか独立の動詞とは思いにくいのですが、古風な言い方の「名優にして名演出家」とか「今にして思えば」というのとも違いますね。『てびき』p38の備考1、「して」が助詞であるかどうかの判断が難しい場合、というのに当たるでしょうか。そういうときは切って書いてよい、と言っています。『てびき』が「〜してよい」というときは「それがお勧め」という意味ですから、これは切ることにしましょう。
 8.「運び出すなんて」の「運び出す」は、まだちゃんと説明していないのですが、複合動詞なので続けて書きます。さらに「なんて」は助詞なので続けます。
 9.「盗み出す」も同様です。
   「一度か二度しか」は数字的な意味がしっかりあるので、数字で書きます。
 10.「思い浮かべようと」も複合動詞です。
    「立ったまま」の「まま」は形式名詞なので切ります。

念のために、「なさる」を拾い出してみますと、
 1.「おかえりなさいまし」――ここでは、とりあえず続けることにします。
 2.「夕飯になさいますか」――独立の「なさる」ですね。
 3.「お出かけなさって」「お仕事なさって」――前が「お出かけ」「お仕事」という安定型なので、切ります。
   「気がつきなさらなかった」――「つき」は、動詞の「つく」の活用形ですから安定せず、「なさる」は続きます。
 4.「見なさらず」「聞きなさらなかった」――これも活用形に続く「なさる」ですね。
   「おいでなさった」――「おいで」は名詞で、安定型です。
 5.「お待ちなさい」――「お待ち」も同様。
   「聞いてなさい」――「聞いていなさい」の「い」の省略なので、続けます。
 6.「かけていなすった」――これは「い」が省略されていないので、「カケテ■イナスッタ」となります。
 7.「盗られなすった」――「盗られ」は活用形ですから、続けます。
   「ご覧なさい」「ご心配なすっって」――「ご覧」「ご心配」は安定しています。
 8.「調べなすった」――「調べ」は安定していませんね。
   「通報なすった」――「通報」は名詞ですから安定しています。
 10.「あとにしなさい」――「し」は「する」の活用形ですから、続きます。「アトニ■シナサイ」です。
   「お風呂になさいますか」――独立した「なさる」です。


お帰りなさい

Q. 「お帰りなさい」「おやすみなさい」などの挨拶の言葉も、同じように切りますか?

「お帰りなさい」「おやすみなさい」「ごめんなさい」などの挨拶語については、確かに『表記辞典』は続けると言ってますね。
『てびき』の改訂の過程で、挨拶語といえども切る、という話は出ていたようなのですが、結果としてそれが明記されなかった、さらに『表記辞典』が挨拶語は続けると言っているということは、続けようという意見がかなりある、ということなのでしょう。
私たちも今まで続けていたわけですから、続けることに違和感はありません。
ただ、書き分けるためには、その範囲がはっきりしていないと迷ってしまいます。
「もう遅いから急いでおやすみなさい」というときと、「明日早いからもう寝るね、おやすみなさーい」というときとは、違いがよくわかるのですが、「さあ、歯を磨いて、おやすみなさい」とか、もう少しわかりにくい例もあるだろうとは思います。
でも、どう決めても、境界線のあたりではいずれ迷うことが出てきますからね。
辞書によっても見解が少しずつ違います。
『大辞林』は、「おやすみなさい」「ごめんなさい」を連語、「お帰りなさい」を感動詞としています。
『三省堂国語辞典』は「ごめんなさい」を感動詞だと言っています。
先日聞いた話では、謝る場合の「ごめんなさい」は感動詞だから続けるけれど、「ちょいとごめんなさいよ」というときは切る、ということでした。
なるほど、とは思うのですが、実際の場面では、必ずしもすっきり弁別できるわけでもなかったり・・・。

初めて点訳をなさる方は、この辺に関しては両方の意見があるらしい、と思ってください。
そんないい加減な・・・とお思いかもしれませんが、そういう点は少なからずあります。
いろんな意見がある、ということをご承知の上で、この点字図書館はどう決めている、この点訳グループはどうしている、あるいは、まったく個人でなさるおつもりでしたら、ご自分でお決めになればいいのです。
ただ、点訳を少しでもやっていこうとお思いなら、まったくの個人というのは、お勧めできません。
何十年やっていても、間違えるときは間違えるもので、それをチェックする他人の目がやはり必要だと思います。
迷ったときに相談する仲間もいた方がいいでしょう。
そういうわけで、形はどうあれ、どこかのグループに所属することをお勧めします。
詳細は、そのグループの方法でおやりください。


ない(『てびき』p39〜)

「ない」という語は、大雑把にいえば、何かを否定するときとか、打ち消すときに使われますね。
関係ない、冗談じゃない、面白くない、わからない、聞いてない、などは、それぞれ文法的には違う要素で成り立っているのですが、何かを打ち消していることにかわりはありません。
しかし、その品詞の違いによって、切り方も変わってきます。

「関係ない」の「ない」は形容詞で、この場合、前の語との間は切って書きます。
覚え方としては、「関係」と「ない」のあいだに「が」とか「も」といった、助詞が入っても意味が通ればおおむね切っていいことになっています。
関係ない・・・関係がない、関係もない
問題ない・・・問題がない、問題もない
異存ない・・・異存がない、異存もない
間違いない・・・間違いがない、間違いもない
といったような場合で、これは比較的わかりやすいですね。
「ない」の前の語が自立していて、「ない」との間にいくらか距離がある、一語化していない、という考え方もできるかもしれません。

「冗談ではない」「そうでもない」などの「ない」も形容詞で、「冗談」や「そう」といった自立語に「では」「でも」(助動詞+助詞)といった付属語がついて、「ない」の前でいったん切れている語です。
「冗談じゃない」「そうじゃない」など、話し言葉などで少し形が変わっても、考え方は同じです。

助詞「て」「で」に続く「ない」も、切る「ない」です(p40)。
「そんな話、聞いてないよ」「だってまだ話してないもん」「ここへ来てない人には知らせてないの?」「休んでない連中にしか言ってないよ」
この中の、「聞いてない」「話してない」「来てない」「知らせてない」「休んでない」「言ってない」はそれぞれ「ない」の前で切ることになっています。
これは、新しい『てびき』に移行するさい、いささか物議をかもした新しいルールで、以前は、「言ってない」は「言っていない」の「い」の抜けた形であり、肯定形の「言ってます」を「イッテ■マス」というふうには切れない以上(「マス」だけにするわけにはいきませんから)、否定の形の「言ってない」も切ることはできない、という考え方でした。
しかし、以前「テ切れ」のところでも書きましたが、どういう形であれ、「テ」がきたら、さらに付属語が続くとき以外は、おおかた切ってしまおう、というのが、現在の『てびき』の考え方です。
「言ってない」の「ない」を「いない」の「い」が省略された形とは捉えずに、「ない」は自立語である、という解釈をしたのですね。
ですから、イ抜け言葉であっても、テのあとにナイが続いたときは、切る、と覚えてください。
これは、「ない」に限ったルールなので、「見てます」「見てません」「見てたとは」「見てようとも」など、ほかのイ抜けの形は切ることはできません。「なさる」の説明のところで書いていますが、「イ」の省略された「マス」「マセン」「タトワ」「ヨートモ」も、単独では、置いておくことはできないんですね。

もうひとつの切る「ない」は、形容詞を否定する「ない」です。
形容詞の連用形は「美しく」「面白く」「楽しく」「悲しく」など、語幹に「く」がつくのですが、そこに「ない」が続けば切ります。
「ウツクシク■ナイ」「オモシロク■ナイ」「タノシク■ナイ」「カナシク■ナイ」ということです。 形容詞の「〜く」という形のあとは「ない」に限らず、基本的に切ります(ク切れというやつですね)。
しかし、二つの例外があって、死ぬという意味の「亡くなる」と、なにか具体的なものが失われる、というときの「なくなる」は続けます。
「亡くなる」のほうは、死ぬことを意味する以外の使い方は(たぶん)ないので、問題ありませんが、「なくなる」のほうは、ちょっと複雑かもしれません。
「元気がなくなった」は「ゲンキガ■ナクナッタ」
「元気でなくなった」は「ゲンキデ■ナク■ナッタ」
この違い、わかりますか?
結局同じことを言っているのですが(微妙に違う、という意見もありそう)、前者は、「元気」というものが無くなった、失われてしまった、という意味。
後者は、「元気な状態ではなく」なった、という状況の変化を言っている、という違いがあります。
「美しさがなくなった」は「ウツクシサガ■ナクナッタ」
「美しくなくなった」は「ウツクシク■ナク■ナッタ」
ちょっとしたニュアンスの違いなのですが(文法的にはかなり違うと思います)、どちらの用法か、はっきりしない場合も多いので、あれこれ考えてみて、適当と思う切り方を点訳者が決めていいことも、けっこうあるのではないかと思います。

次は、続ける「ない」です。
動詞の未然形につく助動詞の「ない」、というとなにやら難しく聞こえますが、動詞を打ち消す「ない」のことだと思えばいいと思います。
見ない、見えない、見せない、見せられない、見られない・・・どういう形であれ、「ない」の前は自立したものとはいえません。「み」「みえ」「みせ」「みせられ」「みられ」だけで切るのは、不自然ですよね。
この「ない」は比較的わかりやすいと思います。
「病気で学校へ行けないのだが、友だちに会えないし、自由には動けないし、勉強も充分に覚えられない。外のようすもよく見えないし、食欲もわかない。いつ治るか、見当もつかないのだから、まったく冴えない話だ」
この中の「行けない」「会えない」「動けない」「覚えられない」「見えない」「わかない」「つかない」「冴えない」が動詞+助動詞の「ない」がついた形ですが、最後の「冴えない」は、連語として辞書の見出し語になっている場合もあるかもしれません。
「ない」の部分を「ず」とか「ぬ」に置き換え不自然でなければ助動詞の「ない」と考えていいと思います。
「行けない」は「行けず・行けぬ」、「覚えられない」は「覚えられず・覚えられぬ」等という具合です。

もうひとつの続ける「ない」は、もう一語になっていて、切らないほうがわかりやすい場合です。
「みっともない」、「とんでもない」、「情けない」、「こころない」等々、辞書では形容詞として扱っている場合が多いようです。
「みっともない」は、もともと「見とうもない」、つまり「見たくもない」という語であったのが、しだいに一語化・形容詞化した言葉だということです。
こういった語には、つい切ってしまいそうになるものが多いのです。
「所在ない」、「如才ない」、「心許ない」、「せわしない」、「頼りない」等々、辞書を引いてみて、見出し語で、形容詞として扱われていたら、おおむね続けていいと思います。
もともとは、それぞれ違った成分・品詞の語だったのかもしれませんが、今ではもう「ない」を切り離して考える必要もない、ということなのでしょう。

では、練習問題14です。
点字の丸括弧は、開きも閉じも同じ記号で2、3、5、6の点です。
墨字の丸括弧と同じように、中の言葉と続けて使います。
閉じ括弧のあとに助詞・助動詞など続けるべきものがあれば続け、自立語がきていれば切ります。
カギで括られた文のあとに、またカギで括られた文が続くときは、間を2マスあけます。
点線は2の点を3マス分で、前後の仮名との間は1マスあけます。

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  練習問題 14
 1.最近の忘れっぽさといったら、ありゃしない。メガネが見つからないので、部屋中くまなく探し回って、ない、ない、と大騒ぎしていたら、自分の頭の上にひっかかっていたのだから、みっともないことこのうえない。

 2.複数の仕事を片付けなくてはならないときなど、ひとつをやり終わらないうちに、あとのいくつかのことは、すっかり影も形もなくなって、おや、私はなんだってまた、座敷で雑巾なんか手にしているのだろうと、まことに所在なく、あれこれ記憶を手繰ってみると(といっても、ほんの2、3分のあいだの記憶にすぎないのだ)、そういえば私は、廊下の雑巾がけをしなければ、と思いながら、そうそう、座敷のカーテンを冬用のものに替えないとならない、なんて思ったとたんに、雑巾のほうは、あっけなく忘れ去って、では、カーテンを滞りなくつけ替えたかというと、こちらのほうも、座敷に入るか入らないかに、蛍光灯が切れていることを思い出し、ああ、取り替えなくてはいけなかったんだ、と思ったとたんに、カーテンはとんでもなくはるか彼方に飛び去ってしまった、というわけだ。

 3.雑巾がけがなんの問題もなく遂行されるか否かは、私の家事へのやる気ではなく、ひとえに記憶力にかかっている、といっても過言ではない。いまのところ、最終的には、なぜ雑巾を持っているのか、思い出せなかったことはないので、廊下も無事、ほこりまみれにならなくてすんでいる。しかし、いつか、雑巾を手にしたまま、途方にくれる日が来ないとも限らない。

 4.まことに心許ない我が記憶力ではあるけれども、こんなにはやくボケがはじまるのではかなわないから、なんとかこれ以上悪くならないよう、日々頭を使わなくては、とは思うのだが、脳細胞の消滅は途方もない速さで進んでいるに違いない。

 5.「お母さん、お弁当、作らなかったの?」「え? 今日から中間試験じゃなかったっけ? 午前中しか学校、ないでしょ?」「バカ言わないでよ。試験は来週から」「ちゃんと言わないあんたがわるいんでしょ」「なに、しようもないこと言ってんの。カレンダーに書き込んだの、お母さんじゃないの」「あら、ほんとだ。書いたことを忘れるんじゃ、覚えてられないのも当然だ」「コンビニでお弁当買うしかないなあ。ほんとに頼りないんだから」・・・こんな会話が珍しくもなくなった昨今の我が家である。
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<練習問題14>について

 複合している語については、後ほど出てきます。
 1.の「さがしまわる」、2.の「やりおわらない」は複合語ですので、いまのところ、複合動詞は続けると覚えてくださればいいと思います。
複合している語の解釈はなかなか難しいのですが、動詞・形容詞に関してはおおむね続けていいと思います。

 3.の「途方に暮れる」は、慣用句で一語のように使いますが、点訳上は「トホーニ■クレル」と、切って書きます。続けるほどにはまだ「途方に」と「暮れる」のくっつき具合が薄い、ということなのかもしれません。辞書でも「途方」までしか見出し語にしていないようです。

 5.の「・・・」(点線)は、あとの記号のところで詳しく触れますが、2の点三つです。2の点は仮名でいうと、促音符(小さいツ)ですが、三つならべることで、点線を表します。
Tエディタは、ひとつ打つと「っ」と表示されますが、三つ打つことで、点線として表示してくれます。場合によっては、3マス以上使うこともありますが、そういう場合は稀で、点訳での点線は、原本の点線の長さにかかわらず、3マス、と覚えておかれるといいと思います。
点線は、文章中なら、前後の仮名との間は1マスあけますが、ここの場合、前の「コンビニで〜頼りないんだから」で文が切れていると考えれば、そのあとは2マスあけます。
ここは多分両方の解釈ができるのではないでしょうか。

 2.の「あれこれ記憶を手繰ってみると(といっても、ほんの2、3分のあいだの記憶にすぎないのだ)」
点訳でのカッコの扱いについては、『てびき』の「記号」のところに書いてありますので、いずれ触れる機会もあると思います。
おおむね前の語の説明になっているときは、カッコを前の語に続け、挿入になっているときは、前の語とのあいだを1マスあけます。
でも、それが説明なのか、挿入なのか、よくわからない、どちらともとれる、ということは多々あります。
この練習問題では、私は挿入文のつもりで書いたのですが、読み直してみると、手繰った記憶についての説明とも読めます。書いた当人がわからなくなってしまいます。
こういった場合は、点訳者が判断して良いと思いますが、やはり、周囲の意見を聞いてみて決めると良いと思います。

この中で使われている「ない」を書き出してみました(完全に独立した「ない」は除いてあります)

1.
「見つからない」、「くまなく」、「みっともない」
以上の三つは続けます。「くまなく」は副詞となっていました。

「このうえない」・・・コノウエ■ナイ
この場合の「このうえ」は、何か具体的なものの上ではなく(机の上とか、棚の上とかではなく)、「それにもまして」「これ以上」といった意味で使われていますので一語として続けるのですが、「ナイ」の方は形容詞で、こちらは切るんですね。

「ありゃしない」・・・アリャ■シナイ

2.
「やり終わらない」、「すぎないのだ」、「しなければ」、「所在なく」、「あっけなく」、「入らないか」、「とんでもなく」
以上は続けます。

「ない」の部分は続いても、ほかのところの切り方に注意が必要だったり、切り方に迷うところもあります。
「片付けなくてはならない」・・・カタヅケナクテワ■ナラナイ
「影も形もなくなって」・・・この「なくなる」は、私自身は続けるほうの「なくなる」のつもりで書いたのですが、「カゲモ■カタチモ■ナク■ナル」もおかしくないようにも思います。
みなさんはどう思われますか?
「替えないとならない」・・・カエナイト■ナラナイ
「滞りなく」・・・トドコオリ■ナク
「取り替えなくてはいけなかったんだ」・・・トリカエナクテワ■イケナカッタンダ

3.
「問題もなく」・・・モンダイモ■ナク
「過言ではない」・・・カゴンデワ■ナイ
この二つは、助詞が入っていますし、切れる、というのはわかりやすいと思います。
「思い出せなかったことはないので」・・・オモイダセナカッタ■コトワ■ナイノデ
「ほこりまみれにならなくて」・・・ホコリ■マミレニ■ナラナクテ
「来ないとも限らない」・・・コナイトモ■カギラナイ

4.
「心許ない」、「かなわない」、「使わなくては」
この三つは続けていいですね。
「悪くならないよう」・・・ワルク■ナラナイヨー
「途方もない」・・・トホーモ■ナイ
「違いない」・・・チガイ■ナイ

5.
話し言葉は、省略されていたり、語尾が文章とは違うことが多いので、ちょっと戸惑いますが、考え方は普通の文章と同じです。
「作らなかったの?」、「言わない」、「覚えてられないのも」、「言わないでよ」
この四つは続けます。
「覚えてられないのも」は「覚えていられないのも」の「い」の抜けた形で、「い」抜けでない場合は、「オボエテ■イラレナイノモ」となります。

「中間試験じゃなかったっけ」・・・チューカン■シケンジャ■ナカッタッケ
「しようもない」・・・シヨーモ■ナイ
「しようもない」は漢字では「仕様もない」で、この場合は切りますが、「しょうもない」「しょうがない」というようなときは、「ショーモナイ」「ショーガナイ」と切らずに書きます。
話し言葉などでは、こういう場合が多いですね。
「お母さんじゃないの」・・・オカアサンジャ■ナイノ
「買うしかないなあ」・・・カウシカ■ナイナア
「頼りないんだから」・・・タヨリナインダカラ
「珍しくもなくなった」・・・メズラシクモ■ナク■ナッタ

以上のようになると思いますが、ここは違うんじゃない?という点、ここがわかんないんだけど、という点、指摘してくださいね。
ちなみに今の、「違うんじゃない?」は「チガウンジャ■ナイ?」、「わかんないんだけど」は続けます。






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