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「みずほ流」点訳入門教室

12.固有名詞・方言



固有名詞(『てびき』p52〜57)

固有名詞も、基本的には他の言葉と同じように書き表します。
ただいくつか、固有名詞であるがゆえの留意点があります。

●人名(p52〜55)
名字と名前の間は1マスあけます。
続けて書くと、どこまでが名字かがわかりにくいからです。
「おおたかいちろう」「もりやたろう」「やまのいちえ」なども、漢字であれば、太田嘉一郎か大高一郎か、森弥太郎か守屋太郎か、山野市江か山ノ井千枝かで、概ね判断がつきますが、仮名ではわかりかねます。
尤も、漢字であっても判断できない例もあります。
岡安次郎、平松三郎、森政治・・・。
その場合、墨字であれば、判断せずにそのまま書いておけばいいのですが、点字ではそうはいきません。
名字と名前の間は区切らなければいけない、と決まっているので、何が何でも、どこまでが名字か決めなくてはなりません。
有名人なら、調べればたいていわかりますが、世の中、有名人ばかりではないところが悩みの種です。

人の名前というのは、必ずしも名字と名前(ファーストネーム)だけでできているわけではありませんが、それ以外のものも、これに準じます。
たとえば、源九郎義経はミナモトノ■クロー■ヨシツネ、大岡越前守忠相はオオオカ■エチゼンノカミ■タダスケ、木枯らし紋次郎はコガラシ■モンジローと打ちます。

カタカナの外国人名では、墨字では中点を使って姓と名を区切りますが、点字ではマスあけで区切りがわかるので、中点は要りません。
また、ミドルネームが入る場合も多いのですが、それも同様に、ジャン■ジャック■ルソー、ニキータ■セルゲエヴィッチ■フルシチョフというように打ちます。
父の名のあとに自分の名をつなげていく、アラビア語圏などの名前も、同様に切ります。

『てびき』にある、レオナルド・ダ=ビンチのような場合は、「=」のところを第1ツナギ符(3、6の点)で表します。
但し、原本にレオナルド・ダ・ビンチと書いてあったときは、「レオナルド■ダ■ビンチ」でもいいでしょう。
フランスのド=ゴール元大統領は、Charles Andre Joseph Marie de Gaulleというんだそうですが、日本では、「ド=ゴール」「ド・ゴール」「ドゴール」といろいろな表記がされています。
『星の王子さま』で有名なサンテグジュペリは、本当はAntoine de Saint-Exuperyらしいのですが、日本での表記は「サンテグジュペリ」「サン=テグジュペリ」「サン・テグジュペリ」。
「テ」の音は、SaintのtとExuperyのEが合わさったものなので、「サン」で切るのはまずかろう、という気もしますが、そこまでは点訳者の守備範囲ではないでしょう。
基本的には原本どおりでいいと思います。

漢字で書く人名で、一番難しいのは読みです。
日本人名では、同じ漢字でも読みは千差万別です。
名字では比較的バリエーションは少ないのですが、それでも、東さんは「ひがし」だったり「あずま」だったりしますし、羽生さんは「はぶ」「はにゅう」、近田さんは「ちかだ」も「こんだ」もあります。
中日ドラゴンズの福留選手は「ふくどめ」ですが、オリックスの内野手は「ふくとめ」です。
「やまざき」と「やまさき」、「なかじま」と「なかしま」なども、固有名詞はどちらでもいいというわけにはいきません。
国境を越えて同じ字の名字もありますから、林さんが「はやし」なのか「リン」なのか、柳さんが「やなぎ」なのか「ユ」なのか、よく確かめないとなりません。
名前の方は、もう全然はかりしれません。
「明生」という名前を、「あきお」と読もうとして、待てよ、「はるお」もあるかもしれない、と思って調べたら、その人は「みつお」と読むんでした。
「一」という名前も、「はじめ」「はじむ」くらいは予測可能ですが、「おさむ」「すすむ」「ひとし」「まこと」「まさし」となると、ほんとに難しい。
皆さん、複数の読みのあるお名前には必ず振り仮名を!

また、人名などに限っては、旧仮名遣いなども概ねそのまま打ちます。
固有名詞は仮名遣いも含めて「固有」である、ということでしょう。
「かおり」「かをり」「かほり」はそれぞれ書き分けます。
「いずみ」「いづみ」も同様です。
ワ行の「ゑ」だけは、感嘆符と同じ形なので、ア行の「え」に代えることになっています。

さて、漢字表記の外国人名は、別の意味で難しいですね。
毛沢東は、日本では「もうたくとう」という日本読みで知られていましたが、今、子どもたちの教科書では「マオ・ツォトン」と書いてあったりします。
韓国・朝鮮の人名については、放送などでも「キム・デジュン」「キム・ジョンイル」と読むようになっています。
原本が仮名で書いてあれば問題ないのですが、漢字だと点訳者が読みを何とかしないとなりません。 どこまでを現地読みにするかも、難しい問題です。
現在ニュースなどに登場する人名はわかっても、諸葛孔明や玄奘三蔵を現地読みしても読み手に伝わりそうもありませんね。
伝わりそうもないときには、一般的な読みにしたり、括弧内に日本読みを書き足したり、方法を考えます。

『てびき』p52の備考にあるように、「中国・朝鮮の人名のうち、漢字2字の短い姓名」で、一般的にひとかたまりで知られているものについては、続けていいことになっています。
李白、杜甫、韓愈などですね。
ただ、これはあくまでも中国・朝鮮の人名のことですから、西周、原敬、谷啓などの日本の人名には適用しないでください。

人名につく、敬称・官位・造語要素などは、3拍以上なら切り、2拍以下なら続けるのが原則です。
「小柴教授」「田中主任」「マギーおばさん」「島課長」「小泉首相」「マッカーサー元帥」「高円宮殿下」「小さん師匠」「鈴木議員」「土井党首」「アレクサンダー大王」「ロナウド選手」「S工場長」「某アナウンサー」などは切り、「信長公」「アショカ王」「ホメイニ師」「寂聴尼」「高橋兄(けい)」「伊東家」などは続けます。
ここまではわかりやすいのですが、「2拍以下でも自立性が強く、意味の理解を助ける場合には」切るので、単純に拍数だけでは決められません。
「知事」「記者」「技師」「助手」などは2拍ですが、自立性が強いので切ります。

それとは別に、人名に続く「さん」「様」「君」「殿」「氏(し・うじ)」は、切ります。
人名をはっきりと浮き出させるためです。
ですから、「板前さん」「車掌さん」「もぐらくん」「旦那様」「内親王様」「判事殿」などの、普通名詞のあとにつく「さん」「様」「君」「殿」「氏」は続けるのです。
マリア様・イエス様は固有名詞だから切るけれど、神様・仏様は普通名詞なので続くわけです。
また、「氏」でも、「藤原氏の全盛時代」「豊臣氏の滅亡」というように、一族を表す場合は続けます。
それから、島倉千代子を「お千代さん」と言い、月形半平太に「月さま、雨が・・・」と言うような場合の、愛称・短縮形などの「さん」「様」も続けます。
「ちゃん」は基本的に愛称的にしか使わないということで、幼稚園でフルネームのあとにつけるようなときでも、常に続けます。

「芥川龍之介著」「西条八十詩」「小野道風筆」「佐佐木信綱選」「石井桃子訳」「美空ひばり唄」など、人名のあとに別の自立性の高い短い言葉が続く場合、これも1マスあけます。
ただ、順序が逆の場合は、「ウタ■■ミソラ■ヒバリ」というように2マスあけます。
語順によって、言葉の結びつき具合は違ってきますから。

●地名(p55〜56)
地名も人名と同様、一番の問題は読みです。
充分な調査をお勧めします。
固有名詞部分はもちろん、それに続く普通名詞部分も、固有の読みが決まっていたりしますから、ご注意ください。
「〜町」「〜村」も、「ちょう」か「まち」か、「むら」か「そん」か、それぞれの自治体で決まっています。

打つときは、アイチケン■ナゴヤシ■ミズホク■ソーサクチョー■数符2チョーメ■数符27バンチ■数符3 というように、段階ごとに区切ります。(原本の書き方にもよって、番地は、数符2ノ■数符27ノ■数符3 でも、数符2..数符27..数符3 でも結構です)
三内丸山とか郡上八幡とか、段階内部に意味のまとまりが複数あれば、それも切ります。
この場合には、拍数の制約はないので、伊賀上野も岐阜羽島も那智勝浦も切ります。

東久留米とか南アルプスなどは、「東」「南」それ自体は固有名詞と言いにくい、ということで、一応普通名詞部分のような扱いになります。
つまり、意味のまとまりがあり、3拍以上あるので、「ヒガシ■クルメ」「ミナミ■アルプス」と切るわけです。
「西」や「北」は2拍なので、「西鹿児島」「北軽井沢」など、頭につく場合は続けます。
「市役所西」のように後ろにつく場合は、前の語が自立性と拍数の条件を満たしていれば切ります。

外国地名については、ウエスト■バージニア、リトル■トーキョーのように、3拍以上のまとまりがあれば切ります。
2拍以下の部分は他に続けます。
ただし、外国地名の意味は必ずしも誰にでもわかるわけではないので、はっきりわからないものについては、続けておいた方が安全です。
「ペレンチアンブサール」「キシュクンフェーレジハーザ」などの地名の切れ続きは、そこの言葉を知らない者にとっては判断が難しいのです。
これは、動植物名のところで書いたことと同じです。

固有名詞に普通名詞がついた場合、その普通名詞部分が3拍以上なら切り、2拍以下なら続けるのが原則です。
固有名詞部分の拍数は関係ありません。
関東平野、紀伊半島、伊豆高原、ムー大陸は切り、遠州灘、ベーリング海、中禅寺湖、バリ島は続ける、ということです。

助詞の「の」を含む地名は、意味のまとまりがあれば、2拍以下でも切れます。
尾張国などの旧国名、勿来の関、那智の滝、音戸ノ瀬戸などです。
意味のまとまりがないものは切れませんし、もともとは切れる意味があったのかもしれないけれど、現在は一体のものとして認識されている地名も、切りません。
一関、三宮、高田馬場、潮ノ岬、丸ノ内、堀之内、鯛之浦、御茶ノ水、熊ノ湯、原ノ辻などです。

また、地名のあとに造語要素などがついて、拍数が変わった場合、意味がおかしくならなければ、3拍以上という基準で切ることになっています。
つまり、名古屋市、熊本県、仙台駅はひと続きだけれど、名古屋市内、熊本県民、仙台駅前なら「ナゴヤ■シナイ」「クマモト■ケンミン」「センダイ■エキマエ」と切ります。

●組織名・建造物名など(p56〜57)
普通の言葉とほぼ同様に切ります。
固有名詞部分については、拍数は関係ありません。
普通名詞部分については、3拍の意味のまとまりが目安ですが、2拍以下でも自立性の強いものは切ります。
須磨女子高等学校は「スマ■ジョシ■コートー■ガッコー」、仮に「基地問題を考える那覇市民の会」というのがあるとすれば「キチ■モンダイヲ■カンガエル■ナハ■シミンノ■カイ」と打ちます。
丸ノ内ビルは「マルノウチ■ビル」ですが、丸ビルは「マルビル」です。
「丸ノ内」の省略形の「丸」ですから、意味のまとまりがあるとは言えません。

以上、当たり前だと思える部分と、そんなこと言ったって、と感じる部分とがあると思います。
私たちも迷い続けていますので、なかなかすっきりと説明できなくて申し訳ありません。

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  練習問題 21
 1.はがきの差出人は、村田リウとなっていた。心当たりがない。住所は、新城市大字曽根。これも知らないところだ。だいたい、新城市というのはどこだろう? 宛名は、東京都三鷹市下連雀2丁目、コーポ武蔵野203号、高橋美智子様、とある。間違いなく私だ。珍しい名前ではないが、これまでに私の知る限り、郵便が間違って届いたことはない。文面は、2カ月ほど前にこうちゃんが死んだ、美智子さんに渡してくれと言われていたものがあるから来てほしい、とそれだけだ。

 2.こうちゃんというのも誰だか思い当たらない。そう呼ばれそうな名前の知り合いを思い出してみる。南千住に住んでいた母の弟、永井康次叔父は母にこうちゃんと呼ばれていたが、20年も前に亡くなっている。子どもの頃、近所のさくら薬局という薬屋さんにこうちゃんという子がいたが、ほんとの名前は何だったか。中学の同級生に山本公一君というのがいた。演劇部には清水浩二先輩がいた。高2の担任は井上孝介先生だった。いずれにしても、死に際に何かを渡されるような知り合いではない。勤め先の前田課長の名前は確か耕一郎だ。でも、今日も生きていた。

 3.しばらく放っておいたのだが、やはり少々気になって落ち着かない。何週間か経ってから、ついにその住所にはがきを出すことにした。新城市は愛知県の東部にある東三河平野から設楽の山地に入っていくあたりにある町だそうだ。どう考えても、知り合いがいそうにない。大変申し訳ないけれど、記憶に曖昧なところがあって、お宅様のこともこうちゃんのことも、思い違いがあるといけないので、もう少し詳しいことを教えていただけないだろうか、と書いて投函した。

 4.それっきり、返事は来なかった。何かの間違いだったのだろう。村田リウさんというのも、きっと相当年配の人に違いない。もしかしたら、痴呆か何かがあるということも考えられる。これ以上、もう考えないことにしよう。私は毎日、中央線の電車で3駅、武蔵小金井駅前にあるKW設計事務所で仕事をして、結構忙しく暮らしている。余計なことであまり煩わされたくない。

 5.ところが半年ほどして、第2のはがきが来た。静岡県引佐郡にある、やすらぎの郷特別養護老人ホームというところからだった。当施設にご入所いただいておりました、村田リウ様が亡くなられました。謹んでお悔やみ申し上げます。つきましては、ご遺骨、ご遺品のお引き取りをお願いいたしたく、一度ご来所ください。

 6.そんな馬鹿な。なに寝ぼけたこと言ってんの。親戚でも知り合いでもないおばあさんの遺骨をなんで引き取らなきゃならないの? 驚いてカーッと腹が立ったが、しばらくして気が落ち着いてきた。多分、事務員さんのちょっとした手違いなのだろう。でもこの際、間違いはキチッと正しておかなければならない。ことのついでに、こうちゃんの謎が解けるかもしれない。

 7.地図を見ると、この住所は静岡県の一番西、浜名湖の北側で、例の愛知県新城市とは境を接している。三ケ日蜜柑とか三ケ日人という古人骨でも知られている三ケ日町のあるところだ。東海道線からは距離がありそうだが、東名高速道路からは近い。むろん、出かけていく義理は毛頭ない。電話ですぐに間違いがわかるだろう。はがきに書いてあった番号にかけてみた。女の声で、やすらぎの郷だと名乗った。はがきを貰ったが村田さんという人に心当たりがない、と言うと、途端に電話の声は険しくなった。困るんですよね、入所させたらあとはもう知らん顔なんて、となじる。人違いだと言っても、入所の際の契約書がどうとか、不足分の支払いがどうとか、キンキンまくしたてる。

 8.そもそも、これは何か、私にかかわりのあることなのだろうか? それとも、単なる間違いだろうか? あるいは、何か悪意のある陰謀なのだろうか? でも、どう考えても私は陰謀に巻き込まれるような重要人物ではない。陰謀というのは、KGBだとかリヒャルト・ゾルゲだとかジェームズ・ボンドだとかの世界の出来事だ。では、ただのいたずらか? だとしたら手がこんでいる。まったく腹が立つ。

 9.それから3カ月ほどの後、さんざっぱらすったもんだあった末、結局私は東名バスに乗って、その特養ホームを訪ねる羽目に陥る。5月のゴールデンウィークのときで、大井松田のあたりは延々と渋滞続きだった。富士山は雪を輝かせ、駿河湾は晩春の陽射しを穏やかに反射していたが、渋滞の中を行くバスの旅は決して快適とは言えなかった。

 10.となりの席のおばあさんは、三ケ日の次の豊橋北で降りて娘さんの家に行くのだと言った。明日から娘さん一家がアメリカのサウスカロライナ州の知人のところに遊びに行くのに、下の女の子が熱を出して、急遽おばあちゃんと留守番ということになったそうだ。そんな話を聞きながら、静岡県内を西へ進む。三ケ日から豊橋北まではこのJRバスで数分、その間にある宇利峠というのが愛知県境になっているらしい。さてこれから、私の旅はどういうことになるのか、なんとも心もとない。
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<練習問題21>について

●固有名詞の仮名遣いは、原則として原本どおりなので、「村田リウ」さんは、発音は「りゅー」かもしれないけれど「リウ」と打ちます。
●人名のあとの「さん」「様」「君」「氏」「殿」は切り、「ちゃん」は続けるので、1.タカハシ■ミチコ■サマ、ミチコ■サン、2.ヤマモト■コーイチ■クン、4.ムラタ■リウ■サンに対して、コーチャンは続けますね。
●普通名詞につく「さん」「様」などは続けます。2.クスリヤサン、3.オタクサマ、6.ジムインサン、10.ムスメサン。
●固有名詞のあとにつく普通名詞は、3拍以上なら切るので、2.サクラ■ヤッキョク、シミズ■コージ■センパイ、イノウエ■コースケ■センセイ、マエダ■カチョーは問題ないのですが、「叔父」は2拍でも自立性が強いということで、ナガイ■コージ■オジ、と切ります。4.「KW設計事務所」の「設計」は4拍あるので、「KW」のあとはマスあけ。ツナギ符は要りません。3.「東三河平野」、7.「三ケ日蜜柑」、10.「宇利峠」も、「平野」「蜜柑」「峠」が3拍なので切ります。それに対して、4.「中央線」、7.「浜名湖」「三ケ日人」「東海道線」、9.「富士山」「駿河湾」は普通名詞部分が2拍以下なのでひと続き。
●所番地は段階ごとに区切るので、シンシロシ■オオアザ■ソネ、トーキョート■ミタカシ■シモレンジャク■数符2チョーメ、ですね。
●地名の頭に含まれる方角は、普通名詞扱いで、3拍以上なら切るので、2.ミナミ■センジュ、3.ヒガシ■ミカワとなります。北千住、西三河ならひと続き。あとに付く場合は、10.トヨハシ■キタと、2拍でも切ります。
●地名の内部の意味のまとまりは切ります。4.ムサシ■コガネイ、9.オオイ■マツダ、10.サウス■カロライナ。
●4.「武蔵小金井駅」ならムサシ■コガネイエキですが、「前」がつくと拍数が変わるので、ムサシ■コガネイ■エキマエとなります。同様に、10.「静岡県内」もシズオカ■ケンナイ、「愛知県境」の場合も、アイチ■ケンザカイあるいはアイチ■ケンキョーと切っていいでしょう。切らない方が言葉の意味には忠実のような気はしますが、「県境」という言葉はあるし、切ると誤解を招く、とまでは言えませんから。
●「新城」「千住」「設楽」「引佐」などは、ご存じの方には当たり前の読みですが、初めて出会う方には読みにくい地名です。字自体が難しいわけではないだけに、油断は禁物ですね。


方言(『てびき』p57)

説明している側にもよくわからないことばかり(すみません!)の「分かち書き」も、基本的な部分については終わりに近づいてきました。
最後は、方言・古文ですが、古文・漢文等については、てびきの「参考資料」のところに、仮名遣いや分かち書きについて書かれていますので、ここでは主に方言について書きたいと思います。
正直なところ、古文・漢文は、私には荷が重いし、機会があれば、少し時間をかけて勉強すべき項目だと思います。

方言といっても、点訳のルールで、共通語と違うところはありません。
共通語に直して言ってみて、切るところを考えていけばいいと思います。
しかし、方言というのは、とても表現が豊かで、その土地でしか通用しない言葉も多いですから、切ろうにも言葉の意味そのものがわからない、ということもありますね。
普通の本では、それほど難しい地域色の濃い方言が出てくることはあまりないと思いますが、それでも、その土地その土地で、当たり前に使われているわけですから、書き手が地方の人だと、誰にでもわかるだろうと思って書いたら、実はそれは自分が住んでいるところでしか通じない方言だった、ということもあるわけです。

このホームページの「点訳雑感」のところにもいくつか例がでているのですが、名古屋のひとが当たり前に使っている言葉が、私のようなよその土地からきた人間には、聞きなれなかったり、用法が共通語と違っていたりして、方言というのはなかなか奥の深いものだと感じたりします。
できれば、そういう方言の魅力や面白さを台無しにしないような点訳をしたいものですね。

方言の用例、どうしたものでしょう。
推測でいい加減なことを書いて、その土地の人に叱られても困りますので、少しいろいろな本から抜き書きさせていただこうと思います。

「うらァ、こうして牢にはいっちょるけンどもが、志ァ万里を駈けちょる」
「武市半平太ちゅうようなまじめくさった人物には似つかわしゅうないことばじゃ。うわさに聞けば、あんたは近頃有名になっちょるげな」
(司馬遼太郎『竜馬がゆく』)
このふたつは、土佐(高知県)の言葉です。
高知の方が今もこんなふうに話されるかどうかわかりませんが、点訳では、以下のようになるかと思います。
「ウラア、■コー■シテ■ローニ■ハイッチョルケンドモガ、■ココロザシア■バンリヲ■カケチョル」
「タケチ■ハンペイタチューヨーナ■マジメクサッタ■ジンブツニワ■ニツカワシュー■ナイ■コトバジャ。■■ウワサニ■キケバ、■アンタワ■チカゴロ■ユーメイニ■ナッチョルゲナ」
「うらァ」や「志ァ」のような小さい「ァ」を表す方法は、点字にはありません。
点字の一覧表に出てくる拗音や特殊音以外は、その音に近い発音の点字で書きます(『てびき』p18)。
ほんとうははっきり「ア」と言っているわけではない、というニュアンスで小さく「ァ」と書かれていても、上記のふたつの場合は「ア」と書くか、「志ァ」の場合は、「ココロザシャア」と書いてしまってもいいかもしれません。

「早う帰りたいんは山々じゃったが、怪我の具合も良うならんでなぁ、あっちで知り合うた広島の者の家で療養さしてもろうたんじゃ。世話になったけん、ちいとでも礼せにゃあと鉄道工夫をしとった。きついがええ金になったで」
(岩井志麻子『ぼっけえきょうてい』)
これは岡山県の言葉だということです。
「ハヨー■カエリタインワ■ヤマヤマジャッタガ、■ゲガノ■グアイモ■ヨー■ナランデナア、■アッチデ■シリオータ■ヒロシマノ■モンノ■イエデ■リョーヨー■サシテ■モロータンジャ。■■セワニ■ナッタケン、■チイトデモ■レイ■セニャアト■テツドー■コーフヲ■シトッタ。■■キツイガ■エエ■カネニ■ナッタデ」
「早う(はよう)」や「合うた(おうた)」の漢字の部分は、本来の読み方をしているわけではありませんが、方言の言い回しも伝えたいし、漢字を使うことで意味を伝えやすくなるメリットも捨てがたい、というわけでこういう書き方をする作家はたくさんいます。
こういった表記に惑わされないで、頭の中で共通語に直しながら、切れ続きを考えていくわけですが、漢字で意味がつかめてしまうと、どう発音するか、あまり考えなくなりがちですので、じっくり読んでみると良いと思います。
「良うなる」などは、共通語では「良くなる」ですから、形容詞の「く」は切るという原則と、ウ音便は長音で書くというルールを適用して、「ヨー■ナル」と書きます。

「こりゃあ、国語の授業の時でも、算数でも、いっつも絵っこばり描いでるじゃ。へだすけ、字もろぐに読めねし足し算も分がんねで」
(川上健一『雨鱒の川』)
これは、東北地方の言葉のようです。
「コリャア、■コクゴノ■ジュギョーノ■トキデモ、■サンスーデモ、■イッツモ■エッコバリ■カイデルジャ。■■ヘダスケ、■ジモ■ログニ■ヨメネシ■タシザンモ■ワガンネデ」
漢字無しで読んでどこまで意味がわかってもらえるか心配ですが、原本どおり点訳して、前後関係で理解してもらうしかありません。

語尾の変化や、同じ語でも発音が異なるいわゆる「訛り」などのほかに、方言には、その土地でしか通じない言葉、というものもありますので、できる限り調べて切るところを考えないと、とんでもないところで切ってしまうことにもなりかねません。
てびきの例にある名古屋弁の「やっとかめ」は「八十日目」、つまり、それくらい長いあいだ会わなかった、という意味で、「ひさしぶり」という挨拶に使われます。
私は最初のころどうしても「やっと」に「亀」がついたような言葉に聞こえて「亀がやっと、どうしたんだろう?」なんて思ったりしたものです。

北海道の年配の人は、なんとなく落ち着かない、しっくりこない、ということを「あずましくない」と言いますが、「あずましく」はきっと形容詞で「アズマシク■ナイ」と書いていいだろうと思います。
というのも、その反対に、しっくりする、落ち着くというときには、「あずましい」と言うからです。
上記の文を引用した小説のタイトル『ぼっけいきょうてい』は、岡山弁で「非常に恐ろしい」、「とても怖い」という意味だそうで、小説中では、「きょうてい」を「怖てい」と書いていました。
点訳では「ボッケイ■キョーテイ」ということになるでしょうか。
しかし、ひらがなだけが「ぼっけいきょうてい」と並んでいたら、個々の語の意味がわからないかぎり、切ることもできません。
ちなみに同じ言葉を名古屋弁では「どえりゃあおそがい」というそうですが、名古屋の方、これでいいですか?
切り方は「ドエリャア■オソガイ」かな。

さて最後にこんな例をひとつ。
「東京からはいししからげな若えまっちゃがへるぐら、交番さぐにゃどげんしたもんかできかれどもまっかりへてがってしもたわい」
(清水義範『日本語必笑講座』)
どこの方言かわかります?
分かる方はきっといないと思います。
だって、同じ本に「この方言は架空のものです」って書いてありますから。
でも、ときにはこんな意地悪な本を点訳することにだってなるかもしれません。
筆者が架空だと言っているのですから、こちらもそれらしく読めそうなところで切ってしまうしかないですね。
正しい切り方は誰にも(たぶん筆者にも)わからないわけですから。

では、練習問題です。
方言の点訳の練習になるほど、いろいろな方言は出せませんでした。
特色ある方言を使われる地方の方に、面白い問題を作っていただけるとうれしいですが・・・。

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  練習問題 22
 1.北海道弁というのは確かに存在するが、それほど長い歴史があるわけではない。もともと住んでいたアイヌの人々を別にすれば、今北海道に住んでいるのは、4、5代前に、明治期以降北海道以外の土地から入植したり流れてきたりした人々の子孫なので、先祖がもともとどこに住んでいたかによって、言葉に微妙な違いがある。ひとくちに北海道弁といっても、東北地方の影響を色濃く受けているところもあれば、かなり標準語に近い言葉遣いのところもある。

 2.私の父方の祖母の両親は岡山の産なので、祖母もあまり北海道弁を使わない。「わしもそうじゃろうと思うとったんじゃ」などど言うのだが、これがほんとうの岡山弁かどうか、私にはわからない。ただ、いわゆる北海道弁と言われるものでないことは確かだ。

 3.不思議なことにその子供である父は、岡山弁らしき言葉をまったく話さない。わりあい正統(?)な北海道弁を使っている。「おれもそうだべと思ってたさ」などと言う。早くに家を出た関係で、両親の影響をあまり受けなかったのかもしれない。

 4.かくいう私は、話そうと思えば北海道弁を話すことはできるが、長らく本州に住んでいるので、しだいに使わなくなってきている。昔はこてこての北海道弁であった。「したっけさ、あのひとがそんなこと言ったべさ、だからこっちも、何はんかくさいこと言ってんのって言ってやったさ。もう頭にくるっしょ!」という具合である。標準語に翻訳すると、「そうしたらね、あのひとがそんなこと言ったでしょ、だからこっちも、なに馬鹿なこと言ってんのって言ってやったの。もう頭にくるでしょ!」となる。

 5.今住んでいるところは愛知県の三河地方である。三河弁は「だからそう言っただらあ。ひとの言うことを聞かんもんで、そういうことになるらあ。わかっとる?」というような言い回しになる。同じ愛知県内でも尾張弁はかなりニュアンスが違っていて、不正確を承知の上で書いてみると、「だからそう言ったがね、ひとの言うことを聞きゃあせんで、そういうことになりゃあす。わかっとる?」とでもなるだろうか?

 6.以前栃木県に住んでいたことがあるのだが、栃木弁というのも、実に個性的である。住んでいたアパートの大家さん(女性)は自分のことを「おれ」と言い、「ここに木でも植えっぺかと思ってるけんども、いいだんべかね? おれんとこからベランダが見えねえほうがよかっぺ?」などという言い方をしていた。

 7.数ある方言の中でも、津軽弁と薩摩弁はことに難しいと言われる。薩摩弁は、江戸時代に、江戸からスパイが入り込んでも、言葉を真似しにくいように、また、他所の人間が聞いてもすぐには内容がわからないようにという理由で、人工的に、よりわかりづらい言語に変化させたというからすごいものである。

 8.言葉をいろいろな方言に変換してくれるサイトで、同じ文章を津軽弁と薩摩弁に変換してみた。
「昔昔、あるトコに、じっちゃどばっちゃがおったんずや。 じっちゃだば、山へ芝刈りに、ばっちゃだば川へ洗濯に行ったんずや」(津軽)
「昔昔、あるとこいに、おじいさぁとおばあさぁがおりもした。おじいさぁは、山へ芝刈りに、おばあさぁは川へ洗濯に行きもした」(薩摩)
これに独特のイントネーションと間が加われば、他所の土地の人間にはもしかしたら、同じ内容を言っているとはわからないかもしれない。
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