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「みずほ流」点訳入門教室

10.複合名詞・複合動詞・複合形容詞



複合名詞(『てびき』p44〜47)

さて、複合名詞の切れ続きのキーワードは、意味のまとまりと拍数です。
拍数というのは、普段あまり聞き慣れないかもしれませんが、日本語という言語の中ではわりあいはっきりした概念です。
「パン」は2拍、「ご飯」は3拍、「ざるそば」は4拍、「いなりずし」は5拍です。
手を叩くようにして数えた音の数、ということで、字数とは違います。
拗音も長音も促音も1拍に数えますから、たとえば「チョコレート」や「ソーセージ」は5拍、「スパゲッティー」は6拍です。

複合名詞については、意味のまとまりのある、3拍以上の部品はひとりで置いていいことにしよう、というのが大雑把な原則です。
意味のまとまりと拍数の両方の条件が満足されれば、概ね切っていいのです。
「キツネ■ウドン」「カレー■ライス」「クリーム■コロッケ」「ヤキザカナ■テイショク」「ミラノフー■ハンバーグ■ステーキ」・・・。

意味のまとまりのない言葉は、どんなに長くてもひとりで置いておけません。
「学部長選」などという場合、「学部」は意味のまとまりがありますが、「長選」には意味のまとまりがありませんから、そこで切るわけにはいきません。
意味のまとまりは「学部長」と「選」ですね。
「選挙」なら3拍で条件を満たしますが、「選」だけでは2拍なのでひとりで放置できず、結局全部続けることになります。

また、「海水浴場」などは、「海水」という言葉も「浴場」という言葉もあるのですが、それとそれを繋ぎ合わせると、まるで海水の入ったお風呂みたいで、ちょっと誤解を招きそうですから、切りません。
ただ、「海水入りの浴場」ではなくて、「海水浴をする場所」だ、という論法でいくと、「点字用紙」は点字用の紙、「会計課長」は会計課の長、ということだから切れない、という考えも成り立ちます。
けれども、多少の無理はあっても「点字を打つ用紙」「会計の仕事をしている課長」という解釈もできるものについては、触読に便利なように、短く切ることになっています。
つまり、そう表記して誤解が生じなければ、指での読み取りやすさを優先しよう、ということです。

但し、連濁をしているものは切りません。
前にも触れたように、「株式会社」を「カブシキ」と「ガイシャ」に分けるのはまずいですね。
単独で「ガイシャ」とは言わないからです。
前に続いてこそ濁るわけですから。
漢字を見ている者にとっては、濁るかどうかはそれほど大きな問題ではありません。
漢字が意味を伝えてくれるからです。
けれども、仮名で読む場合は、全く別の言葉に聞こえたりします。
その辺が違うのですね。

では、拍数が3拍に満たないものについては、全部続けるかというと、そうとも言えないんです。
ここで登場するのが、和語、漢語という概念です。
和語というのは、昔から日本にある言葉、大和言葉ですね。
それに対して、漢語というのは、古い時代に漢字と一緒に中国から入ってきた言葉や、後に、それを真似て日本で作られた漢字音を使った言葉です。
私たちは日常、和語か漢語かを意識して使っていたりはしないので、区別せよと言われると戸惑ってしまいますが、概ね、漢字の訓読みが使われているのが和語、音読みが使われているのが漢語と思っていいようです。
「幸福」「生物」「祈祷」などは漢語、「幸せ」「生き物」「祈り」などは和語ですね。
「村長」も「そんちょう」と読めば漢語、「むらおさ」と読めば和語です。
そして、2字漢語は自立性が高いので、2拍であっても切る、ということになっています。(『てびき』p45)
「馬耳東風」「意味深長」「時々刻々」「打者一巡」「次期大統領」「融通無碍」「集合場所」「交通事故」・・・。
それに対して、2字の漢字で書かれていても、和語であれば続けます。
「河豚茶漬け」「牡蛎油」「雲丹ちらし」「烏賊そうめん」「味付け海苔」・・・。

そのほか、2拍や1拍で、たとえ漢字1字でも、あるいは和語でも、「自立性が強く、意味の理解を助ける場合」は切った方がいいのです。
けれども、その辺になると人によって多少意見のわかれるところでしょうか。
『てびき』p45には、「要問い合わせ」「年平均」「県体育館」「のり養殖場」などの例が出ていますが、これらは比較的万人が賛成しやすい、はっきりした例です。
なるほど、このくらいの自立性だと切るんだな、と思って、他の言葉にも準用してください。

複合動詞・複合形容詞は続ける、というのを前にやりましたが、それらが名詞形になったもの、形容詞の語幹を含むものもひと続きで表記します。(『てびき』p44)
「使いまわす」の名詞形「使いまわし」、「暮らしやすい」の名詞形「暮らしやすさ」など、もとの言葉を続けているのに、ちょっと語尾が変わって名詞形になったからといって切るのもおかしい、ということでしょうか。

それとは違って、動詞の名詞形が何かと複合してできた複合名詞があります。
「入学祝い」「挨拶回り」「空缶拾い」「宝探し」「くたびれもうけ」などです。
「入学祝う」という複合動詞があるわけではないので、今出てきた、複合動詞が名詞化したものとは違います。
「入学」と、「祝う」の名詞形「祝い」がくっついたものですね。
これは、意味のまとまりと3拍以上という条件を満たしていれば、概ね切ります。
順序が逆の場合も、要件を満たせば切ります。
「回り舞台」「流しそうめん」「話し言葉」「茶飲み友だち」などです。
これらの場合でも、連濁したものは続けます。
「ケーキ作り」「香典返し」「千枚通し」「遊び心」「弾み車」・・・。

「漢字1字ずつが対等な関係で並んでいる言葉」(p46〜47)は、扱いが別れます。
「朝晩」なら続け、「朝昼晩」なら「アサ■ヒル■バン」と切ります。
その書き分けについて明確な基準は申し上げにくいのですが、熟語として存在すれば続ける、1字ずつの独立性が高ければバラバラにする、二つずつの組にできるものはする、という感じでしょうか。
「都道府県」は、「府県」はともかく「都道」という言葉に一般性はないからペアにはできないけれど、「東西南北」は、「東西」「南北」だけで使うこともよくあるので、そういうペアにしていいだろう、ということです。

それから、外来語(この中にはいわゆる漢語は含めません)とそれ以外の言葉(和語・漢語)とがくっついた言葉で、外来語部分が2拍、という言葉は、切ってわかりやすければ切ります。
p46の「プロ野球」「メモ用紙」「ビル管理人」などがそうですね。

一度にいろいろ出てきましたね。
似ている言葉でも、どのルールが適用される言葉かによって、扱いが変わってきます。
「屋根屋」「瓦屋」「瓦職人」「屋根職人」「屋根葺き職人」・・・それぞれどういう表記になるかおわかりですか?
混乱しそうですが、とにかく目的は、指で読みやすく、意味が取りやすい、ということですから、その方向でお考えください。
試しに練習問題を。

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  練習問題 17
 1.その年、僕らは出会った。僕が中部地方の小さな地方都市の高等学校を出て東京の大学に入り、初めての一人暮らしにもようやく慣れ始めた頃だった。人生目標、将来設計など、まだ未確定だった。自分自身でも、しばらくは自分探しの時間だと、思い定めていた。だから、下宿と大学の往復だけではものたりない気がした。とにかく、社会勉強、実地体験が必要だと思っていた。それに、実家からの仕送りは充分とは言えず、生活費稼ぎの必要もあった。

 2.当時、街ははげしく変わっていた。地下鉄工事、高速道路建設、第1次マンションブーム、ビル建設、そういう落ち着きのない、しかしある意味では、ゆたかな生活への希望に満ちた、右肩上がりの時代だった。首都圏への人口集中は留まるところを知らなかった。都市郊外の丘陵地の雑木林は次々に大規模な公団住宅に姿を変えつつあった。

 3.その中のひとつの建設現場に臨時雇いの口を見つけたとき、それがその後の僕の人生を方向付ける出来事の第1幕目になろうとは、もちろん僕自身、予想だにしないことであった。今となっては、単なる偶然と片付けるには、些か躊躇いさえ感ずるほどだが、しかし、世の中というのは、そういうものなのだろう。僕は運命論者ではない、と思う。

 4.ある日、その男は僕の隣に座って休憩時間を過ごしていた。痩せぎすの年齢不詳の男だった。長めの髪の毛に艶はなく、周りの者たちがうまそうに紙巻き煙草をふかす中、煙草を取り出すでもなく、他の者たちと言葉を交わすでもなく、彼は終始深い沈黙の底にいた。もの思いにふけるというのでもなく、特に人間嫌いというわけでもなさそうであったが、何か異質な雰囲気を漂わせていた。たとえば、外国暮らしが長かったり、軽度の聴覚障害があったりすると、こんな感じかもしれない、と僕は勝手に想像力をはたらかせた。

 5.それから2カ月ばかりたった頃、大型台風が関東地方を襲った。何十年ぶりかという大雨に見舞われ、木を伐られて丸坊主にされていた丘陵地は、土留め工事の不備もあって、あちらこちらで見るも無残に土砂崩れを起こした。

 6.そして台風が通り過ぎたあくる日、流れ出した土砂の中から、白骨死体の一部が見つかったと各紙が報じた。ただちに警察の現場検証が行われ、建設会社の仕事は一時中断された。現場検証といったって、なにしろ情け容赦のない樹木伐採に加えて土砂崩れなのだから、地面自体が原形をとどめていないわけで、そんなところを調べたってわかることなどありはしまい、と僕は下宿の3畳間にひっくり返って薄汚い天井を仰ぎながら思った。

 7.再び工事が始まったのは、4日後のことである。現場は白骨死体の話でもちきりだった。新聞報道によれば、詳しい鑑識結果はまだ出ていないものの、死者は成人女性で、おおよそのところ、死後6、7年は経っているだろうということだった。当時の行方不明者の捜索願いなどから身元調べが進められているらしかったが、一月経っても、二月経っても、身元判明の噂は聞かなかった。

 8.そんな中で僕は、そういえば台風以来あの男の姿を見ていないことに思い当たった。他の者に聞いてみたが、誰一人として知っている者はいなかった。それどころか、男がいないことに気付いている者さえいなかった。果ては、そういう男が以前この現場にいたことすら知らない者もいた。

 9.こういう現場は人の入れ代わりが激しい。毎日のように顔ぶれが変わる。目立たない者は、誰の記憶にも残らなくて当然なのかもしれない。現場監督も、作業員ひとりひとりの顔など知らない。名前と番号で書類に載っているだけである。あの男と僕とは顔見知りではあったが、そういえば話などしたこともなかったし、彼が何という名前かも、僕は知らなかった。

 10.記憶違いでなければ、それから8年ほどして、いや、米大統領選の予備選挙の頃だったから、正確には8年10カ月だ、当時僕はある法律事務所で事務の仕事をしていた。司法試験を受け続けてはいたが、まだ受かっていなかった。そんなとき、もうすっかり記憶の底に埋もれていた、後に造成地女子大生殺し事件と呼ばれることになる、あの白骨死体事件と、そして例の沈黙男とを無理矢理思い出させるようなことが起こってくるのである。
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<練習問題17>について

複合名詞を拾い出してみましょう。複合名詞とは言えないものも含めます。
 1.チューブ■チホー
   チホー■トシ(「都市」は2拍ですが2字漢語なので切ります)
   コートー■ガッコー
   ヒトリグラシ(連濁しているので切れません)
   ジンセイ■モクヒョー
   ショーライ■セッケイ
   ミカクテイ(接頭語がついた言葉です)
   ジブン■ジシン(複合しているとは言えないかもしれません)
   ジブン■サガシ(「自分探す」という言葉はないので複合動詞の名詞化ではありません)
   シャカイ■ベンキョー
   ジッチ■タイケン
   セイカツヒ■カセギ(複合動詞の名詞化ではありません)
 2.チカテツ■コージ
   コーソク■ドーロ■ケンセツ
   ダイ1ジ■マンション■ブーム
   ビル■ケンセツ(「ビル」は2拍ですが、混種語の中の自立性の高い外来語なので)
   オチツキ(複合動詞の名詞化)
   ミギカタ■アガリ(複合動詞の名詞化ではありません)
   ジンコー■シューチュー
   トシ■コーガイ
   キューリョーチ(短い複合語なのか、造語要素がついたものなのか、とにかく続けます)
   ゾーキバヤシ(連濁しているので切れません)
   ダイキボ(接頭語がついた言葉です)
   コーダン■ジュータク
 3.ケンセツ■ゲンバ
   リンジ■ヤトイ(複合動詞の名詞化ではありません)
   ダイ1マクメ(接頭語と接尾語がついた言葉です)
   ボク■ジシン(複合しているとは言えないかもしれません)
   ヨノナカ(短い複合語で続けます)
   ウンメイ■ロンシャ(これはちょっと異論もあるかもしれませんが、一応ここで切ります)
 4.キューケイ■ジカン
   ネンレイ■フショー
   カミノケ(短い複合語で続けます)
   カミマキ■タバコ
   モノオモイ(短い複合語で続けます)
   ニンゲンギライ(連濁しているので切れません)
   ガイコクグラシ(連濁しているので切れません)
   チョーカク■ショーガイ
   ソーゾーリョク(短い複合語なのか、造語要素がついたものなのか、とにかく続けます)
 5.オオガタ■タイフー
   カントー■チホー
   マルボーズ
   ドドメ■コージ
   アチラ■コチラ
   ドシャ■クズレ(「土砂」は2拍ですが2字漢語なので切ります。複合動詞の名詞化ではありません)
 6.ハッコツ■シタイ
   ゲンバ■ケンショー
   ケンセツガイシャ(連濁しているので切れません)
   ジメン■ジタイ(複合しているとは言えないかもしれません)
   3ジョーマ(短い複合語なのか、造語要素がついたものなのか、とにかく続けます)
 7.ヨッカゴ(接尾語がついた言葉です)
   シンブン■ホードー
   カンシキ■ケッカ
   セイジン■ジョセイ
   ユクエ■フメイシャ
   ソーサク■ネガイ(複合動詞の名詞化ではありません)
   ミモト■シラベ(複合動詞の名詞化ではありません)
   ミモト■ハンメイ
 8.タイフー■イライ(複合してはいないでしょう)
   ダレ■ヒトリ(これも複合してはいないでしょう)
 9.イレカワリ(複合動詞の名詞化)
   ゲンバ■カントク
   サギョーイン(短い複合語なのか、造語要素がついたものなのか、とにかく続けます)
   ヒトリ■ヒトリ
   カオミシリ
 10.キオク■チガイ(複合動詞の名詞化ではありません)
   ベイ■ダイトーリョーセン
   ヨビ■センキョ(「予備」は2拍ですが2字漢語なので切ります)
   ホーリツ■ジムショ
   シホー■シケン
   ゾーセイチ■ジョシダイセイゴロシ■ジケン(「女子大生」は「大生」に自立性がないので切れません。「殺し」は連濁しているので切れません)
   ハッコツ■シタイ■ジケン
   チンモク■オトコ

 

複合動詞・複合形容詞(『てびき』p47〜p49)

切れ続きを考える上で、その語を構成する部品それぞれの拍数や自立性などが問題になる複合名詞と違って、複合動詞や複合形容詞は、長さや拍数にかかわらず続ける場合が多いので、ちょっと気が楽です。
複合語についてまとめて説明されていたように、「笑いさざめく」「怒り狂う」「嘆き悲しむ」「光り輝く」「照らし合わせる」、「面白おかしい」「心憎い」「末恐ろしい」などなど、ときにはかなり長くなりますが、こういった語はおおむね続けていいのです。
切れ続きよりもむしろ、何をもって複合動詞・複合形容詞というか、のほうが問題かもしれません。
p48のコラムにもあるとおり、何と何が複合しているか、文脈で判断しなければならないことが多いのです。

点訳では文章の前後関係、語と語との修飾・非修飾関係、文脈等がわからなければ、切るか続けるか、決定できないことが多々あります。
「習い覚えたこの技術」の「習い覚える」は複合動詞と解してよさそうですが、「師匠に習い覚えたこの技術」はどうでしょう? 「師匠に習い」でいったん切れて、その結果「覚えた」ということかもしれません。

文章の書き手がその語を複合語として使っているのか、それぞれ独立した語として使っているのか、判断に悩むこともあります。
「あまりの出来事に、彼女はうろたえ騒いだ」
彼女は「うろたえ」て、その後「騒いだ」のでしょうか?
それなら「ウロタエ■サワイダ」と切っていいでしょう。
しかし、書き手は、彼女の「うろたえる」と「騒ぐ」という行動が両方同時のものだった、と言いたいのかもしれません。すると、「うろたえ騒ぐ」は複合動詞です。

「牛乳1カップに砂糖50グラムを加え混ぜる」の「加え混ぜる」は複合語と考えていいでしょうか?
もしかしたら「加えて」その後「混ぜる」のかもしれません。
余談ですが、最近料理の本を点訳していて、複合動詞であろうと判断した語は、ほかに「ふるいあわせる」「ねりまぜる」「ひやしかためる」「いためあわせる」「ときまぜる」などがありました。
しかし、これらがほんとうに複合動詞なのかどうかは、書いた人にしかわかりません。
前にも書いていたように、複合語は代表的なもの以外、ほとんど辞書には載っていないからです。
書き手が、これは複合語として書いた、と主張すれば、それはすべて複合語であるとさえ言えるかもしれません。
文脈を読み取り、不自然でない点訳をすることが大事です。

次は切る複合動詞です。
名詞・副詞に「する」がついている場合はおおむね切ります。
「勉強する」「旅行する」「点訳する」「心配する」「楽する」「プレイする」「お手伝いする」などが、名詞に「する」がついたもの。
「フラフラする」「ドキドキする」「がっかりする」」「ゆっくりする」「おどろおどろする」などが、副詞に「する」がついたものです。
副詞+「する」は従来から切っていましたが、名詞+「する」は、2002年の『てびき』の改定で、新しく切ることになりました。
「する」を続けるから切るに変わったことで、ずいぶん点訳が楽になりました。
なにしろ、日本語は「する」のつく言葉ばかりですので、これらを語の種類によって、切ったり続けたりいろいろ使い分けなくてはならなかったのは、けっこうエネルギーを必要としました。
ですから、今から点訳を始めるかたは、ちょうどいい時期を選んだ、とも言えますが、ベテランの点訳者の中には、「する」について考える必要がなくなって、つまらなくなった、という声も多いようです。
確かに「する」の切れ続きを考えることは、言葉についての様々なことを考える機会でもあったわけですが、しかし、そこに費やされる時間と労力を考えると、やはり「する」を切ることになったのは、点訳者の負担を軽くする、という意味では良かったのだと考えたいと思います。

「する」はサ変動詞なので、「さしすせそ」で活用しますが(「そ」は無いですね)、どのような形でも、切ることにはかわりありません。これはどういうことかというと、具体的には、以下のようになるということです。
学習する、学習させる、学習される、学習し、学習して、学習しなさい、学習しなければ、学習せよ、学習せねば、というように活用するいずれの場合も、「学習」のあとを切ればいいのです。

しかし、「する」がついても切らない、というか、続けざるをえない言葉もたくさんあります。
「する」を続けるのは、原則として、漢字一字で、漢字と「する」が不可分の場合です。
愛する、訳する、略する、関する、適する、反する、抗する、効する、案ずる、応ずる、軽んずる、疎んずる、失する、接するなどなど、漢語(音読み)の一字の漢字に「する」がついた場合続けることが多いようです。
同時に「ずる」と連濁していたり、「する」の前が促音や「ん」になる、いわゆる音韻変化によって、切れなくなる語もたくさんあります。
ある資料によると、和語(訓読み)の漢字一字に「する」がついて続ける例は、与する、閲する、嘉する、くらいしかないそうです。

漢字一字に「する」がついた語で、切ると判断する目安は、漢字と「する」のあいだに「を」という助詞を入れて、意味が通るかどうかです。
「愛する」は「愛をする」とはあまり言いませんので、続けますが、「恋する」は「恋をする」と言いますので、切って書く、ということです。
損する→損をする、得する→得をする、楽する→楽をする、というように言えるものですね。

もうひとつ、『てびき』で「切った方がいい」と言っているのは、内部に助詞「て」を含む複合動詞です。
例に出ているように、「見て取る」「打って出る」「してやられる」「取って返す」などは、
それぞれ「ミテ■トル」「ウッテ■デル」「シテ■ヤラレル」「トッテ■カエス」と書くのをオススメします、と言っているのですが、いまのところ「みずほ点訳」では、この表記を全面的には採用していません。
「彼は味方が劣勢と見て、逃避行の途中で取って返した」」と、「借りていた本を棚から取って返した」では、ずいぶん意味が違いますよね。
後者の場合は複合動詞ではありません。
「見て取る」も、複合動詞のときは、看破する、様子をつかみとる、というような意味ですが、複合していなければ、たんに何かを「見て」、手に「取った」という意味です。
しかし、『てびき』は、それがどちらの意味か、読む人の判断にまかせなさい、ここでは「テ切れ」の原則に従いましょう、という方針です。
しかし、どうもこれらの言葉を切るのは、しっくりきません。
複合語を前後の文脈でとらえることを『てびき』もオススメしているのだし、複合動詞を続ける、という原則に則れば、すくなくとも辞書の見出し語になっている「て」を含む複合動詞は、続けてもいいのではないか、と思います。
この点は、ほかの点訳者・点訳グループとは違っていると思いますので、どの方法を選択するか、それぞれで考えると良いと思います。
しかし、『てびき』p47の例の中の「ヤッテクル」は切っていいと思います。切る・切らないで意味が異なってしまう可能性が少なければ、「テ」で切るという原則に従うことにしています。切らない語は、ごく少数です。他にこういった複合動詞がありましたら、教えてください。

複合動詞・複合形容詞は、続けるのが原則です。
しかし、「する」が名詞や副詞についた場合には、いくつかの例外を除いて切ることになりますので、 「する」は切る、と覚えてしまっていいと思います。

さて、そういうわけで、練習問題です。
会話のカギカッコの閉じのあとは、そこで文が切れていれば2マスあけにしてください。

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  練習問題 18
 1.彼は、自分で犯人を探し出してやる、などと、最初の事件以来言い続けているようだが、この街の住人を震え上がらせている連続殺人犯が、そう簡単に見つけ出せるものなら苦労はない。犯人に与するつもりは毛頭ないが、それにしてもこの殺人鬼は、いささか頭が切れすぎるようだ。犯人に翻弄されつづけている警察の幹部は、勝ち誇る奴の犯行声明文に、怒り狂っているらしい。

 2.彼が、すでに何人か、犯人らしき人物を絞り込んでいるのは知っている。姿なき殺人鬼の影に恐れおののく50万の市民の中に、犯人はそ知らぬ顔で紛れ込んでいるのだ。過去の類似した犯罪データと重ね合わせたり、心理学の専門家を訪ね歩いたりして、彼なりの犯人像をしだいに作り上げているらしい。果たして犯人を追い詰めることができるのか、結局取り逃すことになるのか、先の読みにくい事件ではあるのだが、彼がなにゆえこの事件に限って、これほどまでに打ち込んでいるのか、というと、そこにはいわく言いがたい理由がある。

 3.子供のころ、忘れ去ることの出来ぬ忌まわしい事件が彼を襲った。重苦しいほどに暑い夏の夜、ベランダの揺り椅子でうとうとしながら涼んでいた父親が、何者かにナイフでめった刺しされたのである。幼い彼は、母の泣き叫ぶ声を聞きつけた隣の住人が、息せき切って駆けつけてくるまで、腹にナイフをつきたてたままもだえ苦しむ父親を目の前にして、呆然と立ちすくんでいるしかなかった。結局、父親は、医師の懸命の手当ても効を奏さず、最期まで苦しみつづけて、この世を去った。母親は悲しみに打ちのめされたように、生涯泣き暮らし、かつての娘々した面影は消え失せたまま、数年前他界した。その犯人は、近隣の街で、何件もの犯行を重ね、遊びまわるようにして人殺しを繰り返し、あちこちを渡り歩いた。そして、ある日を境に、忽然と消え去った。文字通り、掻き消えたのである。

 4.「で、犯人は、さらに殺人を犯し続けると思うかね?」と私は聞いた。彼は、私を見つめ返して言った。「奴は、頭はいいが、無視されるのには耐えられないタイプだ。他人の命は軽んずるが、自分自身は自意識で膨れ上がっていて、なによりも人から注目されていないと、逆上するような人間だ。だから必ず、自分の存在を誇示し、人々が自分を記憶の底に葬り去ることがないように、再び殺人を犯すだろう」「では、犯人は、自分の自尊心を満足させるために、永久に殺しつづけなければならない、というわけだ」「殺人鬼の心の内など、余人には計り知れないものさ」 彼は素っ気なく言った。

 5.「君のお父さんを殺した犯人が、突然犯行を中止したのには、何か我々が想像しえないわけでもあるのだろうか?」 私は、重ねて問い質した。彼は、少しのあいだ言い淀んだ。犯人に関することで、いままで突き止めたことをすべて私に話していいかどうか、決めかねているようすである。彼の逡巡には理由があることを、私は知っている。彼の絞り込んだ犯人像が、さまざまな点で私と合致するのだ。彼は、それを単なる偶然だと一笑に付した。しかし、ほんとうは、私を疑いはじめていることに、私は気付いている。

 6.30年前、彼の父親をはじめ、5人もの人間を殺害し、警察の捜査の手が自分に達する前に、姿を消した犯人こそ、この私なのだ。30年間、街の雑踏に紛れ込んで隠れ潜んできたが、今ごろになって、殺人鬼の血が騒ぎ出したというわけだ。あの夜、なんとなくその場を立ち去りがたかった私は、物陰に潜み、面白半分で成り行きを見守っていた。そして、まだ幼い少年だった彼が、取り乱す母親の傍らで、茫然自失しているのを見た。

 7.「ひょっとしたら、ぼくの父を殺した犯人は、今回の連続殺人鬼と同一人物かもしれない」 心の奥深いところまで見透かすような目が、私を圧した。「まだ君には打ち明けていなかったが、僕はあの夜、犯人の顔を見ているんだ。ほんの一瞬にすぎないし、今では記憶もあいまいで、当時も誰にも信じてもらえなかったが、あの青みがかったきらきらするプラチナの眼は忘れがたい」 彼は、臆する気配も無く、付け加えた。「君の眼にそっくりだった」
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<練習問題18>について

複合動詞・複合形容詞等を書き出してみます。
便宜的に、
複合動詞で続けるもの・・・(動)、
スルのついた複合動詞で切って書くもの・・・(スル切)
スルのついた複合動詞で続けて書くもの・・・(スル続)
複合形容詞・・・(形)
副詞にスルがついたもの・・・(副スル)
と、しました。一部、文章中と形を変えたところがあります(怒り狂って→怒り狂う)。
切るものは、切り方も書いてあります。
拾い落としもあると思いますが、だいたいこんな感じ、というのをつかんでください。

1.探し出す、言い続ける、震え上がらせる、見つけ出せる・・・(動)
  与する・・・(スル続)
  切れすぎる・・・(動)
  翻弄されつづける・・・(スル切、ホンロー■サレツヅケル)
  勝ち誇る 怒り狂う・・・(動)
2.絞り込む、恐れおののく、紛れ込む・・・(動)
  類似した・・・(スル切、ルイジ■シタ)
  重ね合わせる、訪ね歩く、作り上げる、追い詰める、取り逃す・・・(動)
  読みにくい・・・(形)
  打ち込む ・・・(動)
  言いがたい・・・(形)
3.忘れ去る・・・(動)
  重苦しい・・・(形)
  うとうとしながら・・・(副スル、ウトウト■シナガラ)
  めった刺しされた・・・(スル切、メッタザシ■サレタ)
  泣き叫ぶ、息せき切る、駆けつける、つきたてる、もだえ苦しむ、立ちすくむ・・・(動)
  奏さず・・・(スル続)
  苦しみつづける、打ちのめされる、泣き暮らす・・・(動)
  娘々した・・・(副スル、ムスメ■ムスメ■シタ)
  消え失せる、遊びまわる、渡り歩く、消え去る、掻き消える・・・(動)
4.犯し続ける、見つめ返す・・・(動)
  無視される・・・(スル切、ムシ■サレル)
  軽んずる・・・(スル続)
  膨れ上がる・・・(動)
  注目される、逆上する、誇示し・・・(スル切、チューモク■サレル、ギャクジョー■スル、コジ■スル)
  葬り去る・・・(動)
  満足させる・・・(スル切、マンゾク■サセル)
  殺しつづけなければ ・・・(動)
  計り知れない・・・(形)
5.中止した、想像しえない・・・(スル切、チューシ■シタ、ソーゾー■シエナイ)
  問い質す、言い淀む・・・(動)
  関する・・・(スル続)
  突き止める、決めかねる、絞り込む・・・(動)
  合致する・・・(スル切、ガッチ■スル)
  付した・・・(スル続)
  疑いはじめる・・・(動)
6.殺害し・・・(スル切、サツガイ■シ)
  達する・・・(スル続)
  紛れ込む、隠れ潜む、騒ぎ出す・・・(動)
  立ち去りがたい・・・(形)
  見守る・・・(動)
  茫然自失して・・・(スル切、ボーゼン■ジシツ■シテ)
7.奥深い・・・(形)
  見透かす・・・(動)
  圧した・・・(スル続)
  打ち明ける・・・(動)
  きらきらする・・・(副スル、キラキラ■スル)
  忘れがたい・・・(形)
  臆する・・・(スル続)
  付け加える・・・(動)

以上のようになるでしょうか。
ふだん、複合語とは意識していないものも多いですね。
「隠れ潜む」などは、書き手としては、複合動詞のつもりで書きましたが、文脈によっては、「カクレ■ヒソム」としたほうがいい場合もあると思います。






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