「ちいさな声の大きな思い 」  作:MEW


 − ぼく ここにいるんだよ − 


 誕生

「あっ 産まれた! ほら見て。小さいなあ。」
人間の子供の声がした。
ぼくは まだ花冷えの残る 春のはじめの ある朝に 3匹の兄弟とともに産まれてきた。

母さんは 少し茶色っぽい白の雑種犬。名前はチビ。
ここの家に拾われてきた時は とても小さかったから チビ という名前になったそうだけど 
中型犬で成犬の母さんには不釣り合いだって 洋介のお父さんは言っている。
洋介というのは この家の子供で母さんのちびを拾ってきた人だ。

 あたたかい母さんに体をくっつけて においをかぎながら 
おいしいおっぱいを飲んでいるときに 母さんがいろいろな事を 少しずつ話してくれたんだ。
ちなみに ぼくの毛はふわふわで白い。
母さんの小さいときにそっくりだって洋介が言っていた。
僕たちの名前はまだ無い。
飼い主の人間達が決めてくれるからって 母さんは言った。 

「名前 どうする? こんなに大きくなったし そろそろ名前つけようよ。」
洋介が言った。そらきたぞ! いい名前をつけてほしいなあ。 
ワクワクしながら 他の兄弟よりも先に名前を付けてもらおうと 洋介の前に進み出て きゃんきゃん鳴いてみせた。
しっぽをおもいっきり振って 目をもっと見開いて くるくるさせる。
こうすると かわいい って言って抱き上げてもらえるんだ。
ほら 洋介はぼくを抱き上げた。成功だ!

ところが 洋介のお父さんは
「ちびの不妊手術を 早めにしなきゃな。」
と言ったんだ。
ふにんしゅじゅつ? 何それ? 
「どんな手術?ちびどこか悪いの?」
「赤ちゃんが産まれないようにするのよ。」
洋介のお母さんがそう答えた。
「どうして?」
「また 赤ちゃんが産まれたら 困るじゃないの。」
「困らないよ!こんなにかわいいのに! ぼく 今 困っていないよ。ちゃんと世話するからさ。」
「すぐに大きくなるんだ。ちびだってそうだったろう? 
それに ちびの時だって 洋介がちゃんと世話をするって約束だったのに。 
散歩にだってたまにしか行かないじゃないか。
毎日の食事や散歩 予防接種に行ったり 体を綺麗にしたり 本当に世話をしているのは誰だと思っているんだ? 
かわいいだけじゃ 生き物は飼えないんだよ。」
洋介のお父さんは ちょっと怒っているみたいだった。
「もう いいよ。」
洋介は そう言うと ぼくをおろして部屋へ入ってしまった。

「さて どうするかな。」
洋介のお父さんがぼくの顔を見ながら言ったので 
今度こそ 名前をもらえるのかと思って しっぽを振ってみせたけど 洋介のお母さんと話を始めてしまった。 
つまんないな。
「このままというわけにも いきませんね。」
「いろいろあたってはいるんだが。 なんせ雑種だからなあ。
でも 明日 鈴木君が見に来てくれるそうだよ。 お子さんがほしがっているそうだ。 
どの子犬でもいいから 気に入ってくれるといいんだが。」
「そうですね。」

その夜 母さんは 僕たちをとても丁寧になめて綺麗にしてくれた。
いつまでも 何回でも そうしている母さんに どうして?と聞いても 悲しい目をするだけで 
何も答えてはくれなかった。



 兄弟との別れ


次の日 お客さんがきた。
人間の女の子が 僕たちと遊んでくれた。
とてもたのしくて 僕はいつも以上にはしゃいでしまい 女の子の手を軽くだけど 咬んでしまった。
「痛い!」
女の子は泣き出してしまった。どうしよう・・・
すると 女の子のお母さんがきて 
「やめようか?」
と聞くと 女の子は首を横に振って 
「咬まない犬にする。 この犬。」
兄弟のなかで一番おとなしいやつを指さした。
そして そいつを抱いて そのまま車にのって行ってしまった。母さんが悲しそうに きゅーんと鳴いた。
あいつは帰ってこなかった。そしてそれ以来 一度も会っていない。

洋介は帰ってくると ものすごく怒った。今まで こんなに怒った洋介は見たことが無い。
「どうして子犬をあげちゃったんだよお 母さんなんか嫌いだ!」
「洋介 こうするしかないのよ。 
犬を飼うにはね 沢山お金もかかるし 犬の数だけ 犬小屋だって必要になるのよ。
家はそんなに広くは無いでしょう? 
それにね かわいがってくれる人に貰われていった方が子犬たちにとっても幸せなんじゃないかしら? 
知り合いの家なら また会いに行けるでしょう?」
洋介のお母さんは諭すように ゆっくりした口調で言った。

洋介は母さんに返事をしないで ぼく達のところへくると残った3匹の子犬をまとめて抱きしめた。
ちょっと苦しくて 離して!ってもがいたら ゆるめてくれた。
洋介の腕から抜け出て洋介の顔を見上げたら 洋介は涙というものを流していた。
悲しい時や辛いときに 人間は目から涙という水を沢山流すんだって 母さんが言ってた。

洋介 悲しいの? ぼくも何だか悲しいよ。
洋介の涙をぺろっと舐めたら 暖かくてちょっと苦くてしょっぱい味がした。
ただの水じゃなかった。
人間は 悲しい気持ちを 涙にして外に出すんだな。
だって 次の日 洋介は笑っていたから。



 とうとうきてしまった その日


この日も昼間 一組の親子がやってきて 兄弟を一匹連れて行った。
ぼくは 今度はわざと噛みついてやったんだ。 どこかへ連れて行かれるのは嫌だからね。

やがて洋介が友達を2人連れてやってきた。 
一匹減っていることに すぐに気が付いたみたいだったけど 今度は怒らなかった。
そして ぼくをいつものように抱き上げると
「かわいいだろ?」
友達にみせた。
ぼくは目をくりくりさせて 洋介のお気に入りのきょとんとした顔というのをしてみせた。
「おーっ。かわいいじゃんかー」
ぼくは得意になって しっぽも振ってみせた。
洋介はぼくを友達に抱かせた。
大好きな洋介の友達だ。サービスしとかなきゃね。
ぼくは その子の顔をぺろぺろ舐めてみせた。
いつもなら この後 洋介の腕に戻されるはずだった。

ところが 洋介は
「こいつ お前の事 気に入ったみたいだな。二匹あまっていて ちょうど良かったなあ」
と言いながら もう一人の友達に もう一匹の兄弟を抱かせた。
洋介の友達達はニコニコと笑っている。
でも 洋介のぼくを見る目がいつもと違う。笑ってはいるけれども なんだか淋しそうだ。
ぼくは洋介の顔を舐めてあげたくなった。ぼくも 母さんにそうしてもらうと とっても落ち着くから。
洋介のところに行きたくて 洋介の友達の腕から降りようとしたんだけど 
両手でしっかり捕まえられてしまい おろしてもらえなかった。

「本当に家の人も飼っていいって言ったんだよね?」
洋介が探るように言った。 
「もちろん。」
もう一匹を抱いた子は頷いたけれども ぼくを抱いた子は小さい声で言った。
「大丈夫さ。こんなにかわいいんだから。」
洋介は心配そうな顔をしたけれども そのまま 三人とも 門に向かって歩き出した。 
ここの家の人以外に抱かれて移動するなんて こんな事は初めてだ。
どういう事? まさか! 

母さんが 悲しそうに
「待って 待って!」
と 吠えている。 人間には わんわん としか聞こえないらしいけれど。
「母さ〜ん」
母さんの声を聞いて 叫んだけれども ぼくは自転車のかごに入れられてしまった。
逃げだそうと思ったけれども 針金の蓋の様なものをされてしまった。
「ぼうや達 元気でね。 かわいがってもらうんだよ。飼い主に嫌われないようにね。
母さん ぼうや達の事 忘れない。 
会えなくても いつもぼうや達の事考えているから。 
生きるんだよ。 どんなに辛くても 生きていて・・・」
大声で叫び続ける母さんの声も自転車が遠ざかるにつれて 聞こえなくなった。


 
 新しい飼い主?


自転車のかごの中は居心地が悪い。傾いたり ガタガタしたりする。
怖い 怖いよ。 ぼくこれからどうなってしまうの?
洋介 助けて。 家に帰りたいよ。 助けて! 母さん! 

転ばないように 足を懸命に踏ん張っていたぼくは 
恐怖のあまり 自転車が止まった事にさえ すぐには気がつかなかった。
抱き上げられて やっと 到着した事を知ったんだ。もう自転車なんかこりごりだ。 

「何?この犬。 どうしたの?」
「洋介のとこから貰ってきたんだ。 飼ってもいい?」
抱かれたままぼくは この子のお母さんとの会話をおとなしく聞いていた。
「何 言ってるの! 家はダメだよ。犬なんて飼えないよ。返しておいで!」
この子のお母さんは かなり怒っていた。
「わかったよ。」
ぼくは また 自転車のかごに乗ることになった。

でも 今度は蓋をされなかった。よし! 今だ。
自転車が走り出す直前に ぼくは 思い切って かごから飛び降りた。

うわあ!
思っていたよりも ずっとずっと高かった。
本当の事を言っちゃうと 実は 逃げたいって事しか考えていなかったんだ。
「きゃん!」
そう 叫んでしまった。怖かった びっくりした。 体が すごく 痛い。
「チビ助 何やってんだよ。」
上から声がした。 逃げなきゃ!
足が痛かったけど 顔も痛いけど とにかく一生懸命走った。
草むらだらけの空き地 があったから そこへ逃げ込んだ。
「しまった。 おーい チビ助 どこ行った?」
逃げなきゃ 逃げなきゃ! 走って 走って 逃げるんだ! 
あんな乗り物まっぴらごめんだ。

気が付くと ぼくは一人 いや 一匹ぼっちだった。
母さんや兄弟達 そして洋介 いつも 誰かがそばにいたのに。
なんだか心に冷たい風が吹いているみたいな気がした。
あの家に帰ろう。


 
 父さんとの出会い


「お前。見慣れない顔だな。」
後ろから声がして 振り向くと 母さんより少し大きい茶色の犬だった。
「おじさんは誰?」
「さあな。人間どもはノラって呼んでるけどな。 お前 捨てられたのか? 
それとも逃げたのか?」
「ぼく 逃げたんだ。 あの子が嫌な乗り物に乗せるんだもん。」
ノラはびくっとした。
「保健所のやつらがきたのか?」
「保健所? 違うと思う。たしか 自転車とかいうんだよ。」
「それなら 良かった。」
「どうして?」
「保健所ってやつは おそろしいとこなんだ。 あいつらにつかまったら 生きては帰れないんだ。」
なんだか 怖くなって ぼくは身震いした。
「それって 死んじゃうって事? 食べられちゃうの? いったい どんな化け物なの? 」
「人間さ。」
吐き捨てる様にノラは言った。どういう事?
「人間は犬を食べないよ。 おいしいご飯をくれるし かわいいってなでてくれるんだよ。」
「お前だって その人間の所から逃げてきたんだろうが。」
フン と鼻をならしながら ノラが言った。
「洋介は違うもん! あ そうだ ぼく帰らなきゃ。」

ぼくはノラに背を向けて 歩き出そうとしたんだけどノラに呼び止められた。
「今 何て言った?」
「だから 洋介のところに帰るんだ。さようなら。」
「ちょ ちょっと待て!」
ノラはぼくの前に回り込んできて ぼくの顔をのぞき込んだ。
「・・・よく似ている。 まさか そうなのか?」
「え?」
ノラは何を言っているんだろう?
「お前 母親の名は?白のチビか?」
「えっ? なんで 母さんの名前を知ってるの?」
「そうか お前が・・・」
ノラはぼくのまわりをゆっくりと回りながら じろじろぼくを見た。
ぼくが不振そうな顔をしていると ノラはニヤッと笑って言ったんだ。
「はじめまして。オレの息子殿。」
息が止まってしまったかと思ったよ。
「産まれたとは聞いていたが。」
そうか ぼくにも 父さんがいたんだ。

「産まれたのは お前だけか?」
「ううん。全部で4匹。でも みんな連れていかれちゃったんだ。」
「連れて行かれた? 誰に? 保健所か?」
「お客さんがきて 一匹ずつ。」
「そうか それでお前は? その途中で逃げ出したのか?」
えっと。 どうなんだろう? 家まで行ったから途中じゃないと思うけど・・・よくわかんないや。ぼくは黙って 首を傾げた。
「だったら 帰っても また 同じ事だぞ。 
また貰われていくか 今度は捨てられるかだ。 
保健所に連れていかれたら最悪だ。 あっという間に天国行きだ。 
やめておけ。 いいな。」
「でも ぼく 帰りたいよ。 洋介や母さんのところに。」
父さんは ぼくの顔をじっと見ていたけれども 顔をそむけて
「じゃあ 勝手にしろ。 だが 今日はもう 日が暮れる。 明日にするんだな。」
それだけ言うと ゆっくりと歩き出した。


 
 父さんのねぐら


青かった空が 茜色に染まってきている。
「まって。」
ぼくは父さんの後を追った。

父さんは大きな通りをさけて 狭い道や 木や草の陰を ゆっくりと音を立てないで進んでいった。
でも ぼくは付いていくのに必死で がさがさ音をたてては 父さんに にらまれた。
ジュースの空き缶を見つけて 思わずじゃれて遊んでしまった時には
「いいかげんにしろ!」
と 怒られた。
なんだか 父さんって怖いなぁ。ついていくのをやめようかな。
と思ったけれども こんな 全然知らないところで一匹になるのは嫌だから しかたがないや。

「ここだ。」
父さんが やっと足を止めた。 
夕闇につつまれはじめたそこは 人間の家の庭だった。
洋介の家と違って 木で出来た古い家で 少し傾いていたり 穴が空いていたり 壁がはがれていたりしている。
庭にも草が沢山生えている。おもいっきり走れ回れそうな程 洋介の家よりも広い庭だった。窓は ぼんやりと明るく光っている。

「人間がいるの?」
「ああ。老人が一人で住んでいる。 オレが前から ここを使っている事に気づいていない様だ。」
父さんは 家の下へ潜り込んだ。
ぼくも父さんの後から入っていくと そこは 真っ暗だったけれども なかなか暖かかった。
「雨風はしのげるし 姿も隠せる。夏は涼しいし 冬は暖かい 最高のねぐらだ。」
父さんの声は少し自慢気だった。
「でも 大きな声や音を出すなよ。みつかっちまうからな。」
「うん。 ・・・父さんはいつからここにいるの?飼い主は?」
姿は見えなかったけど においと声で どこにいるのか分かる。
父さんがそばにいるというだけで 母さんとは違う 安心感があった。
そして 父さんの事 もっと もっと 知りたいと思った。

「飼い主なんていないさ。
おれは 子供の時に兄弟達と一つの箱に入れられて 空き地に捨てられたんだ。
兄弟の何匹かは拾われていったけれど オレは残っていたんだ。」
父さんの声が 暗闇の中を 低く静かに響いていく。
「ある日 箱の外へ出て バッタを追いかけていたんだ。
そこへ 保健所の奴らがきて 残っていた兄弟をみんな連れていった。 
中には喜んであいつらに捕まった ばかなやつもいたよ。・・・
まあ オレも 喜んであいつらに近づいていったんだけどな。」
フッと笑う 小さい息が聞こえた。
「元は飼い犬のところに産まれたオレ達だ。
人間から離れて生きていくなんて考えられなかったんだ。
前みたいにかわいがってもらいたかった。 
人間に選ばれたら かわいがってもらえると思ったんだ。」

一瞬の間をおいて また話は続く。
「でも オレはあいつらから離れすぎていた。今となっては それが幸運だったわけだが。
あの時は とにかく人間に連れていってもらいたくて いそいで走っていったんだが 
うっかり野焼き用の古い穴に落ちてしまったんだ。
あっと思った時には 保健所の車は行ってしまっていたよ。
びっくりして オレは声を出すのも忘れていたんだ。」
「それでどうなったの?」
「なんとか 穴からはい出て あちこちうろうろしてたが やがてここを見つけたってわけさ。」
「一人で?」
「ああ。」
「淋しくなかったの?」
「淋しい? さあな。 ただ言えるのは そう思っていると 本当にそうなってしまうって事だな。
思わなけりゃ 何ともないでいられるのさ。」

「兄弟達は?どうなったの?」
「あれから 会っていない。 
聞いたところによると 保健所に連れて行かれると すぐに天国なんだそうだ。
この近くの飼い犬のゴンが言ってたんだ。 
あいつは 子犬の時保健所へ連れて行かれて 
あと数時間でガス室送りだったのを 今の飼い主が助けてくれたそうだ。」
「へー。良かったね。」
「助かる犬はよっぽど運がいいんだ。 
ほとんどの犬は苦しみながら ガス室で殺されるそうだ。オレの兄弟達も
多分・・・」

殺されるって・・・ 苦しみながらって・・・
「どうして そんなひどいことするの?」
「さあな。 人間は安楽死なんて言ってるケド 全然 安楽じゃないんだ。 
かわいい子犬達だって まとめて袋や箱に入れられて ものすごく苦しみながら死んでいくそうだ。
まあ オレもこの目で見た訳じゃないが。」
どうして? どうして?
人間って やさしい人たちじゃ無かったの? 捨てたり 殺したり 平気で出来るの? 
「お前もオレと同じだよ。飼い主に捨てられたんだ。」
父さんの声が ぼくの体を貫いた。

洋介 そうなの?
ご飯をくれたり 散歩に連れていってくれたり 一緒に遊んでくれたり 
やさしく抱き上げて なででくれたのに かわいいって言ってくれたのに
ぼくの事 好きなんだと思っていたのに。 ぼくは洋介の事大好きなのに!
なのに ぼくの事 洋介は捨てたの? ぼくは捨てられたの? 
僕たちはどうして産まれてきたの?
どうして? 
どうしてなの?
洋介 教えてよ。


 
 父さんとの食事


「おい 起きろ。朝だぞ。」
寒さにぶるっと身を震わせながら 目を開けた。暗い。
ここはどこだっけ?
でも すぐに父さんのにおいで 思い出した。 そうだった。ここは 家じゃない。
ぼくの家はもう無いんだ。

「食事にいくぞ。」
それだけ言うと 父さんはうすく光の差す方へ向かっていった。ぼくもあわてて後を追う。

外はもっと寒かった。夜明け前だ。でも もうかなり明るい。
「遅くなってしまったな。」
父さんはそれだけ言うと 歩き出した。ぼくもあとに付いていった。

通りにはまだ人間の姿は見えない。スズメたちが朝のあいさつを交わしている声がする。
車も走っていないし なんだか楽しくなってきた。
ウキウキ気分で歩いていたら エンジンの音がして 車が急に道に飛び出してきた。
「危ない!」
キャン! 痛い! 父さんがぼくを突き飛ばした。
車はそのまま 何も無かったように行ってしまった。
「父さん!」
ぼくは何ともなかったけれども 父さんは倒れている。
ぼくが近づくと 父さんは首を上げた。
「ああ 大丈夫だ。 お前は?」
「ぼくは平気。父さんが助けてくれたから。」
「お前 死ぬところだったなあ。」
笑いながら 父さんは立ち上がろうとしたけれども 上手く立てない。
「父さん・・・」
「ちょっと 足をやられたな。・・・うん 大丈夫だ。 なんとか歩けそうだ。」
左足を引きずりながら 父さんは また歩き始めた。
今度はぼくも まわりに気をつけながら歩いた。

そしてゴミ袋がいくつか積んである所までくると 
父さんは その袋を引きちぎって中から出てきた物を食べはじめた。
カラスもいる。カラスは僕たちに退けと言わんばかりにカーカーとなきわめいた。そのするどいくちばしにつつかれたら かなり痛そうだ。
でも 父さんが ガウッとうなったら 静かになった。
その間に ぼくは 父さんのまねをして いいにおいのする袋にきばをたてて 咬みちぎった。

口の中に おいしい味がうっすらと残った。
そしてぼくは気づいたんだ。夕べから何も食べていないって事。
とたんにお腹がすいてきて 袋の中をむさぼった。
中からは 人間の食べ残しが沢山でてきた。

これは すごい! 
前に 今日は特別だよって言われて 一回だけ食べさせてもらった事のある唐揚げが出てきた!  
もったいないなあ。でもそのおかげで ぼくはこんなにおいしいものを食べられるんだ。
嬉しいなあ。パンもあるよ。甘くておいしいものもある。
何だかわかんないけど 美味しいからいいや。 

「美味しいね 父さん。最高だよ。」
「誰かの誕生会でもあったのかな? 今日は ごちそうだな。」
「今日は? いつもじゃないの?」
「ふん。 そんなわけなだろう? 
週に2回しかゴミは置かれないし 食べ物がほとんど入っていないときもあるさ。
人間どもが 夜のうちに沢山出しておいてくれれば助かるんだがなあ。
今日は 特別なのさ。」
「ふーん。特別かあ。」

その時 遠巻きに見ていたカラスたちが せせら笑った様な気がした。
父さんもそれに気づいて ムッとしながらカラス達を見上げた。

「しまった! 保健所だ!逃げろ! なるべく遠くへ。 走れ!」
いきなり 父さんがどなりながら走り出した。少し離れた所に車が止まるのが見えた。

ぼくは走った。
「 生きるんだよ。 どんなに辛くても 生きていて・・・」
母さんの声を思い出していた。
母さん ぼく生きたい。 父さんに会ったんだ。母さん。
洋介に会えなくても 母さんには また会えるよね?
だから ぼく 生きていたい。 生きていたいんだ!

ワン!ガルルウッ ・・・キャン クゥーン ・・・
後ろで父さんの声がした。
思わず振り向いた時に 手がのびてきて ぼくはあっさり捕まってしまった。

「このゴミ荒らしどもめ! まったく!手間かけさせやがって。」
「でも やっとこれで 一仕事終えたな。」
「苦情がすごかったからなあ。 朝早くから仕事したかいがあったというもんだな。」
はははと笑いがおこった。

でも ぼくは ちっともおかしくない。
捕まった時に 逃げだそうと暴れたら 袋の中へ入れられてしまった。
なんだか 息苦しい。
辛いよ。 怖いよ。 これから どうなっちゃうの?
父さん そこにいるの?
問いかけても 返事は無かった。


 
 保健所


やっと袋から出された所には 沢山の犬や猫達がいた。
ぼくは おおきな檻の中へ入れられた。そこには 他にも沢山の犬がいた。 
でも 父さんの姿は無かった。

「父さん 父さん どこにいるの?」
檻のさくの間から 鼻を出して 父さんのにおいをさがしながら叫んだ。
「・・・ここだ。」
騒々しい中に低い声が響いてきた。
沢山の犬たちのにおいにまじって 父さんのにおいもはっきりと感じた。
「どこ? どこにいるの?」
「斜め前だ。」
見ると 小さい檻が沢山積んであって その中の一つに父さんが入れられていた。左足が痛むのかしきりに舐めていた。
「大丈夫?」
「ああ なんとかな。お前は?」
「大丈夫だよ。」

「かわいい新入りさん。 親子で捕まったの?」
ぼくより少しだけ大きい茶色の犬が話しかけてきた。
よく手入れされている 長い毛を わざと見せびらかすように さらさらと揺らしている。
「おばさんは いつからここにいるの?」
「まっ!失礼な子ね! 私にはキャシーという名前がちゃんとあるんですからね。」
キャシーと名乗ったおばさんテリアは つんと横を向いてしまった。
ぼく 何か悪いこと言ったのかな?
「・・・その子からみたら りっぱに おばさん だろうが。 ま どうでもいいけどさ。 どうせ みんな死ぬんだから。」
すみの方で だらんとねそべっている柴犬のお兄さんが ためいきまじりに言った。
「なんですって! 私は まだ若いわよ! 失礼しちゃうわ!
それに みんな死ぬですって? 冗談じゃないわ。 
私はあなた達とは違います。 
何かの手違いでここにいるだけで 飼い主がすぐに迎えにきてくれるわ。」
「あっそ。」

それだけ言うと 柴犬のお兄さんは顔を床につけて目を閉じたけれども 
すぐに目を開けると意地悪そうに言った。
「何かの手違いで 飼い主がここまでお前さんを連れてきて 
よろしくお願いします と頭を下げていったってわけかい? 
そりゃ いったい どんな手違いなんだろうなあ。 
ここで よろしく頼む事と言ったら 一つしかないだろうが?」
「何が言いたいのよ?」
「そうやって すぐにきゃんきゃん吠えたてるから 大事な飼い主に 嫌われたんじゃないのかと思ってさ。 
いや 悪い 悪い 何かの手違いで 迎えにきてくれるんだったな。」
「まあ! 飼い主がたとえ来なくたって 私なら すぐに次の飼い主が見つかるわ! 
あんたみたいな かわいげの無い犬とは違うんですからね!」
柴犬のお兄さんは ふっと笑うと 目を閉じてしまった。
もう どうでもいいや って感じだった。

周りをよく見てみると 大声で飼い主を呼びながら走り回っている犬 何かを探しながら歩き回っている犬 
ブルブルふるえている犬 柴犬のお兄さんみたいにうずくまって悲しそうな顔をしている犬 
とさまざまの犬たちがいた。

ぼくは 柴犬のお兄さんに近づいて聞いてみた。
「本当に みんな 殺されちゃうの?」
面倒くさそうに 目を開けると お兄さんは答えてくれた。
「そう聞いている。 長くて三日だそうだ。」
たった三日! ぼくの体がブルブルとふるえてきた。
「よっぽど 運がいいと 新しい飼い主に選ばれる事もあるそうだが そんな事は滅多にないんだろうな。
お前もあきらめろ。もう どうしようもないんだから。」 
「どうして? どうして? ぼく嫌だよ! 何も悪いことしていないのに どうして殺されるの? 
ぼくわかんないよ!死にたくないよ!」
柴犬のお兄さんは うるさそうに見上げただけだった。

でも 他の犬達が ぼくの声を聞いて叫びだした。
「そうだよ 嫌だ!」
「私は 芸も一生懸命覚えたし 何をされても耐えていたし 精一杯尽くしてきたのに 
なんで こんな所に連れて来られたの?」
「そうだよ。言われたとおりにしていたのに! いつだって 我慢していたのに。」
「散歩の時だって 本当は思いっきり 走りたかった。 でも 飼い主にあわせなきゃって思って 我慢していた。 
小屋だってもっと広い方が良かったけど 我慢していたんだ。」
「あんなに かわいがってくれていたのに。なのにどうして? 本当はぼくのこと嫌いだったのかな?」
「そう 子犬の間は みんなにかわいがってもらえたわ。
でも 今では違う。散歩どころか 食事だってろくに・・・」
「人間の かわいがる って どういう事なんだ? 子犬の間だけか? はじめの内だけか?」
「きっと そういう感情が短い時間しか続かないんだな。」 
「そんなの こっちはたまんないよ。」
「簡単に飼ったり 捨てたり 殺したり どうして平気で出来るんだ?」
「もしかしたら ものすごく 恐ろしい生き物なのかもしれないな。 人間って。」
「オレは生きたいんだ! 死にたくない! 
なんで そんなやつらに もてあそばれて 言われるままに生きてきて 今度は殺されるんだ? 
オレは 今 なんのために生きてるんだ? 殺されるためにか? 
そのために 産まれてきたのか? 誰か教えてくれよ!」

みんなの剣幕に圧倒されて 後ずさると 柵にぶつかった。
振り返ったら 父さんと目があった。

「父さん・・・」
これから どうなっちゃうの? ぼく ここで 死ぬの? 
父さんの側に 行きたい。 父さんのにおいと 体温を感じていたい。 
ここには沢山の犬たちがいるけど なんだか ぼく ひとりぼっちみたいな気分だよ。

「父さんは一人で そんなに小さい檻の中に入れられて 辛くない? 」
父さんは ぼくをやさしく見つめていた。
「お前は 母親似だな。 よく似ている。 性格も そっくりだ。」
「えっ? 母さん?」
父さんの口から 母さんの事を聞くのは初めてだった。
「あいつのそばにいると なんだかほっと安らいだ。 
野良が長かったオレが 唯一 心を落ち着けることができた場所だった。」
そう 母さんは暖かくて とっても優しかった。
ぼくは母さんを思いだして 悲しくなった。もう 母さんにも会うことも 出来なくなるのかな?

「いいか よく 聞け。 今から オレが言うとおりにするんだ。いいな。」
父さんの目は 真剣だった。
「もし 誰か人間がきたら お前は おもいっきり愛想良くしろ。 
絶対に 気に入られるんだ。いいな。」
「え?」
「あいつらの話を聞いていて 思い出した。 
ゴンは ここに来た人間に気に入られて 生き延びられたんだ。 だから お前も・・・
見たところ この中では お前が一番かわいい。大丈夫だ。」

「聞き捨てならないわね。」
おばさんテリアが 横から口をはさんできた。
「人間が見たら 一番かわいいのは この私よ!」
「いいかげん 静かにしてくれよ。
どうせ 新しい飼い主が 犬を探しにくるなんて事はないんだからさ。」
柴犬のお兄さんが うるさそうに顔をしかめて言った。

その時 大きなドアが開いて 人間の子供2人と 大人が数人入ってきた。 
この子達の親と ここの職員らしい。

「やるんだ!」
父さんの低い声を聞いた。

ぼくは おもいっきり しっぽを振って 目をくりくりさせて きゃんきゃん鳴いてみせた。
その子達に会わせて 柵の前を移動した。
女の子が ぼくを見た。 ぼくは得意の きょとんとした顔 をしてみせた。
「ママ! この子犬がいい。」
女の子と男の子が同時に言い そばにいた 女の人と男の人もぼくを見て にっこり笑ってうなずいた。 

職員の人が 檻に入ってきて ぼくを抱き上げた。
他の犬たちが 口々に
「ずるい! なんで お前だけが!」
「私も連れていって!」
「どうせ また捨てられるさ。せいぜい それまでの命を 楽しむんだな。」
と叫んでいた。あきらめた様な でも辛そうな ため息も聞こえた。

「よくやったぞ!」
父さんが嬉しそうに叫んだ。

父さんは? 父さんはどうなるの? 一緒に行けるの?
「父さん! 父さんも行こう!」
「もう 捨てられない様に 気に入られるんだ。お前なら大丈夫だろうがな。」
「父さんはどうなるの? 離れるの 嫌だ。」
父さんは悲しそうに 首をよこに振ると
「いつか 母さんに会ったら ありがとう と伝えてくれ。」

ぼくは 女の子に抱きかかえられた。ドアに向かっていく。
「いいか。 もう 絶対に捨てられるな。 生きろ。 オレの分も生きるんだ! 約束だぞ!」
「そんな 父さん! 嫌だ! 父さん 死んじゃ嫌だ! 一緒にいたいよ!」

ばたん

ぼくの声を残して 無情にもドアは閉まった。
ぼくは悲しくて ドアの方を向いて いつまでもくんくん鳴いていた。




新しい家族


「怪我をしたあの犬は? もしかして この犬の母親ですか?」
「ああ あれは雑種のオスで この子犬と一緒にいたんですよ。
あの犬は ゴミとかを荒らして困るという苦情が殺到していましてね。
頭のいいやつで なかなか捕獲出来なかったのですが 今朝 やっと捕獲できたんですよ。
怪我をしていたから 逃げおおせなかったんでしょうな。
そのときに この子犬も一緒だったんですよ。
通報者は沢山いますが 子犬もいるという話は聞いた事が無いですから 
あの犬とは たまたま 一緒にいただけでしょうな。」
「そうですか。 それなら安心しました。 親と引き離すのは忍びないですから。」
女の人は ほっとした顔をして 女の子に抱かれたぼくの頭をなでた。
「これで 決まりね。今日から あなたは私たちの家族になるのよ。よろしくね。」
やったあ と子供達の歓声があがった。

「お前 命拾いしたな。」
職員の人もぼくを見て笑った。
「命拾い? どういう事ですか?」
「ここにきた生き物は ほとんどが安楽死です。 
安楽死といっても その顔や姿は 断末魔の苦しみにゆがんでいて・・・。 
仕事とはいえ 本当に辛いです。」
そして ぼくの頭をなでながら とても嬉しそうに言った。
「良かったな。」 
 ぼくをのぞき込む顔は どれも明るくやさしそうだった。
でも なんだか ぼくの心は沈んでいる。父さんの事が 気がかりだった。

「名前 どうしようか?」
車の中で 女の子よりも 少し幼い男の子が ぼくをのぞき込んで言った。
さっきから ぼくを抱きたいみたいなんだけど 女の子がぼくを離さないんだ。
「そうねえ 男の子だから ジョンとか サムとかケリーとかどう?」
すると車を運転していた男の人が言った。
「パパは ポチとか シロとかの方が 呼びやすいなあ。」
「さくら とか ももは?」
男の子も負けまいと 大きな声を出す。 なんだか とってもにぎやかだ。
そして なんだか暖かい。

洋介の家もそうだった。
ここが ぼくが一度は無くしたけれども ほしくて仕方がなかった家族なのかもしれない。

・・・・・・・
「もう 捨てられない様に 気に入られるんだ。」
「いいか。 もう 絶対に捨てられるな。 生きろ。 オレの分も生きるんだ! 約束だぞ!」・・・・・・
 
父さん ぼく 生きるよ。
やってみる。
父さんとの約束だもの。
だから 父さんも死なないで! なんとかして 生き延びていて!
ぼく 必ず 約束守るから。

ぼくは 新しい飼い主になった 女の子と 男の子の顔を交互にぺろぺろ舐めて
得意のきょとんとした顔をしてみせた。

「これから どうぞ末永く よろしくお願いします。」


おしまい


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



−  白いたんぽぽ −



 まりは 4歳になったばかりの女の子です。
おねえちゃんのななみは 小学生になったばかりの7歳です。
まりの家のそばの 野山や 小川で
いつも いつも二人で遊んでいました。
 
お花を摘んで花輪を作りました。
虫をおいかけて捕まえたりもしました。
小川で水遊びをしたり 静かに魚を眺めていた事もありました。
お母さんと一緒に ツクシやヨモギ ふきのとうを採った事もありました。
いがいがの棘に包まれた栗を拾った事もありました。 
おにごっこをしたり かくれんぼをしたり
まりは こんな楽しい日がずっと続くのだと思っていました。 

おねえちゃんのななみが 小学生になりました。
ピカピカのランドセルを背負って うれしそうに学校へ行くななみに
まりは いつも
「いってらしゃーい。早く帰ってきてねー。」
と 大きな声で言いました。
ななみは学校が終わると すぐに帰ってきます。
でも宿題を終えると 自転車に乗って学校のお友達の家に出かけてしまいます。
まりの家は町から少し離れているのです。
まだ小さくて自転車に乗れないまりは連れていってもらえません。

「もう まりとは遊んでくれないのかな・・・」

今日も まりは一人で野原へ行きました。
黄色いたんぽぽがたくさん咲いています。
ななみと 綿毛をとばして遊んだ場所でした。

まりはふわふわの綿毛に手を伸ばしました。
まりの手が触れただけで まあるい綿毛が崩れてしまいました。
そのくきを折って 残った綿毛に息を吹きかけてみました。
しろい綿毛が ふわっと舞い上がり まりの側にゆっくりと降りていきました。

つまんない・・・

野原の向こうに林がみえます。
そこは まだ 一度も行った事が無い場所でした。
゛今度 一緒に行こうね゛ と ななみと約束をしている場所でした。
(お姉ちゃん きっともう行かないもん。 まり一人で行っちゃおっと。)

林の中は 少し暗くて ひんやりしていました。
野原とは違うにおいがします。
鳥の声がどこからか聞こえてきます。
見上げると ずっと上の方まで木の枝が茂っています。
葉っぱは 上の方にしかありません。
風がふくたびに そこから お日様の光が ちらちらと降ってきました。

少し先に 明るい光がみえています。
(何があるのかな?)
違う世界に迷い込んだ様な気持ちになって まりはちょっと怖くなってもいましたが
林の向こうが気になって 行ってみる事にしました。

「あっ!」
林を抜けたとたん 明るいお日様の光がまりを包み込み まりの目はちかちかしました。
あわてて目をこすって見てみると
そこは一面たんぽぽで 黄色い絨毯の様でした。
「すごい! きれい!」
まりはうれしくなってたんぽぽの中を駆け回りました。
おどろいて たんぽぽの蜜をすっていた 蝶や蜂達も飛び立ち まりと一緒に舞い踊っている様です。

「あれ?」
たくさんの黄色いたんぽぽの中に 白いたんぽぽが咲いています。
まりは近づいてよく見てみました。白いたんぽぽを見るのは初めてです。
真ん中のおしべのところだけが黄色で 花びらは白でした。

(これを摘んでいって おねえちゃんに見せたら きっと明日は一緒にここへきてくれる。)
まりはそう思って 手を伸ばしましたが 摘むのをやめました。
白いたんぽぽは この花だけだったからです。

その夜 まりはななみに今日の事を話しました。
「ねっ 明日 一緒に行こうよ。」
「白いたんぽぽなんて あるわけないじゃん。 綿毛の見間違えじゃないの?
それに明日はようこちゃんの家でゲームをする約束してるんだもん。行けないよ。」
「ホントだもん! お姉ちゃんのバカ! うあぁぁああーん」
大きな声で泣いても ななみは顔をしかめただけでした。

次の日も その次の日も
まりは 白いたんぽぽに会いに行きました。

やがて 花は綿毛に変わりました。黄色いたんぽぽと同じ色の綿毛でした。
その綿毛は 黄色いたんぽぽの綿毛と一緒に 風に吹かれて空へ向かっていきました。
花も綿毛も無くなった白いタンポポと それを見つめるまりを残して
どこまでも 高く 高く 上っていきました。

まりは 家の中で遊んでいる事が多くなりました。
あまり笑わなくなりました。
それを見て ななみが声をかけました。
「白いたんぽぽはどうなったの?」
「綿毛になって お空へ飛んでいっちゃった。」
みるみるうちに まりの目に涙がたまってきます。今にも泣き出しそうです。
ななみは あわてて言いました。
「じゃあ 白いたんぽぽは もっと沢山になるかもね。」
「え?」
「たんぽぽの綿毛には 種がついてるんだよ。 
その種が飛んでいって たんぽぽになるんだよ。」
「どこに飛んで行ったの?」
「さあ わからないけど・・・ 明日 一緒に行ってみようか?」
まりはにっこり笑って 頷きました。

「すごーい。たんぽぽ畑だね。」
ななみの言葉に まりは得意そうに笑いました。
「こっち こっち」
白いたんぽぽの咲いていたところへ ななみを連れていきました。
「あっ!」
2人同時に叫んでいました。
白いたんぽぽが 2輪 仲良く風にゆれて咲いていました。

「今度 ここに友達連れてきてもいい? そうしたら まりも一緒に遊べるしね。」

風がふいて 綿毛が舞い上がり二人をやさしく包み込みました。


おしまい







白いたんぽぽをみなさんは 見たことがありますか?
私は子供の頃 見たことがあります。
故郷に 2株だけありました。
今はもうありません。
名前は シロバナタンポポ 
日本に昔からある在来種ですが 
今よく見られる 大輪の黄色いセイヨウタンポポが増えて
シロバナタンポポは 消えてきているそうです。
(今でも 九州のごく一部でみられるそうです。)

出来ることなら もう一度見てみたい
そんな 思いで書きました。




                                            2002.3.8 書き上げました 


この作品の著作権は作家名:MEWに帰属しています。
この作品は著作権法によって保護されているので、著者の許可無く無断転載することを禁止します。