女性器の進化





'Vagina dentata(ヴァギナ・デンタタ)'とはラテン語で「歯のある膣」を意味する。このような女性の話は、さまざまな国の神話や民話に登場する。少なくとも現在は空想の産物と言えるだろうが、「去勢不安」とあいまって、精神分析では象徴的に重要な意味を持つ言葉である。

もちろん、ペニスがなくては話がはじまらない。これは人間の精神性的成長が、口唇期、肛門期と呼ばれる次の段階、幼児がの性的快感がペニスに移る、「男根期」(エディプス期)に端を発する。この頃になると男の子は、母親との関係を楽しんでいた蜜月の毎日に、父親というものがいて、父親に母親の愛情が向くことに一種の挫折を味わう。加えて、しつけの段階で母親は「そんな悪い子だと、お父さんにおちんちんを切ってもらうからね」などと冗談を言う。母親には冗談でも、子供にとっては冗談ではすまされない。このような、両親と男の子の三角関係、いわば’恋の鞘あて’を、精神分析では「エディプス・コンプレックス」という。フロイトは、古代ギリシャのソフォクレスの書いた物語、そうとは知らずに旅の途中で父親を殺し、母親を妻にするという「エディプス王」にその骨子が見られると指摘した。

「ヴァギナ・デンタタ」についてジャック・ラカンは、「女性が男根期から性器期に至る過程での、ある種の発達障害」としているが、これはひどい間違いである。大体、女性に男根期(エディプス期)などはない。だからこそ、フロイトは女の子の男根期(エディプス期)に対応する理論づけに腐心したのである。その現実の表れとして、父親の目を盗むような窃盗、自分の強さを誇示するような暴力、ネットのウイルスをばらまく知識の誇示・・ほとんどエディプス・コンプレックスから派生する、検挙される犯罪を女が犯すことはきわめて少なく、その犯罪も麻薬や、男のために詐欺をはたらく銀行員などの程度である。

フロイトは、男の子のエディプス・コンプレックスに対応して、たとえば’お医者さんごっこ’などで女の子が男の子のおちんちんを見て、「あたしにもあれが欲しい」と思い、そんな空想を発展させると論じた。この「エレクトラ・コンプレックス」は、いわば理論体系をつくろうとフロイトが無理をしたのではないかと私は思う。「エディプス・コンプレックス」はフロイト最大の発見といわれるが、この「エレクトラ・コンプレックス」は、支持されていない。

「分からないものは分からない」という「無知の知」は、尊敬に値する。「女は鍵の開け方の分からない宝石箱のようなものだ」というのは、フロイトの有名な言葉である。ラカンは「鍵の開け方のわからない空箱」の鍵をあけるのに、やっきになっているのだ。ちなみに、とあるラカンの本の冒頭には「精神分析の分からないものは、この本を読んでも無駄である」などと言う但し書きがある。こう書いてあると、いかにもラカンがフロイトを理解しているような印象を与えるが、私にはひどく疑問が残る。

ラカンは、精神分析の基本的な用語「コンプレックス」(一般に使われるいるアドラーの「劣等コンプレックス」ではない)についてどう理解しているのだろう。「コンプレックス」とは、「感情を伴って無意識に押込められる、抑圧された心的複合体」のことである。自我の発生について見極めたいというのは精神分析に携わる人々の悲願だろうが、鏡に自分を映してみたところで、必ずしもその像が感情を伴って抑圧されるという根拠はない。「鏡像理論」なるものは、精神分析よりも学習心理学の分野ではないか。学習心理学は、「行動は報酬により強化される」とする。自分を何かに映してみることは、意識的そのものの行動である。一方、フロイト自身が言っているように、「精神分析は無意識の探求以外の何者をも意図していない」のである。

「偉大なる心理学者」といわれるレヴィンは、「行動は環境とパーソナリティーの関数である」として、B=f(e,p)という有名なレヴィンの公式(ここで、eは環境、pはパーソナリティー)を残している。フロイトがこのeを疎かにしたことは、よく指摘されるが、乳幼児の快感から大人の上部構造に至る理論体系を立てることだけでも至難の業である。人間老い易く、学成り難し。

さて、私がこれを書いているそばには、友人の荷物が山積みになっている。一言で言えば、これは男に騙された結果なのだ。世の中には、よいご主人にめぐりあって仕合せな生活をしている女性も数多いが、やはり一度や二度は男に騙された経験のある人も少なくはないだろう。

女の身体というものは、なにかと面倒が多い。便秘、足の冷え、生理、おりもの、膀胱炎・・おしっこをあまり我慢していると、自分の膀胱が尿道を圧迫して、おしっこが出なくなる。私もそれで病院に駆けつけたこともある。1.5Lで、パンク寸前だった。

ヒトの身体は、まだ進化途上なのである。4億年も前に誕生し、最近はほぼ完成して進化していない鮫や、氷河期を耐え抜いたゴキブリとは違う。

それにしても、メンデルの説のように、後天形質は遺伝しないものなのだろうか?ここらへん、私は詳しくないが、アマゾンにいるという食虫植物とか、ランプを灯しながら深海を泳ぐ魚とか、ニューギニヤにいる木の枝そっくりで足が生えている奇妙な生物が、突然変異と適者生存により、淘汰されて行くものなのだろうか?

しかし、なんらかの必要性によって、後天形質であっても遺伝するということはないのだろうか?

あっても不思議ではないと私は思う。

←こんなのは、ただ’イヤミ’としか思えないのだが・・

私が荷物を預かっている友人は、妻帯者であることを隠していた彼と路上で言い争っているうちに、警察官がきて、幼児虐待の汚名を着せられてしまい、なかば強制収容されて、いまはごくたまにしか子供に会うことしかできない。

全国の福祉課には、DV(家庭内暴力)などに耐え切れず、家から逃げ出す女性のための「シェルター」がある。その大部分はもう一杯で、収容に困っているところも少なからずあるらしい。

ヴァギナ・デンタタは「ティース」という名前で映画化されており、ニコニコ動画でも見られる(http://www.nicovideo.jp/watch/sm6336075)。この純潔なヒロインは、何度か事件を重ねるうちに、セックスがしたいという男の下心に気づいて、男に敵意を持つようになる。

かく言う私も、幼児期の刷り込みのせいか、ある種の男性恐怖を抜け出せない。

女性器が’進化’するとすれば、ヴァギナ・デンタタでなくとも、それに似た方向づけで自己防衛を高めるような機能をそなえるのではないだろうか?

11/4/22
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