お笑い医学(精神科医必読)「性同一性障害」


はじめに断っておきますが、これはあくまで男性の、いわゆる「性同一性障害」についての記述で、女性とは一切関係ありません。

新宿二丁目に「宮○○○○」(関係者なら、これで分かるでしょう)という女装子(じょそこ、じょそうっこ)さんがいました(これは古い調査資料・・つまり雑誌『月光』連載の私の日記小説「ビスクドール」の’二丁目シリーズ’の取材、 http://www.h2.dion.ne.jp/~manmaru/mokuroku_S_TANBI.html 参照・・にもとづいているので、いまも彼が二丁目にいるかどうかは不明です)。かつてはホームページもあり、医者から「性同一性障害者」の’お墨付き’をもらった、「性同一性障害」を論じる、リーダー的存在で1した。つまり、彼は「体は男だが心は女」という症状である・・というわけです。

上野に、男の子たちが女装して’触りっこ’をする映画館があり、彼はそこに通っていました。「女が自分から触られにそんなとこいくか?」というのが二丁目の大部分の男の子たちの感想でした」。「それにしても、なんで性同一性障害なんて、変なことを言い出すのだろう? ただの変態でいいじゃないか?」・・結局、これは女装を正当化するための理論武装ではないか・・というのが、大方の結論でした。

しかし、少なくとも二名の医師(法律による)は、女装子のおさわり映画館に通いつめる彼を「性同一性障害者」と認めたことになります。この病院には、性転換手術(性別再判定手術と言うそうな)のできる医師がひとりいましたが、なぜかやめてしまいました。

現在は、男でも「性同一性障害」と認められた患者は、医師ほ診断書などの書類を簡易裁判所に提出することによって、審査を受け、妥当ならば戸籍を変更することができる・・と法律に定められています。しかし、ほとんどの病院では、それに応じることはありませんでした。

ところが、全国一、入学金の高いある医科大学の付属病院が、チームをつくってこの法律に対応したのです。つまり、「体は男だが心は女」という判定をはじめたことになります。

しかし、そんな判定がどうしてできるのでしょう?

一番の理由は、「お医者様は高い学問を積んでいるから、そのくらいはできる」という、一般の人々や、'お医者様本人’の、なかば妄想に近い考え方です。

ちなみに私は英仏の翻訳をやっていましたが、しっかりした原文を訳す仕事がくることはまれで、400字詰め原稿50枚の仲に、英語のシンタックス(語順)が合っている箇所が1箇所だけという、インドの高官の書いた英文を訳す仕事がきたことがあります。これを英語だと思うのは、強者としかいいようもありませんが、仕事なのだから、訳さなければなりません。精神医学では対象がもっと複雑な人間なので、誤診は日常茶飯事なのです。

「女は鍵の開け方のわからない宝石箱のようなものだ」・・これはフロイトの言葉です。分からないものは分からない」と「無知の知」を認識したところは、まさに天才といえるでしょう。

フロイトが環境的問題をおろそかにした、という点は、現在定説に近くなっています。偉大なる心理学者といわれるレヴィンの公式、B=f(P,E)(行動は人格と環境の関数である)という点は軽視されたことになります。しかし、人間の成長過程を系統的理論としてまとめたのは、死後100年を経ても、やはりフロイトひとりでしょう。

医師は、学ぶべきことが多すぎて、精神分析には疎いのが常です。フロイトはもう古いとばかり、メラニー・クライン(女性だが、男の土俵で相撲をとっている)や、ジャック・ラカンに走る人もいます。

ラカンの本には、「フロイトの精神分析を完全にマスターしていないものは、この本を読んでも無駄である」などと、偉そうなことが書いてありますが、たとえば自我の認識に関する「鏡像理論」についてラカンは、心的複合(コンプレックス・・一般にはアドラーの劣等コンプレックスが転用されて、劣等感の意味に用いられているが、本来は感情を伴って無意識に抑圧されるという意味。フロイトの理論では、この無意識が人間の成長にも神経症にも重大な意味を持つとされる)を、どのように捉えているのでしょう。

鏡像は、必ずしも感情を伴って無意識に抑圧されるわけではありません。「醜形恐怖」には、このような心的外傷があるとしても、ラカンの説は、精神分析を基礎にしているというよりも、一種の「学習理論」に近いものではないでしょうか? きわめて初歩的なことで、簡単すぎてわからない人も多いようですが、フロイトの理論で「抑圧」されるのは何でしょう? それは「感情」なのです。

難しいことはともかく、医師免許があるからといって、女を理解できるなどという根拠があるのでしょうか? 女は感情的な生き物で、理論では理解できないのです。まあ、本でも読むなら、フッサールの「精神現象学入門」がお薦めです。もちろんこれを読んだからといって、女性が理解できるということはないでしょうが・・もしも心理的性別の判定をまかせるなら、そこらへんを歩いている女の子をつれてきて’鑑定’させたほうが、はるかに正確でしょう。

その女の子は「性同一性障害」の患者を、「ふつうの男より男っぽい」と判断することでしょう。

なぜなら、「同一化」というのは、幼い子供がはじめて、自分の母親に、’恋敵’である父親がいるのだと気づいて、これに対処する、「自我の防衛機制」であるからです。「同一化」というのは、平たくいえば真似をすることであり、この時期(エディプス期)に強い心的外傷のある子供は、成長しても同一化の心理規制を強く持っています。そして、父親、つまり男性同一化と、母親、つまり女性同一化がはっきり定まらないのです。

一時、通称「おかまボクサー」なる強いボクサーが話題になったことがありますが、これはその典型でしょう。

「女装子は、ふつうの男よりはるかに男っぽい」と、新宿二丁目のあるスナックのマスターが言っていました。女装なんて、町からかわいい男の子を引っぱってきて、服と髪型でも変えれば、簡単にできるはずなのに、女装がしたいといって二丁目にくる男の子にかぎって、男っぽいので、化粧が大変なのです。

新大久保の近くに「エリザベス」という女装の専門店があり、ここでは肌やヒゲをかくしやすい、ドーラン入りのファンデーションを売っているそうです。男性用サイズの服も売っていますが、テトロンの粗悪なスカートが7千円もするのです。ひとの弱みにつけこんで、女装子さんがかわいそうだとおもいますが、それでもこの店の貸しロッカーは満杯だとか・・

また、ホモセックシュアルの世界では、犯罪が多いというのも、犯罪の根源であるエディプス・コンプレックスの強さを裏付けています。つまり「父親の目を盗んで、うまくやる」という無意識が働いている可能性が高いという、フロイト説を裏付けているようです。

でも、二丁目にいる人たちは、なかば遊びでやっている、精神的には健康なひとたちがほとんどです。「私は心が女なのだから、あんな遊び半分の二丁目には行かない」という、かなり同一性に問題のある人も多いのです。

こういう人たちは、女性同一化が固定して、それが「防衛性格」(ライヒ)となってしまっているので、それを男性同一化に振り向けるには、敏腕な精神分析学者でも、週4回の治療で、100年以上はかかるはずです。ましてやエディプス・コンプレックスを克服させるには、少なく見積もっても300年、おそらくは千年くらいはかかるでしょう。

エリクソンの論文は、「同一化」の根源をたどっていくと、そこには必ず病的な心が存在する、という論旨です。女性同一化と男性同一化というものは、単なる対象の違いであって、たとえ100年かけて同一性の対象を変えてみたところで、それは必ずしも病的なものを克服させたことにはなりません。ただそのほうが社会的に望ましいのではないか、といった第三者の価値判断にすぎません。偉そうにヒゲなど生やして男性同一化している人と、心理機制は同じなのです。

私の恩師、小此木啓吾先生は、「エリクソンはなぜ’人間同一性’という言葉を使わなかったのだろう?」と訝しげに語ったことがあります。言うまでもなく、「人間同一性」は、真似ではありません。我々は人間なのですから。

女性に同一化している、つまり「女になりたい」という心情が半ば意識の表面にあり、それを隠している人は、「女みたいになってはいけない」という超自我との葛藤の結果、いわゆる「ホモフォビア」(男性同性愛者恐怖症)になってしまうことがしばしばあります。この心理機制はまさにフォビア(恐怖症)であり、落語の「饅頭怖い」のように、本当は饅頭が大好きな人に似ています。それよりは、「女になりたい」と認知できる人のほうが、まだしも健康といえるでしょう。

しかし、性転換手術などすれば、’患者’はますます女性同一化の「夢」にはまりこんで、実際には、心はますます男性化してしまいます。つまり感情ー思考という次元で、ますます思考に傾くということです。感情は声と密接に関連があるので、音程がさらに低くなることが、ままあります。

これに対して、関係機関はどうあるべきでしょう? 医大に入学した生徒はまず、医学の祖、ヒポクラテスによる「ヒポクラテスの誓い」を教わるはずです。これは、一言でいえば、「医師は患者の僕(しもべ)なるべし」ということです。あくまで患者が主人であり、医師は主人に医学的立場から意見を述べ、患者に協力するということです。

先に書いた「全国一、入学金の高いある医科大学の付属病院」では、2年間も’患者’から高い診療費をとり、手術のできる医師がいないので、やることといえば、タイなどの病院への紹介状と、戸籍変更の診断書を書くということだけではないでしょうか?それも、いろいろ検討をするので、1〜2年かかるそうです。その間、’患者’は診察費をとられるわけです。

私個人としては、願わくば「男に女の気持ちなんかわからん」と言って欲しいものだとおもいます。性転換をすることが’患者’の希望なら、「男でも医師なら女の心がわかる」なんといわんばかりに、1年も2年も治療費を取り続けることはせず。一応の忠告をして、安い手間代で、必要書類を書いてあげるべきではないでしょうか?

忠告とは、次のようなことです。

(1)女になって胸が大きくなると、焼き豚用の豚肉ブロックを吊り下げているようなものなので、肩が凝る。

(2)男なら、夏はTシャツ一枚ですむのに、おっぱいは年をとると垂れるので、ブラをつける必要がある。冬はいいけれど、夏は風通しがわるくなって、ひどく暑い。

まあ、このくらいは我慢できるとしても・・

(3)手術しても、顔やヒゲや体毛は変わらない、女性ホルモンを使っても手足の太さはかわらず、ぶよぶよになって、プロレスラーみたいになってしまう。

(4)女性ホルモンを飲み続けると、子供ができなくなる。

まあ、この程度は仕方ないとしても・・

(5)声はどうする? 買い物などしていると、かならず誰かにカゴが当たる。女装して「すいません」なんて男声でいったのでは、相手がビックリするでしょう。

(6)女が一人で生きていくのは大変だ。ふつうの女の子は、自然に男を自分に引き付ける方法を心得ているが、これはいくら本などを読んでもわからない。おまけに顔が男で戸籍が女では、まともな会社には就職できないだろう。また、戸籍を変えたことは戸籍に記される。顔を整形してマイケル・ジャクソン化すると、表情がなくなって、能面みたいになる。結局、絶望して自殺する人もままある。

実際には、女の半分以上は、メールレディーまで含めれば、なんらかの形で風俗でお小遣いを稼いだ経験があるのです(これが分からないのは、男にそんなこと言わないという単純な理由による)。今の社会で女が生き抜くには、なんらかの形で、男が必要・・援助交際、風俗(つまりシステム化された援助交際)、2号さん、本妻・・というのは、ただ期間の違いにすぎない・・と、私は思っています。女に性転換した人には、この「自然に男を自分に引き付ける方法」を心得てはいません。したがって、収入を得る方法は、とても狭くなります。

(7)性転換して、一番問題になるのは(6)です。職場は、東京なら新宿二丁目のわずか300件のスナックに限定されるかもしれない。それは覚悟しておきなさい。

これだけ言っても、まだ女になりたいと’患者が言うなら、不幸になると知りつつも、それは本人の意志。医師ごときが、やれとかやめろとかいう筋合いでは、ないとおもいます。聖書の「肉は生で食べるな」という記述を曲解して、輸血をしないで死ぬヘンな宗教よりはましでしょう。

そして(7)まで忠告しても、なおも性転換をしたい人には、早くさせてあげるのが、「ヒポクラテスの誓い」に忠実な医師であると、私は思います。2年も待つ必要はありません。外国の病院への紹介状は、形式的なものなので、早く性転換したいひとは、かかりつけの精神科医にでもいって、簡単なメモのようなものをもらえば、タイなどの病院では快く受け入れてくれますよ。

戸籍を変えたいなら、「全国一、入学金の高いある医科大学の付属病院」ではなくて、パソコンで安い病院を探して、書類を書いてもらいましょう。

ただし、「性転換は自滅の道をたどることがままある」ということは、肝に銘じておいてください。

トップページに戻る


09/9/12