ディープな話


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 基本的な事項は「シリーズ設定」に言い尽くされていますので、あれ以上の話はいらないのですが、ここのところの「華代ちゃん」シリーズの量産体制に、新たな対策を持って望むことになりました。


 まずは確認しておきますが、「華代ちゃん」は既に「公開設定」シェアード・ワールドとなっていますので、基本的には私・真城悠にいちいち「こうしてもいいですか?」と許可を求めていただく必用はありません。自由に書いていただいて結構です。
 しかし、やはり「提案者」が考える「望ましい姿」というのは存在します。余計な「但し書き」は一つでも少ない方が望ましいのですが、シリーズの存続の為ココロを鬼にしてつらつらと書いてみたいと思います。ただ、何度も言いますが、これは言ってみれば「華代ちゃん上級者」への「気に掛けて頂けると嬉しいなあ〜」という程度の非常に強制力の低いメッセージです。厳守する必要はありません。

・「主役」はゲスト
 「華代ちゃんシリーズ」とそのタイトルに「華代ちゃん」と名前が入ってしまっていますが、基本的に「主人公」はあくまでその回のゲストです。
 「華代ちゃん」自身はあくまで狂言回しであり、小道具の一つ、程度の認識です。
 「シリーズ設定」に「真城華代は成長しない」と書きましたが、もっと言えば、本編中には彼女に関する言及はその外見以外には何一ついりませんし、彼女に感情移入する形の作劇は全くの的外れとなります。このあたりは元ネタである「笑うせぇるすまん」と同様です。


 デウス・エクス・マキナ、という言葉があります。これは「機会仕掛けの神」という意味で、要するに「ご都合主義」を揶揄した言葉です。
 ファンタジー的性転換が登場する物語は、少なくとも何らかの形でその現象を説明しなくてはなりませんが、それを「不思議な能力を持った女の子のおせっかい」という形で統一したシリーズ、と考えていただければ分かりやすいかと思います。
 彼女は「物語におけるファンタジー的性転換の仕組み」が具現化して意思を持った姿なのです。

 必然的に物語の「神」の立場からは「どうして彼女は他人を性転換できるのか?」という「原理」は興味の対象になりません。ただ「それが起こる」という事実のみが重要なのです。
 それはちょっと意味が違いますが、「マクガフィン」と同じ扱いになります。
 「マクガフィン」とは何か。それは「物語を回転させるための小道具」であり、それが物語の中で「重要なものである」ということのみが重要であって、「それが何なのか」ということ自体問題になりません。

 では何が主眼となるのかと言えば、それは「被害」に遭ったり、結果としてそういう事態を引き起こしてしまう毎回の「ゲスト」を取巻くドラマこそが重要なのです。
 今から考えれば彼女に「名前」をつけたのは失敗だったかもしれません。ただの「少女」でも全然構いません。人類発祥以来連綿と続く「不思議な話」の系譜なのです。

 ただ、そうは言っても完全に「キャラ立ち」している彼女のこと、彼女が主人公として扱われるようになることは歴史の必然です。「シリーズ設定」にある事項をそれほど逸脱しなければ、何をやってもいい、というのはここで断るまでもありません。「ゲストが主人公」というのは「華代ちゃん作家・真城 悠」としての基本的モットーであるということです。

・「不条理」な内容であって欲しい
 「笑うせぇるすまん」ではよく「因果応報」という話の構造を取ります。つまり「主人公」が「〜をしてはいけませんよ」という「禁」を破ったことによって受難する、という話です。ここには「原因と結果」がありますが、真に「不条理」な話にはそれすらありません。
 カフカの「変身」では主人公のグレゴール・ザムザは虫になっている訳ですが、その理由は全く分かりません。
 個人的には「審判」の不条理度もかなり凄いものです。ある日突然逮捕される、というお話なのですが、主人公には全く実に覚えがありません。はっきり言って「変身」が起こりようの無いエキセントリックな「あり得ないお話」であるのに対して、この恐怖は凄まじいものがあります。


 「華代ちゃん」シリーズの「主人公」たちは特に「悪いこと」をしたわけでも、またはその逆でもありません。不幸にも「華代ちゃん」という「歩く災害」に出会ってしまっただけです。中にはその巻き添えを食う人々までいます。
 基本的には読んでいただければ分かるのですが、そのメカニズムを真城製の「華代ちゃん」から例を出して列記して見ましょう。
 そこでは何の罪も無い人々が酷い目に会ったり破滅していったりするお話のオンパレードです。
「仲の悪い二人」
 妙齢の美女が「仲の悪い友達二人を「仲良し」にして欲しい」と依頼。
 その「二人」の内一人を女性化。男女の関係という意味での「仲良し」になってしまう。
「正座」
 正座を強制された中学生が「足が痛い」と訴えると、「とんび座り」の出来る女子生徒に変えられる。
・「遭難」
 雪山で遭難した山男が生き残ることを依頼。生存率の高い女性に性転換される。

・「結婚願望」
 「養子縁組」に反対された男が「すぐに結婚したい」と依頼。「婿入りが駄目ならお嫁に行っちゃえばいい」と、ウェディングドレス姿の花嫁にされる。

・「カーマニア」
 最新機種を間近で見たい、と依頼した青年がバニーガール姿のコンパニオンにされる。

・「誤配」
 男女間違えて納入用の水着を発注してしまった業者に「何とかしてくれ」と依頼され、その学校の男子生徒を人数分女生徒にして調整。

・「主役」
 「熱心な生徒に「主役」をプレゼントしてあげたい」と先生から依頼を受ける。たまたまその日休んでいたヒロインの代役でバレリーナにされる「生徒」。これによって「主役」がプレゼントされる。

・「共学」
 とある男子校を「共学にしたい」という校長の言葉を真に受けて、男子生徒の半分を女子生徒にし、むりやり「共学校」にしてしまう。


 「不条理である」というのは「理由が無い」ということもそうなのですが、そこに拍車を掛けているのが「善意」が引き起こす場合が多いということ。
 「主役」などがその典型。「因果応報」は本人に責任があるし、「悪意」では話に歯止めが効かなくなります。


・前後のつながりは無い
 これは重要です。
 基本的に「華代ちゃん」のエピソードは相互の繋がりはありません。少し考えればあれだけ大規模な集団性転換パニックがそこらじゅうで起こりまくっていれば社会問題になるでしょうが、それがないのも、それゆえです。

 「華代ちゃん」はどれからでも読めるのです。
 「華代ちゃん」をお書きになる作家さまは、まとまって「華代ちゃん」を誰かに紹介しようとした場合、全ての作品をシャッフルして、その時にこれから書こうとしている作品が一番目に来ても支障が無い様に考えて執筆していただけると幸いです。

 というより、この世に「華代ちゃん」がそのただ一作しか無くても話が通じる様に、「原理は分からないが、この女の子に話し、それが受諾されたことにより性転換現象が起きたのだな」と読者が理解できる様に構成して下さい。

・直接ほのめかさない
 これは「希望」です。
 彼女がそういう「特殊な能力」を持っていることを事前に知っている人間はいません。
 よってそれを前提に「女になりたい」と依頼する、というケースはあり得ません。それは「望まない性転換が引き起こされる」という基本パターンに反します。

 出来るなら「全く関係無いこと」について頼んで見たら、結果として性転換される、というのが最上です。
 これは偶然にも「真城華代」が年少の少女の形態を取ったことから発生した事態ですが、彼女に「相談」する人は多くの場合、本心から本音を吐露しているわけではありません。そこで叩いてしまった軽口を華代が真に受けて…というのは大いにあり得ることです。
 この「意外性」は言ってみればこのシリーズのキモです。ここでいかに「こういう風に持ってくるのか!」と思わせるかがポイントであり、命でしょう。まさしく各作家さまの「腕の見せ所」となります。ここでも「例」として私・真城悠の「華代ちゃんボツねた」を列記してみましょう。


・「激痛」
 あるラグビー選手に「耐えられないほどの痛みがもしも起こったら軽減して欲しい」と依頼。試合中に股間に打撃を食らい、試合中に性転換されて「痛み」は無くなる。
・「王様ゲーム」
 男同士でキスは嫌だ!と訴えると、それなら、と女性化される。
・「無人島」
 必死で通りかかった船に助けを求めようとする青年。「女声の方がより遠くまで届くから」という理由で…


・現在の「華代ちゃんシリーズ」は、もとより「選集」である
 基本的に「不思議な話」である「華代ちゃん」の能力は「他人を性転換する」だけではありません。
 シリーズのパターンとして、「華代ちゃん」の「思いこみ」「勘違い」「余計なおせっかい」によって依頼人が酷い目に遭えばいいのですから、「性転換される」というのは数ある「災難」の内の一つに過ぎません。


 先ほどの「唯一の作品としても通用するように」との発言と矛盾する様ですが、依頼人が性転換される話の一群は、膨大に存在する…と仮定されているシリーズの全作品群の中から、「少年少女文庫」用に「依頼人が性転換される」エピソードを特に選んで、掲載している、という「建前」なのです。

 よって、出来ることなら「華代ちゃん」が依頼人に対して能力を行使する場合…つまり依頼人もしくは善意の第三者を性転換する場合は、「数ある能力から(どれでも使えるけども)敢えて「他人性転換能力」を選んで使った」ということを匂わす程度には書き込んでいただけると嬉しいです。
 これは他ならぬ私・真城の作品でも必ずしもクリアされているとは言い難いですけども。


 この主張に説得力を持たせるために華代ちゃんが「他人性転換能力」を使わないシリーズを立ち上げたいと思います。その名も「華代ちゃんシリーズUnlimited」!
 近々こちらのページに掲載していこうと思いますのでご期待下さい

まとめ
 別コンテンツで「番外編」などを提唱していますが、「華代ちゃん」の基本、大筋はこの「不条理」な「単発の」短編です。
 これが無くては始まりません。この「本シリーズ」は末永く続けて行きたいと思っています。また、その「分かりやすい」設定、「決まりきった展開」と「原理の説明が不要」といった「利点」から、オンライン小説デビューのきっかけとして利用していただくことも多くなっております。

 内容的に前後の繋がりこそありませんが、その表現やシチュエーションは進化し、洗練されることは大いにあり得ます。というよりも、むしろあるべきでしょう。
 その「原理」が確定しているので、作者は心置きなくその「状況」や「趣向」の描写に専念することができます。これは数多くのシェークスピア劇を演じ続けてきたイギリスの演劇事情にも似ています(・・・って我ながら恐ろしいことを書いていますね・・・リニューアル時に読み直してみて発見。でもさらし者にする意味で削除せず(^^;;)。
 恐らく同一のシチュエーションでこれだけの数のファンタジー的性転換小説が書かれた例は全世界を見渡してもそうは無いでしょう(だからあるっちゅーに・・・誰かこいつを止めてくれ)。

 まとまらないのと、無闇に「決まり事」を増やしたくなかったので、だらだらと書いてしまいましたが、「公開設定」になった時点で「どうなってもいい」と一度覚悟しています。
 勿論、オンライン小説作家さまたちは遠慮なさらずにガンガン書いていただいて結構です。
 ただ、既に「真城華代」というキャラは一人歩きを始めています。
 それはそれで大変結構なのですが、それによって「毒のある」「不条理短編」たる原型が損なわれて行くのを恐れたのです。
 こちらの路線は、何としても残したいのです。何しろ真城が「華代ちゃん」を公開設定にした最大の動機は、「こんな小説が読みたい!」という欲望だったのですから。


 さて、しかし「華代ちゃん」に親しんでいただいたファンの皆さんには「キャラに愛着を抱くな」と言われても逡巡なさるでしょうし、「実は華代ちゃんは〜だった?」といった「設定」そのものに抵触する一種のパロディを書きたい、と考えてくださる方もいらっしゃるでしょう。
 こちらとしても、そちらの路線に全く理解が無い訳ではありません。何しろ、私自身「番外編」を一作構想中なのですから。その場合は、「華代ちゃん・番外編」として、「通常編」というべきものと明確に区別したいと思います。


 それでは、これからも「華代ちゃん」を末永く宜しくお願いします。



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