頭が痛かった。

 自分は偏頭痛持ちだなあ、と思ったことはある。夜通しでビデオを観てしまった時なんかはそうだ。でもそれは寝る前のことで大抵起きたときには忘れてしまっている。

 しかしこのときの頭痛はちょっと違った。なんというか、皮膚の表面をかすめるような痛さ、なのである。表面に寄生するような痛さとでも言おうか。

 唐突に意識を取り戻した。

 自分が横になっていないことに気が付く。

 はっ!とした。

 余りに飛び込んできた情報が多すぎて理解に時間が掛かった。いや、掛かったとはいえものの数秒、いやコンマ秒マイクロ秒単位のはなしであろう。しかし、その現象を認識することよりも受け止めることの方が大変だった。言うまでも無い、論理的に説明できないからである。

 机に座っていた。

 恐らく机に突っ伏したまま寝てしまったのだろう。

 ここまでは分かる。

 が、周囲の状況がおかしい。

 これは一体何なんだ?

「う、うーん」

 床に転がっていた一人が目を覚ます。その彼も同じく事態を目撃して面食らっているようだ。

 ざわ、ざわ・・・と波紋のように広がっていく不安。

 教室の中に30人の生徒が押し込められていた。机は乱雑に乱れ、座っている生徒は約半数といったところか。あとは床に寝転がっていたり座っていたりである。

 室内の三分の二以上が覚醒したであろうか、お互いの顔を見合わせる。

 誰もが事態を図りかねていた。

 妙な熱気と湿気が教室の中に充満している。これだけの人数が押し込められているせいだろう。

 もう一つ違和感があった。

 明かり、である。

 天井を見てみる。

 そこには埃の溜まった蛍光灯が小さくうなっていた。違和感の正体に気がついた。この教室内は100%人口光によって照らされているのだ。

 反射的に窓の方に視線を振る。

 そこには当然のように窓があった。

 その窓は今のその姿がさも当然であるかのごとくそこに居直っていた。どうしてこんなに窓の多い部屋が完全人口光なのか?ここは地下室じゃないんだぞ。

 彼は机から立ち上がった。灰色に塗りつぶされた窓を確認しに行くためである。その辺にごろごろ転がっている身体を踏まずに行けるかな?とちょっと思った。

 その時だった。

「あああああああああーっ!?」

 素っ頓狂な声があがった。

 寝ていた奴も、ほぼ全員がその声の方向に振り向く。

 そこはこのすすけた空間の中で、まさに花が咲いたようにカラフルだった。

 どこから迷い込んだのか、紅一点女子がうちの学校の制服,ブレザー姿で「女の子座り」のまま取り乱していたのである。

「な、なんだよこれはあああぁー!」

 さらさらのロングヘアを振り乱して自分の身体をまさぐり、もみ、叩いている。可愛らしさも台無しである。が、しかし男のものではあり得ないその声をとその発される声の内容のギャップに、ちょっと複雑な気分になったりならなかったり。

 そのすぐ隣に座っていた男どもも余りの取り乱しぶりに少し距離を置いた。

「まあまあ、落ち着いて」

 誰とも知らず、声を掛ける。

「広瀬!俺だよ俺!」

 今度は「俺」と来たか。

 完全に男口調のその甲高い声に、まるでさっきまで男だった者が性転換して女の子になっちゃってるみたいだなあ、などと考えてますます何とも言えない気分になる。

 と、そのとき。

「・・・?お前・・・山田か?」

 一人の男子が歩み寄る。

「そ、そうだよ!」

 空気が凍った。

 その名前には聞き覚えがあった。そう言われてみれば薄い無精ひげをストレートロングの黒髪に置き換えればその面影は非常によく重なった。

 爆笑するその周辺。

「ぎゃーははは!何だよお前その格好は!」

 腹を抱えて笑い転げる数人。

「おらっ!」

 そういってスカートをぶわっ!とめくりあげるそのうちの一人。

「きゃあっ!」

 反射的に抑えるものの、その純白は多くの生徒の網膜に焼き付けられることになる。

 その女の子らしい仕草に胸がきゅんっ!となったであろう多くの男子生徒。何しろそこにはチェックのミニスカートの裏地だけではなく、ひらひらした女性ものの下着までがスカートとともに翻ったのだから。そしてその下には無駄下一つ無い吸い付くようなむちむちの太ももとパンティーがある。これは下に単パンを履いていたりする「学園祭レベル」「仮装行列レベル」の女装ではない!

 僕はその光景を見て、吐き気にも似た恐怖を感じた。何故なのかは分からない。動物的カンだったのだろうか。

 しかし多くの生徒はそうは思わなかった様だ。

 ひゅーひゅー!と奇声をあげての大騒ぎ、大爆笑の嵐だった。ブレザー姿の「女子高生」は冷やかし半分の狼どもによってもみくちゃにされていた。何度もスカートを捲り上げられ、美しいその髪を引っ張られ、お尻を、胸を揉みしだかれ、抱きしめられていた。中には調子に乗ってスカートの中に手を突っ込んでいる者までいる。

 「絹を裂くような」悲鳴がこだまする。

 これはこれから起こる信じられない出来事の幕開けでしかなかった。

 そして、この時点ではまだ事態を正確に把握している者は誰も、誰もいなかったのである。

 

(続く)

 

 今回の犠牲者 山田一郎:ブレザー あと29人

第二回に続く