不条理劇場 3
「日本の一軒家」
作・真城 悠
「不条理劇場」トップに戻る「そうですか!はい!」
沼田は年甲斐も無く大声を挙げた。
興奮に包まれたまま受話器を置く。
「どうだったの!?」
分かりきった質問をする妻の美津子。
「当たった!当たったんだ!」
それから後は大混乱だった。6歳になる息子の英明と一緒に抱き合って喜んだ。
私は平凡なサラリーマンである。幸いリストラの嵐に巻き込まれること無く、順調に過ごしている。
その平凡な日々に突然吉報が飛び込んで来た。どういう訳か、破格を越えた値段の建売住宅の抽選に当たったのである。
最初は当然訝しんだ。
最初に発見…というかその存在を知ったのはインターネットの広告であった。
その値段はまさしく破格であった。いや、安すぎた。
欠陥住宅か、それとも殺人事件の現場なのか?いずれにせよまともな物件であるはずが無い。
しかし、気になって仕方が無い私は「聞くだけならタダだ」と不動産屋に赴いた。
悪い話は当然出てこない。とにかく「すぐに申し込まないと売れます」としか言わない。
すぐに帰った私だったが、あの家の事が脳裏にこびりついて離れなかった。
家に比べれば安い、差額でお釣りが来る、必死に自分にそう言い聞かせてなんと私立探偵まで雇った。当然、あの家の事を調べてもらうためである。
結果は白だった。
別の探偵でも同じだった。
唯一気になったのは中に入って確認した、という確証が取れなかったことである。しかし、その道のプロに決して安くない調査料を払い続けての結果である。
私は家族にもそのことを話し、購入の意志を固めた。
妻を連れて不動産屋に赴くも、そこで知らされたのは希望者が多く、抽選になりそうであるとのことだった。
遅れても抽選してくれるとは随分良心的な不動産屋である。
どういう訳か見学だけは許してくれないものの、もしも説明に不手際があり、実際のものと写真その他の説明とに矛盾があった場合はただちに契約解除及び全額返済をする、という念書をあちらの用意したそれではあったものの、弁護士立会いのもとで制作してくれた。
私は契約書を隅々まで読み尽くし、相手の説明も一つとして聞き逃すまいと頑張った。
しかし、あちらの説明には矛盾も無く、少しでも疑問があればすぐに解決してくれた。その場の友好的な雰囲気もあり、私達はすっかりその不動産屋を信用するに至っていた。
が、しかしその担当者は一言だけこう付け加えた。
「実は…たった一つだけ問題があるんですよ」
私と妻は神妙になる。
「何せ日本の家屋ですからね…これなんですよ」
と、メモ帳を押し出してくる。そこには、よく例えられる形容が書かれていた。
その場は笑いに包まれた。
それから三日後、当選の電話は鳴った。晴れて実際に足を踏み入れることを許された我々家族は、不動産屋の薦めも聞かず、大量の荷物と運送屋のトラックを引き連れてその一軒家に到着した。
待ちきれなかった私達は、早速鍵を開けると慌しく中に駆けこんだ。
「パパ、子供みたい」
英明が笑っている。妻も笑っている。
「これは…本当にイメージ通りだな…」
あたりをしげしげと見渡す。
そこには写真の通り、説明の通りに間取りが配置され、装飾がなされている。
「素敵…」
妻がうっとりしている…。が、私はその時、何とも言えない違和感を感じていた。
「良かったわね」
「…あ…ああ…」
「…?どうしたの?顔が青いわよ?」
「いや…何でも…ない…」
次の瞬間、私は信じられないものを見た。
「あ…あああ…」
胸が…胸が見る見るうちにムクムクと滑らかに隆起してくるではないか!
「きゃあああっ!」
「な、何だぁ!?」
そうこう言ううちにも変化は続く。
脚がすすす…と内股に曲がって行く。同時に心なしか下腹部の感覚も寂しくなる。
「あ…こ、これ…は?一体?」
きゅうっと引き締まるウェスト…一回り小さくなる身長…
次の瞬間、ばさり!と緑なす黒髪が波打つ。
「ああっ!」
どういうことなんだ!身体が…お、女に!!
「ぱ、パパぁ…ママぁ…」
「きゃああっ!!」
そこには、ぴちぴちの少年ルックに身を包んだグラマラスな美少女がいるではないか!
「身体がヘンだよぉ…」
明らかに英明であっただろう少女が泣きべそをかいている。
「ひ、ひであ…き…」
妻の嘆きの目の前で、悲劇は更に加速する。
「いや…イヤだよぉ…」
少女の身体を包んでいた半ズボンの下に露出する、かもしかの様にみずみずしく健康的な脚線美…そこになまめかしい網タイツが侵食していく。
「いた…い…」
アニメのキャラクターが描かれ、今やつま先しか入っていない靴が黒く変色し、光沢を放つエナメルのハイヒールになって、逃げようとする少年の足首をがっちりとくわえ込む。
「あっ!」
ゴドツッ!と重い響きとともに、その不安定な足元によろめく少女。
「わあっ!」
しかし。変化は待ってくれない。半ズボンは白かったシャツと繋がって漆黒のハイレグになり、その女体を包み込む。
「…あっ…」
一瞬にして肩から上は空気に向かって開放され、かすかに面影を残すその美しい顔には濃いメイクが乗って行く。
「やだぁああ!!」
お尻の上に白いぽんぽんが出現し、爪の先には真紅のマニキュアが走る。耳たぶにイヤリングがぶら下がるのと同時に、アップされた髪の頂点を兎の耳を模した髪飾りが微笑む。
「あ…」
変わり果てた自分の身体…特にその木目細かく美しい肌に、色鮮やかなマニキュアがまぶしい自らの手と自らの胸の谷間を呆然として見つめている。
「ひ…ひで…」
ゴツ。
「…!!!」
一歩踏み出そうとしたその時だった。
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「あああっ!」
視線を自らの身体に落として見ると・・・。
な、なんてことだ!し、信じられない・・・俺は…俺は…バニー…ガールに…。
「あ、あなたぁああ!!」
「お、お前…」
そしてそこにはバニーガールの衣装に身を包んだ妻がいた。
家族が、一瞬にして全員バニーガールへと変貌してしまったのだ!
「そ…そんな…」
「なによ…これ…?」
そこに、ドアの開く音がする。
「ちわーす。もう入ってもいい…で…」
運送屋の従業員だった。そこに展開されているバニーたちの競演というシュールな光景に言葉を失う。
「…??…」
次の瞬間だった。
「う…わ・・あああっ!!」
彼の胸が膨らみ、お尻が張る。作業服はくいこむハイレグになり、長ズボンは網タイツに置き換わる。そして瞬く間にもう一人のバニーが誕生した。
「な、…何だ…これ…は?」
「おい!何してんだ!?」
遅れて入ってきたもう一人の従業員、しかし、それはバニーの増殖を助けることにしかならなかった。
「あああああ〜っ!」
最早パニック状態である。
その最中、重いイヤリングのぶら下がる感触もわずらわしい耳が、電話のベルを捉えた。
走りにくいハイヒールを駆って、その音源に駆け付ける。長い真紅の付け爪に苦労しつつも受話器を上げる。
「あ〜、もしもし。問題不動産ですけど」
「あっ!!あんた!一体これはどういうことなんですかあっ!?」
思わず叫んでいた。
「…その声ですと…もうなっちゃったみたいですね」
そう言われて思わず自分の声までが女のそれになってしまっていることを改めて自覚し、胸がドキッとする。
「あ…あんた…知って…」
「だから言ったじゃないですか」
その担当者はさも当たり前の様に言った。
「うさぎ小屋だって」