晶くんシリーズ 2
「文通相手」
作・真城 悠
晶くんシリーズ・トップに戻る僕の名前は白鳥晶。しらとりあきら、と読む。
年齢不詳の名前だけど、立派な男。男子高校生だ。
でも、ある日突然うちに郵送されてきた謎の雑誌「根暗な蜜柑」という雑誌を読んだ日から僕は奇妙な運命に巻き込まれることになってしまったのだった…。
ふう、とため息をついた。
この間は酷い目に遭った。…あれは一体何だったんだろう?目の前に写真館で撮ったと思しき新郎新婦の写真がある。
晶はぶんぶんと首を振って、それを机の中にしまいこんだ。
とにかく、あんなのはもう二度とごめんだ。
そんなことを考えていると、携帯電話が鳴り始めた。
近所のファーストフード店である。目の前に制服姿で座り、ハンバーガーをパクついているのは一之瀬姫子。別に彼女とかじゃない。悪友の妹である。同じ高校の後輩にあたる。こいつの兄貴と何やかやで付き合っているうち、何時の間にかなついてしまったのだ。本物の「いまどきの女子高生」だけど、顔を黒く染めたり髪を脱色したりはしていない。ごくごく普通の女の子である。
「で?何だって?」
「うん。別に大した事じゃないんだけどね」
はっきり言ってこいつの「大した事無い」は全然当てにならない。
「ちょっと頼まれて欲しいのよ」
「いいから言えよ」
「うん。兄貴に頼まれたんだけど、あたし個人的に用が入っちゃってさ。あっきーでも別にいいかなーとか」
この娘は僕のことを「あっきー」と呼ぶ。母親もそうだけど。
「僕は代理かい!」
「うん」
けろっとして言う。
無駄だとは思ったが言ってみる。
「で?何か見返りとかあるわけ?」
「うん。ここの支払い割り勘だったでしょ?」
この自分本意の姿勢にはついて行けない。まあ、年下の女の子に慕われるのは悪い気はしないけど…。ひょっとして援助交際オヤジの心境ってこんななのかな?とか余計なことを考えてしまう。
「まあ、聞いてからだよね。何をすればいいの?」
「何だかね…この先の路地だかで人と待ち合わせしてる…らしいの」
食べながら喋るもんだから途切れ途切れである。
「それで?」
「その人に…会って…断って欲しいってさ」
「?断る?」
「パソコン通信で知り合ったんだって。もう会いたくないから断って欲しいんだってさ」
なるほどそりゃ本人は言いにいだろう。
「でもさ姫ちゃん」
「何?」
「僕も持ってないからよく知らないけど、そういうのって匿名でやりとりするんだよね?」
「知らない。でも兄貴には文通みたいなもんだって思えって言われた」
はあ…相手の顔が見えないのは一緒ってことか…。
「で、断ればいいんだ」
「そ」
「それだけ?」
「それだけ」
どうも何か変だ…。晶の中の本能が敏感に反応した。
この間は「一攫千金」を願ったが為に性転換した上にウェディングドレス姿の花嫁さんになっちゃってお金持ちと結婚させられるという強引な結末に持って行かれた。今回はどうだろう?
あの謎の声は「「望み」をかなえるか、または自衛の時に発動する」なんて事を言ってたな。ということは…
「それってさ…ホントに一馬の依頼なの?」
一馬というのは悪友の名前である。
「どういう意味?」
「いや、ホントは姫ちゃんの依頼なんだけど、そういう事にしてるとか…無いよね?」
もしも本当は姫ちゃんの依頼だったとしたら、いざこなそうとした瞬間に姫ちゃんになっちゃったり、女の子でないとこなせない無理難題だったりしてそれを口実にあの能力が発動してしまったりするかもしれない。それは避けなければ…。
「何でよ?そんなことないって。間違い無く兄貴のだよ」
それなら安心だ。
「あ…ちょっと待って」
姫ちゃんの携帯電話が鳴った。何やらかしましく話した後、立ち上がる姫子。
「あっきーごめん。予定が早まっちゃった。じゃ、頼むわ」
晶は慌しく細かい時間と場所の指定、一馬が使っていたハンドルネームなどを聞いた。
多分この様子だと姫ちゃんは一馬に何か見返りを貰っているのだろう。ファーストフード一回分とか、そのぐらいのレベルで。それをこうやって下請け(?)に丸投げしてしまえば儲けも大きくなるって訳だ。腹立たしい…と言えば言えなくも無いが、逆に言えばこれなら一馬からの依頼という事実に間違いが無いってことでもある。
「あっきー携帯持ってるよね」
「うん」
「じゃあ、何かあったら電話するから。今日はよろしくね」
「いいよ」
「あっきー優しい!ありがとね。今度またデートしよ!」
「ああ。そうね」
姫ちゃんは嵐の様に去って行った。
指定された場所に来た。
どうという事は無い路地に見える。そんなに人通りの少ないところでは無いはずなのだが、今の時間帯にはたまたま人影が無い。初めて会う人間との待ち合わせに向いている場所には思えないが、引きうけてしまったものは仕方が無い。
それにしてもどんな奴なんだろう?あの一馬とパソコン通信して知り合って実際に会うなんて言ってる物好きは?でも最近は物騒だからな…本当はストーカーみたいな異常者で会ってみたら拉致されたとか下手をすると殺されたとか…
何やら寒気がしてきた。こんな危なっかしいことを可愛い妹にやらせるなんて…でも姫ちゃんの口ぶりだと特に何てことも無い様だったけど…ともあれ、一応その人物が現れるのを待とう。
「…?」
その時、何やら身体に違和感を感じた。
僕の視界にまた信じられないものが飛び込んできた。
僕の胸が、まるで女の子みたいにむくむくと膨らんで来たのだ!
「な…なんで?…どうして?」
そういう間にも変化は続いていく。もともとそんなに広くない肩幅が狭くなってくる。お尻がぴちぴちに大きくなってくる。
「ま、また…こんな…」
この間は部屋の中、密室だったけど今度はこんな道の真ん中…で…。
脚が内股に曲がって行く。目の前の自分の手が可愛いそれにむくむくと変形する。
「て…手…まで…」
頭皮のむずむずする感触と共に、さらさらの髪が背中まで伸びてくる。
「あ…あ…ああ…」
と、今度は服の番だった。
服の色全体が漆黒に染まって行く。全身が黒くなった。
「こ、これ…は?」
そして、袖口の所に白いラインが一本二本と入っていく。それと同時だった。
「う…あ…」
その大きくなってしまった胸を何かがぎゅうっと締め付けてくる。ま、まさか…ブラジャー?
そしてガラパンの感触が思いきり小さくなり、ぴっちりと肌に吸い付いてくる。
「あっ…」
真っ黒になってしまった襟の部分が大きく変形して行く。
「あ…ああ…」
そしてそこにも白いラインが入っていく。その襟は背中にも大きく広がり、四角い形となって垂れ下がる。
「ん?」
今度はズボンだった。足首まであったその長さが膝下十センチ程度の長さにまで上がってくる。そして、二本の脚を独立して包んでいた生地が一つに融合して行くでは無いか。
「あ…そん…な…」
次の瞬間、両足がズボンの束縛から開放され、下のほうから股の間に空気が吹き込んでくる。
「ひいっ!」
ズボンはスカートへと変貌を遂げていた。無駄毛ひとつないすべすべの脚同士がするっと触れ合う感触…
「あ…これ…が…」
これが…スカートの感触…なの…か。
この間は分厚いドレスのスカートの下の脚はストッキングに覆われていたので、こうして素足が触れ合うことは無かった。この感触は初体験だった。
なんて頼りない感覚なんだろう。というか、「スカートの感触」なんてものは正確には存在しない。下半身には何も触れないのだから。下着のみで裸の様な気分になる。
僕は思わずスカートを前の部分から押し付けて股に挟んだ。せめて感覚を履きなれたズボンに近づけ様としたのだろうか。しかし、それはスカートの内側のすべすべの下着の感触を脚にすりつけただけだった。
「あっ…」
思わず手を離してしまう。スカートがはらりと宙を舞う。その表面にはひだ、プリーツが刻まれて行く。
首の周りをしゅるしゅるっという音が走る。
次の瞬間、背中の大きな襟の真ん中から真っ赤な三角形がちょこんと顔をだす。
「これ…は…」
そして目の前の胸の前に真っ赤なスカーフの先端が伸びてきて、しゅるっと結ばれた。
何時の間にか僕の手には学生カバンが握られ、靴もスニーカーからローファーの革靴になっていた。
頭から首に掛けて感じられる長い髪の感触…。頼りないスカートから直接空気に触れているそのカモシカの様なぴちぴちの素足の感触…。僕の手はごく自然に柔らかい仕草ですうっと耳の上に髪をかきあげていた。その手首には内側に向かってはめられた可愛らしいデザインの腕時計があった。
もう疑い様が無かった。僕はセーラー服姿の女子高生になってしまったんだ!
「ど…どうして…」
どうしてこんなことになったんだ…だって、確かに確認したのに…
反射的に僕は自分の携帯電話を見た。そこには留守番電話が一軒入っている。僕はすぐに再生した。
『あ、あっきー?ごめんね忙しくて。言うの忘れてたんだけど。その相手の人って男の人なのね。でもって兄貴って…その…なんちゅーの。「ネットおかま」だったんだって』
ね、ネットおかま?
『だから相手の人って兄貴のこと女子高生と思ってるんだって。笑っちゃうよね。あたしがその身代わりになれって言われてたけど、そんなあぶねー事できないじゃん?ま、そういうことでよろしくね。大丈夫だって。あたしその人と電話で一回話したことあるけど、紳士的でいい感じだったよ。じゃね!』
僕は呆然としてその場で立ち尽くした。
そ、そんなあ…じゃあ僕は一馬の影武者のさらに身代わりとして女子高生に…?
「あ、あの…「ぴよ」さん…ですか?」
「きゃっ!」
背後から声を掛けられて驚く。そこには青年が一人立っていた。
「「ぴよ」さんです…よね?僕です。僕が「るう」です」
突然のことに何を答えていいか分からない。
「あ…あの…」
僕は自然と口に手をあてていた。
「いやあ、よかったあ!」
大きな声を出すその青年。
「イメージ通りだ!本当に可愛いね」
「え…」
胸がきゅんとなる…。な、なんだ…この胸がどきどきする感じは…。僕は男だぞ。男なのに男にときめくなんて…。
でも…。
僕は改めてその人の顔を見てみた。
パソコンで知り合ったなんて言うから青白いオタクっぽい人を想像していたけど、結構スポーツマンタイプで格好いいじゃん…。
ちっがーう!そうじゃないって!僕は男なんだって男!
でも…
結局、すぐにお別れというのも何なので一緒にお茶でも飲もうということになってしまった。彼は遠慮無く僕の手を握ってきた。
僕たちは一緒に歩き始めた…。