「セカンド・チャンス」
作・真城 悠
*「華代ちゃんシリーズ・番外編」の公式設定については
http://geocities.co.jp/Playtown/7073/kayo_chan02.html を参照して下さい
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*…が、読んでいなければ読んでいないで楽しめます(^^ *ちなみに 「追跡者」はこちら。 |
「さて諸君。何はともあれこの写真を見てもらいたい」 大勢が暗闇の中で蠢いている会議室。そこには一種異様な空気が漂っていた。 オーバーヘッド・プロジェクターによってスクリーンに映し出される写真。その映像に聴衆は釘付けになった。 そこには楚々とした可憐さを滲ませる美少女二人が寄り添うように佇んでいた。 その今にも折れそうなはかなさは、その場に居る誰もが保護欲を掻きたてられずには居られなかった。小さく「か、可愛い・・・」などという声も聞こえてくる。 しかもその写真に彩りを加えているのが彼女ら二人が身を包んでいるその衣装だった。 作業服・・・いや、紺色を貴重とした厚めのロングスカートに純白のエプロン・・・そう、「メイド」の衣装だったのである。艶やかな黒髪は「天使の輪」を形成し、そこに降り立った髪飾りを際立たせていた。 柔らかく繋がれたその手に、その頬が接触しそうなほど寄り添う二人の不安げな表情はそれだけで何やら倒錯的な妄想を抱かせるに十分なものがあった。 しばしぽーっと見とれている聴衆の法悦の境地を断ち切るように司会者の声が空気を切り裂く。 「次にこれだ」 写真が差し替えられる。 そこには先ほどの麗しい光景とはかけ離れた物体があった。 2メートルに迫ろうかと言う大男が全身黒尽くめの衣装で佇んでいる。 見たくも無いものに差し替えられた恨みなのかなにやら不満げな空気が漂う。 「そして、もう一度こちらの写真を見てもらいたい」 先ほどの美少女が再び登場する。 「この左側の少女だ」 何の事やらわからずに一瞬当惑する聴衆。 「言うまでも無くこの男は我らの組織が擁する一流工作員通称ハンター1号だ」 二人の美少女の写真から左側の少女の部分だけが独立して切り離され、黒尽くめの大男の写真と並べられる。縮尺が違うので身長の対比は出来ないが、それが深海と成層圏ほどかけ離れた存在であるのは論を待たない。 「そして、これが彼・・・いや彼女の現在の姿だ」 「ええっ!!?」 思わず声を上げる一部のエージェント。 ざわ・・・ざわ・・・という喧騒に包まれる会議室。 「静粛に!」 一応収まるが、それでも方々で呟き声ささやき声が聞こえる。 「これが、我々のターゲット『真城 華代』の恐ろしさだ。遂に我々の組織からも犠牲者が出てしまった」 「“犠牲”ったってあれならなってみたいよな」「全くだ」「ちょっと羨ましいんだけど・・・」「電話番号・・・じゃなくてメールアドレス聞いちゃおうかな・・・」「パンティ何色かな」などという不届きな囁きがそこかしこで聞こえる。 「静粛に!静粛にっ!」 その怒気を孕んだ勢いに今度こそ静かになる。 「これ以上犠牲を増やす訳にはいかん。誰か『真城 華代』を倒せるものは居ないのか?」 部屋の電気が付けられる。 仁王立ちになるボス。 しかしこうなると「羨ましい」などと軽口を叩いていた連中も尻込みしてしまう。『真城 華代』の噂は轟いていた。単に性転換させられるばかりでなく女装までさせられるという話である。いや、“女装”と言ってももう女になっているわけだからそうおかしくは無いのだが・・・それにしてもあの屈強な1号すら可憐なメイド娘にしてしまえる恐ろしい潜在能力の持ち主である。迂闊に近づけはどうなるか分からない。 と、す・・・と手が挙がった。 一同の視線がその先に釘付けになる。 「おお!ハンター2号!やってくれるか!」 ふ・・・と何も言われていないのに彼の周りにだけその少し長めの前髪を揺らす風が吹いている様な美青年の姿がそこにはあった。 「ボス。私にお任せください」 少し気障なその男はボスの表情を斜めに見上げながらにや、と笑った。輝くその歯。
ハンター2号は喫茶店でノートパソコンを広げていた。 これまでの作戦は全て失敗に終わっている。1号についての情報は余り入ってきていないが、あの用心深い1号が不用意に近付いたとも思えない。あの写真の隣にいた謎の少女の存在から考えてもどこか別の場所から遠隔性転換を施されたのだろう。 実に恐ろしい話である。 彼女が一度思いこめばもう訂正する余地は無い。 が…しかし、倒そうと思えば実に造作もないことである。彼には作戦があった。我々の目的は彼女を無害な存在にすることである。どういうきっかけなのか分からないが、彼女は依頼人や対象人物なのを性転換することで問題が解決すると思い込んでしまっているらしいのである。その思い込みを転換させるか、あるいは効果的に封じてしまえばいいのだ。 これまで彼女の「能力」を知った上で効果的に対処しようとした人間はいなかった。一応ハンター1号がそうだが、残念ながら不意をつかれてしまった。が、俺はそうはいかない。 カタカタとキーボードを叩く2号。 直接「華代」に接触して性転換を逃れたものはほぼいない。いることはいるが、多くは女性で、恋人を女にされたりと大抵ロクな目にあっていない。ましてや性別を逆転されたりといった被害に「巻き込まれ」る場合すらある。確かに「集団性転換パニック」の引き金を引いた人物が、その騒動に巻き込まれない場合は多いが、自分の所属するコミュニティをずたずたにされるという面では変わらない。 前回、1号は「直接接触さえしなければ安全」と思い込んでしまった。 が、それは甘い。 彼は現場に直接趣くべきでは無かった。というのもあの建物の中は「関連物」の中なのである。直接関連する中にいればこじつけられる可能性は決してゼロではない。 2号は窓の下を見下ろした。 2階にある喫茶店からは駅前の繁華街の人ごみが見下ろせる。その中にぽつんと佇む一人の少女… にやりとする2号。 と、目の前に若い男が現れる。 「すいません。遅くなりました」 「よし。目標は確認してる。彼女は連れてきたか?」 「はい。言われた通りに」 勝利を確信した2号は力強く頷いた。
街路樹を縁取る石に腰掛けて退屈そうにしている女の子。小学校低学年といったところだろうか。 「ここ、いいかな?」 「ん?ええどうぞ」 突然声を掛けられた女の子は少し驚いた様子だったが、明るく切り返す。太陽のように明るい爽やかな子である。 この子が各地で「人間災害」と恐れられる恐怖の存在なのか…。写真では何度も見たが、目の前にするのは初めてである。 「ここで何してるの?」 こちらからカマをかける。報告通りなら話すうちにこちらの「悩み」を聞いてくるはずである。 「そうねー、何かしら。あ、そうそうおじさんこれ」 「おじさん」と言われて少しムッとしたが、黙って見ている。想定通り、ポシェットから名刺を取り出してくる。 一部にはこの「名刺」が彼女を召還するアイテムとして機能するなどという報告もあるが、ともあれ、これは受け取るしかあるまい。 「ん?何かな?」 白々しいが、その表面を確認する。そこには確かに「ココロとカラダの悩み、お受け致します 真城 華代」とある。「ココロ」「カラダ」と片仮名になっているのに若干作為的なものを感じないことも無いが、それはここで問題とすべきことではないだろう。 「お悩みがあったら何でも言ってください」 にっこりと微笑む少女。万人の心が揺さぶられる微笑である。それにしても万事が上手く行きすぎるので怖いくらいである。 「そうだねえ…「ココロとカラダ」の悩みでないといけないの?」 恐らくこんな質問をしてきたのはこの俺が最初だろう。反応が楽しみだ。 「??」 笑顔のまま首を傾ける彼女。やはり知能は小学校低学年程度なのだろうか。これまで彼女に性転換された被害者はその衣服まで変えられることが多いのだが、その「衣装」は代表的な制服や衣装をほぼ網羅している。この年の子供がそれほど豊富な知識を持っているとは考えにくいのだが…。ともあれ、次の手を打たなくてはなるまい。 「ところでさあ、華代ちゃん」 「はいっ!」 少し意外な反応だった。 これまでの報告では、こちらが名前に詰まると間髪いれずに「真城華代」という名前を念押ししてくるらしいのだが、目の前の人間があたかも「自分のことを知っている」かの様に喋ることに対しては何も違和感を感じないらしい。 「このお屋敷を知っているかな?」 2号は1枚の写真を取り出した。 これは先日1号がメイド娘へと変えられる悲劇が起こった屋敷の外観である。 「えーと…??」 分かっていない様だ。確かに外観などには興味を抱くまい。かくいう自分も本部の外観を見せられて即答できるとは限らない。 切り口を変えよう。 「じゃあ、この人を知ってるかな?」 そこには二枚目の伊達男が映っていた。先日の屋敷の「おぼっちゃん」である。恐らく先日の1号のメイド変化はこの男のうっかり失言が原因に違いない。 「ええ。知ってますよ。お屋敷にもう一人くらいお手伝いさんが欲しいらしかったんで、お世話してあげたんです」 「お世話」か…。それにしても罪悪感を感じていないとはともかくとして自分のことをべらべらと喋るもんだ。そして明らかに「自分の秘密を知っている」目の前の男に対してまるで無警戒なのは好都合だ。愈愈仕掛けるとしよう。 「そう。それは凄いね。何でも出来るんだ」 「まあ、何でもってほどではないですけど」 照れて赤くなっている。所詮ガキだ。 「お願いしていいかな?」 「はい。何でもどうぞ」 さあ、本番である。
ずずず…とコーヒーをすする首領。 目の前で秘書がかいがいしくテーブルの上を片付けている。 渋い表情で可憐なメイド娘が並ぶ写真を見つめている首領。
「友達のことなんだけどいいかな」 「いいですよ」 断るはずが無い。目の前の人間以外に関することを受け付けないのであればこれまであまた報告されているケースの多くが成り立たなくなる。が、正面きって「依頼」されたことは無いはずだ。そもそも彼女に「依頼」という形で話しかけたケースは余り無い。多くは彼女の一方的な思い込みに過ぎないのである。 「実はね…俺の後輩なんだが…ほら、あそこにいるだろ?」 喫茶店に座っている後輩を指差す2号。 「ええ」 「まあ、俺も人のことは言えないんだが…いい年して縁談も無くてねえ。出来たら結婚相手を世話してやりたいんだ。それも早急に」 「なるほど…」 考え始める華代。 かかった! ここからが2号の「作戦」の本領発揮である。 これまでに「華代」の実体、能力を承知した上で依頼をした人間はいなかった。であるから悲劇的な結末を招きかねない「依頼」を口にしてしまうのである。 尚うんうん言いながら悩んでいる彼女。ここに矢継ぎ早に情報を叩きつけるしかあるまい。 「幸いあいつには付き合っている彼女がいるんだ。要するにもうちょっと二枚目になりたいってことなのさ。簡単だろ?」 これが作戦だ。つまり明確な「結果」を明示して依頼するのである。曖昧な依頼をするから勘違いされるのだ。これだけはっきりと言いきれば勘違いしようもあるまい。 「誰かを性転換して間に合わせ様なんてもってのほかさ。なーんちゃってね」 そして石橋を叩いて渡る慎重な作戦。「性転換の禁止」をも注意事項に付け加えるのだ。 「どうだい?やってくれるかい?」 完璧だ。これで言った通りにやるしかない。これを機に何でも性転換してしまう行動は改まるだろう。少なくとも正面からぶつかって無事に済んだ実績を作ることは出来る。 「そうだ!」 突然思いついた様に大声を上げる華代。想定していた反応のどれとも違うそれに一瞬戸惑う2号。 大丈夫だ。ここまでは何の手落ちも無い。 「こうすればいいのよ!ねっ!」 そう言って、ぽん、と2号の身体に触る華代。 「え?」 何が起こったのか分からない2号。しかし、動物的な本能は脳の毛細血管が破裂するのを防ごうとしているのか音がするほどの勢いで血の気が引いていく。 「あの…華代…ちゃん?」 その瞬間だった。 胸の先に鋭敏な刺激が走る。思わずそこに視線が引きつけられる。 言葉も無かった。 そこにはむくむくと隆起を続け、ツンと上を向いた形のいい乳房が出来あがって行くパノラマが展開されていたのである。 「あ…あ…」 ど、どうして…どうしてだ?あんなに言ったのに…。 思わず立ちあがる2号。周囲を歩く繁華街の通行人はまだまだその異変に気付きはしない。 頭皮がむず痒くなり、一気にその体積を膨張させる。髪を伸ばした事の無い2号には初体験の重量感と耳や首の後ろを包み込む軽い圧迫感…。それは紛れも無く自らの頭髪がしっとりとしたロングヘアとなって垂れ下がってくる感覚であった。 目の前の茶髪ロンゲ、浅黒く日焼けした頭の軽そうな若い男と目が合った。 「髪が伸びる」というある意味見た目に一番分かりやすい変化を目の当たりにした若者は余りの現実離れした光景に硬直してしまっている。 「う〜ん、あの男の人と吊り合わせるにはもうちょっと小柄な方がいいわね」 そう言うが早いが、2号の身体から一気に筋肉が抜けて行く。 「あ…あ…」 替わって注入されるがごとき脂肪質がその身体をふっくらとした柔らかいそれへと変えていく。肩幅は縮み、身長も低くなる。 この辺りから周囲を歩く人間も、“何か”が起こっていることに気づき始める。 2号の頭の中ではありとあらゆる情報とその分析が混乱と格闘を繰り広げていた。どうしてこんな事になってしまったのか、一体何を間違えたのだ!? その時、さっきのビジョンが鮮明に目の前に浮かんできた。 自らのウェストがきゅうっと引き締まり、女性的なフォルムを形成する感触と戦いながらそれを分析しようと必死になる。 あの時彼女は突然「そうだ!」と言った。そして直前まで必死に考え込んでいた…、ま、まさかっ!! 脚がぐぐぐ…と勝手に内股になっていくと同時に臀部がせり上がる。お尻が…。ああっ! 反射的に下腹部に手を伸ばす2号。予想されていた事態とは言え、そこには男性器の替わりにぺたんとしたなだらかな地形があるだけだった。そして残酷な現実はその「触る」感触にすら新鮮な刺激を付与してくれる。 脊髄反射に従って目の前に差し出された自らの手は、無骨で毛むくじゃらのそれから白魚の様な可憐で美しいそれに変形して行く真っ最中であったのだ。 既にその華奢な体型には少し不釣合いなほどに盛り上がったバストと同じ視界に飛び込んで来る変態劇は非現実的な現実そのものだった。 「あ…あああ…あ」 …あの瞬間に「そうだ!」と叫んだ彼女、華代。彼女は俺が最初に「結婚相手を世話してやりたいんだ。それも早急に」と言った瞬間から考え始めたのでは無かったか?つまり「聞いていなかった」のだ。 何てことだ…。俺は大きな勘違いをしていた。いや、考えていなかった。彼女の特性を。 人の話を余り聞かない!! これじゃ作戦も何もあったものじゃないではないか! 「はい。とりあえず出来たわ」 そう言われて我に返る2号。そして眼下の目標に振り返る。 大きく揺らぐ背中まで伸びる黒髪の感覚。明らかに「重い」大きな乳房のそれや、のしかかる様に実感せざるを得ない自らの「小ささ」。それらは全て直視したくない「状況」を伝えていた。 周囲の人間が少しづつ立ち止まり始めているのが視界の隅に意識される。しかし、2号は諦めなかった。ことここに至っても状況を改善させようとする精神力は驚嘆に値する。 ここで諦めるのは「未体験領域」で混乱しきってしまった人間の帰結だ!2号は自らが性転換してしまうリスクを全く考えていなかった訳では無い。最悪の事態の想定は一応行っている。勿論陥る積りなど毛頭無かったが。 「か、華代ちゃん…」 その透き通るような美しい声に戸惑うも、呼びかける。 「実はね…」 要するにもう一度説明をやり直そうと言うのである。華代に自らの間違いを認めさせようと言うのだ。これもまた初めての試みに違いない。これが成功すればこれまで犠牲になった多くの人々にとっても福音になるはずだ。 「まあまあ、気にしないで」 「いやその…」 「いやあ、照れるなあ。いいですって!そんなに感謝してくれなくても」 悪気は無さそうなのだが全く聞く耳をもってくれない。 何てこった…もう一つの彼女の特性を忘れていたのだ。それは 思い込みが激しい のだ。 集中力が途切れ、天を仰いだ。 その瞬間、生まれたばかりの乳房が初めての経験に悲鳴を上げた。 「ああっ!」 何かが胸を締め付けてくる。思わず自らの胸を注視する。 この時初めて周囲を取り囲む大量のギャラリーに気が付く。 「え…ええっ!?」 ぶんぶんと首を振り回す。その度に大きく髪がなびく。と、さっきの若い男がなぜがズボンの前を抑えてうずくまっている。 多くの通行人の中でぶかぶかの男物のスーツに身を包んだ小柄な女が嬌声を上げたのである。それはもう異様な光景としか言いようが無かった。 女子高生らしい制服達がこちらをみて面白そうにひそひそ話している。買い物帰りのおばさんや営業中のサラリーマン風の男もいる。女性は面白がっている雰囲気なのに対して男は実に複雑な表情が多い。 「やっぱこれよね」 と、相変わらず上機嫌な華代。 そう言ったと同時に下半身を覆う感覚が違う。ガラパンがパン…パンティになったものであることは容易に察される。 頭の中で明文化した瞬間にその言葉の響きにぽっと頬を染めてしまう。 が、変化は止まらない。 スーツの袖全体が腕全体にぴったりと張り付き始めたのだ。 「な、何だ?」 その色はグレーから白く変わって行く。 「あ…ああ…」 純白の光沢を放つその素材は飴のようにとろりと溶け、手首から先までを包み込んでしまう。 見た目にも鮮やかなその変幻ぶりにギャラリーから軽いどよめきが起こる。確かにこれ以上の大道芸はあるまい。 その白い生地は侵食するかのように腕全体のその細いラインを浮き立たせる。 「こ、これは…まさか…」 肩口まで達したその「白さ」は既に上半身全体までを犯していた。全身の衣料が白く染め上げられ、黄色い悲鳴が上がる。 襟が大きく広がり、薄い素肌と鎖骨が空気にさらされる。同時に肩の部分の生地が風船でも膨らますかの様に大きくなる。 2号はここにきて自分が言ってしまった「依頼」の内容を脳裏に反芻した。 あの依頼…ということは…そ、そんな!! 「か、華代ちゃん!止めるんだ!」 自分ではそのその言葉を発した積りだったが果たして届いたのか?澱の様に淀んだ意識の中、意識は自らの身体を覆う官能的な刺激に興味していた。 コンパクトになった上半身はつややかな光沢を放つ純白の生地ですっかり覆われていた。その表面に美しい刺繍が刻まれていく。 目の前のOL風の若い女性が口に手を当てて驚きの表情のまま固まっている。 こ、こんな姿をこんな大勢の前にさらしている…なんて…。 かつてズボンであった生地が一つに融合していく。それまで小さく隔離されていた脚がふわりと裸にされてしまう。 踵の下に何かが突き上げる様に出現し、つんのめるようになる。 「わ…あ」 同時にそれが小さくまとまった足先を包み込み、その脚全体までもがきつく締め上げられる。 決して痛くは無い。そして恐らく命に別状があるほど危険でもない。しかし、その刺激的な感覚の嵐は感情を混乱させ、倒錯させた。理性よりも感情が先に立ち、身に降りかかっている現実を直視するのが精一杯である。 「か…華代…ちゃん…」 その先を発することは出来なかった。 その時だった。 ウェストがこれまでになくきゅうっと締め付けられ、それに反する様にそこから下がぶわあっ!と一気に広がる。 その幻想的なほどに美しいメタモルフォーゼに観衆からため息ともつかない声があがる。 それはスカートだった。 大きく膨らんだそこにも美しい刺繍が刻まれ、広がった地面との境目は女性の下着を思わせた。 大きく広がったスカートを纏める様に腰の部分にリボン型の飾りがきゅっと現れる。 2号はその大きな瞳をぱちぱちさせた。そしてその重さに気が付く。 「あ…」 付け睫毛だった。 唇をくすぐったい様な感触が撫でて行く。 「や、やめ…」 大きく開いた首元にひんやり冷たいコロコロとした感触が走る。それは真珠のネックレスだった。 その顔に化粧が施されて行く。生き物の様に、その美しい黒髪は綺麗にまとまり、官能的なうなじが露出する。 くい、と引っ張られる耳たぶ。そこにちりちりと音を立てるイヤリングがぶら下がる。 清楚なナチュラル・メイクに彩られたその驚きの表情を抑えつけるように出現するティアラ。そこから半透明のヴェールが虹のようにふりそそぐ。 ヴェールが上半身を覆い尽くすと同時に、自らの意思を持つかのようにその細い腕は身体の前に合わされる。 そこに、咲き誇る様にブーケが花開き、宴は一段落する。 「……」 鏡が無いので自分の姿を客観的に見ることこそ出来なかったが、最早事態は明らかだった。 彼は、純白のウェディングドレスに身を包んだ美しい花嫁になってしまったのだ。 「………」 何も言えなかった。 ヴーケを左手に預け、スカートを掴む。 しゅるるっと衣擦れの音が響く。 はっとして周囲を見渡す。 大きく地面に広がったスカートを踏まない程度まで接近した聴衆が唖然とした表情で花嫁たる自分を見つめているではないか。 「先輩!」 人ごみを掻き分けて待機させていた部下である。 「ば、馬鹿!来るな!」 口紅を広げて叫ぶ花嫁。 しかし遅かった。事態は最早取り返しのつかないところまで来ていたのだ。 「ああ、後輩さんですね。お嫁さんですよ」 「え?」 「お婿さんがそんなカッコじゃダメね」 「あ…君が…」 しかし、その台詞を言い終わらない内に華代は後輩に接近し、ぽんと触ってしまっていた。 目の前でにこにこしている少女。しかし、後輩の身体は異常を感じ始めていた。 「……??」 見る見るうちに元々端正な顔立ちの彼は更に二枚目になっていく。そして、単なるスーツだったその衣服はきりりと引き締まった漆黒のタキシードへと変貌を遂げてしまう。 「こ…これは?」 ドクン!と胸が打った。 耳が熱くなってくる。 な、何だ?…何だ…この…変な気持ちは…。胸が…胸がドキドキする…。 ぎゅうっとブーケを握り締める花嫁。 目の前の女性に申し訳なさそうに話しかける花婿。 「あの…この辺にスーツ姿の男性は…」 こ、こいつ…俺が分からないのか? …分かるはずが無いか。何しろほんの数分前とかけ離れた姿になってしまっているのだ。事態の急変を察知して2階の喫茶店から勘定を済ませて降りてくるまでに「変身」は完了してしまっている。 それにしても繁華街に突如出現したウェディングドレスにもう少し特殊な感慨を持っても良さそうなものだ。 見詰め合う新郎新婦。 それはシュールな光景であった。 「えーと、そうね。こんなところじゃ何だから手近な教会にでも行こうかしら」 何の気無しに言う華代。 「え?」 「やーねー。お兄さん達の結婚式よ」 「で、でも…」 「“早急に”したいんでしょ?」 ああ!何てことだ。そんな所だけ正確だなんて! 「…??…!」 歩き出す後輩。身体が勝手に動き出しているのは明らかだった。もう言葉も発することが出来ないのだろう。 モーゼが海を割る様に人ごみが後輩をよけて道を作る。 しゅるり。 一歩脚を踏み出しただけで衣擦れの音がイヤリングに抱擁された耳をくすぐる。 3歩下がった花嫁が後に続く。 「あ、そこのおねーさんたち、手伝って」 見ず知らずの女性たちが2メートルはあろうかというロングトレーンを持ってくれる。つるつるすべすべの純白のドレスは上半身を動かしただけでしゅるる…という衣擦れの音をさせた。その柔らかい肌に接触するすべすべの感触、それでいて締め付けられる部分はきつく締め付けられ、それでいて首元のように開放される所は開放されている衣装に身を包んだ俺は歩き始めた。 ハイヒールのウェディングシューズが歩きにくい。スカートの前部分を踏まない様に右手で持ち上げる。…自分の意思でそうしたのではない。身体がそうしなければならないと思ってしまうのだ。 半透明のウェディングヴェール越しに街路の人々が自分を注目して道なりに延々と人垣を作っている。 先ほどとは別の意味で動悸が速くなる。 は、恥ずかしい…こんなに沢山の人の前でこんな恥ずかしい格好で…。 再び視線を落とす。 そこには純白のウェディングドレスに包まれた女性の肉体がある。 そ…そんな…どうして…どうしてこんなことになったんだ…? これまでの人生が走馬灯の様に浮かんできた。 小学校時代、中学、高校時代…。これまで何の問題も無く男として生きてきた。それが…今日から女として生きていかなければいけないのか…? 女として…。 突如ブラジャーに包まれた自らの乳房の感覚に我に帰る。 そうだ…これは夢じゃないんだ。目の前で起こりつつある現実なんだ…。 この乳房を使って子供に授乳をし…母となって育てなければならないのか? 突如両親の顔が目の前に浮かんでくる。 ああ…お父さんお母さんごめんなさい…まさかこんなことになるなんて…。 どうしようもなく悲しくなって涙が浮かんできた。鼻の奥が痛くなって熱くなる。 いや、「母」になる前にまずは一人の「女」として男に組み敷かれて…いや、いやああっ!
教会についた。 入り口で立ち止まっている後輩の姿が見える。 と、それまでスカートを持ってくれていた女性たちは退き、自分一人となっている。 身体が勝手に花婿の脇に立たせる。 その細い肢体を突き破るのではないかと思うほど激しく打つ心臓。 「先輩…」 !?気付いていたのか? 「綺麗ですよ…」 心臓が破裂しかけた。 思わずその顔を振り返ろうとする。 しかし、実際に自分の身体が取った行動はゆっくりと花婿の顔を振り仰ぐことだった。 にっこりと微笑む後輩。自分よりも遥に高い所にあるその顔は、被保護欲をどうしようもなく激しく掻きたて、健在意識が必死にその甘美な快楽と戦う。 純白のストレッチサテンのウェディンググローブに包まれた細い腕を花婿に絡ませる。 い、いやだ…や、やめ…て……。 どこからともなく荘厳なテーマが鳴り響く。 正真正銘のヴァージン・ロードを踏みしめる新郎新婦。 何時の間にかぎっしりと詰めかけた参列者の真ん中を純白のウェディングドレスで歩く自分をなんと説明したらいいのだろう。 祭壇の前に立つ新郎新婦。 彼…今は“彼女”だが…はこの期に及んでまだ完全には諦めていなかった。 か、華代ちゃん…華代ちゃんはどこだ? 彼女が見つかればなんとかなる可能性もある。 しばらくぶりにその可憐な腕が直接呼吸した。指輪の交換である。 精神では必死に抵抗しようとするものの、身体が言う事を聞かないのだ。夫…いや!違う違う!花婿姿にさせられた後輩の手によって嵌められる指輪…。それは単なる金属でしかあり得ないはずなのだが、確実に精神まで浸食して行くかの様に思われた。 まだ諦めない。彼女を探す。華代である。 首が動かない。必死に目玉を一杯に寄せて視界の限界まで索敵するも、その範囲に入っていないらしい。 「…チカイマスカ?」 たどたどしい日本語で神父が質す。 いかん!これは「誓いの言葉だ!」と思いつつも、身体を覆う呪縛は解けない。 「…はい」 消え入りそうな声で俯きがちに答える口を封じることは出来なかった。 身体の向きが変わる。チャンスだ! 横を向き、新郎に正対する。遂に目に入った。華代である。 どこから調達したのかシックな礼服に身を包んで参列者の中に納まっているではないか。 最後の、本当に最後の望みを賭けて目で合図を送る。 が、しかし嬉しそうににこにこしている相好を崩すことさえ出来ない。 遂に視線のコントロールすら喪失する。目が勝手に目の前の男に釘付けに誘導される。 近寄ってくる後輩。 ま、…まさか…。や、やめろ!それだけは…それだけはやめてくれええぇっ! 必死の心の叫びも表には全く現れない。 緊張した面持ちの後輩はゆっくりと歩み寄ると、ヴェールをめくった。 あ…あ…ああ…。 恐怖にがくがくと震え…たかった。精神はそうだったが実際にそうだったかは分からない。街中で性転換され、ウェディングドレスを着せられてからここに至るまで少しは甘美で倒錯的な快感も味あわせてもらった。しかし、ことここに至っては真の恐怖であった。 「これ」を経験してしまっては本当に、見も心も芯から女になりきってしまう…。防衛本能がそう告げている。 しかし抵抗することは出来ない。 ヴェールを私の頭の後ろ側に押しやると、後輩は顔を近づけてきた。 か、身体が…身体から力が…抜けて…行く…。 ゆっくりと瞼が下がって行く。 いや…助け…て…………。
一筋の涙が美しい花嫁の頬をつたった。
サクランボの様に小さく熟れた唇に、厚い肉隗が触れた。 女性へと性転換され、純白のウェディングドレス姿にされた後、衆人監視の中市街を行進しながら教会に連れて来られた彼女は、荘厳な教会婚の末、遂に花嫁として花婿とくちづけを交わしたのである。 全身の力が抜けた花嫁を、お姫さまの様に抱え上げ、満場の拍手を背に受けながら花婿は会場を後にした。
「…で、お前らはそれをぼさーっと見ていたと言うのか」 目の前に置かれた写真。 そこには写真スタジオで撮影された新郎新婦の姿がある。純白の花嫁は幸せそうにカメラに向かって微笑み、かつて男であった悲哀など微塵も感じさせない。 「申しわけありません」 周囲を観察していたエージェントが教会婚に列席していたのである。 「気が付いた時にはもう、どうにも…」 首領は押し黙った。これ以上ここで追求しても仕方が無い。これを糧に更なる真城華代追撃の作戦を立案するしかないのである。 「こいつはどうしてる?」 秘書に声を掛ける首領。 「本日退職届が出ています。これからは彼女と普通の人生を歩むとか」 どかん!と机を叩きつける首領。 呼び出されていたエージェントが縮みあがる。 「真城華代を倒すはずが一気に二人も失うという訳か…」 誰に言うでもない、自らに言い聞かせる様に言う首領。 「もういい。失せろ」 下っ端エージェントを下がらせる。 「コーヒーだ」 「はい」 秘書が部屋を出ると同時に窓際に佇む首領。 ブラインドをパキリと折り、外を眺める。 「真城華代…遂に我々「ハンター」を本気にさせた様だな…」 次なる「真城華代」追撃の手は目前に迫っている。 華代ちゃんは生き残ることが出来るか? |