エミーカーマイケル(1868〜1951)
北アイルランドの宣教師。
ケズィック・コンベンションの議長であったロバート・ウィルソンの養女として育てられた。
1893〜1894年日本に滞在。
その後1895年、英国国教会ゼナナ宣教会の宣教師としてインドに渡り、召されるまでの55年間をインドのためにささげた。
また、1901年、ヒンズー教寺院に奴隷として売られる少女たちの救済に乗り出し「ドナヴァー・フェローシップ」を創設。
私とエミーカーマイケルの著作
私が初めて彼女の本を手にしたのは1997年。
そのときに読んだのは「やみを照らすともしび」(いのちのことば社)でした。
そのころ私は、1年前から続いている原因不明の微熱によるけだるさに悩まされていました。
これまで「出来ないのは、出来ようとする努力がたりないから。祈りがたりないから。」という勢いで演奏活動を続けていただけに、気持ちだけが先走りつつも体力がもたないこの健康状態が長く続いたことは、私にとって、とてもつらいものでした。
そんなときに、この本と出会いました。というより、この本を通して彼女のキリストにある生き方を知り、信仰の姿勢が変えられました。
「・・・私がすっかり癒されるようにというあなたのお祈りに、私は胸を打たれます。どんなにか病が癒され、更なる奉仕をすることが出来る様願っているか、神様がご存知です。けれども・・・・・もし健康がその良いものであるならば、ああなんと喜ばしいことでしょう。毎朝目覚めるとき『もしかして、今日・・・』と望みを持ちます。けれども、何よりもまず、主のみ旨を求めたいと思います。それが私の願いと同じであろうとなかろうとも。祈りが一番力強い助けになるのは、この時です。」(「やみを照らすともしび」より)
英語が苦手な私は、現在日本語訳で出版されているものしか読むことはできませんが、それでもそのたった数冊の本によっても彼女のキリスト者としてのものの見方には、未だに学ばされることが尽きません。
最近召されたマザーテレサさんの働きについては、多くの人々に、しかもクリスチャンでない方々によっても知られております。
しかし、エミーカーマイケルの生きた時代はまだメディアが未発達の時代であったゆえに、彼女の働きはクリスチャンにすらあまり知られることはなく、その記憶にはほとんど刻まれることもなく終わりました。けれども、私はそんな彼女の人生にとても惹かれます。