用語集

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通奏低音って何?
 バロック時代に発達した用法で、チェロバスで主に和音の根音をトレースしていき、その上を幾つかの楽器がメロディーを奏でていく。和声はチェンバロやオルガンなどが担当する。英語のバスコンティニュオの方が語感としてはピンと来る。一時代前のルネッサンス時代には平均律が確立されておらず、転調や和声の概念があいまいであったため、きめの細かい織物のような多声音楽が発達したが、没個性はまぬかれなかった。(私の妻は「どの曲を聴いてもみんな同じに聴こえる」と称した、言い得て妙である)

 17世紀に入り、カメラータと呼ばれる作曲家たちがモノディと呼ばれる通奏低音音楽の先駆けとなる作品を発表し、大天才モンテヴェルディがこの分野を確立した。
(どの時代でも最初に新しいことをやった作曲家はたいした作品を書かず、一世代あとに大作曲家が出て、その分野を確立するものである)

 その後はイタリアにおいてダカーポアリアと呼ばれる定型的な通奏低音音楽が発達し、この通奏低音によるカンタータも盛んに書かれた。18世紀になり、このカンタータがドイツにおいて教会音楽と結び付けられるようになった。バッハはちょうどそんな時代を生きたのである。

 通奏低音は18世紀後半になり、ピアノが発達して新しい古典音楽(?何か変な日本語だけどなあ) が台頭するにつれ、廃れていった。バッハの音楽は当時からすれば袋小路に入ってしまった時代遅れの音楽と見られていたのである。結局通奏低音の音楽は150年間続いたわけである。皆川達夫先生は音楽史は150年サイクルで変化してきた、と書かれているが、1150年〜1300年が多声音楽確立時代、1300年〜1450年が中世音楽の時代、1450年〜1600年がルネッサンス音楽時代、そして通奏低音音楽時代が150年続き、1750年〜1900年が調性音楽の時代、それ以降が無調の時代といえよう。



教会旋法って何?(特にフリギア旋法について)
 現代の私たちは音楽を最初に学校で習う時、古典派以降の長短調から習うので教会旋法はなじみが薄い。しかし音階においては教会旋法の方が長短調よりはるかに先輩なのである。長短調音階は教会旋法の特殊形なのである。教会旋法が親で長短調音階が子供であるといってよい。それではなぜ親である教会旋法が衰退して子である長短調音階がその後の音楽の基本となったのか。

 教会旋法は基本的に全音階である。しかしいわゆる三全音(たとえばF−Hの音程のようにF−G,G−A,A−Hと、間の音階がすべて全音となるもの。昔から悪魔の増4といわれ禁忌されてきた。ピアノで弾いてみるとわかるが、なんか焦燥感に駆られる落ち着きのない和音で、何らかの解決を必要とする。但しバッハはさすがにこの悪魔の増4を巧みに用いている) を避けるために、あるいは導音を作るために必然的に♭だの#がでてきた。そのうち半音階や平均律が確立され、長短調の方が転調などに向き、表現力があったためこちらが淘汰されたのである。生物進化の過程でより環境に適応力のある種が自然淘汰されて生き抜いてきたのと似ている。

 ここらで譜例を出すべきであろうが、教科書にあるようなのはつまらないので、教会旋法で書かれた実際の作品を見て聴いてみましょう。(教会旋法の譜例はどの楽典の本にも書いてある)
ここでは一番教会旋法らしいフリギア旋法をとりあげてみたい。

 パレストリーナの「Heu Mihi Domine」を例にとる。この曲はフリジア旋法(ミファソラシドレミの音階)でできている。(下をクリックして譜面を見てください。音を聴きたい方はその下をクリックしてください) 一聴してわかることは短調の曲みたいだけどなんとなく雰囲気が違うな、ということだろう。

Heu mihi Domineの楽譜


 短調とフリギア旋法の最大の違いは第一音から第二音への音程にある。短調の場合は全音だが、フリギア旋法の場合は半音なのである。8つある教会旋法のうち第一音から第二音への音程が半音なのはフリギア旋法とヒポフリギア旋法(フリギア旋法の完全4度下の旋法)だけである。これがフリギア旋法の独特の雰囲気の秘密である。(下譜参照)

 マタイでは最後のコラール「wenn ich einmal soll sheiden」がフリギア旋法で和声づけされており、同じコラール旋律が和声付けの変化でこうも違うものかと驚かされる。



 さて、パレストリーナの上記の曲を見てみよう。するとミファやシドのように半音で始まる音型がやたら多いのに気づく。一番典型的なのはsecond partの「Anima mea」が始まるところで、各パート共、ミーミファソーないしはシーシドレーで始まる。

 私事になるが、その昔このAnima meaを歌った時、この歌いだしが非常にむずかしかったのをよく覚えている。長短調に慣れたこの身体はなかなかこのフリギア旋法になじめず、最初の半音の上がりがつい全音になりそうになってしまって困った経験がある。

 調性音楽全盛期にはこの教会旋法はまったく顧みられなかったが、フォーレあたりから以後、教会旋法のよさが見直され、西洋音楽に味わいを加えたことは周知のことである。私の専門の医学の場合、かつて捨てられた漢方医学が最近になって見直され、治療法に幅がでてきたのと期を一にしているように思う。センポウとカンポウ、似ているではないか。

補遺1;フリギア旋法と日本古来の都音階について

上記のフリギア旋法は、日本古来の都音階とよく似ている。都節音階は下記のごとくであり、第一音と二音の間が半音であることが共通している。そのために、両者は似たような響きとなるのである。なお、両者の違いはSolがあるかないか、である。


たとえば、有名な「さくらさくら」や「荒城の月」、「ひなまつり」、「戦友」などの有名な日本の曲は都節音階でできているが、どことなくパレストリーナのフリギア旋法の曲と通じるものがある。


補遺2;リディア旋法について
 リディア旋法は下譜のようにFaを終止音とし、Doを保持音とする旋法である。リディア旋法の特徴は中世期では特に忌み嫌われていた三全音が前面に出てくることである。すなわち終止音とその四度上の音がFa-Siで三全音を形成する。(下譜参照)




 そのためにこの三全音を避けるためにSiには♭がつくのが普通となった。ところがこれはまさに近代和声学でいうヘ長調の音階に他ならぬわけで、こうして長音階が出現してきたわけである。(下譜参照)さらにまたこの三全音を避けるために臨時記号という概念が生まれてきたといってもよい。(詳細は三全音についてのページ参照のこと)


 リディア旋法は以上のように意識的に♭が付けられることが多かったために特にルネッサンス期になるとほとんどヘ長調と変わらなくなってしまう。たとえば有名なパレストリーナのsuper flluminaなどはSiが♭されているためにもはやリディア旋法とはいえない。

 そのために案外近代和声法が完成した後世にリディア旋法を意識して書かれた曲の方がかえって典型的なリディア旋法の曲となっていることがある。そこでここでは例としてベートーベンの弦楽四重奏曲第15番の第三楽章冒頭部分を挙げてみたいと思う。この楽章の冒頭は和声学上ではヘ長調で書かれているのに譜面はハ長調となっている。したがってリディア旋法であることがわかる。

 この曲を書いた時期にベートーベンは腸の病気を患っており、この楽章にはわざわざベートーベン自身の「快癒に際して神への聖なる感謝の歌、リディア調にて」という署名がある。リディア旋法には爽快さを感じさせるという特徴があるらしく、ベートーベンは自らの病気が快癒した感謝の気持ちをこの旋法に託したのであろう。

リディア旋法の例;ベートーベン弦楽四重奏曲第15番第三楽章冒頭




終止形のいろいろ
 終止というのは要するに音楽を一時的にか、最終的に終わらすことだが、楽典に必ず書いてあるのは完全終止、不完全終止、偽終止、変格終止である。それぞれを譜例と音で見て聴いてみよう。


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左図はもっとも単純な一般的な完全終止である。最上部が根音であるため、終止感が強い。そのため曲の最後に使われるのは大抵この完全終止である。

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 左図は不完全終止の例である。最上部が根音以外なため、完全終止ほど終止感が強くない。そのためこのあともう1フレーズ入って完全終止で曲を終わらすのが普通である。結局旋律いかんで完全終止か不完全終止かが決まってくるのである。

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左図は偽終止の例である。聞き手は本能的に主和音で解決されるのを期待するが、それを偽って他の和音で終止するためこの名がある。この例の場合、Cdurで終わるべきところ、Amollで終わっている。そのひとつ前の和音は減七であり、偽終止を予告している。

 

 偽終止の実際の楽曲におけるわかりやすい例はシューマンの有名な「流浪の民」のアルトソロ→テノールソロ→バスソロとつながっていく過程で見られる。(下のMIDI参照)
♪「流浪の民」の偽終止の部分


 なお、昔はやった「あの素晴らしい愛をもう一度」の下記の部分も偽終止の典型である。


♪[あの素晴らしい愛をもう一度」の偽終止の部分


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左図は変格終止の例である。通常は属和音から主和音へと解決されるが、変格終止の場合は下属和音から主和音へと解決れさる。賛美歌などの終わりでアーメンを唱えるときのアーメンがこの変格終止で解決されるため、アーメン終止の別名がある。なお、マタイではこの変格終止はほとんど使われない。バッハ自体もほとんど使わなかったのではなかろうか。

 変格終止はおそらくオケゲムあたりから使われ始めたのではないかと思う。私が調べた限りではデュファイは使っていない。オケゲムはミサ「Mi-Mi」のグロリアで使っている。この終止はその後ルネッサンス期に一番よく使われたようで、特にパレストリーナがモテットなどでさかんに使っている。

 その後は完全終止が優勢となり、変格終止は傍流の道を歩んでいくが、うまく使われると完全終止に聞きなれた耳には非常に効果的である。たとえばブラームスの第四交響曲第一楽章の終止ではこの変格終止が使われているが、大変印象的な終わり方となっている。

 さて以上のように、こうした終止が出来あがったのはだいたいルネッサンス期から、すなわち15世紀半ばあたりからであるが、それではそれまでの、特に中世の音楽はどのように終止していたのであろうか。

 中世にはまったく違った終止形があった。まず、ランディーニ終止。これは下譜を見て聴いていただければわかるように、せっかく最上音が導音を作りながらもわざわざ長2度下がってから短3度上の根音に終止するタイプである。


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 これはデュファイあたりまで(初期ルネッサンスまで)は普遍的だった終止形で、中世音楽のCDを聴いているとひんぱんに現れる。最後の主和音の第3音が抜けてて空虚な感じで終わるのは中世音楽の特徴であるが、それをのぞけば音を聴いた限りでは完全終止まであと一歩である。

 しかしよくよく譜を見ると完全終止に似ているようにみえるのは錯覚であることがわかる。事実上のバスである最下部はオクターブ上昇していて決して根音では終わっていない。中声部がたまたま根音に行って終わるために見かけ上(聴きがけ上?)完全終止に近く聴こえるまでのことである。つまりこの時代はまだまだ完全終止という概念がなかったのである。しかし、結果的に完全終止に近く終止するようになり、その安定感に中世人はあこがれ、次第に完全終止という概念を作っていったのだと思う。


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 さて、ランディーニ終止が中世音楽の終止の東の横綱とすれば西の横綱が二重導音終止である。(左譜参照)これは完全4度ないしは完全5度で2つの声部が並行して半音上がって終止するというキョーレツな終わり方だ、お聞きになればわかるがほんとにキョーレツである。後の和声学では完全4度ないし5度進行は禁忌とされたし、まして導音として半音上がるわけだから目立ちすぎてほかの声部は隠れてしまう。 

 有名なマショーの「ノートルダムミサ」ではこの二重導音終止が頻繁にでてくる。この曲を聴いた後ではこの終止がキョーレツすぎてここばっかりがアタマに鳴り響いてしまう。

↑1分10秒で二重導音終止が出てくるので、譜面を見ながら、注意して聴いてください。
 

 二重導音終止は14世紀からほぼ中世の終わりまで用いられていた。たとえばデュファイなどは1430年代までこの終止形を使用しているが、1436年にフィレンツェの大聖堂で演奏された「Nuper Rosarum Flores」ではついにこの終止形が駆逐され、以後はほとんど使用していない。ランディーニ終止がその後しばらく使用されていたのに対し、二重導音終止は忽然と姿を消し、完全終止へと移行したのであった。したがってこの終止形の消失こそが音楽史上における中世とルネッサンスを区別するメルクマールとなるのではないだろうか。

 こうして終止形の歴史をたどると今では当たり前の曲の終わらせ方にも随分いろんな歴史があることがわかって面白い。

補遺;フリギア終止
 フリギア旋法独自の上からの導音にしたがって終止するもの。具体的には下属和音の第一転回形→属和音という形をとる。つまり左譜の如く、バスが半音さがり、主音へと動く。このフリギア終止はすでにオケゲムの作品などに認められるが、バロック期の器楽曲の第二楽章などでよく使われている。


フリギア終止の例

なお、フリギア終止は、独立した楽曲においてもむろん、しばしば使われている。たとえば、ヘンデルのメサイアNo.30 behold, and seeでは、3か所これが出現している。最後にこれを聴いてみましょう。