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日本はもっと気概を持った外交をしよう!

”失われた10年”と謝罪外交

 日本はいつから中国・韓国に謝罪するようになったのだろう、と調べてみた。

どうも最初に”謝罪”を口にしたのは海部首相らしい。

 Wikipedia;日本の戦争謝罪一覧によると’90年に盧泰愚大統領夫妻歓迎晩餐会で「率直にお詫びの気持を申し述べたい」という表現を使っている。

 その後は謝罪のオンパレード。歴代首相のほとんどが中国・韓国に対して謝罪をしている。なかでも有名なのが’95年8月15日の”村山談話”だ。これ以上ないというくらいの謝罪をここでしてしまった。

 ’80年代の政治家は中国・韓国に対して「責任を痛感し」とか「反省し」といった言い回しはしているが、謝罪はしていない。つまり’90年代に入ってから日本は謝罪を始めたのだ。

 奇しくもこれは日本の”失われた10年”と一致している。つまり日本は’90年代に入ってから、経済の失調と時を同じくして、プライドをなくしたのだ。

 ”失われた10年”の原因は無論経済バブルなのであろうが、私はこうした外交的プライドの喪失もその原因の1つなのではないかと思う。

 この時代の日本は政治も経済も、船長を失って遠洋をただあてもなく漂う船だった。不良債権の山が築かれ、教育はゆとり教育派に席巻され、子供の学力も知らず知らず低下していった。

 21世紀に入り、小泉政権となってから、首相の靖国参拝が復活し、北朝鮮拉致問題では全面解決まではいかないにしても、金正日に”謝罪”をさせることには成功した。日本丸も少しは針路を見出したのである。

 だがその小泉首相も’90年代の呪縛”である謝罪外交から抜けだすことはできなかったようだ。

謝罪外交からの訣別を!

 4月22日、小泉首相がバンドン会議で”村山談話”を踏襲した演説をした。

正直言ってこれにはがっかりした。日本は”謝罪”をはじめてからダメになったのに。

 プライドをなくした国家は経済も教育もダメになるという反省のもとに、21世紀を迎えて首相の靖国参拝も復活したというのに、その首相自身が”村山談話”路線(すなわち謝罪外交)を引き継いでしまった。

 首相演説では”反省”や”責任”は仕方がないとしても、”謝罪”だけはして欲しくなかった。

 今回の首相の”謝罪”には、早く中国の反日デモの矛先を納めさせたいという意図があったのだろうが、中国・韓国は今後ますます首相の靖国参拝中止をもとめてくるだろう。そもそも謝罪と靖国参拝は両立しないのだから。小泉首相は今後両者の整合をどう取っていくつもりなのだろうか。

 いつまでも靖国参拝を続けられなくなる可能性もある。もしそうならば日本は反日デモに屈して謝罪をし、さらに小泉首相は反日デモの要求に屈して靖国参拝を取りやめた、と受け取られるだろう。

 まあ、そうはならないことを願うが、とにかく”失われた10年”の謝罪路線と靖国参拝を両立させることは大変だと思う。(朝日新聞あたりがおそらく社説で「首相はついでに靖国参拝も中止せよ」などと書き立てるだろうし)

 15年も続いている謝罪外交とはいいかげん訣別して欲しい。米国は日本に原爆を落としたことを決して謝罪はしないではないか。戦勝国は謝らなくてよいが、敗戦国は謝らなければいけない、などということはないだろう。

 こういろいろ考えると、結局はあの東京裁判に行き着くのである。

4月24日 東京裁判の呪縛

中国が小泉首相の靖国参拝中止を執拗に求める理由は何か。

 靖国神社にA級戦犯が合祀されているからである。つまり靖国神社参拝そのものを批判しているわけではない。もしも靖国神社のA級戦犯合祀がなくなれば、中国は日本の首相の靖国参拝に文句を言う理由はなくなるはずである。

 ではなぜ中国はこれほどにA級戦犯を憎むのか。そのためにはA級戦犯のルーツである東京裁判の思想を理解する必要がある。

 東京裁判の思想は一言で言えば、「
悪は一部の戦犯にある。日本人全体が悪いわけではない」というものである。この思想はたまたまマルクス主義的史観と合致していたために、その後日本の左翼が大東亜戦争を総括する根拠として用いた。

 日中関係の原点ともいえる’72年の日中共同声明もまたこの東京裁判的思想を利用した。すなわち「
悪いのはA級戦犯であり、日本人もまた中国同様の被害者である。したがって中国は被害者(すなわち日本)への戦争損害の賠償請求は放棄する。その代わり、処刑されたA級戦犯と共に、日本人全体もまた反省をする」というものである。(しかし日本は決して”謝罪”はしていないことに注意)

 これを中国側からの論理で見ると
東京裁判的思想にもとずいて損害賠償請求を放棄したのであるから、日本の首相がA級戦犯を神として祀ってある靖国神社を参拝するとは何事か、ということになる。(日本では河野太郎氏が主にこの論理で中国を庇っている)

 この論理はいかにも理にかなっているように見えるが、しかしこれはあくまでも東京裁判的思想を前提としている。もしもこの思想の根拠がくずれれば、この論理もまた呈をなさなくなるはずなのだ。

 実際日本ではすでにこの思想を支持する人は左翼のみとなっており、かなり多くの日本人は東京裁判の正当性自体に疑問を持ってきている。
(すでに東京裁判と同時並行的に、インドのパル判事がこうした疑問を持っていたことは有名) また裁判を行った米国側でさえ、ルメイ、マクナマラといった東京裁判に実際に関わった人物たちがこの裁判の正当性に疑問を呈している。(当サイトの3月12日ミニコラム参照)

 このように原点となる東京裁判自体が否定されてしまえば、中国側や河野太郎氏の論理もまた根本からくずれるのである。
 無論、こんなことを言えば、中国側としては騙された、という気分にはなるであろう。
(穿った見方をすれば当時の田中角栄首相は日中国交樹立のために左翼思想を利用したともいえる。あたかも吉田茂が再軍備反対のために共産主義を利用したように) しかし30年以上前と現在で特に日本側の歴史認識が大きく変ってきたこと自体は多くの日本人がこれを認めていることと思う。(昭和40年代からの司馬史観、平成に入ってからの自由主義史観の影響が大きい)

 
30年前と変らない中国の歴史観(否、反日教育でより一層左翼的となっているかもしれない)と特にここ10年で大きく変った日本の歴史観の対立が今回の反日デモの根本的理由なのである。であるならば、当時でさえ「反省」の言葉はあっても「謝罪」はしていないのであるから、日本の歴史観が大きく変った現在それを認めようとしない朝日新聞など左翼もまだいるが、今更謝罪外交を続けることはいかに無意味か、ということである。(このシリーズ終わり)

補遺;
サンフランシスコ平和条約と東京裁判の関係を問題にする人がいるが、これは
「東京裁判の判決(原文は『裁判』を意味するtrialではなく、『判決』を意味するJudgementとなっている。これは誤訳である)を受諾する」ということであり、「東京裁判自体を受諾する」という意味ではない。この条文の意図は東京裁判の判決の効力を講和条約が発 効した後にも維持させるという時限的なものであり、東京裁判自体を講和の必須条件と規定しているわけではない。したがってこの条文をもって東京裁判に正当性をありと結論づけることには無理がある。

 さらにまたサンフランシスコ平和条約発効から50年以上たち、さまざまな歴史的新事実がその後に明らかにされている(南京虐殺事件の様相など)。 したがって歴史解釈も時代によって異なってきて当然だし、東京裁判の正当性自体が強く疑問視されてきているのも
その一貫としてのものだろう。中国側に割り切れないものが残るのは理解できないではないが、いたずらに過去を引きずるのではなく、日本は日本で現在正しいと信ずる道を進むべきではないか。無論他国との協調は必須であるが、協調を強調するあまり、国家としての気概を失ってしまっては何もならない。

資料;サンフランシスコ平和条約:第十一条【戦争犯罪】
 日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている者を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基くの外、行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基くの外、行使することができない。

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